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『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』感想(ネタバレ)…私の世界は無限大!

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

私の世界は無限大!…映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Everything Everywhere All at Once
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2023年3月3日
監督:ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート
恋愛描写

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

えぶりしんぐえぶりうぇあおーるあっとわんす
エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』あらすじ

エヴリンは経営するコインランドリーに関する税務申告の準備に忙殺されつつ、父や夫、娘などの家族の問題も後回しにしてしまったことで、今や人生は空前の灯火にあった。そんな中、自分の身に不可解な現象が起きる。これは何かの錯覚なのか、それとも疲れすぎておかしくなってしまったのか。しかし、この違和感は自分だけにはとどまらず、家族、そして世界の危機へとあり得ない飛躍で拡大していく。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』感想(ネタバレなし)

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2022年はこの映画が旋風を巻き起こした

映画は最初から話題な作品もたくさんありますが、話題になっていなかった作品が想定外に大ブレイクしたりするから面白いと思います。

2022年にアメリカで最も想像以上の話題作となった映画と言えば、やはりこれを抜きには語れないでしょう。

それが本作『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』です。

原題は「Everything Everywhere All at Once」。長いですけど、略して「EEAAO」かな? 日本では「エブエブ」と訳して宣伝しているようです。でもこの長いタイトルも映画本編を観れば納得。どの単語も欠けるわけにはいかない。まさしくエブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスな映画ですから。

本作は2022年3月11日に開催されるサウス・バイ・サウスウエスト映画祭で初めて公開されました。ここまでは普通です。3月25日にアメリカで限定劇場公開が開始された後、2022年4月8日に広く一般公開されたのですが、当初の盛り上がりは平凡。しかし、しだいに鑑賞者の間で話題となり、それが拡散していき、気が付けばインディペンデント系映画としては異例の大ヒットを記録。巷では「2022年のベスト映画はこれで決まりだ!」とまだ1年の前半にも関わらず大盛り上がりを見せていました。配給の「A24」も予想外の驚きだったでしょうね。

コロナ禍となってから大手スタジオの大作は復活しつつありましたが、独立系映画にとっては苦境に陥っていました。でもこの『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』はそんなインディペンデント系映画の希望の星となりました。独立系映画がこんなにも話題の中心になって劇場に観客が押し寄せるというのは映画ファンにとっても嬉しい光景です。

なぜこんなにも無名の映画が大ヒットできたのか。それは、まあ、当然『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が「面白い」からなんですが、だからといって「へぇ~じゃあ、観てみよっかな」と思った人もいるであろう中、「誰にでもオススメ!」と太鼓判を押せるかというと…。

言葉に詰まってしまうのはこの『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』がとにかくヘンテコな映画だからです。前衛的と言い換えてもいいでしょう。序盤から「なんじゃこりゃ!?」の嵐です。正直、平凡な作品しか観たことがない人にしてみれば「ぽか~ん」となってしまうのも無理はありません。

だから事前に言っておきます。これは2022年製作の映画の中でもダントツに異色な作品ですよ、と。

なにせ監督があの“ダニエルズ”ですからね。“ダニエル・クワン”“ダニエル・シャイナート”のこのコンビ監督は、死体をこれほどまでに弄んだ作品は他にないだろうと言えるサイテー級の珍作『スイス・アーミー・マン』(2016年)、動物に対してそんなことしたらダメに決まっているだろうと呆れるしかないこっちもサイテーな『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』(2019年)などを手がけてきたフィルムメーカーです。

作風としては完全に下ネタを土台に成り立たせている監督で、だからこそそんな“ダニエルズ”監督の最新作『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が話題騒然となって高評価を獲得していると聞いたときは「え? なにかの冗談では?」と私も思いましたよ。

今や『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』はゴッサム・インディペンデント映画賞でも最優秀作品賞を獲得するまでにいたってしまいましたからね。世の中、何が起こるか本当わからないよ…。

今作にも不謹慎な下ネタだらけなのか?と言われると「はい、そのとおりです」としか言いようがないのですが、でもそれでも良いんですよ…。言語化できないけど、なんかいい…。ちょっと奇跡的な完成度に到達してしまった一作なのではないだろうか…。

語り口はいろいろあって、さまざまなテーマで切り取れるので、鑑賞者それぞれの感想がばらけて楽しそうではありますね。「全然私には魅力がわかんないよ!」という人も確実にいるだろうけど…。

ともかく本作の見どころとして真っ先に言えるのは主演の“ミシェル・ヨー”。“ミシェル・ヨー”の“ミシェル・ヨー”による“ミシェル・ヨー”のための映画です。こんなに“ミシェル・ヨー”が全編にわたって輝く作品は他にないです。

そして俳優復帰作となった“キー・ホイ・クァン”(ジョナサン・キー)も素晴らしい演技を披露してくれています。

さあ、後は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のカオスにジャンプするだけ。帰って来たときに人生がほんのちょっぴり良い方向に変わっているといいですね。

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『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』を観る前のQ&A

✔『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の見どころ
★カオスすぎる映像と展開。
★切り口の多いさまざまなテーマ。
✔『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の欠点
☆癖が極端に強すぎる。

オススメ度のチェック

ひとり 4.5:個性派映画が好きなら
友人 4.0:感想をぶつけあって
恋人 3.5:ロマンス要素もあり
キッズ 3.5:子どもにはわかりにくいか
↓ここからネタバレが含まれます↓

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):確定申告より意味不明なマルチバース

小さなコインランドリーを経営しているエヴリン・ワン・クワンは領収書で埋め尽くされた机の前で悪戦苦闘していました。アメリカ合衆国内国歳入庁(IRS)に報告しないといけない締め切りが迫りますが全く片付いていません。旧正月パーティーの準備もしないといけない…。

夫のウェイモンドがなだめてくれますが、エヴリンにはそんな言葉も届きません。実はウェイモンドは離婚届けを手にしていましたが、その話題を切り出せるわけもなく…。

コインランドリーの表では娘のジョイがガールフレンドのベッキーといちゃついていました。エヴリンはそのジョイともろくに会話してあげず、一方的に小言をまくしたてます。

今は父のゴン・ゴンが来ており、そのことでも頭がいっぱいです。ジョイは祖父にベッキーを紹介したいと思っているようですが、保守的で厳格な父にはどう映るか…。

慌ただしくコインランドリーで客の対応していると、父が現れてしまい、「ジョイを覚えている?」と娘を紹介。「お前の中国語は酷くなっているな」と嫌味が自然と口から出る父でしたが、エヴリンはジョイの恋人のベッキーを「友人」と紹介し、ジョイの失望を買います。

ジョイは不機嫌になり、エヴリンは言葉に詰まりつつ、他愛もないことしか声をかけられません。ジョイは車で行ってしまいました。

父の面倒を見つつまた領収書の前に立ちます。1日はこうして過ぎていき…。

翌日、アメリカ合衆国内国歳入庁に夫と父と連れて向かいます。ところがエレベーターで急にウェイモンドは傘を開き、通信機のようなものを両耳につけさせます。「君は今危険なことに…」などとわけのわからないことを矢継ぎ早に喋り出し、アプリのようなものを起動。そして「またすぐ会おう」と言って夫は立ち位置に戻ります。エレベーターを平然と父の車椅子を押してでていく夫。なんだったのか…。

税務職員のディアドラの前で書類の説明をすることになり、「この経費は?」と厳しい質問を受けます。でもエヴリンは先ほどのことがあり、集中できません。そう言えばさっきの奇行が目立つウェイモンドから渡された指示書みたいなのがあった…そのとおりに靴を反対に履き替え、向こうの扉をイメージし、耳の機器が緑に光ったので押してみると…。

謎の感覚。気が付くと近くの物置でまたあの変なウェイモンドと一緒にいました。

彼は告げます。

自分はあのユニバースではない別人で、これはマルチバースなんだ…と。

さっぱりよくわからない…。

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税務はみんな嫌だから…

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』はマルチバースを題材にしています。今ではすっかりMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の影響もあって一般用語化しつつあるマルチバースですが、“ダニエルズ”監督は2010年あたりからマルチバースを主題にした作品を構想していたのだとか…。

でも製作中に『スパイダーマン スパイダーバース』は大ヒットするわ、『リック・アンド・モーティ』はバズるわで、「二番煎じになるのでは」と気が気ではなかったそうです…。

しかし、蓋を開けてみればこの『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』はそんなマルチバース・ブームな時代においても、しっかり突出した個性を持った一作に仕上がっていました。

マルチバース自体に新規性はもちろんありません。でもそのマルチバースの活用の仕方が上手いです。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』はアジア系の家族が主役であり、その絆を取り戻すタイプの物語です。それこそこういうストーリーはアジア系モノでは定番です。『フェアウェル』だって『私ときどきレッサーパンダ』だって、そういう構図を持っています。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のエヴリンの家族は冒頭から崩壊寸前に陥っています。夫との関係はエヴリンは自覚していないですが離婚間際で、エヴリンは厳格な父との間にも確執を放置したまま。さらにエヴリンは娘ジョイのセクシュアリティにも向き合ってあげておらず、ジョイをかなり傷つけてしまっています。

同時にこれは移民の物語です。エヴリンの家族それぞれが話す言語、その種類や熟練度の違いが、たとえ家族であってもバラバラなのだという事実を浮かび上がらせます。

その移民の背負う混沌とした歴史を、税務における領収書の山で暗示させる見せ方も巧みでした。あのアメリカ合衆国内国歳入庁(日本でいうところの税務署or国税庁)の職員(演じるのは“ジェイミー・リー・カーティス”)も、嫌がらせをしたいわけではなく、税務対応をしていく中で否応なしにエヴリンは自分の人生と向き合わざるを得なくなってきます。

こういう物語をカウンセリングとか弁護士事務所とかではなく税務署で展開させたのがひとつのアイディアとして秀逸で、その経験者ならわかる「税務のややこしさと嫌悪感」がそのまま「マルチバースの複雑さ」と「移民としての人生」を貫いていくのでした。

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アジア系中年女性の無限の可能性

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』で巻き起こるマルチバースな展開は本当に突拍子もないです。

そもそもバース・ジャンピングをするのに、脈絡もない行動を突発的にとらないといけないという設定ゆえに、各登場人物がみんな突飛なことをやりまくります。いきなり「愛している」と言ってみたり、ケツにデカいものを突っ込んだり…。

アクションも豊富に展開されますが、どれもアクション系のバカゲーのようなアホらしさで、『レミーのおいしいレストラン』のパロディでアライグマを頭に乗せた料理人をエヴリンが操りだすくだりとか、よく思いついたものを本当に映像化しようとしたなと唖然としつつ感心したくなる…。

そんな奇想天外な映像ばかりに印象が高速で上書きされまくってしまいますが、それを通して描かれる物語の芯の部分はとても誠実です。

とくに本作は主人公をアジア系中年女性にしたのが功を奏しましたね。アジア系というだけで人種的マイノリティであり、そして中年女性という最も影の薄い存在でもある。だからこそ「自分には何もない」「今やるべきことをただこなすだけで精一杯」…そんな当事者が普通にいる。

そういう立場の人に対して「いや、あなたには無限の可能性がある」とマルチバースで高らかに宣言するような映画です。

エヴリンにもそれぞれのバースでいろいろな人生の可能性がありました。どれが正解だとか、理想だとか、そういうのはわかりません。でもどれも繋がっていて、あなた自身を肯定している。自分は自分が思っている以上に強いのかもしれないと、最も過小評価されてきた人間が奮い立つ。あの目玉覚醒の瞬間はやはりアがりますね。

こういう人生の肯定にマルチバースを用いるやり方は『リック・アンド・モーティ』に通じるかな。

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あなたの人生を肯定しよう

そんなエヴリンの前に立ちはだかる『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のメインヴィランとも言えるのが、娘のジョイ。アルファ・バースでは「ジョブ・トゥパキ」として恐れられています。

一般的な定番だと、娘を主役にして母が立ちふさがったりするものが多い印象ですけど、本作はあえて母を視点軸にしており、そこに意味があったりします。

このジョイは理解なき母への絶望からか、非常に虚無的な反出生主義に憑りつかれています。家母長性にうんざりして「みんな消えてしまえばいい」と家族どころかあらゆるバースの世界を否定し、全消滅を計る。こういう思考回路に陥る人はとくにメンタル的に負の連鎖を抱えてしまった場合にはよく見られます。そんなニヒリズムは解決放棄であり、自分を傷つけ、他人も傷つけていく…。

ある種の自傷的な希死念慮を暗示するこのプロットは『スイス・アーミー・マン』でも同様に解釈できるものがあり、たぶん“ダニエルズ”監督のおなじみのテーマなのかな。

本作はそんな虚無に身投げする娘を「暗黒のベーグル」で表現するユーモアもありつつ、最終的には母との素直な対話がその道から助け出します。ここで挿入される「石」と「石」の会話パートがいいですね。すごく“ダニエルズ”監督作風の究極体って感じだ…。

エヴリンはそんなジョイを母性的なもので受け止めているのかと言えば、今作においてはもはやそんなものすらも超越している、なんて言えばいいのかわからないですが、マルチバースを知り尽くした人間の包容力と攻撃力が全部を持っていく…そんなラストです。

たぶん本作は普通に描いていたらありきたりな母娘の和解になるので、そんなに新鮮でも何でもないのですが、マルチバースという反則技で人生の多義的解釈を全部受け止めてしまったことで、半ばパワープレイでねじ伏せたような感じです。

終わり方はとてもオーソドックスでベタな家族の物語の帰着ですけど、そこには寄り添っている無限のマルチバースがあって、ここではない世界で全く別の自分だっていてくれている。それが本作を脱規範というよりは無限の可能性の肯定に上手く落ち着けているのかなと思います。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』はマルチバース題材作品として傑作と刻まれたので、今後はこれを前提にした同ジャンルの企画を考えないとダメですね。これはこれで大変だぞ…。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 95% Audience 89%
IMDb
8.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved. エブリシングエブリウェア・オールアットワンス

以上、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の感想でした。

Everything Everywhere All at Once (2022) [Japanese Review] 『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』考察・評価レビュー