神道のオタクウォッシングを考える…アニメシリーズ『江戸前エルフ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2023年)
シーズン1:2023年に各サービスで放送・配信
監督:安齋剛文
江戸前エルフ
えどまええるふ
『江戸前エルフ』あらすじ
『江戸前エルフ』感想(ネタバレなし)
宗教アニメ…ですよね?
日本人は宗教に無関心だと言われがちですが、その人の関心がどうであれ、日本社会は想像以上に宗教の影響があちこちにあります。なのにそれを「宗教」と認識することがあまりないような…。やっぱり日本人は単に宗教“音痴”みたいなものなんでしょうか。それとも宗教を暗黙のうちにタブー視しているのでしょうか。
例えば、アメリカの映画などの作品を観ていると、キリスト教の影響を感じさせるものは珍しくなく、それを指摘しながら「これは“宗教”的な作品だ」と言及する日本人は普通にいます。
でも自国の作品に対して「これは“宗教”的な作品だ」とはなかなか言っている人は見かけません。カルトとかを直接題材にでもしていない限り、“宗教”的な作品ということにならなかったり…。それってちょっと変だなと思います。日本の作品でも仏教や神道を土台にしている作品が結構たくさんあるんですけどね。
日本人はどうも宗教を他者化する(自分には関係ないものとみなす)傾向があるのかな…。
今回紹介するアニメシリーズも明らかに宗教を題材にしていますが、その事実は妙に消去されています。宣伝によれば「江戸と令和をつなぐゆったり下町コメディ」…だそうです。
それが本作『江戸前エルフ』。
本作は、“樋口彰彦”による「少年マガジンエッジ」にて2019年より連載されている漫画が原作。アニメーション制作は『魔女の旅々』などの「C2C」です。
物語は神社が舞台で、その神社でご神体として祀られる“とある存在”と、その神社の巫女の高校生が交流するというのが基軸。神的な存在との交流という点では『かんなぎ』みたいですが、『江戸前エルフ』はそのご神体として祀られているのが「異世界から召喚されたエルフ」です。あの西洋ファンタジーに定番のエルフ。『ロード・オブ・ザ・リング』とかにでてくるエルフ。
要するにこれは「逆異世界モノ」のジャンルです。
私たちの現実世界から主人公が何かの理由で異世界に行ってしまうジャンルは「異世界モノ」と呼び、『とんでもスキルで異世界放浪メシ』など大人気で盛況な分野です。
「逆異世界モノ」とは、その名のとおり、「異世界モノ」の真逆で、どこかの異世界から私たちの現実世界に何かが来てしまうという構図のあるジャンルです。『はたらく魔王さま!』『小林さんちのメイドラゴン』『邪神ちゃんドロップキック』などこちらも人気で作品もたくさんありますし、古いものであれば『魔法使いサリー』だって逆異世界モノですね。
ともかく神社のご神体がエルフであろうと、『江戸前エルフ』はどう考えても直球な「“宗教”的な作品」です。でも「下町コメディ」であって「宗教コメディ」とは言わない…。
最近でも『神無き世界のカミサマ活動』などの作品がありましたが、日本のアニメでも「神」や「宗教」を素材として利用しているものはいくらでもあります。しかし、現実の宗教に向き合うことは乏しくて…。
私もこのことをずっとよく考えるのですけど、これこそ日本特有の信仰感覚なんじゃないかと思ってきています。宗教に面と向き合わず、空気感だけ同調する…みたいな…。
そんなことを思いつつ、今回はこの『江戸前エルフ』はあえて宗教の部分にしっかり向き合って、後半の感想を書いていくとします。とくに「神道」と「オタクウォッシング」の関連を軽めに論点にしているので、関心があれば、この後半も読み進んでみてください。
『江戸前エルフ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :気楽に眺められる |
友人 | :のんびりしたいときに |
恋人 | :見やすさはじゅうぶん |
キッズ | :子どもでも観れる |
セクシュアライゼーション:なし |
『江戸前エルフ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):うちの神様はダメなやつです
「巫女よ、巫女よ…。我が声が聞こえるか。我が名は高耳毘売命」
東京都中央区月島。この地にある高耳神社の15代目巫女の小金井小糸。16歳ながらもうすでにこの神社の欠かせない一員です。その小糸は律儀な作法で振舞い、神社の奥の部屋へ。そこで小糸に面するのは、本名エルダリエ・イルマ・ファノメネル、通称「エルダ」、621歳。エルフです。
実はこの高耳神社では400年以上前に異世界から召喚されたこのエルダをご神体として祀っており、地域に愛されていました。小糸の重要な仕事のひとつは、このエルダの世話係です。
当のエルダは「我にレッドブルを捧げよ」と堂々とした態度でだらけています。「今夜気になるアニメの一挙放送があるんだよ~」と駄々をこねる始末。ゲームをしながらレアアイテム入手にニヤつくその姿は紛れもなくただのオタクです。実際、この部屋はオタク関連のグッズで溢れかえっています。
にもかかわらずエルダは地域住民には好かれているようで、毎回、ポテチ、どら焼き、炭酸、VRなどが奉納され、エルダは大喜び。気合い入れて神事をしようと張り切りますが、VRで遊びだすなどやっぱり気が緩んでいます。
小糸は学校でぐったりです。幼馴染の桜庭高麗が話しかけてきて「巫女になってからそればかりだな」と小糸を案じます。でも小糸は3年間のお年玉を貯めて買った高級ブランドのバッグを見せ、こちらはこちらで自由奔放。今は似合いませんが、いつか大人の女性になることが夢でした。小学生の頃に近くの公園で憧れるような綺麗な人に出会ったことがあり、それ以来のささやかな願いなのです。
帰りも地域の人たちに声をかけられる小糸。みんなエルダが好きのようです。「変わらないものがあるって安心するよ」と言われますが、早く大人になりたい小糸には少し理解できない感情です。
エルダがプラモを満喫していると、知らない子が傍に来ます。小糸の妹の小柚子です。毎日エルダの食べている美味しい本格的なご飯は全部小柚子が作っているらしく、人見知りしつつエルダは感激します。
エルダはこの部屋を頑なに出ようとしません。「ひとりは楽しい。昔は今より出歩いていたけど」と言うエルダに「じゃあなんで引きこもるようになったの?」と質問すると、なんでも60年前に近所のクソガキに「耳長くね?」と言われたのを根に持っているだけのようでした。
つい口論になってしまい、「先代はもっと優しかった」とエルダも言い返し、小糸は外へ飛び出します。そう言えばと昔を思い出すと、ちょうどこの場でお母さんの葬式があった後で泣いていた小学生時代の記憶が蘇ってきます。そしてエルダは誰よりも時代の変化を目にしていることも理解します。
そのとき「小糸~」とここまで追いかけてきたのはエルダです。
元気を取り戻した小糸は「私と一緒に東京を見て回ろう!」とエルダを誘います。この一緒の時間を大切に…。
江戸トリビアをオタク語りで
ここから『江戸前エルフ』のネタバレありの感想本文です。
『江戸前エルフ』はエルフが異世界からやってくると言っても、世界が侵略されるわけでも、魔法だらけに劇的に変化するわけでもない、まったりとしたほのぼの日常コメディです。
一応、異世界からエルダからやってきたのは400年以上前の江戸時代からという設定を活かして、このエルダは江戸豆知識が豊富であり、随所に江戸トリビアが律儀に解説されていきます。
贅沢を禁止する奢侈禁止令、12月13日の煤掃き、夢中になった姉さま人形、スタンプラリー的な谷中七福神巡り、ウーバーイーツみたい棒手振、ギャンブルの魔の手は過去にも健在な富くじ、インフルエンサーみたいな茶屋娘…。
エルダは根っからのオタクなので、その江戸文化を現代オタク風にオタク語りしてくれるところがミソです。ご神体というか、オタクに優しい博物館解説員みたいな…。
まあ、富士山やカッパ(雨具)の語源を「諸説ある」と完全に現代の学術的立場で説明するのはちょっと変ですけどね。歴史を実体験として知っているエルダなら、きっと今の専門家が知らない事実も知っているでしょうけど、そこは本作では勝手に断定しないようにしているようです。少しSF的な嘘をついてもいいのではとも思ったけれども…。
なのでエルダがなんだかWikipediaで知識を学んで知った風に語っている奴にも見えなくもない…。私、原作漫画を読んでないけど、後の展開で「エルダは実はエルフではなく、ただのコスプレをした現代人だった!」みたいな衝撃のオチになっていないよね?
また、大阪にある廣耳神社のヨルデ(ヨルデリラ・リラ・フェノメネア)や、金沢にある麗耳神社のハイラ(ハイラリア・アイラ・ミララスタ)など、各地方のエルフまで存在するので、ご当地ネタ解説作品にもなっていきます。
こんな感じで、『江戸前エルフ』は、歴史トリビアやご当地ネタなどの観光要素、ノスタルジーやジェネレーションギャップを意識したコミカルなドラマ、そこに小糸のちょっぴりの成長エピソードを交えた、バランスのとれた万人にとって“見やすい”作品であるのは間違いないと思います。
神道をオタクウォッシングする
その『江戸前エルフ』ですが、ここからはやや批判的な感想となります。
私は本作は「神道をオタクウォッシングする」という点で見本のような作品であるとも感じました。
まず「オタクウォッシング」についてですが、一般的に「○○ウォッシング」という専門用語があります。
例えば、「スポーツウォッシング」は個人・団体・企業・政府が自身の不正行為によって悪化した評判を払拭するためにスポーツを利用する行為のことです。オリンピックやFIFAワールドカップはスポーツウォッシングの典型例としてよく批判されます。また、「ピンクウォッシング」という用語もあります。これはスポーツじゃなくてLGBTQのセクシュアル・マイノリティ権利運動を利用する行為のことで、不正や倫理違反をしているのに「LGBTQの支持を謳う」ことでその実態を誤魔化す場合がそれに当てはまります。「グリーンウォッシング」なんて用語もあり、こちらは環境保護への貢献を謳いながら裏に存在する環境破壊的な側面を覆い隠すことを指します。
そして『江戸前エルフ』は言うなれば「オタクウォッシング」を全編にわたってやっているような作品でしょう。漫画やアニメになっているという意味でもそうですし、作中でオタク的な文化でデコレーションしているわけですから。
では問題は、その「オタク的なイメージ」によってどのようなネガティブな側面が覆い隠されてしまっているのか…ということ。
それは「神道」の政治的な保守性です。日本における神道は保守や極右との結びつきが強いです。それは、LGBTに猛烈に反対する神道政治連盟であったり、愛国主義やナショナリズムと強固に連動する靖国神社だったり、はたまた皇室であったり…。もちろん神道の全てがそうというわけではありませんが(TBS)、現在の日本の保守や極右を下支えするのに大きく貢献しているのは否定できません。
『江戸前エルフ』も実はよく見ると、血縁主義と性別役割の固定化や、家事労働を進んで行う小学生女児など、わりとあちこちに保守性が覗けます。
にもかかわらず作品の持つオタク文化でカモフラージュした“見やすさ”のおかげで、おそらく視聴者の多くは自分が神道の政治的・宗教的概念を取り込んでしまっていることに無自覚でしょう。
別に本作は神道関連団体が製作しているわけではないです。でもアニメなどのオタク・コンテンツは宗教に直に触れるのには抵抗を示す若い人の懐に入り込むには格好の手段です。
オクシデンタリズムな外国人キャラ
『江戸前エルフ』の「オタクウォッシング」の中心にいるのはエルダです。八百万の信仰ですから、エルフがご神体であってもおかしくないですが、このエルフであるということがまた「オタクウォッシング」っぽさを増しています。
異世界からのエルフというのは、言い換えればそれは外国人も同然。エルダの見た目は金髪美人で、日本人が典型的に想像し理想化する外国人女性像そのものです。
そのエルダが日本文化を得意げに自慢して愛してくれて、さらにオタクとの親和性まで高い…。これはいわゆる「オクシデンタリズム(西洋崇拝)」なキャラクターの機能を果たしています。つまり、海外の人に「日本ってスゴイ!」と褒め讃えられることで、自国の愛国心を正当化するという…。これはマスコミや政治家がよく用いる常套手段ですが、日本アニメでも結構よくあって、たいてい金髪女性外国人キャラが日本オタクでやたらとフレンドリーでいてくれます。あれは(保守的な)日本人にとって都合のいい外国人像です。エルダを崇拝するということは、特定の外国人像を崇拝しているようなものと言えます。
『江戸前エルフ』はこれらがかっちり組み合わさって、「オタクウォッシング」としてのバランスの良さまで発揮しています。
私はこういうのを「やんわりナショナリズム」って勝手に個人的に呼んでいるのだけど…。
日本のアニメは神道を扱っているものが意外にあります。『らき☆すた』や『ラブライブ!』は主要キャラが神社と関わりがあって聖地としてアニメツーリズムを担っていますし、メディアミックスが大成功をおさめている『Fate』シリーズも「英霊」という神道的な概念がカッコよく描かれています。
日本ではこうした神道とオタク文化の癒着の負の側面を研究する事例はまだ乏しいですが、海外だと宗教保守/右派がメディアを通して大衆化していくことの分析はよくなされています(例えば『Shaking the World for Jesus: Media and Conservative Evangelical Culture』などの専門書)。
アニメは人や社会に寄り添った作品になれますし、それはアニメの魅力です。できれはそれは悪い意味で政治利用されないようにしてほしいなと思います。
だからこそもっと自己批判があってもいいのではないでしょうか。『江戸前エルフ』の作品内で甘やかされているのはエルダでしたが、実際は神道が甘やかされているのでは…と考えてみるとか。現実において負の構造を甘やかすことは良い結果を生みません。もう少し厳しく接してもいいはずです。
それにしても、もし本当に400年以上も日本と神道の関わりを見てきたエルフがいたら、今の政治的癒着についてどうコメントするのでしょうね。
ROTTEN TOMATOES
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IMDb
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シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
日本のアニメシリーズの感想記事です。
・『私の百合はお仕事です!』
・『スキップとローファー』
作品ポスター・画像 (C)樋口彰彦・講談社/「江戸前エルフ」製作委員会
以上、『江戸前エルフ』の感想でした。
Otaku Elf (2023) [Japanese Review] 『江戸前エルフ』考察・評価レビュー