権利契約書はちゃんと読みましょう…「Apple TV+」映画『テトリス』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ・イギリス(2023年)
日本では劇場未公開:2023年にApple TV+で配信
監督:ジョン・S・ベアード
テトリス
てとりす
『テトリス』あらすじ
『テトリス』感想(ネタバレなし)
「テトリス」の発売舞台裏
1989年4月21日、ゲーム業界の歴史を変える決定的な商品が発売されました。「ゲームボーイ」です。
任天堂が発売した携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」はこれまでの携帯ゲーム機の市場価値をひっくり返すような、とてつもない大ヒットを記録し、アーケード、家庭用ゲーム機を肩を並べる、いやそれ以上の魅力的なパワーが携帯ゲーム機にはあることを証明しました。以降、携帯ゲーム機は日常に溶け込み、今やスマホゲームへと形を変えています。
そんな伝説の始まりを作った「ゲームボーイ」ですが、発売日の1989年4月21日時点のローンチタイトルは『スーパーマリオランド』『アレイウエイ』『ベースボール』『役満』のたった4本で、大人気の「マリオ」があるとはいえ、少々心もとないものでした。
しかし、その「ゲームボーイ」の大成功に大きく貢献するキラータイトルが同年6月に登場します。それがあの『テトリス』です。
「テトリス」というゲームは、プレイしたことがない人もどんな感じなのか漠然とは知っているのではないでしょうか。上から降ってくるいくつかのかたちのブロックを積み上げて、横に1列並ぶとそれが消えてポイントになるというもの。パズルゲーム(落ちものパズル)の元祖です。やり始めると止まらなくなる中毒性があるやつですね。
この「テトリス」がなかったら「ゲームボーイ」の世界的なヒットは無かったかもしれません。
実はこの「テトリス」、当時のソビエト連邦のコンピュータ科学者が開発したもので、それが一体なぜ任天堂の新作携帯ゲーム機の目玉タイトルとして世に披露されたのか…。ここには意外なドラマがありました。
今回紹介する映画はそんな「テトリス」をめぐるビジネスの裏で起きていた出来事を題材にした作品です。
それが本作『テトリス』。
映画『テトリス』は「Apple TV+」独占配信の作品で、日本では劇場公開されていないのですけど、見逃せない一作です。
主人公は「テトリス」の携帯ゲーム機の販売権利獲得で多大な実績をあげた「ヘンク・ロジャース」という男で、彼がいかにしてソ連にいる開発者と交渉し、またゲーム業界の大物たちを渡り歩いて、この世界最大級のヒットを生み出す原石を手に入れたか、その過程をドラマチックに描いています。
ゲーム好きの人も、そうでない人も、この業界裏側モノはエキサイティングに楽しめると思います。結構“ビジネスあるある”なストーリーですし、それでいてポリティカルなサスペンス展開もあったり、退屈させないようにできています。
一応、言っておくと、本作『テトリス』で描かれる内容は全てが実話ではなく、映画的な脚色が要所要所で思いっきり大胆に加えられているので、そこはあしからず(どこが事実と異なるのかは、後半の感想で書いてます)。
当然、テトリスという名の地球外生命体が人類社会に襲いかかってるとか、そういうSFでもないですからね。
このユニークな『テトリス』の発売舞台裏を映画化したのが、『キック・アス』や『キングスマン』など痛快なアクションで映画ファンを虜にしてきた“マシュー・ヴォーン”のスタジオである「Marv Studios」。“マシュー・ヴォーン”も製作に関与しており、なので映画の内容も“マシュー・ヴォーン”らしく、かなりノリノリな勢い重視の軽妙さがあります。
そして主人公を演じるのは、“マシュー・ヴォーン”作品ではすっかりおなじみの“タロン・エガートン”(タロン・エジャトン)。それにしても名前の日本語名表記ゆれがまだ続いているな…。「Apple TV+」の中でさえ、「タロン・エガートン」と「タロン・エジャトン」が混在しているから、私もどっちで書けばいいのか困るんだけど…。
ただ、この“タロン・エガートン”の起用には批判があって、というのも今作で“タロン・エガートン”が演じる主人公のヘンク・ロジャースという人は、実際はオランダ出身でインドネシア系の血筋がある人物なんですね。“タロン・エガートン”本人は生粋のイギリス人(当人はイングランドとウェールズにアイデンティティがある)で、そのため人種が全然違うので、ホワイトウォッシングではないかと指摘もされています。正直、もっと適任のキャスティングを模索すべきだったと思うけど…。
ちなみに今回の“タロン・エガートン”は日本語も喋ります(日本で暮らして家庭を持っている役柄なので)。
共演は、『Hostel』の“ニキータ・エフレーモフ”、『トールキン 旅のはじまり』の“アンソニー・ボイル”、『ほの蒼き瞳』の“トビー・ジョーンズ”、『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』の“ロジャー・アラム”、『アースクエイクバード』の“山村憲之介”など。
映画『テトリス』を監督するのは、『僕たちのラストステージ』を手がけたスコットランド人の“ジョン・S・ベアード”です。
映画『テトリス』を観たら「テトリス」のゲームをプレイしたくなるかもしれませんけど、映画を観るのも忘れるくらいにハマって抜け出せなくなったらあれなので、ほどほどにしましょう。
『テトリス』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ゲーム好きも注目 |
友人 | :俳優好き同士で |
恋人 | :夫婦ドラマあり |
キッズ | :やや大人向け |
『テトリス』予告動画
『テトリス』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):テトリスの権利、ください!
1988年、ラスベガスのゲームの見本市にて、「ブレットプルーフ・ソフトウェア(BPS)」社のヘンク・ロジャースは囲碁ゲームを宣伝していましたが、全然関心を持ってくれず、不完全燃焼でした。ふと隣を見ると、「テトリス」というゲームが人気のようです。
半信半疑で自分もプレイしてみると、すぐに面白さを実感します。癖になるし、頭から離れない。あのプロックたちが夢にでてくるほどで、これこそパーフェクトなゲームでした。
この「テトリス」の世界的な販売権は「ミラーソフト」という会社が管理しているそうで、事の始まりはソ連でした。4年前、アレクセイ・パジトノフという、政府の機関でプログラマーとして働き、夜に趣味でゲームを開発していた男が、この「テトリス」を片手間で生み出します。
そして2年前、ロバート・スタインというロンドンの実業家が、東欧で安いゲームを買って西側で売って儲けていたところ、アレクセイのゲームに目をつけ、その権利を買います。
さらに1年前、ロバート・マクスウェルというメディア王…の息子であるケヴィンがミラーソフトのCEOであり、この「テトリス」の権利をスタインと交渉して手に入れていました。
ヘンクはファミコンの成功で今や世界のゲーム市場の頂点になっている任天堂の山内社長に会いにいき、さっそく「テトリス」をプレゼン。実際にプレイして山内は50万ドルで買うと言ってくれますが、これを即座に断ります。ヘンクにはもっと大きなビジョンがあったのです。
「うちが発売元になりたい」と説得し、「マリオにはルイージがいるように、ゼルダにはリンクがいるように、あなたにも相棒がいる」と言って納得させ、こうして事業に着手。300万ドルいるので経理部長に直談判し、自宅を担保にするほどまで賭けにでました。
東京の家には妻アケミがおり、娘のマヤといった子どもたちもいます。家族のためにも失敗はできません。
その頃、モスクワではアレクセイは中央委員会の者に声をかけられていました。「西側に権利を売ったとか?」と意味深に質問されますが、実のところ、アレクセイは使用料を貰えていません。
順調に見えたヘンクの事業企画でしたが、ケヴィンが「テトリス」の業務(アーケード)用の権利は「セガ」に売ったと知り、家庭用ゲーム機で攻めるしかないのかと焦ります。
任天堂の山内社長に前払いをお願いに行くと、シアトルの社員を紹介してくれると言います。シアトルへ飛ぶと、「ニンテンドー・オブ・アメリカ」の荒川が特別な発売前の開発商品を見せてくれました。それは「ゲームボーイ」という新型の携帯ゲーム機。
「テトリス」をこれのソフトとして売り出せば絶対に世界で売れる。そう確信しました。
携帯ゲーム機の権利を手に入れるべくヘンクはロンドンに向かい、ケヴィンのもとへ。ところがスタインは使用料をアレクセイに払えておらず、権利交渉に支障をきたしていたのを隠していました。しかもスタインは任天堂のライバル企業である「アタリ」に携帯型の権利を売ろうとしているらしいと聞き、こうなったら自分が直接モスクワに行って交渉してくるしかないと決心します。
テトリスの権利を制覇する攻略の道はここからが高難易度で…。
共産主義のステージは手強い
ここから『テトリス』のネタバレありの感想本文です。
映画『テトリス』が面白いなと思うのは、主人公のヘンク・ロジャースが立ち向かうことになるのが「共産主義」と「資本主義」の両方だということ。片方ではなくて、この2つの強大な存在と渡り合わないといけません。
まず「共産主義」ですが、それはソ連の地に足を踏み入れた瞬間から、もう敵のダンジョンみたいなものです。当時は、冷戦の終盤も終盤。ソ連共産党書記長に就任したミハイル・ゴルバチョフによって西側との関係改善が進み、核戦争の緊張緩和もあったりしましたが、そうとは言え、やっぱりソ連はソ連ですから、のこのことこんなビジネスマンが西側からやってきたら警戒対象になります。
本作におけるいかにも共産主義的な怖さを描くシーンの多くは脚色なのですが(カーチェイスとか、空港から脱出できるかのサスペンスとかは、もちろん現実には起きなかった)、共産主義におけるビジネスの価値観は色濃くでていましたね。
利益はすべて国が管轄すると言っても、本当の意味で平等になるわけでもなく、アレクセイのようにクリエイターに還元はされないという現実があったり。はたまたトリフォノフのようにソ連崩壊を予感しながらなんとか自分がこの世界で生き残るべく利益を欲したり…。表面上は隠そうとしていても、そこにはビジネスの原理における格差があるのでした。
最終的にはヘンクとアレクセイは一緒に「ザ・テトリス・カンパニー」という会社を運営することになるのですけど、この2人がゲーム愛もありつつ友情を深めていき、東西融和の象徴のようなゴールインが待っているというのは、ベタながらも最も嘘のような実話なのではないでしょうか。
本作を見ていると、今のロシアも相当に政治的緊張感が増しているので、こんな感じで決死の覚悟でロシアにビジネスに行っている人とかがいるのかなと想像しちゃいますね。でも現在はロシアの方が違法コピーはOKだみたいな態度だから別の意味で権利交渉は困難の連続だろうな…。
資本主義で勝つための唯一の武器
映画『テトリス』で主人公のヘンクの前に立ちはだかるのは「共産主義」だけでなく「資本主義」もボスキャラになってきます。
当時のゲーム市場は確かに任天堂がリードしていたものの、一強ではなく、セカやアタリといったライバル企業が隙を狙っている状況でした。それはヘンクも同じで、ヘンクはその市場競争に対して、任天堂とまともに戦って勝つのではなく、「相棒」として利益をだしていこうと上手く世を渡ろうとします。
そこで立ち塞がるのがメディア王のマクスウェル。あのゴルバチョフとさえも交流があり、これほどの政治的なパイプの持ち主相手なら普通は一発でゲームオーバーでやられるはず。しかし、ヘンクには得意のスキルがありました。
それが「ちゃんと権利契約書を読める」ということ。
結局、本作の物語におけるヘンクが勝てた理由は、この「ちゃんと権利契約書を読める」…これに尽きるんですね。パーソナルコンピューターと家庭用ゲーム機の違いを決める定義に気づけるか、契約の条件をどう使って出し抜くのか、それらを把握できている。対するケヴィン・マクスウェルは父親の七光りが嫌で、功を焦ってヘマをします。ロバート・マクスウェルもゴルバチョフとのコネを過信しすぎていました。
ビジネスにありがちな「権利を買った」「いや、売ってない」という問題性の中で、権利契約書が常にどんな社会であろうと武器になる。ヘンクは武器の選択を見誤りませんでした(これしかないんですけどね)。
逆にベリコフやアレクセイなどソ連側の人間の方が権利契約書の価値をしっかり把握し、有効に活用できていたのも印象的。共産主義であろうが資本主義であろうが権利契約書は大事なんです。
映画『テトリス』は中盤から終盤にかけて、ほとんどこの権利契約書だけが主な手段になってくるので、絵面としてはものすごく地味なんですけど、実際のビジネスだってこんなものでしょうから。自分で権利契約書を読み込めて、そこから作戦を練って、さらに有利な権利契約書に繋げられるか。本当にこのスキルは欠かせないんだなとこの映画はあらためて教えてくれます。
なお、基本的にこの映画ではヘンクの大活躍で勝利したように描いていますけど、史実ではもっと色んな人の働きあってこそなのだとは思います。
例えば、作中でも登場する「ニンテンドー・オブ・アメリカ」の法務担当者のハワード・リンカーンは、この以前に「ユニバーサル・シティ・スタジオ 対 任天堂 裁判」…通称「ドンキーコング裁判」という、かなりデカい法廷闘争で活躍した重要人物です。要するに任天堂の「ドンキーコング」は『キングコング』に基づいているのでユニバーサルが保有するキャラクターやシナリオに関する権利を侵害している!と訴えられたもので、結果的に任天堂が勝ち、アメリカ市場での任天堂の存在感を押し上げる効果をもたらしました。
つまり、結論はやっぱりこうです。
権利契約書…読めるようにしておこう。一番面倒くさいことを面倒くさがらずに実行できるって、テトリスでもビジネスでも好スコアをだす唯一の突破口なんですよ。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 81% Audience 94%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Apple
以上、『テトリス』の感想でした。
Tetris (2023) [Japanese Review] 『テトリス』考察・評価レビュー