デヴィッド・ボウイがいない地球で続編は作れるのか…ドラマシリーズ『地球に落ちて来た男』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2022年)
シーズン1:2023年にU-NEXTで配信(日本)
原案:ジェニー・ルメット、アレックス・カーツマン
動物虐待描写(家畜屠殺) 恋愛描写
地球に落ちて来た男
ちきゅうにおちてきたおとこ
『地球に落ちて来た男』あらすじ
『地球に落ちて来た男』感想(ネタバレなし)
また地球に落ちて来た男
宇宙人を描く作品は星の数ほどありますが、その宇宙人が”デヴィッド・ボウイ”の姿をしていたのはあの映画だけでした。その唯一無二の映画とは1976年公開の“ニコラス・ローグ”監督による『地球に落ちて来た男』です。
”デヴィッド・ボウイ”はグラムロックの先駆者にして世界的名声を獲得したミュージシャンであり、その音楽パフォーマンスはもちろん、神秘性を放つアンドロジナスな容姿といい、どこか常識離れした存在感で多くのファンを虜にしました。白人と黒人の音楽界の橋渡しにもなり、またクィアなアイコンとして当時のLGBTQコミュニティにとっても珍しいセレブのカミングアウトの先例となったのも忘れることはできません。
その”デヴィッド・ボウイ”の初の主演映画となったのが1976年の『地球に落ちて来た男』で、役どころとしては突如地球に現れた宇宙人。と言っても容姿は”デヴィッド・ボウイ”そのもので、”デヴィッド・ボウイ”が地球で奇怪な行動をとっていたり、女と裸で交わっていたり、そんな姿を眺めるという、”デヴィッド・ボウイ”鑑賞ありきの映画です。
あまり詳細はネタバレしませんが、オチも含めてあの映画はある種の「デヴィッド・ボウイが宇宙人だったとしたら?」というひとつのメタ的な遊びというか、二次創作みたいな位置づけでもありました。”デヴィッド・ボウイ”解釈の提示とも言えるのかな。そういうわけでカルト映画として一部では今も伝説です。
音楽活動は当然ながらその後もあれこれありつつ盛況でしたが、映画俳優活動も続いていきました。『戦場のメリークリスマス』(1983年)、『ラビリンス/魔王の迷宮』(1986年)、『プレステージ』(2006年)などの作品で活躍が見られます。
しかし、2016年に突然の他界。さまざなカルチャーに影響を与えた存在というだけあって、各業界が悲しみに暮れつつ、その影響力と偉大さを讃えました。
そんな中、2022年にあの記念すべき初の主演映画の続編が作られて公開されました。それもドラマシリーズです。
それがタイトルはそのままである、本作『地球に落ちて来た男』。
このドラマ『地球に落ちて来た男』は、もちろんながら”デヴィッド・ボウイ”は出演していませんが、ちゃんとあの1976年の映画の続きで、世界観は同一です。
けれどもさすがにあの1976年の映画と瓜二つのセンスはだせませんから、このドラマでは違うアプローチで攻めています。舞台は現代の地球で、またも地球に人間の姿をした宇宙人がやってきて、社会にさざなみを起こしていく…しかもそこにはかつて同様にやってきた存在の余波があって…。過去と現在がどう絡み合って、未来に何をもたらすのか、そのSF的なサスペンスが見どころですかね。「そうきましたか~」っていうのが私の第一印象かな。
ちなみにあの映画は元は“ウォルター・テヴィス”が1963年に執筆した小説が原作ですが、1987年にテレビ映画にもなったこともあります。
今回のドラマ『地球に落ちて来た男』を手がけたのは、『レイチェルの結婚』の脚本の“ジェニー・ルメット”と、『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』でやや失敗するも「CBS」でしっかり仕事の座を得ている“アレックス・カーツマン”。最近は『スター・トレック』関連でも働いてますね。
気になる主役を演じるのは、『それでも夜は明ける』『風をつかまえた少年』『ドクター・ストレンジ』と多彩に活躍する“キウェテル・イジョフォー”。巧みな俳優なのはフィルモグラフィーからわかっていましたが、今作でも抜群の名演を見せてくれます。
共演は、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の“ナオミ・ハリス”、『ザ・ファイブ・ブラッズ』の“クラーク・ピータース”、『アンダー・ザ・シルバーレイク』の“ジミ・シンプソン”、ドラマ『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』の“ケイト・マルグルー”、ドラマ『Lodge 49/ロッジ49』の“ソーニャ・キャシディ”、『ホーム・スイート・ホーム・アローン』の“ロブ・ディレイニー”、『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』の“ジョアナ・ヒベイロ”、そして『生きる LIVING』の“ビル・ナイ”。
基本、上手い役者が勢揃いしているので、演技だけでもじゅうぶん楽しめます。なお、映画ではセクシャルなシーンが多かったですが、このドラマ版では全然ありません。
ドラマ『地球に落ちて来た男』はアメリカ本国では「Showtime」で配信され、日本では「U-NEXT」で取り扱っています。シーズン1は全10話で1話あたり約60分。とりあえずSF好きの人ならオススメです。
『地球に落ちて来た男』を観る前のQ&A
A:1976年の映画『地球に落ちて来た男』を観ておけば、世界観の理解がさらに深まります。必ず観ておかないといけないというほどではありません。
オススメ度のチェック
ひとり | :SF好きなら |
友人 | :俳優ファン同士で |
恋人 | :恋愛要素は薄め |
キッズ | :やや残酷描写あり |
『地球に落ちて来た男』予告動画
『地球に落ちて来た男』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):ハロー・スペースボーイ
大観衆の前のステージに立つひとりの人物。大勢が何を語るのか固唾を飲んで見守る中、落ち着いた様子でおもむろに口を開きます。
「なぜここにいる? この場所に。この瞬間に」
「決断の過程を銀河の形に例えたら?真っ直ぐに続く帯? 階段? メビウスの帯? 私の選択はシンプルだ。生きるか、死ぬか。私は移民。亡命者だ。生き延びるため生まれ変わることを強いられた。進化するために新しい自分になった。貧乏人のラザロのごとく死の陰の谷を登ってさらに高みを目指した。あなたたちがここにいる理由。それは究極の質問に答えるためだ。自分は何者だ?」
饒舌に続けつつ、自分についてのネットでのいろいろな噂に言及。秘密主義なのは確かだと認めつつ、「私が手がけるものは革命と言われる」と手のひらに乗る小さな箱を見せます。
「披露する前にこれを作りだした理由と私のリアルなストーリーを話そうと思う。シンプルだ。全てを失ったからだ。故郷も家族も失った。人間になることを学ぶしかなかった」
これは数カ月前のこと。ニューメキシコ州のロスアラモス。真夜中、殺風景の暗闇をとぼとぼ歩くひとりの“存在”。全裸の黒人のようです。廃れた修理工場に辿り着き、いきなりホースからこぼれる水を口に流し込みます。
通報を受けて駆け付けた警察に銃を向けられ、ホースをくわえたまま振りむく“存在”。すごい奥まで差し込んでおり、それを引き抜いた後もその“存在”は言われたことを繰り返すのみ。抵抗するまもなくテーザー銃で倒れます。
気が付くと服を着せられ、取り調べ中。「どこから来たの?」「アンシア」「どこ?」…そう聞かれて上を指さすその“存在”。「どんな場所なの?」と問われると「暑い」と答え、「英語はいつ覚えた?」と質問すると「今」と答えます。「名前は?」…すると相手の名札を読み上げて「K・ファラデー」と答えてきます。
「迎えに来てくれる人はいる?」「ジャスティン・フォールズ」
翌日、ジャスティンは防護服を着て工場跡地で廃棄物処理を友人のポーシャとしていました。娘のモリーを乗せて車で帰り、家にはジャスティンの父で病気を抱えるジョサイアが待っています。薬が要るのですが、保険がないので簡単には買えません。シングルマザーなので子育ても精一杯です。
ジャスティンは急に警察署に呼ばれます。そこにいたのは明らかに知らない男。そいつは急に喋り出し、「7月12日、エネルギー省中間報告、フォールズによる核融合理論は説得力に欠く。だが失敗とは言えない」と暗唱します。それはジャスティンのマサチューセッツでの卒業論文でした。
「任務達成に不可欠な人物。協力が要る」とそのファラデーとか言う男は告げてきます。けれどもさすがに怪しすぎるのでジャスティンはその場を去ります。
釈放されたファラデーは、口から大量の指輪を吐き出し、質屋に直行。スマホとジャンクを組み合わせて何か作りだし、装着して道を歩きだします。しかし、すぐに男2人に襲われ、居合わせたジャスティンに助けれます。
ファラデーは古代の60進数をなぜか知っていました。誰に教わったのかと聞くと、ある名前を口にします。
「トマス・ジェローム・ニュートン」と…。
そんなことになってたんですか
ここから『地球に落ちて来た男』のネタバレありの感想本文です。
ドラマ『地球に落ちて来た男』は第1話からの序盤は1976年の映画に意図的に合わせてきているので、映画を知っているとデジャヴです。
ファラデーが新天地の地球の何もかもに初の刺激を感じながら、ゆっくり適応していく姿はやっぱりシュールであり、”デヴィッド・ボウイ”版はどうしても型破りのアーティストっぽさがありましたが、今回はよりコミカルです。
初っ端のホース一気飲みに始まり、「fuck」ばかり口にするとか、飛行機での顔ぐにゃぐにゃとか、全然痛くない拷問とか…。
こういうのをアフリカ系の俳優がするのは下手するとステレオタイプなのですが、“キウェテル・イジョフォー”の見事な演技力も相まって、見れるレベルの高さを維持してます。あの第3話の技術カンファレンスで量子融合の試作機をプレゼンした後のぎこちなく笑うシーンとか、絶妙ですね。
肝心の世界観の全容はなかなか見えず、ファラデーさえも全てを把握していなかったので余計に謎だらけだったのですが、あっさり出現したニュートンの存在もあっていろいろわかってきます。
まず以前に地球に来た宇宙人であるニュートンはワールド・エンタープライゼズを創設した後(映画で描かれる)、10年も会社運営するも母星の家族と再会する願いは叶わず、CIAに捕まり、会社はオリジェンに吸収合併されてしまっていました。このオリジェンを経営していたのは当時のイーディとハッチの父です。しかし、諦めておらず、ニュートンはプレスマス・ソーンという表向きは化石燃料に投資する財団のトップになり、本人はカンボジアに身を潜め、宇宙船を建造。動力のためにファラデーを地球に呼び寄せた…というのが本作の開始点となります。
その動力である量子融合の開発の鍵を握るのがジャスティンで、彼女は以前に恋人のダニエルを実験事故の被爆で失って以降、科学から離れています。また、イーディも結局会社を継承させてくれなかった父を衝動的に崖から突き落としたという過去を抱えています。さらに、ファラデーを追うCIAのスペンサー・クレイ(本名はイヴァン)はロシアからの移民の母を失い、ドリュー・フィンチに育てられましたが、そこにはCIAの裏工作がありました。
こんな感じで結構入り組んだ人間模様で、ドラマシリーズらしくボリュームアップしています。まさか映画のヒロインであったメアリー・ルーが銃も使いこなす修道女を従えるコミュニティの長になっているとは思わなかった…。
まあ、言ってしまえばものすごくハリウッドらしいエンターテインメント的なジャンルがまんべんなく追加されて世界観が拡充された感じです。
カンボジアの描写は雑すぎない?
そんな新しい世界観をみせたドラマ『地球に落ちて来た男』ですが、ややその世界観の拡充が雑な部分も目立つかなとは思いました。
本作はドラマシリーズからのテーマとして階級構造に着眼点を置いているのでしょう。アンシアでは「権力者(adepts)」と「労働者(drones)」という明確に二分化された構造があり、豊かな感情もないようなので、非常に従属的な世界であることが明らかになりました。
ニュートンは権力者としてファラデーを利用しており、最終的に“人間化した”ファラデーはその従属に歯向かって、数百人の権力者しか乗れない宇宙船を自分でコントロールする選択をとります。
だからこそファラデーが今作では黒人として描かれることに意味があるのですが、人種のトピックと重ねるにしては少々性急すぎるかな、と。ネットを検索して、ジャズを学んで、それでアフリカ系の歴史的精神を身につけましたというのは、いくらなんでもあっさりしすぎではないか…。
また、カンボジアに潜伏するニュートンがなぜか異様にたくさんの僧侶を従えているという、この構図も露骨にオリエンタリズムだし…。
そう言えば、ファラデーは当初の頃は、感覚過敏で常に人間環境に狼狽えていたり、文化を知らないので奇怪な行動をついとってしまい、ジャスティンは発達障害ということにしてその場を乗り切っていました。確かにそう見えるのはわかるのですけど、それだけだとそういうニューロダイバーシティ当事者へのステレオタイプを放置するだけなので、もう少しフォローが要るんじゃないかな。クライヴというキャラも活躍のしかたはまだあったはず…。
他にも、あれだけ高度な技術があるのになぜ「水」は生成できないんだという根本的な疑問もあるし、地球は2030年には滅び始める意味深な未来観測はわりとどうでもよくなっていったなとか、ファラデーとジャスティンのロマンスめいた触れ合いは必要か?とか、あちこち気になる点は散在していました。
テーマを思い切って絞ってもよかったのではないかなと思います。『地球に落ちて来た男』と同系統の『pk ピーケイ』のほうがそのへんは上手くまとめていましたね。
発表会場でCIAに捕まるも話術と駆け引きでフィンチを牽制し、ジャスティンとハッチに発明を継承したファラデーは「ここに家族を連れてくる」と言い残して宇宙船で飛び立ってしまい、シーズン1はラストを迎えます。
残念ながらドラマ『地球に落ちて来た男』はシーズン1で打ち止めとなり、物語は風呂敷を畳みきることなく、これ以上は語られなくなってしまいました。せめてシーズン2は作ってもいいのに…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 79%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
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作品ポスター・画像 (C)CBS Studios 地球に落ちてきた男
以上、『地球に落ちて来た男』の感想でした。
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