タイ文化を見て学ぶ。憑依編!…映画『女神の継承』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:タイ・韓国(2021年)
日本公開日:2022年7月29日
監督:バンジョン・ピサンタナクーン
動物虐待描写(ペット) 性描写
女神の継承
めがみのけいしょう
『女神の継承』あらすじ
『女神の継承』感想(ネタバレなし)
さあ、タイを観光しよう(悪意)
2022年7月、WHOのレポートによれば直近7日間(7月27日基点)の日本の新型コロナウイルスの新規感染者は121万1381人で世界で最も多くなり、世界最多の感染状況という嬉しくない成績を獲得しました。
とはいえ、国内観光はコロナ禍以降で最大の盛り上がりを見せており、「海外に観光に行こうかな」と考える人も増えたと思います。
でもまだまだ何かと不安な人もいるでしょう。そこで映画を鑑賞してその舞台を観光した気分になりませんか。今回紹介する映画は特別な観光疑似体験になりますよ(この文章には悪意が込められています)。
それが本作『女神の継承』です。
本作はとにかく特異な映画で、何から説明するべきか迷うのですが、まず原案・プロデュースを手がけたのが『チェイサー』(2008年)で衝撃的な長編映画デビューを飾り、2010年の『哀しき獣』でも鋭くエグいバイオレンス・スリラーを見せつけ、さらに2016年の『哭声 コクソン』で観客をゾっとさせた、あの韓国の“ナ・ホンジン”だということ。
私も“ナ・ホンジン”監督作はとても好みにハマり、『哭声 コクソン』は病みつきになりました。韓国のとある田舎村で起きる凄惨な事件、その得体の知れない恐怖と疑心暗鬼の底なし沼、そしてやたらアドレナリンを喚起させる怒涛の祈祷…。あのバッドエンドに容赦なく突き進む暗黒オーラ全開な感じが何度観てもいいですね。
その“ナ・ホンジン”は『哭声 コクソン』の続編を考えていたらしいのですが、それがしだいに今度はタイを舞台にした憑依&祈祷のこれまたエグさ120%の映画へと変貌したのが今作『女神の継承』。なので今回の映画はタイの田舎村です。まあ、起きることは『哭声 コクソン』と似たり寄ったりなのですが…。
で、これも『女神の継承』を語るうえで重要だと思うのですが(ただ日本の宣伝はこの要素を説明していないのだけど)、本作はモキュメンタリーとなっています。モキュメンタリーという言葉を知らない人のために軽く説明すると、これはフェイク・ドキュメンタリーといって、まるで本当の出来事を取材しているように映像を作っているけど実際はフィクション(作り物)であるドキュメンタリーのこと。要するに“やらせ”みたいなものですが、観客はそれをわかったうえで楽しむことになります。日本配給側がモキュメンタリーであることをあんまり前面にださないのは映画の雰囲気を損なわないためなのでしょうけど、モキュメンタリーに慣れていない観客の一部は「騙された」と本当に不快に思ってしまう人もいるので、難しいところですよね。
何よりこの『女神の継承』はモキュメンタリーとして非常に精巧に作られていますから。「これは嘘ですよ~」というおちゃらけた空気は微塵もない。ドキュメンタリー撮影スタッフが田舎の風習を取材中に本当にヤバい状況に追い込まれたように見える…。見てはいけない映像を見てしまった感覚といいますか、そういう衝撃が全編に充満しています。
この禍々しすぎる『女神の継承』を監督したのは、“バンジョン・ピサンタナクーン”というタイの人物。2004年に『心霊写真』で長編デビューし、タイの有名な怪談に基づくホラー・コメディ『愛しのゴースト』(2013年)は、国内の歴代興行成績を更新して大ヒットとなったそうです。タイではとても人気な“バンジョン・ピサンタナクーン”監督と韓国の“ナ・ホンジン”のコラボレーション。これはヤバそうな組み合わせ…。
最近は日本でも『哭悲 THE SADNESS』や『呪詛』が映画ファンの間で話題となり、残酷ホラーというジャンルがまた人気沸騰しつつあるのかという気配も感じます。たぶんみんなコロナ禍で我慢を強いられすぎてどこかで感情的に爆発したいと思っているんじゃないかな…。まあ、映画内で発散できるならそれでいいのだけど…。
ということで『女神の継承』もレーティングは「R18+」となっています。日本でのその判定の理由は性描写だと説明されていますが、実際の中身はリアルな自殺未遂描写、残酷な殺人描写(大人から赤ん坊まで)など、ショッキングな映像のオンパレードになっています。きっと大勢が嫌悪感を催すのは、犬を残酷に殺す惨たらしいシーンじゃないかな。これこそ事前に警告した方がいいかなと思ったので、気になる方は要注意です。
オススメ度のチェック
ひとり | :ジャンル好きであれば注目 |
友人 | :かなり人を選ぶけど |
恋人 | :怖い映像が見たいなら |
キッズ | :R18+指定です |
『女神の継承』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):様子がおかしい
タイ東北部にあるイサーンという村。のどかな風景が広がる自然豊かな田舎であり、高温多湿な環境ながら、人々は静かに暮らしています。
この村ではある変わった特徴がありました。一部の村人は「バヤン」という女神の霊を信仰していたのです。そのバヤンは村の女性たちに代々憑いているそうで、多くの女性が信仰に身を捧げています。
今日も女性たちが鬱蒼と茂る森を抜け、岩壁の隙間を抜け、少し上が開けた場所に辿り着き、そこに鎮座しているバヤンの石像の前で、一心不乱に捧げものを掲げて祈ります。
この信仰を支えているのが霊媒師のニムでした。本来はまずは姉のノイがバヤンを引き継ぎ、信仰を担うべきなのですが、そのノイはあろうことかキリスト教の信者になってしまい、その役割はニムに回ってきました。今はニムは祈祷を行う人物としてこの村に欠かせない存在です。
実はそのノイの周辺ではある問題が起きていました。ノイの夫の周りで不幸が連続していたのです。しまいにはその夫まで唐突に亡くなってしまい、葬儀の最中に信仰への不敬が批判され、ギスギスした空気になってしまいます。
しかし、それで終わりではありませんでした。今度はノイの娘であるミンに何かおかしなことが起こっているようでした。ミンもバヤン信仰とはかけ離れたいかにも若者らしい現代的な生活を送っていたのですが、最近は奇行が目立つというのです。
普段は真面目に職場で働く平凡な若い女性です。しかし、やたらと子どもっぽい行動をとる姿がスマホに映っており、子どもの遊び場で近くの子どもを突き倒し、無邪気に笑うなど、明らかに常軌を逸した行動をとっていました。また、夜に職場に行き、椅子で爆睡していることもありました。その翌朝、同僚の前で事情が掴めないようにぼうっとしていたミンでしたが、自分の股から血がたれ、急いでトイレに駆け込む場面も…。またある日は、酒を瓶ごと浴びるように飲みまくり、泣きじゃくりながら佇んでいることもあります。
ミンは憔悴し、母に抱きしめられ、辛そうにしています。本人もおかしいと自覚しているようで、悪夢のようなものを見て、幻覚か幻聴か、とにかく不可解な出来事が続発していました。
突然の激痛で仕事もできなくなったろ、急に攻撃的な態度をとったり、あげくには職場で複数の男とセックスしている映像を撮られ、完全に行き場を失います。
そしてミンは家のトイレで自殺未遂をし、血塗れで座り込んでいるところを発見されました。家では大騒ぎとなり、困り果ててニムに助けを求めます。
ニムは原因を調べようとミンの身辺調査を開始。これは悪霊的なものの仕業なのか。だとしたらその正体は…わからないことだらけです。
一方、愛する娘を守ろうとノイはミンにバヤンを憑かせる儀式を独自にさせようとしてしまい、その不十分な内容ゆえなのか、それは失敗。ミンは暴れて母を傷つけ、そのままどこかへ逃走して行方不明になってしまいました。
ミンの行方は知れず、ある日、夜道でミンが目撃され、車載映像で映っていました。それはただならぬ雰囲気です。
祈りを続けたニムは急に藪をかきわけ、廃墟へ辿り着きます。そこでミンを発見。ボロボロでしたが息はあります。
そして村の神聖なバヤンの石像の首がもげているのがわかり、ニムは絶叫します。
今、この村では何が起きてしまったのか。その現場をカメラが撮影し続けますが…。
オリエンタリズムではなくカルトとしてのアジア
『女神の継承』は観ればわかるとおり、モキュメンタリーの形式です。人を選ぶ形式で、これだけでも賛否があると思うのですが、私は今作に関してはモキュメンタリーにしたことで皮肉が効いていると思いました。
とくにそれはこういうアジア系文化への世の中の評価に対する皮肉です。どうしてもこういうタイを始めとするアジア系の古来からのカルチャーというのは、西欧白人社会からの注目が最近も高まる一方で、言ってしまえば消費的ですらある傾向があります。オリエンタリズムやエスニシティとして都合よく切り取って、「エキゾチックでスピリチュアルで良い文化ですね」という感じで接してくる。
まあ、それ自体を全否定はしないのですが、でもアジア系の文化は決してそんなオシャレなものばかりじゃない。なぜならそこには土着的な構造がそのまま滲み出ており、つまりはその地域の保守性、もっと言えば家父長的であったり、女性差別的であったり、そういう闇が内包されているからです。
もちろんそんなことはアジア人の被差別者で問題意識がある人は身をもってわかっているのですが、こういう『女神の継承』はその事実をあらためて、しかも露骨に強調させます。
本作の舞台である村のバヤン信仰も女性たちだけが継承するという点で非常に女性抑圧的なニュアンスが濃いですし、この田舎コミュニティが異質とみなしたものを排除する構造を持っているのもわかります。
おかしくなっていくミンが行き場を失っていくのも、この世界での若い女性のサポートの圧倒的不足なども助長していますし、それを撮り続けるドキュメンタリークルーさえもその対外的な視線の象徴のようにすら見えてきます。
それは信仰を超えてもはやカルト的ですらあり、アジア的な保守性がそうしたものといかに相性が良いのかも如実に示されます。アジアとカルトの親和性はもっと注目されてもいいなと思っていましたし、それを意識すれば見方はいくらでも変わりますしね。
タイの田舎地域はいかに信仰に支配されているかは、『THE RESCUE 奇跡を起こした者たち』でもその一端が垣間見えますね(自然災害の人命救助の成否を祈祷師任せにしていたりする)。
日本だって2022年は旧統一教会のカルトが政治や社会に密接に入り込んでいることがあらためてクローズアップされているわけですから(しかもそれらは往々にして女性を家に縛り付けることを良しとしている価値観がある)、この映画も他人事ではないでしょう。
『女神の継承』は「アジアの文化は美しい? いやいや本当にそうですか?」という、見たくないものを見せつける効果としては絶大なインパクトがありました。
俳優は健康だそうです
モキュメンタリーの映画の中には作りの雑さが見えてしまうものもあるのですが、『女神の継承』はかなり手の込んだ映像になっており、その完成度に驚きました。予算が少ないからモキュメンタリー風にして誤魔化しましたというわけではない、細部まで映像が考え抜かれています。
逃走したミンを探しているときに花火があがるとか、終盤の祈祷でのあの荒々しい映像でのダイナミックさとか、ちょっとあからさまに映画的だったりするのですが、そこも飽きない楽しさに繋がっています。途中で監視映像を挟んでホラー風味を強めたり、モキュメンタリーにありがちな単調な飽きがこないようにもしていました。POVを多用しすぎないようにしているのも親切です(とはいえ終盤の大殺戮でのパニック・シーンはさすがに苦手な人は酔うでしょうけど)。
もちろん俳優の演技にも大きく支えられています。やはり誰もが絶賛するのはミンを演じた“ナリルヤ・グルモンコルペチ”。見ている間ずっと「この俳優さん、精神面で大丈夫なのかな…」と心配になってくるほどに憑依そのものな演技を見せてくるのですが、インタビューでは元気そうな姿を披露。撮影中も食事に関する専門家(5~10キロくらい体重を増減させることになったらしい)やメンタルヘルスの専門家が傍についてくれたそうで、安全かつ健康に仕事できたとのこと。今は韓国語を学んでいるそうで、韓国のエンターテインメント界で仕事することを次の目標にしているらしく、今後は韓国の本場の映画でその演技をまた見られるかもしれませんね。
ニムを演じた“サワニー・ウトーンマ”も良かったです。私にとっては全然知らない俳優だからこそ、「この人で本当に解決できるのかな…」という不安を生じさせる。でも何か持っている力がありそうな気もしてくる。その絶妙な佇まいをこの“サワニー・ウトーンマ”は発揮していました。
そしてロケーションあってこその映画でもありました。シャーマニズムやアニミズムはやはり自然描写と一体化することでリアルさがグッと増しますね。
『女神の継承』は祈祷の大失敗と、そこからの阿鼻叫喚のバッドエンディング。ニム本人も実はバヤンへの信仰心は本音では揺らいでいたという語りからは、この世界に疲れ切ったのは誰よりもニムだったのかもという悲しい犠牲者が浮かび上がり、映画は幕を閉じます。
タイを観光する際は『女神の継承』はあまり役に立ちませんが、カルトとの距離を置く気持ちは強まるんじゃないですか。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 76% Audience 73%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2021 SHOWBOX AND NORTHERN CROSS ALL RIGHTS RESERVED.
以上、『女神の継承』の感想でした。
The Medium (2021) [Japanese Review] 『女神の継承』考察・評価レビュー