この国の続きは誰に託そうか…映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2023年)
日本公開日:2023年11月17日
監督:古賀豪
きたろうたんじょう げげげのなぞ
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』物語 簡単紹介
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』感想(ネタバレなし)
水木しげるの残したもの
日本に古くから伝承される民間信仰のひとつ「妖怪」。世界中に超常現象的な不可解な存在の伝承は語り継がれて広がっていますが、日本の妖怪はこの島国の歴史の中で独自の文化を育み、成長してきました。妖怪は常に社会や時代と共にあります。
そんな妖怪を現代に繋がる「キャラクター」へと別次元にアレンジしてみせた偉大なクリエイター、それが”水木しげる”です。
”水木しげる”の代表作は言わずもがな『ゲゲゲの鬼太郎』。元は1930年代に人気だった『ハカバキタロー(墓場奇太郎)』という民話の『子育て幽霊』を脚色した紙芝居からインスピレーションを得たもので、『墓場鬼太郎』という作品を土台に、漫画『ゲゲゲの鬼太郎』が1965年に誕生しました。
『ゲゲゲの鬼太郎』はいつしか妖怪を主軸としたシリーズとして大人気となり、日本における妖怪の固定観念を作り変えます。”水木しげる”の生み出した妖怪像は、今も現代の日本人の妖怪の基礎です。
”水木しげる”の妖怪クリエイティブに多大な影響を与えたのは、やはり作者の戦争体験。第二次世界大戦下に出征し、過酷な戦争を間近で目にし、九死に一生を得た人生観。『ゲゲゲの鬼太郎』には戦争というレンズを通してみた現実の惨さが溢れでています。
そうやって振り返ると”水木しげる”が創作したのは「戦後の妖怪」なのかもしれません。
しかし、この2020年代。もう「戦後」なんて言葉を引きずる作品はほとんどありません。なにせ戦争経験者のクリエイターがほぼいないのです。”水木しげる”も2015年にこの世を去りました。
妖怪を題材にした作品はいくらでもあります。『犬夜叉』とか『夏目友人帳』とか『妖怪ウォッチ』とか『鬼滅の刃』とか…。いずれも気持ちよく妖怪をエンターテインメントとして消費できる楽しさを持っています。
ただ、やっぱり思い出すのです。”水木しげる”の戦争を引きずるあの『ゲゲゲの鬼太郎』の手触りは特別だった…と。今だからこそ余計に特別感が際立ってくる…。
そんな感傷に浸っていた2020年代にこの映画が公開されたのは良いタイミングでした。
それが本作『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』。
本作は「水木しげる生誕100年記念作品」と銘打たれて作られた『ゲゲゲの鬼太郎』のアニメーション映画です(”水木しげる”は1922年生まれ)。
『ゲゲゲの鬼太郎』は1968年からアニメシリーズ化してきましたが、2018年から2020年にかけて第6期が放送。なんだかんだで作られまくってました。
この『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は第6期のアニメシリーズの世界観と地続きの劇場版なのですが、タイトルで示唆しているとおり、鬼太郎の誕生譚を描くオリジン・ストーリーとなっています。
そのため、『ゲゲゲの鬼太郎』に今まで一切触れたことがないという初心者でも、この映画から安心して入ることができます。ただ、最低限の知識として、「鬼太郎」というシリーズ共通の主人公キャラクターがいて、その父親が「目玉おやじ」(ひとつ目にちょこっと小さな体がついている)というキャラである…ということだけ頭に入れておけばOKです。
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は「100年記念」ということで少し既存のアニメシリーズとテイストを変えていて、鬼太郎の父親である目玉おやじが全盛期だった姿で登場し、その時期に深く関わることになる「水木」という人間を主役にしています(もちろん、この「水木」というキャラの名の由来は”水木しげる”)。
”水木しげる”の原作を意識した原点回帰的な雰囲気があり、大人向けのホラー風味となってもいます。多少の残酷な殺傷描写や、トラウマ的な設定があるものの、そこまで極端にホラーには振り切ってはいませんが…。
ジャンルとしては日本ホラーには定番の「閉鎖的な田舎村社会」を舞台にしたもの。相続跡目争いの最中に起きる殺人事件が題材なだけあって、小さい子には描写の怖さよりも、大人の人間模様がやや小難しいかな。殺人ミステリーだと思えば、ホラーが苦手な大人はきっと大丈夫…。まあ、主役のひとりが非人間であるし、今さら幽霊や怪物なんて…。
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の監督は、第6期のアニメシリーズでも演出などを手がけて、以前は第5期のアニメの映画である『劇場版 ゲゲゲの鬼太郎 日本爆裂!!』も監督した“古賀豪”。製作には「水木プロダクション」も参加しています。
”水木しげる”の残したものを噛みしめながら、どうぞ鑑賞してみてください。
テーマとしては戦時下から引きずる日本社会の歪みというものが滲み出ており、そこに関心がある人にもオススメです。
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』を観る前のQ&A
A:とくにありません。
オススメ度のチェック
ひとり | :シリーズ初心者でも |
友人 | :オススメし合って |
恋人 | :気軽に楽しんで |
キッズ | :小さい子にはやや怖い |
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
記者の山田は雨が降る森の中をぬかるみを歩いて進んでいました。しかし、気分は高揚しています。都市伝説「妖怪少年ゲゲゲの鬼太郎」…その出生の秘密の地に辿り着いたのです。山田の手がけている雑誌は次で廃刊なのでせめて最後だけは特ダネで締めたいと考えていました。
ところが霧が深くなり、方向がわからないでいると「引き返してください」と急に言われます。振り向くと古びたトンネルの前で佇んでいる鬼太郎、ねこ娘、目玉おやじがいました。
そう警告だけして、鬼太郎たちは奥へ消えていきます。それでも山田も奥に足を踏み入れます。そこにあったのは、廃村となった哭倉村。
年月は遡ること昭和31年(1956年)。戦後の経済復興が進んで安定化し始めていた当時の日本。そんな日本の財政界を牛耳るほどの権力を持っていた龍賀一族の当主、龍賀時貞が死去しました。高齢ではありましたが、その死は間違いなく日本社会を揺るがします。
東京の帝国血液銀行の上層部はいち早く龍賀時貞が亡くなったという情報を手にしました。跡目争いは熾烈なものとなることは確実。帝国血液銀行も龍賀一族の影響下にあります。新当主とどこよりも先に親しくなっておけば、ビジネスは有利に進むでしょう。
龍賀一族の経営する製薬会社「龍賀製薬」の克典が新当主となれば都合がいいですが、入り婿であるのが問題視されるかもしれません。そのとき、龍賀製薬を担当していた水木が口をだしてきます。
彼いわく、嫡男の時麿は健康面の問題があって表にでてきておらず、一方の克典は禅譲の内示を受けるほどに信頼も厚かったとか。そこで水木は龍賀一族の故郷・哭倉村へ向かうことになりました。
出発前、社長は「龍賀と言えばアレだ…」と意味深に告げ、察した水木は「探ってまいります」と出ていきました。
謎が多い龍賀一族。水木がその家系の内情を知り尽くせば、水木自身の出世にもなります。
その哭倉村に向かう列車内で、水木は不意に「おぬし、死相がでておるぞ。この先、地獄が待っておる。ワシには見えないものが見えるのじゃ。おぬしにも大勢憑いておる」と声をかける謎の人物が通路を挟んで反対の席に座っているのに気づきます。しかし、一瞬でその謎の人物は消えていました。
次にタクシーでトンネルまで到着。そこを抜けると穏やかな田舎の風景が広がっていました。
道端でひとりの若い女性と出会います。下駄の花緒が切れてしまったようで助けてあげます。その女性の名は龍賀沙代。さらに幼い少年が駆け寄ってきます。長田時弥です。
龍賀家の屋敷へ着くと、玄関先で複数の者に囲まれて警戒されますが、克典の登場で中へ案内されます。葬儀の前夜は部屋に籠るという龍賀一族の伝統があるそうです。軽口な克典はこの村の風習を苦手としていると語ります。
葬儀の中心の場は異様な緊張感でした。親族や分家が密集し、みんな狙いは権力と富なのは明白。夫人の乙米は厳しい目つき。乙米の娘が沙代です。次女の丙江、三女の庚子が揃い、庚子が時弥の母です。隣にいるのは庚子の夫で村長の長田幻治。
そのとき、時麿が前に登場。元気そうにみえます。
遺言が読み上げられ、当主として時麿が選ばれ、乙米が龍賀製薬の会長として決定されました。場は大荒れです。しかし、時麿が泣きわめくと、謎の地響きと唸り声がして、静まり返ります。
ところが、翌朝、時麿が何者かに惨殺されているのが発見され…。
戦時下から歪んだ日本社会の呪い
ここから『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』のネタバレありの感想本文です。
「閉鎖的な田舎村社会」を舞台にするのは日本のホラーの十八番であり、『八つ墓村』(1977年)から最近だと映画『牛首村』(2022年)やドラマ『ガンニバル』(2022年)など、枚挙にいとまがありません。
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の哭倉村も、代々に渡って龍賀一族が支配する村社会。そしてこの龍賀一族はいろいろな意味で日本社会の保守的な歪みを凝縮した存在となっていました。
龍賀沙代のような娘を幼い頃から当主と体を交わ合わせる近親相姦に象徴されるように、絶対的な血縁主義を家庭観としています。しかも、その力の源は「幽霊族」の血であり、ゲゲ郎の妻も血桜の養分にされていました。まさに、人間と妖怪を横断する家父長制の権化です。
そしてここが”水木しげる”作品らしい真骨頂ですが、この日本社会の保守的な歪みが先の戦争によって増長されたという因果と構造が提示されます。
終盤の窖で幼い長田時弥の体を乗っ取ってまでこの世に君臨しようとする龍賀時貞が、自身の政治思想を陶酔的に語ります。まず軍国主義があり、敗戦からは資本主義へとその欲を醸成する場を移しました。
水木に「会社を持たせてやろう。妻をとって家庭をもて」と男性の規範的なキャリアの誘惑を仕掛け、「国ごと滅ぼすぞ」と危機感を煽る。手口はいつも同じです。兵士も社員も変わりません。この社会の駒です。
戦争や経済とは「異なる正義同士の二項対立」でも「資本に基づく対等な競争」でもない、結局は「搾取」であり「支配」なのだということを浮き彫りにさせます。
また、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』では血液製剤「M」を資金源の源流とする製薬会社でしたが、製薬企業はオピオイド危機と絡めてアメリカのエンタメ作品でも悪の企業としてもっぱら採用されやすいからですね。つい最近も製薬会社を支配する一家の闇をホラーで描いたドラマ『アッシャー家の崩壊』もありましたし…。
ゲゲゲの鬼太郎 -1.0
偶然ではあるのですが『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は『ゴジラ−1.0』と公開日が近くなり、この2つの映画は結構似ていて、でも決定的に違う…そういう比較ができるものになっていました。
まず主人公の設定が類似しています。戦時下で兵士となるも生き残ってしまった若き男性で、そのことがトラウマになりつつも、自身の(あえてこういう言い方をしますが)せこさのような生き方を内面化し、戦後に適応しようとしています。そんな男が徹底的な恐怖の存在との対峙によって再び自身の過去と向き合うハメになります。
『ゴジラ−1.0』のほうは後半から結末にかけて、日本社会の保守的な歪みに対する自己批判の精神が薄れ、ナショナリズムの再生産としての男たちの結集になってしまったのが、個人的には残念だったのですけど、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は方向性が異なります。
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の水木を軌道修正してくれるあのゲゲ郎の存在が大きいですね。人間社会の規範を持ち合わせていない幽霊族のゲゲ郎がいるからこそ、水木は己の弱さを権力で克服する道から縁を切り、次の一歩を踏み出します。
水木とゲゲ郎のこの男性同士のリレーションシップは、たぶん『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の大ヒットを後押しする最大のファンダムの魅了ポイントだったと思いますけど、最近の『呪術廻戦』といい、ブロマンス訴求のファンダム・パワーの凄まじさを実感する新たな一作になりました。
ただ、ちょっと相棒関係を育むうえで尺の物足りなさはありましたけどね。この映画一本分で終わらせるのはもったいなく、あの水木とゲゲ郎だけでアニメシリーズが数シーズンは作れましたよ…。水木とゲゲ郎の関係はこれっきりなのはしょうがないとして、ゲゲ郎を主人公とするスピンオフのシリーズは絶対に検討してほしいくらいです。
本作を観ていて思ったのです。作中で少しだけ戦時中の描写もありましたが、“水木しげる”作の『総員玉砕せよ!』をそのまま本格的にアニメ化してくれないかな、と。
さすがにそれは企画が通らないのはわかるので、せめてゲゲ郎を主人公とするスピンオフのシリーズで、あの戦時中の日本で巻き起こる妖怪物語を通して、社会を風刺するエピソードをいくつも作ってくれたらな…。“水木しげる”が存命で創作活力があったら作ってそう…。
まあ、そんな私の妄想はさておき、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』は日本社会の保守的な歪みを自己批判的に描くことから逃げない姿勢をみせたことは、とくにこの時代にとってとても大事だと思いました。けれどももっとやっていいんじゃないか?とはやはり感じてしまう部分もあります。なんというか、“水木しげる”の通った跡だからそこを偉人漫画家の権威にあやかって通れているという感じがするし、本当は“水木しげる”亡き後にまだ未踏破の道を新たにかきわけていくくらいのことをしないといけないと思ったりもするので…。
このいまだに保守的な呪いが巣くう日本で、その邪悪な存在をクリエイティブで退治できる勇気ある者は現れるのでしょうか。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」製作委員会
以上、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』の感想でした。
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』考察・評価レビュー
#家父長制 #民間伝承