新しい監督がまたどこからともなく出現しました…映画『レリック 遺物』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:オーストラリア・アメリカ(2020年)
日本公開日:2021年8月13日
監督:ナタリー・エリカ・ジェームズ
レリック 遺物
れりっく いぶつ
『レリック 遺物』あらすじ
森に囲まれた家で静かに独り暮らしをする老女・エドナが姿を消した。そのエドナの家に急行した娘ケイと孫娘サムは、エドナが認知症に苦しんでいたらしいことはわかるがどこに行ったのかは不明だった。しかし、手がかりを求めて2人が心配する中、突然エドナが帰宅する。まるで何事もなかったかのように振舞うが、その様子には違和感があり、しだいに恐怖を感じるほどの異常事態に襲われていくことになる。
『レリック 遺物』感想(ネタバレなし)
ホラーが新人監督を呼び寄せる
話題作やビッグタイトルを鑑賞するのもいいのですけど、個人的には新しい映画監督のチェックは欠かせません。それを楽しみにしている映画ファンも一定数いるでしょう。新人監督にいち早く目をつけ、そのフィルモグラフィーが少しずつ蓄積されていくのを眺めていく。さながらアサガオの観察日記でもつけるような、いかにもシネフィル的オタクな嗜好ですね。
そうやって初期の頃から親しんでいれば愛着が湧きますし、その新人監督が後に評価されて有名になっていけば、子の成長を見届けた親の気分です(全くの他人だけど)。
そんな初々しい監督の若葉も見つけたいときはやはりインディペンデント映画をチェックするのが定番。とくに私が参照するのは「ゴッサム・インディペンデント映画賞」のようなインディペンデント作品だけを対象にする賞です。基本的にはここにノミネートされた映画は全部鑑賞するつもりでいます(日本で全部公開されるといいんですけどね…)。
そのゴッサム・インディペンデント映画賞、第30回となる2020年のノミネート作品は5作。受賞したのは『ノマドランド』であり、アカデミー賞でもそちらの作品は受賞したので2020年は本当にインディペンデント映画の年でしたね(コロナ禍のせい大手企業の大作が少なかったのですが)。
その2020年のゴッサム・インディペンデント映画賞のノミネート作品でちょっと異彩を放っていた一作がありました。それが本作『レリック 遺物』です。
本作の何が変わっているかというとホラー映画なのです。批評家受けしそうな社会派作品でもなく、思いっきりジャンル作品。それでも賞の場に立てるというのはそれだけ批評家の心を掴めたのか。
しかも、本作の監督はこれが長編映画デビュー作。その監督とは“ナタリー・エリカ・ジェームズ”。日系オーストラリア人の新鋭で、これまで短編作品を中心に活動を展開していきましたが、この『レリック 遺物』で一気に長編映画界でも注目のマトに。
オーストラリア人でホラーで出発した女性監督と言えば『ババドック 暗闇の魔物』のジェニファー・ケント監督を思い出しますが、そもそもホラーというジャンルは斬新なセンスを持つ監督が生まれやすい泉でした。
『ヘレディタリー 継承』のアリ・アスター監督とか、『フィアー・ストリート』のリー・ジャニアク監督とか、『ウィッチ』のロバート・エガース監督とか、『ゲット・アウト』のジョーダン・ピール監督とか…。だから私はホラーが好きなんですけどね。
“ナタリー・エリカ・ジェームズ”監督もこの『レリック 遺物』で間違いなくそのホラー・ニューフェイスの仲間入りですね。どんどんキャリアアップしていってほしいなぁ…。
『レリック 遺物』の気になる物語ですが、老齢の女性・その女性の娘・その娘の娘…3世代が一堂に集まる中で起こる不気味な現象を題材にしています。これ以上はネタバレになるので言及しづらい…。あの映画に似てるよねと喋るだけでネタバレになるし…(詳しくは後半の感想で)。
エンターテインメント要素の強いアトラクション系のホラーというよりは、心理的恐怖でじわじわと攻めてくるホラーですね。寓話性も濃いので単純にびっくり恐怖を味わいたい人向けではないかも…。身体切断とかのゴア表現は出てこないので苦手な人でも大丈夫。ただ、障がい者差別発言は飛び出てくるんですけどね…。
出演陣は、『ラースと、その彼女』『マイ・ブックショップ』など多彩な演技を見せる“エミリー・モーティマー”、『高慢と偏見とゾンビ』『ネオン・デーモン』のオーストラリア俳優である“ベラ・ヒースコート”、そして素晴らしい経歴で映画や舞台の世界に貢献してきた“ロビン・ネヴィン”が今作では見事な怪演を披露してくれます。ほぼこの3人のアンサンブルです。
なお、『レリック 遺物』の製作には“ジェイク・ギレンホール”、製作総指揮には“ルッソ兄弟”が関わっています。こんな作品にも関与しているのか…。
新しい才能を目撃したい…そんな人はぜひ『レリック 遺物』を鑑賞リストに加えておいてください。約90分と短いので観やすいです。
オススメ度のチェック
ひとり | :ホラー好きは必見 |
友人 | :エンタメ要素は薄いです |
恋人 | :お互いの趣味に合うなら |
キッズ | :怖いのは平気? |
『レリック 遺物』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):母はどこへ消えた?
ケイのもとに1本の電話がかかってきました。相手は警察です。「あなたの母親が行方不明です」
ケイの母・エドナは田舎の森に囲まれた静かな一軒家で独り暮らしをしていました。その母がいつからか失踪して連絡がとれないというのです。
こうしてケイは車で母の家に向かうことにしました。娘のサムも同行しています。さっそく母の家に到着。ドアを叩くサムは「おばあちゃん?」と呼びかけますが応答なし。なんとか家にあがりこみ、エドナを探すことに。静かな室内です。荒らされた形跡はないですが人の気配もありません。まるでしばらく誰も住んでいないかのように…。
寝室にゆっくりとケイが近づき、母を呼びかけますが、シーツの中にもいません。椅子に目をとめるケイ。母の何かを飲みこむような態度に少し気をとられるサム。
ケイは車を飛ばし、雨の中、警察のもとへ。エドナは物忘れが激しく痴呆の症状があることを説明します。警察いわく、家を出ていった日時がハッキリしないそうで、ケイもよくわかりません。出かけるような話もしていませんでした。ケイは去年はエドナの写真を渡します。
一方、家に残ったサムはモノだらけの部屋に。そこで物音を聞きます。服を大量にかけてある広めのクローゼット奥に黒いシミのようなものがあり、なんとなく気になります。そのクローゼットになぜか真新しい鍵がついていて厳重に施錠されているのも不思議でした。
翌日、森をみんなで捜索。雨に濡れた霧がかった森を歩くも見つかりません。捜索は一旦終了し、他にやることもないので家の掃除をするケイ。
夜に外でくつろいでいたサムは、懐中電灯で向かってくる誰かに気づきます。隣に住むジェイミーでした。「もう見つかった?」と心配してくる優しそうなジェイミー。ジェイミーもしばらくエドナに会ってないそうで、父が会うのを嫌がっているのだとか。
ピアノを弾くケイ。サムも祖母にピアノを教わったことがあるようです。鍵が気になるサムは母にそのこととを尋ねます。「あれって新品?」「怖いのよ、誰かが入ってくるって」…母はあくまで物忘れにすぎないと言います。
その深夜、壁からなのか「ドン!」という物音。一部だけ黒いシミなのかカビなのか汚れています。寝ているときに恐怖を感じ、サムのシーツに一緒に入るケイ。誰かがおでこをなで…。
翌朝、キッチンに平然とエドナがいるのを見るケイ。「今までどこに?」
しかし、エドナは「お茶でも飲む?」とマイペース。怪我はないようですが、素足が汚れています。出かけていたと言いますが、ケイが問い詰めても詳細はわかりません。
ひとまず母が見つかったことには安心ですが、このまま放置もできません。ケイはメルボルンに行って母を施設に預ける準備をする予定でした。エドナは独り言を夜中に喋っており、痴呆の傾向は酷くなっているように思えます。
その中、サムは夜に異変を感じ、恐怖を経験します。
そしてエドナは「あれは本物のサムとメイじゃない」「私が死ぬのを待ち望んでいる」と言いながら「出ていけ!」と2人を追い出そうとする状態に…。
この家に何かあるのか。エドナとの関係は…。
ラストが示す恐怖への受け止め方
『レリック 遺物』は全体像が掴めない不穏な始まりです。しだいにわかってくるのはエドナがアルツハイマーを患っているということ。そういう点では本作は「老い」の恐怖を描いているとも言えます。
同じく認知症を題材にしたものは最近だと『ファーザー』という極めつけの一作が登場しました。あちらは認知症当事者である高齢者視点で物語が進み、その恐怖を体験させてきました。
一方のこの『レリック 遺物』は徹底して外側からの目線になっています。老いを外側から捉える作品は無数にありますが、この『レリック 遺物』はその対象をホラーというジャンルに重ねます。“ナタリー・エリカ・ジェームズ”監督の祖母も実際にアルツハイマー病を患っていたそうで、その個人的な体験が基になっているのだとか。
しかし、ここで本作の面白さになっているのはその恐怖を単に恐怖として消費して終わることにならないという部分です。最終的なラストシーンを見ればわかりますが、本作は老いとは避けられないものであり、それは遺されていき、やがては受け継ぐものとして宿命のように描いています。それを象徴的に示す、あの3世代の横並びの場面がいいですね。家族っていいものです…みたいな無批判な家族観の推進でもなく、かといって家族の否定でもない、避けようがない家族の連鎖を淡々と映し出す。あそこで恐怖を経験したケイとサムが家を出ていってしまったら平凡なホラー映画で片付いてしまいそうですが、しっかりあのエンディングのオチをつけたことでこの『レリック 遺物』は非常に寓話性の高いものになったと思います。
そのラストを強烈にさせるエドナのあの異様な存在感も素晴らしかったです。エドナを演じた“ロビン・ネヴィン”の名演も文句なしに素晴らしいですが、とくにあの最後の真っ黒モードになった状態のアレはどうやっているんだろう?と思ったら、なんとアニマトロニクスなんですね。なんかもう最近のアニマトロニクス、リアルすぎて怖いですよ。私たちの日常生活にアニマトロニクスが導入されたらどうなるんだろう…。
前半はアジアン・ホラーなテイストだったのに、あのラストの皮めくりといい、いきなりデヴィッド・クローネンバーグ風になった感じも…。
ともあれ『ロッジ 白い惨劇』が「幼さ」への恐怖をねっとり描くものなら、この『レリック 遺物』は「老い」への恐怖を描きつつ、さらに達観した境地にたどり着く、そんな映画でした。
こうならないように
また、『レリック 遺物』は単純に「老い」だけのテーマとして語るだけではない、もっと幅の広い考察もできると思います。
例えば、本作は明らかに女性しか出てきません。メインはあの3世代の3人です。では男性は全く関与しないのかと言えばそうではなく…。表面上で登場はしてきませんけど、あの3人のそれぞれの人生に男性はおそらく関わり、そしてある種の影を遺しているんでしょうね。
とくにエドナ。エドナは、あの時点では唯一の家長のようで、あの家も代々受け継がれていると推測されます。少なくとも曾祖父が住んでいたという家の一部を再利用していることは説明されます。あのクローゼットの奥から迷い込む異空間も荷物でごちゃごちゃとしていましたが、あれらもそういう一族で受け継いできた荷なのでしょう。
そのエドナは老齢となっても家に縛られたまま。新しい趣味や生きがいを見い出せることもなく、そこに囚われる。それは男性社会的な家族観から抜け出せない古い女性が直面してきた境遇そのものでしょう。エドナにとってケイやサムを自分と同じ目に遭わせたいわけではなく、追い出したいと思っていたのかもしれません。冒頭でチカチカとイルミネーションが点灯するクリスマスツリーは微かな家族の思い出の名残を感じさせ、それはエドナにとっての一縷の望みというか、生きるうえでのたったひとつの頼みだったのかな。
一方でそのエドナにも負の側面があったり。例を挙げれば、あのジェイミーへの態度です。ジェイミーはダウン症で(演じている“クリス・バントン”も実際にそうです)、エドナは露骨に差別的な発言を口走り、それを聞いたサムは嫌そうな顔をします。ああいう経験はあると思います。自分の両親や祖父母など上の世代の家族が差別的な態度を平然ととり、そんな人間と自分が家族という繋がりを持っている事実に嫌悪感を持ってしまうということが。
思えばエドナの恐怖心は明らかにジェイミーに対する偏見混じりの感情が後押しになっており、ジェイミーをクローゼットに閉じ込めたのも、痴呆とは言え、そこにある差別的思考は無視できません。
私は本作を観ていて自分の祖母を思い出しました。私の祖母は独り暮らし中に部屋に侵入者がいたと騒ぎを起こしたことがあり、結局は祖母は痴呆の症状があり、勘違いだったのですが、そのとき侵入者は朝鮮人だったと言っていたんですね。それはもちろん朝鮮人差別的な思考が染み込んでいるからなのでしょう。それを目の当たりにした私の気持ちは複雑ですよ。それは差別だよと怒るにも怒れないじゃないですか、アルツハイマーの老人相手に…。悲しい気持ちに沈むしかできない…。
保守的・差別的な思想から抜け出せないままに老いていくのは本当に怖いです。老いるのはしょうがないけど、その思想だけは取り除く努力を今のうちにしたいものですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 49%
IMDb
6.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2019 Carver Films Pty Ltd and Screen Australia
以上、『レリック 遺物』の感想でした。
Relic (2020) [Japanese Review] 『レリック 遺物』考察・評価レビュー