伝統文化の凄さを思い知るメキシカン・ホラーの快作…映画『古の儀式』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:クリストファー・アレンダー
古の儀式
いにしえのぎしき
『古の儀式』あらすじ
部族の風習について取材すべく、生まれ故郷であるメキシコのベラクルスを久しぶりに訪れた記者。そこで彼女に悪魔が取りついていると信じる地元住民に捕らわれてしまう。監禁状態となり、自由を封じられた記者は抗議の声をあげるが、部族の者たちは聞く耳を持たない。どういう意味があるのかもわからない呪文を唱え、儀式の準備に取り掛かり始める。危機感を抱いた記者はなんとか脱出しようと試みるが…。
『古の儀式』感想(ネタバレなし)
メキシコからのホラーな拾い物
2021年の「お盆」はコロナ禍の影響のせいで、私もとくに親族と集まったりするようなことは一切せず、お墓参りにも行かなかったのですが、この祖先の霊を祀る行事はなんとも変わったものです。仏教由来なのかなと思ったら、実は縄文時代からこの文化は存在していて、いわゆる「祖先崇拝」と呼ばれています。
でもこういう文化も廃れていくのは時の定めなのか。スマホのガチャをするときや受験のときは必死に祈っても、肝心の伝統文化行事で祈る人はどんどん減ってきています。SNSで流れるデマや陰謀論はあっけなく信じてしまうけど、伝統行事の儀式なんて嘘っぽいとバカにされてしまったり…。
しかし、伝統文化には歴史があって、それを知ることでルーツが見えてくることもあります。日本は自己のルーツに無関心な人が多いですが、日本だって例外ではない。そこからわかるのは、祖先の想いだったり、他国文化との繋がりだったり、自然への畏敬だったり、どれも現代人には欠けているものばかり。
たまには考えてみるのもいいんじゃないですか。
え? 面倒くさい? じゃあ、悪魔に憑りつかれて強制的に考えないといけない状況にさせましょう。
ということで今回の紹介する映画の話。タイトルは『古の儀式』です。
なんとも直球な邦題ですが、本作はアメリカのインディペンデント映画。でも舞台になっているのはメキシコの小さな村。そしてワン・シチュエーションありきの狭い空間を使い切った低予算ホラーです(実際の製作費はわからないですけど)。初期の『ソウ』シリーズみたいなものですね。
物語の出だしはこうです。ひとりの女性が狭い部屋で捕まっています。その女性は記者で、地元の辺鄙な村に里帰りしてきたのですが、伝統文化の取材という名目でありながら、なぜこんな目に遭っているのか。なんでも自分は悪魔が憑りついているというけれど…。
こんな「なぜ? どうして? 誰か説明して!」系のスリラーであり、それと同時にメキシコ文化に息づくシャーマニズムが根底にあるスピリチュアル・ホラーです。
これ以上言うとネタバレになるので控えておきますが、このタイプのジャンルが好きな人は楽しいと思います。思わぬ拾い物みたいな感覚です。私はその舞台となった地域の文化に根付くホラー映画(『ザ・リチュアル いけにえの儀式』『ラ・ヨローナ 彷徨う女』『獣の棲む家』とか)が基本は大好きなので今作『古の儀式』も好物なのはなんとなく観る前からわかっていましたが、想像をワンランク超えて満足できました。結構、味気のある曲者でそれでいて愛嬌のあるホラーですよ。
監督は“クリストファー・アレンダー”という人で、『マペット』シリーズの監督とかしている人物なのですが、おそらくこの『古の儀式』が長編映画の初監督作になるのかな。
俳優陣は、“ブリジット・カリ・ カナレス”、“アンドレア・コルテス”、“フリア・ベラ”、“サル・ロペス”など。“ブリジット・カリ・ カナレス”はドラマ『フィアー・ザ・ウォーキング・デッド』に出演していましたし、“アンドレア・コルテス”は最近はドラマ『マイ・ブロック』に出演して活躍が広がっています。『アバローのプリンセス エレナ』でも声で出演している“フリア・ベラ”は『古の儀式』のカギとなるキャラクターを熱演しており、たぶん観た人は一番気に入るキャラなんじゃないでしょうか。
本作『古の儀式』、日本では劇場未公開で、Netflixでさりげなく配信されているだけ。なので全然気づかない人も多いと思いますが、ホラー映画ファンはこういう隅っこで邪念を放っている作品を見つけるのが醍醐味だったりするわけで…。
恐怖で寝られなくなる!という映画ではありません。むしろ作風のクセを楽しむ個性派な一品です。
どうでしょうか、メキシコからのびっくり悪魔玉手箱は。これを開ければ今日からあなたも悪魔祓いできるようになりますよ(保証はない)。
『古の儀式』を観る前のQ&A
A:Netflixで2021年8月25日から配信中ですが、オリジナル映画(独占配信)ではないので、配信が突然終了することもじゅうぶんに考えられます。観れるうちにさっさと鑑賞することを強く推奨します。
A:残酷なゴア描写があるわけではないですし、音などでワッと驚かせるのが基本のタイプでもないです。どちらかと言えば、心理的な嫌悪感をじわじわと与えてくる感じです。
オススメ度のチェック
ひとり | :ホラー好きはぜひ |
友人 | :趣味が合うなら |
恋人 | :軽い恐怖で気分転換 |
キッズ | :そこまで怖いわけでも |
『古の儀式』予告動画
『古の儀式』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):何も恐れる必要はない
顔に布袋をかぶせられて拘束されている女性。「誰か…。英語、わかる?」と怯えながら傍に気配がするので声をかけます。「私はクリスティーナ・ロペス。アメリカ人、記者です」
布袋をバサっと外されるクリスティーナ。狭い無機質な部屋で、目の前には静かな白髪の男がいます。
「なぜラ・ボカに?」「ここの部族や風習について取材するために来ただけ!」…必死に訴えますが、男は冷静です。話が通じてないのか。それとも無視しているのか。男はお構いなしに何やらいそいそと準備のようなことをしています。
「ミランダ・フロレスを知っている?」と地元の言葉で語りかけると反応あり。いとこのことを知っているのか。
男は部屋を出ていきます。よく見ると壁には変な模様がいっぱい。すると今度は顔に独特のメイクを施した老婆がやってきて、クリスティーナを見るなり「憑いてる」と一言。すると男はポリタンクでクリスティーナにミルクをガバガバと口に注ぎ…。ショックで放心状態になるしかありません。なんでこんな酷い目に…。
翌朝、男がクリスティーナを鎖で繋いでトイレ用のバケツに導いた後、部屋に若い女性が入ってきます。
安心するクリスティーナ。ミランダです。でも彼女は深刻そうな顔で「なんであそこに行ったの? 危険だから止めたのに」とキツく叱ります。その言葉に不服そうなクリスティーナ。「それが仕事なの。洞窟なんてそこらへんにいっぱいある…」「遺跡よ」
ミランダはあの男の名はハビで、母親と古代の伝統ある儀式を守っていると説明します。魔術だと…。
自分の状況を理解できないクリスティーナ。「あなたの中に恐ろしいものがいるの。悪魔よ」
ミランダの言葉を「あり得ない」と一蹴しますが、「ここから出せるわけない」とミランダは頑なで、クリスティーナの微かな希望は打ち砕かれました。
夜中、部屋でひとり時間を潰していると窓から少年がこちらを見ています。でもどこかへ消えてしまいました。バックから取り出したドラッグをこっそり自分に打つクリスティーナ。ストレスだらけの現実から朦朧と逃げ出していき…。
目が覚めると自分は両手両足を縛り付けられ、ペイントをされて、儀式の真っ最中でした。悪魔の名前を調べるらしく、これからいろいろ“見る”ことになると。
ひとりにされて放置状態でいると、窓から黒い蛇が近寄ってきます。1匹ではありません。続々と不気味な蛇が接近し、体を這ってきて、恐怖に怯えるクリスティーナ。しかし、顔に近づく直前にハビが蛇を袋で捕獲。老婆は壁に血の手形をつけ、白い模様と重ねます。
次に本を渡されます。悪魔の勉強をするように…と。クリスティーナはまだ疑っていました。バカげていると。「あのときは?」とミランダは問い詰めます。それはクリスティーナが思い出したくない母の最期の記憶。焦ったクリスティーナはミランダの腕を激しく掴み、しっかり痕がつき…。
状況の深刻さに向き合おうとしだしたクリスティーナは、ミランダに悪魔の名を聞きます。
それは「ポステキ」…。
その悪魔はしぶとく、狡猾で、恐ろしい…。
伝統文化にトラウマを抱えて
『古の儀式』の舞台は、メキシコのベラクルス州。ただし詳細な地理は不明です。なにせ主人公のクリスティーナは作中のほとんどを部屋に閉じ込められていますから。それでもなんとなく察するに、都市部から離れた伝統的生活が残る村にいることはわかります。
このベラクルスは、アメリカ大陸で最も初期に生まれた文明と言われている、「オルメカ」という紀元前1200年頃から紀元前後にかけ、先古典期のメソアメリカで栄えた文化があります。なのでこの地域に民族風習を取材するために来るというのはじゅうぶん納得のいく話です。
作中で登場する祈祷師のような老婆、名前はルズ…は、現地の言葉で「bruja」と呼ばれる女性のシャーマンで、ラテンアメリカによく見られる魔術信仰の文化です。
こうした古来の文化に基づくホラー・ストーリーは2つに大別されます。ひとつは文化を全然理解していない余所者(観光客など)がフラッとやってきて恐ろしい目に遭うというパターン。『ミッドサマー』とか『ザ・リチュアル いけにえの儀式』がそうですね。もうひとつはここが地元である人間が自分のルーツと向き合っていくというパターン。『ラ・ヨローナ 彷徨う女』とか『獣の棲む家』がそれです。
本作『古の儀式』は後者なのですが、面白いのはこの主人公であるクリスティーナはアメリカに移り住んでおり、かつ実は地元の文化にトラウマを抱えて拒絶しているということ。故郷で暮らしていたとき、苦しむ母をシャーマンが儀式めいたことで治療しようとしていましたが、結局は死んでしまった。クリスティーナの中では地元の伝統文化は母を奪った憎き存在へと変わっていました。きっと非科学的なことをしていたから母は死んだに違いないと…。
なので序盤からクリスティーナはとても冷めた目線というか、捻くれた嘲笑いで、この伝統文化を見ている部分があります。まさか自分がその文化の真っ只中で命を預けることになるとは知らずに…。
ミルクを飲もう!
『古の儀式』は観客も巻き込んで主人公と一緒にこの信用できないシチュエーションで困惑することになります。
そりゃあ、嫌ですよ。あんなポリタンクでヤギの乳をぐびぐび強制一気飲みされるなんて。酷い一気飲みの強要だ…。せめてひと呼吸置いて説明して…。
でもこの「ミルクを飲む」というくだりがしだいに作品の愛嬌になっていくのがいいですね。おばあちゃんの「ミルク、飲む?」の緊張感抜けるシーンといい、最後はクリスティーナからの「ミルク、飲む?」の返しでフィニッシュですから。これはもう本作はミルク映画です。全国の牛乳関連団体は後援してもいいレベル(断言)。
儀式も楽しいです。私は儀式が大好きなので、本作の魑魅魍魎な儀式シーンの数々は最高でした。クリスティーナの腹の中からなんだかよくわからないドロドロしたものを摘出するシーンもそうですし、あの後半の床に張り付けてのリスク高めな儀式のファイナルバトル。そこでまさかのおばあちゃんのハートキャッチなアタックでトドメですよ。こんなおばあちゃんがカッコいい映画、大興奮させてくれるじゃないですか。私はおばあちゃんが元気な映画が好きなんです。
忘れそうになりますが、クリスティーナはヘロイン依存症であり、かなりその依存性は高そうです。そんな彼女に悪魔祓い儀式とミルクで浄化を試みる。これはある種の脱依存症の荒療治でもある。最後にのこのことやってきた上司のカーソンのヘロインには目もくれていないので、ちゃんと依存症は治っているみたいですしね。
私は今日から悪魔祓いする
実はあの夜中に現れる謎の少年こそが悪魔であり、クリスティーナの悪魔がルズの犠牲で退散できて、めでたしめでたし…と思ったら、ここでもうひとつのオマケ。今度はミランダに憑りつきました!という流れ。まあ、悪魔祓いの世界では定番です。悪魔はゴキブリ並みにしぶといのです。
しかし、ここでクリスティーナがルズの姿に導かれるように、割とあっさりシャーマン・スタイルになるのは本作『古の儀式』の最大のツッコミどころですが、いいんです。カッコいいから。ミルクをポリタンクで飲んだらこれくらいの境地に達するんですよ、たぶん。
神秘主義的な魔術文化を題材にしながらも、ほどよくカタルシスのあるジャンル映画としての気持ちよさも確保している。本作『古の儀式』のバランスはちょうどいいと思いました。
“ブリジット・カリ・ カナレス”と“アンドレア・コルテス”が演じる親戚同士のシスターフッドな繋がりもいいですね。あのルズのシャーマン文化、要するに女性が大きなキャリアにつけるという意味ではとても先進的なわけで、そこを受け継いでいくというのは、実のところ本作はとてもフェミニズムなストーリーとしても解釈できます。母から娘へ、老いた女性から若き女性へ、そういう継承。
古きやり方にこそ新時代を切り開く活路がある。伝統文化に巣食う悪魔を駆逐して、次のステージへ突っ走りましょう。ミルクを忘れずに。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience –%
IMDb
5.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Soapbox Films
以上、『古の儀式』の感想でした。
The Old Ways (2020) [Japanese Review] 『古の儀式』考察・評価レビュー