イドリス・エルバとライオンが戦います!…映画『ビースト』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2022年9月9日
監督:バルタザール・コルマウクル
ビースト
びーすと
『ビースト』あらすじ
『ビースト』感想(ネタバレなし)
あの人と戦ってもらいます
「こんにちは。ライオンさん、今日はお越しいただきありがとうございます。先日のオーディションで素晴らしい演技を見せさていただき、今回一緒に映画を撮りたいなと思っています」
「え、本当ですか? 嬉しいです。俳優歴は10年以上なんですけど、父は『ライオン・キング』にも出演していたんですよ」
「それは凄いですね。ではさっそくですが、あなたには映画撮影で“ある人”と戦ってもらおうと思います」
「戦う…アクション系ってことですか?」
「ええ、相手は“イドリス・エルバ”です」
「……あの、“イドリス・エルバ”って言いました?」
「はい、そうですよ」
「“イドリス・エルバ”って、あの『パシフィック・リム』で巨大ロボットを乗りこなして、『ワイルド・スピード スーパーコンボ』で“ドウェイン・ジョンソン”と“ジェイソン・ステイサム”の2人を相手に同時に戦ってみせたあの?」
「詳しいですね。はい、そのとおりです」
「私、ただのライオンなんですけど、“イドリス・エルバ”と互角に渡り合える自信はないです…。迫力が全然違うじゃないですか…」
「大丈夫です。メイクもありますし、アクションは優秀なスタントライオンがいますから」
「う…う~ん…。映画の主演は初めてなので不安だな…」
「保険もついていますよ。こちらは車両交通事故にも対応済みですし」
「頑張ってみます…」
はい、茶番はここまでです。
『ビースト』の紹介に移ります。
でもだいたいもう説明しちゃいましたね。野生のライオンと野生の“イドリス・エルバ”が激突する…そんな映画がこの『ビースト』です。
本当、誰がこんな設定、考えたんだろう…。たぶん人間では戦うには相手がもういないから、次の“イドリス・エルバ”の対戦相手はライオンだな!っていう発想になったのかな。それにしたってライオンと戦って違和感のない俳優なんてそうそういないですからね。ちなみに“イドリス・エルバ”は実写映画『ジャングル・ブック』ではシア・カーンというトラの声を熱演していました。なんだもう、トラなのか人間なのか…どっちにしろ猛獣のDNAは入っていそうだ…。
映画『ビースト』の物語は、とある男が娘たちとアフリカのサバンナに旅行に行って家族の絆を深めようとするのですが、そこでとんでもなく凶暴なライオンに襲われるという…ストレートど真ん中のアニマルパニック映画になっています。まあ、ライオンが“イドリス・エルバ”に襲われているのかもしれませんが…。
ちなみに“イドリス・エルバ”はロンドン出身ですが、父親はシエラレオネ、母親はガーナ出身だそうです。両親もまさか息子が映画でライオンと激闘するとは思わなかっただろうなぁ…。
この映画『ビースト』を監督したのは、アイスランドの“バルタザール・コルマウクル”。2000年代から監督キャリアがあり、実話の漁船沈没事故を描いた『ザ・ディープ』(2012年)、エベレストで実際に起きた大量遭難事故を描いた『エベレスト 3D』(2015年)、大海原を漂流する男女を描いた『アドリフト 41日間の漂流』(2018年)など、何かと過酷な自然環境に追い詰められた人々を題材にすることが多い監督です。2016年の監督&主演作である『殺意の誓約』なんかはアイスランド国内では高い評価を受けていたりもして、キャリアとしては申し分ない感じなのですが、今回はなぜかアフリカでライオンと“イドリス・エルバ”の戦いを描くという…。なんでこんなB級映画みたいな設定の作品に乗り出したのかは謎ですが、とりあえず本人がそうしたかったんだろうな(雑に納得)。
“イドリス・エルバ”と共演するのは、『第9地区』や『ハードコア』など何だか変な映画にでているイメージを私は勝手に抱いてしまっている“シャールト・コプリー”。彼は南アフリカ共和国出身なのでアフリカ繋がりでの起用なのかな。
他には『Abbott Elementary』の“イヤナ・ハーレイ”、『Rel』の“リア・ジェフリーズ”など。
90分ちょっとなので観やすいですが、ホントにただ“イドリス・エルバ”とライオンが死闘を繰り広げることになるだけの映画ですし、ポスターどおりの勇ましい対峙も見れます。「それ以外の要素なんていらないよ!」と思っているライオン狂の人なら大満足かもですが、ややマニアックな映画なのは否めません。そこのところを重々承知の上で、この『ビースト』観光ツアーにご参加くださいね。
『ビースト』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :動物パニックが好みなら |
友人 | :暇つぶしに |
恋人 | :ロマンス要素は無し |
キッズ | :ライオン好きなら |
『ビースト』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):猛獣が近すぎる!
夜のサバンナ。銃を持った集団がゆっくり近づき、狙いの獲物を探し回ります。こんな時間に平然と貴重な野生動物に銃口を向けるのは密猟者だけです。とは言え、ここは猛獣がいる自然の大地。一瞬の命取りが死を招くので、慎重になります。
すると足跡を発見。大型の哺乳類…ライオンでしょうか。ふとさっきまでそこにいた仲間がいないことに気づき、何か聞こえます。恐る恐るあたりを捜索すると、ライトに照らされたのは、酷い傷で血を流している男がふらふらと歩いている姿でした。そして闇夜から迫ってくるのは…。
別の日。ネイト・サミュエルズは軽飛行機に乗って、南アフリカのモパニ自然保護区にやってきました。後ろにいるのは10代の娘たち、メレディス(メア)とノラです。飛行機は無事に着陸。
旧友のマーティン・バトルズと再会し、「ようこそ」と歓迎されます。マーティンはこのアフリカの地で動物の研究をしていました。
車で村へ向かいます。ネイトがわざわざ娘を連れてこんなアフリカに来た理由はひとつ。今は亡き母にとってゆかりの地だからです。最近は何かと距離ができている娘たちとこれを機会にもう一度絆を深めることができればと考えていました。
とりあえずの宿泊する建物へ。WiFiとスマホにどっぷり浸かった生活しか知らない娘たちは少し物足りないようですが、今は家族と向き合う時間。
夜、マーティンと話が弾むネイト。和やかな雰囲気でしたが、心の奥底にある感情を静かに口にだします。ネイトは妻と別居した後に疎遠になってしまい、その間に妻は癌で亡くなってしまいました。自分は何かできたのではないか…そんな罪悪感をマーティンに打ち明けます。
翌朝、野生動物たちが躍動する自然保護区の中へ車で進みます。娘たちもここでしか見れないダイナミックな光景に夢中でカメラのシャッターを切ります。
そしてマーティンはライオンの群れが近くにいるので案内してくれます。マーティンが近づくと、じゃれついてくるオスのライオンたち。かなり打ち解けています。そうしていると1頭のライオンが怪我をしていることに気づきます。前足がつらそうです。
車はその場を後にします。途中で道の脇に打ち捨てられた車があるのにも気づかずに…。
今度はツォンガ族のコミュニティに到着。でも全然人がいません。何かおかしい…。ネイトは娘たちの安全を確保し、じっとしているように指示します。
ネイトとマーティンはみんな死んでいるのを確認。酷い光景です。ライオンに襲われたのか…でもこんなことをするライオンなんて…。
目を離した隙にノラがいなくなり、叫び声が聞こえます。ダッシュで駆け付けたネイトは、家畜と人間の遺体の前で怯えていたノラを見つけ、落ち着かせます。
これはもうのんびり観光している場合ではありません。急いで車で戻ります。安全が最優先です。
ところが道中で血塗れのツォンガ族のひとりの男性に遭遇。マーティンは銃を持って周囲を警戒し、ネイトも近寄ります。もちろん娘たちは車内にいるように言いつけます。その重傷の男は瀕死ながら何かを訴えます。恐ろしい獣にやられたようで…。急いで手当てをしようとネイトは奮闘しますが、努力虚しく死んでしまいました。
突然のことばかりで茫然としていると今度は銃声。奥を見に行ったマーティンが撃ったのか…。事態はどんどん緊迫していき…。
あれ、この人間、強くない?
映画『ビースト』はアニマルパニックものとしては王道の出来栄えで、必要最小限の要素だけを登場させ、もし凶暴なライオンに襲われたら…という恐怖を見事に映像化しています。
冒頭にいかにもサファリツアーみたいな観光ムードから一転、嫌な緊迫感に包まれていく場面転換はさりげなくも演出が効いていました。転がるたくさんの死体、道端に飛び出す半死半生の人間…そして…。
ここでいよいよ待ちに待った凶暴ライオンの出現なのですが、マーティンの様子を見に行こうとしたネイトはすぐさま車に引き返し、娘含めて3人が車内に集った瞬間に、猛然とライオンが強襲。車に体当たりするわ、上に乗っかってくるわ、窓を突き破ってくるわ…あの阿鼻叫喚の大パニックに様変わりするシーンが本作の見せ場のひとつ。あそこはよくできていました。
とくにこうしたアニマルパニックもので重要なのはどこが安全地帯でどこが危険地帯なのかという、観客が“わかっていると思っている認識”をあえてひっくり返すことなので、今作では「車の中は安全に違いない」という油断をこのシーンで容赦なく破壊してきます。
車を使用不能にさせて、あとはじっくり囮に使いながら、執拗にいたぶってくる凶暴ライオンの戦術にハマりながら、防戦するしかないネイトたち。
そしてラストは「これが観たかった!」という「“イドリス・エルバ”vs凶暴ライオン」の一騎打ち。ずっとわかっていたけど、やっぱり“イドリス・エルバ”は強いんだよ。背中を見せながらのカウンターアタックを決められるんですよ、ライオン相手に。普通の猛獣でもそんなことしないよ…。
あの車両大爆発でも致命傷にはならなかった凶暴ライオンでさえも、“イドリス・エルバ”との戦闘時は「あれ、この人間、強くない?」という焦りを感じます。きっと内心では「やべぇ、この人間はどうやったら倒せるんだ。もうお手上げだぞ…」とパニックになっていたに違いない。ライオン・パニック映画だ…。
ライオンのVFXもしっかり作り込んでありましたし、襲ってくるときの撮影との組み合わせも完璧で、かなり現場でシーンを練り上げているのがわかります。撮影は『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』の“フィリップ・ルースロ”ですが、良い仕事しましたね…。
ご都合に用意された“善良な”ライオンたち
そんな映画『ビースト』ですが、正直、不満点もいくつもあります。
まず中盤から後半あたりにかけてのマーティン救出以降の夜間に襲われるシーンが暗すぎるということ。夜に襲われる恐怖を描きたいのはわかるのですが、いかんせん何も光源がない中で、真っ暗な状況でのライオンの攻撃は、恐怖というよりもわかりにくさの方が観客は上回ってしまうのでは…。せめてここは光源を何か用意するべきで、観客の視認性を確保する補助は欲しかったですね。
もちろん全編に渡ってフルCGのライオンを登場させるほどの予算も時間も無かったのかもしれないですけど…。
もうひとつの欠点は、ライオンの生態に則した描写が乏しかったかなと思うところです。
私は個人的にはこういうアニマルパニックものでも常にその動物の生態や行動がしっかりリアルに反映されているのが好みであり(最近だと『クロール 凶暴領域』とか)、単に怖いモンスター扱いとして過剰に描かれているだけだとちょっとガッカリします。この『ビースト』はライオンの生態を正確に盛り込むという点においてはかなり粗雑だったかなと思います。
そもそもこの凶暴ライオンも密猟者への怒りみたいなものがこれほどまでに気性を荒くさせたかのような設定になっていますけど、野生動物にそんな憎しみみたいな人間の感情概念を安易に当てはめるのはどうかとも思いますし…。今作の凶暴ライオンは“襲ってくる敵”としてかなりご都合的に用意されていますね。
でも一応は「ライオン=危険動物」というレッテルを助長しないためなのか、最後はライオンをライオンに倒させることで、ライオンのネガティブキャンペーンにならないようにするという配慮を感じさせますが…。その理由もあって、あの序盤のライオンの群れはあまりにフレンドリーすぎる描写なのも、わざとらしいかなと…。
あとは本作のテーマ的な狙いが「家族の絆の修復」なのは序盤から見え見えで、結果的に「父と娘たち」の生存エンドが決まってしまったようなものになっているのは、予定調和すぎたかもしれません。父がライオンと対決して娘への信頼を勝ち取るという構図も、イマドキどうなんだという気もするけど…。
逆に常に死にそうだなという予感を漂わせているシャールト・コプリーは哀れでしたね。彼も動物学者なんだからもっと専門的知識で動いている感じを見せてほしかったな。作中は明らかにフィールドワーカーとは思えない迂闊な行動が多すぎる…。
感想のまとめとしては、“イドリス・エルバ”はライオンでは倒せないということです。それで今回の観光ツアーを終了させていただきます。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 68% Audience 77%
IMDb
5.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
イドリス・エルバの出演する映画の感想記事です。
・『ザ・ハーダー・ゼイ・フォール 報復の荒野』
・『コンクリート・カウボーイ 本当の僕は』
作品ポスター・画像 (C)2022 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved.
以上、『ビースト』の感想でした。
Beast (2022) [Japanese Review] 『ビースト』考察・評価レビュー