サプリを売りつけるだけ…「HBO」ドキュメンタリー映画『陰謀論の代償 / アレックス・ジョーンズの法廷闘争』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にU-NEXTで配信
監督:ダン・リード
いんぼうろんのだいしょう あれっくすじょーんずのほうていとうそう
『陰謀論の代償 アレックス・ジョーンズの法廷闘争』簡単紹介
『陰謀論の代償 アレックス・ジョーンズの法廷闘争』感想(ネタバレなし)
AIではなくその目で観て
“イーロン・マスク”が仕切る「xAI」社の傘下の「X」では「Grok」というAIで手軽にファクトチェックができると謳っており、日本でもそれを使ってファクトチェックしたと言い張る人が続出しています。
しかし、「Grok」は問題点が頻繁に指摘され、白人虐殺陰謀論を語りだすなど、それ自身がデマ発生源になっています(The Verge)。そんなものでファクトチェックをしようというのは、トイレの水でカップラーメンを作るくらいの愚行です。
ファクトチェックというのは本来は「信頼できる明示的な主体が、検証に責任を持つ」ということで成り立ちます。言論には責任がともなう。それが基本。「よく知らないけど、AIが言ってて…」とか言い訳する時点でもう話になりません。
情報の確度について誰もが他人事ではないこの世の中、今回のドキュメンタリーは「嘘」がもたらす最も酷い事例をみせてくれます。これを観て、情報の責任の重さをもう1度再確認しましょう
それが本作『陰謀論の代償 アレックス・ジョーンズの法廷闘争』。
原題は「The Truth vs. Alex Jones」で、こちらのタイトルのほうが内容をズバっと示せています。
まず「アレックス・ジョーンズ」という非常に有名なアメリカ人の陰謀論者がいて、その人物がどういう人なのかはドキュメンタリーで説明されますので観てもらうとして(後半の感想でもう少し詳細に説明しています)、そのアレックス・ジョーンズが主に主張したある陰謀論を主題にしています。
それは2012年12月14日にアメリカのサンディフック小学校で起きた銃乱射事件は「実際には起きていない。自作自演の捏造である」…という陰謀論です。無論、真実は「実際に起きている」ものなのですが、このアレックス・ジョーンズとその取り巻きは、何十人もの死者をだした痛ましい事件を全否定しだしたんですね。ネット番組の奥から一方的な自論で…。
その陰謀論で人生を台無しにされたのが事件の犠牲者の遺族であり、本作はその遺族がアレックス・ジョーンズの主張する陰謀論にどう傷つけられ、そしてどう向き合っていったかを、生々しく映し出しています。
本当にかなり酷いありさまを映し、被害者の苦悩が切実に伝わるので、観ていて本当にこちらまで心がエグられるのですが…。でも陰謀論は笑いのネタでも何でもなく、ここまで人をズタズタに傷つけるものだということがよくわかるドキュメンタリーです。
『陰謀論の代償 アレックス・ジョーンズの法廷闘争』を監督するのは、『ネバーランドにさよならを』を監督し、『連邦議会襲撃事件 緊迫の4時間』では製作総指揮を手がけてきた“ダン・リード”。
『陰謀論の代償 アレックス・ジョーンズの法廷闘争』は1本の映画となっているドキュメンタリーなのでボリュームとしては見やすいです。
陰謀論の社会問題について学びたい人は必見です。
『陰謀論の代償 アレックス・ジョーンズの法廷闘争』を観る前のQ&A
A:U-NEXTで2024年10月24日から配信中です。
鑑賞の案内チェック
基本 | 人を傷つける陰謀論の言葉がたくさん並べたてられるので、辛いシーンも多いです。 |
キッズ | 社会勉強になるかもですが、保護者のサポートは必要です。 |
『陰謀論の代償 アレックス・ジョーンズの法廷闘争』感想/考察(ネタバレあり)

ここから『陰謀論の代償 アレックス・ジョーンズの法廷闘争』のネタバレありの感想本文です。
アレックス・ジョーンズとは?
まずアレックス・ジョーンズとは何者なのでしょうか。
この人、別に特定分野の専門家でも何でもない、本当にただの素人です。当初は政治的なコネすらもないです。
1974年にテキサス州ダラスに生まれ、平凡な家庭で育ったようですが、そのアレックス・ジョーンズに決定的な影響を与えたのが1冊の本。「ジョン・バーチ協会」という極右団体の陰謀論者として著名な“ゲイリー・アレン”の著書『None Dare Call It Conspiracy』を10代の頃に読んだのがきっかけなようです。
この本は「新世界秩序(New World Order)」という陰謀論を扱っており、簡単に言ってしまえば、「秘密裏に蠢く全体主義世界政府がこの世には存在し、まさに世界を支配しようとあちこちで画策している」と主張するものです。「ポリコレが押し付けられている!」という日本でも流行りの言論も、「トランスジェンダリズムが生物学的性別の真実を破壊しようとしている!」という主張も、“ドナルド・トランプ”の「エリートを倒せ!」という政治キャンペーンも、全てがこの「新世界秩序」陰謀論からの派生です。もとは、キリスト教右派の一部の扇動者の間で蔓延した「フリーメイソン、イルミナティ、ユダヤ人が共産主義の陰謀の背後にいる」という主張から始まっています。
『陰謀論の代償 アレックス・ジョーンズの法廷闘争』では、1997年にアレックス・ジョーンズが22歳の若さで地方の番組で政治を自由に語る姿が映ります。地方のテレビなのでクオリティとかは全然期待されておらず、こんな素人でも採用できたのでしょう。今でいう、YouTubeに個人で動画を上げて政治を気ままに語っているノリと同じでしょうか。
その中でアレックス・ジョーンズは「何を言い出すかわからないのが面白い」「人を楽しませる天才だ」という評判を獲得していったことが映し出されます。
これですよね。この「面白い人」…この評価が始まり。面白ければ何でもいい…そんな姿勢が歯止めを失ったときの恐ろしさ。そういうものを私たちは軽視しすぎです。
この初期からアレックス・ジョーンズは例の「新世界秩序」陰謀論を頻繁に語っていたのですが、1999年に「InfoWars(インフォウォーズ)」という自分のウェブサイトを立ち上げ、陰謀論の主張はさらに拡大します。
「水道水のフッ化物は危険だ」、「同時多発テロは自作自演だ」…と時事ネタに陰謀論を混ぜ込み、視聴者をどんどん引き込んでいきます。
本作ではその番組制作関係者も出演して、当時の制作の現場を語っていますが、「放送会議とかはしない。朝の新聞記事の束を渡せば、彼が好き勝手に話す」という裏話がこのメディアの質を全て表していましたね。
結局、番組制作者もアレックス・ジョーンズの話は嘘だと理解しながら、「視聴率がいいから」という安易な理由で放送を続けたのでした。
それが誰を傷つけるかを考えもせずに…。
「サンディフック小学校銃乱射事件は実際は起こっていない」
アレックス・ジョーンズがこれまで主張した陰謀論は山のように存在するのですが、『陰謀論の代償 アレックス・ジョーンズの法廷闘争』はそのうちのひとつだけを主題に取り上げます。
2012年12月14日にアメリカのコネチカット州にあるサンディフック小学校で起きた銃乱射事件。その事件については、本作でも対応にあたった警察官の証言などが紹介され、一部の聞き取りだけですけど、それでも本当に聞いているのも苦しいほどに凄惨な様子が伝わってきます。
自殺した犯人と、自宅で射殺された犯人の母親を除くと、26人の犠牲者。うち、6歳から7歳の子ども20人と、成人の職員6人。学校での惨劇はたったの約6分。そのわずかな時間で…。
当然、事件はすぐさま報道され、全米を震撼させました。
その事件を、起こった直後ですよ?…その事件発生時から「これは銃規制強化のために自作自演で事件を起こした」とヤラセ批判を展開したのがアレックス・ジョーンズです。その主張は、ウルフギャング・ハルビックなど他の陰謀論者も巻き込んで、しだいにエスカレートし、「事件自体が起こっていない」ということにまで飛躍していきました。
銃乱射もなく、死体もなく、遺族は役者で…。そんな荒唐無稽な主張、普通はどうやっても正当化できそうにないです。
しかし、アレックス・ジョーンズたちは、「会見で遺族が笑っていた」「取材映像のキャスターの鼻が変だ」「救急ヘリがいない」「殺傷率が高すぎる」…などなど、数多くの屁理屈で押し通すのでした。
あまりに陳腐すぎていちいち反証する気も失せるほどのレベルなのですが、ここであらためてわかるのは、陰謀論を主張する側の「コストの低さ」です。要はテキトーなことを言っているだけでいいのです。とてつもなく支離滅裂な主張でもいい。陰謀論を主張するのにおカネなんて全然かからない。だから気軽にできてしまう。
そんな陰謀論、相手にされなければ意味はないのですが、残念なことにアメリカ国民の24%がこの陰謀論を本当だと信じているという悲しいデータが…。
あろうことかいろいろな銃乱射事件の遺族の母親の会の場で「事件は起きていない」と言われた体験を語るサンディフック小学校の事件遺族の言葉が辛すぎる…。
事件だけでも凄まじく辛いのに、そこにこんな追い打ちをかけられるなんて…。
そうなってくるとなぜ人はこうも陰謀論を信じるのかと思ってしまいますけど、本作でもアレックス・ジョーンズ自身が理解していたことが示唆されますが、この陰謀論の発端は「銃乱射事件が銃規制に繋がらないように、裏があるとミスリードさせること」でした。つまり、銃乱射事件がでっちあげだということにすれば、銃規制に反対する保守派の人々には「居心地がいい」わけです。
私も常日頃思うことですが、巷の陰謀論を信じてしまう人というのは決して「無知だから」「情弱だから」という理由で「引っかかる」わけではないと思います。その陰謀論がその人にとって居心地がいいのです。だから手放せなくなる。
アルコールと同じでしょう。アルコールが少量でも健康に有害なのは立証されています。でも多くの人はお酒を飲みます。それはお酒を料理と一緒に楽しむ瞬間だったり、お酒を片手に仲間とお喋りすることだったり…そういう“居心地の良さ”があるからですよね。人は“居心地の良さ”のためだったら真実から目を背けることはわりと簡単にできます。皆さんもよくやっていることのはずです。
アレックス・ジョーンズはまさに陰謀論を売るビジネスに手をつけ、多くの人々を居心地よくさせた。それは確かに事実なんでしょうね。
陰謀論の嘘に立ち向かうことの辛さ
いくらかの人たちはこの陰謀論に居心地の良さを感じ、またいくらかの人は無関心でいられますが、一部の人は容赦なく傷つけられることになりました。陰謀論を銃で乱射されたようなものです。
『陰謀論の代償 アレックス・ジョーンズの法廷闘争』は、陰謀論に直面したサンディフック小学校銃乱射事件の遺族に焦点をあてます。
事件発生直後から誹謗中傷が相次ぎ(ほんと、その時点でおかしいんですけどね)、それを最大限の自制心で無視していたと語る遺族の人たち。無視すれば時期に消えると思っていたという考え方はよくある対応です。しかし、事態は収束せず悪化します。
だったら陰謀論の動画を消そうと、ひたすら削除申請する日々ですが、今度は言論の自由が奪われたと陰謀論者たちは怒りだし、殺害脅迫が相次ぐかたちに…。
もうこうなったらと遺族たちは「InfoWars(インフォウォーズ)」=アレックス・ジョーンズ相手にテキサス州とコネチカット州で訴訟を起こすことにします。例のサイトは、1つの記事だけで広告収入が23万ドルまで爆増することもあったとわかり、収益目当てで陰謀論記事を作ったのは明白なのでそこを追求し、名誉棄損を訴えるのでした。
この裁判の模様が本作の後半はメインになってきますが、この風景がまた…唖然とするしかない…。
アレックス・ジョーンズは結局は裁判になると「事件は実際に起きた」と認めます。そりゃあそうです。起きていないことを立証できないのですから(じゃあ今までのは何だったんだっていう…)。
ところがこの期に及んでまだ金儲けを画策するんですね。
裁判官に「必ず真実を証言してください。これはあなたの番組ではありません。あなたの発言が絶対の真実なのではありません」と警告されても、ひたすらとぼけます。偽証罪を突き付けてもとぼける。嘘に嘘を重ねる。この裁判ですらでっちあげだと直前の番組で豪語し、寄付を募る…。
これを観ていると、「ああ、この男はもう嘘しかつけない体になったんだな」と嫌でも実感します。更生する様子が微塵もないです。
本作で私が一番ショックだったシーンは、遺族のひとりがこれでもアレックス・ジョーンズをちゃんと対等な人間として敬意を持って扱おうとしているのに、裁判終了後にその遺族にアレックス・ジョーンズが親身そうに言い放つ、あまりに酷すぎる言葉です。
裁判前は「遺族は“slow”(特定の精神疾患や知的障害の人を侮辱する言葉)で自閉症の役を演じているのだ」と番組で語っていて、その映像を見せられますが、裁判後、「ここ最近の私の言葉は編集されたものだ、操作されたんです」とあろうことか新しい嘘をつき、「私も自閉症だと思う」と同情を買おうとします。
ちなみにサンディフック小学校の犯人も自閉スペクトラムで、それゆえに犯罪と自閉スペクトラムが結び付けられる偏見もあって、当事者団体が苦言を述べたりもしていたのですが、ここでアレックス・ジョーンズはそれに便乗して障害者差別を追加しているんですよ。こんなあらゆる方面に最低なことをよく口にできるな、と。もう見てられなかった…。
遺族さえもあわよくば陰謀論に取り込もうとしている…。
このアレックス・ジョーンズを彼の弁護士含めて絶賛する支持者たち…。
人間性を信じることがこんなに辛いなんて…。
裁判は当然アレックス・ジョーンズの敗訴で、名誉棄損としては史上最高額の9億ドル以上の賠償金をコネチカット州の裁判結果で下されます。しかし、アレックス・ジョーンズは破産しても、「InfoWars(インフォウォーズ)」は2025年時点でなおも存在し、今は「mRNAワクチンは大勢を死なせている!」とか次の陰謀論を主張して、やはりサプリで稼いでいます。何も変わっていません。
もう陰謀論は社会問題として全政府・全企業が責任を持たないとダメです。個人でどうこうできる次元ではありません。
とにかくこんなドキュメンタリーがあと数百本は作られる未来は嫌です。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
関連作品紹介
陰謀論を主題にしたドキュメンタリーの感想記事です。
・『Qアノンの正体』
・『ビハインド・ザ・カーブ 地球平面説』
作品ポスター・画像 (C)HBO
以上、『陰謀論の代償 アレックス・ジョーンズの法廷闘争』の感想でした。
The Truth vs. Alex Jones (2024) [Japanese Review] 『陰謀論の代償 アレックス・ジョーンズの法廷闘争』考察・評価レビュー
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