生育しすぎました…「Apple TV+」映画『深い谷の間に』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2025年)
日本では劇場未公開:2025年にApple TV+で配信
監督:スコット・デリクソン
恋愛描写
ふかいたにのあいだに
『深い谷の間に』物語 簡単紹介
『深い谷の間に』感想(ネタバレなし)
ホラーがロマンスの隠し味
2月14日は「バレンタイン・デー」でしたが、一般的には愛を深め合う日と解釈され、そうしたムード作りに勤しむ人も多い一方で、全然関心がない人もいます。
もし「バレンタイン・デー」に観る映画を検討するならば、それは当然ながら恋愛映画が候補になるのでしょうけども、たいていはどれも似たようなロマンス・ストーリーばかりと冷めているかもしれません。たまには癖の強い味つけの恋愛映画も試したくなったら?。
そんなときにぴったりの映画が今回紹介する作品です。私みたいに恋愛要素にさほど興味がない人でも、この映画の追加の味つけのほうで満喫できることもありますから。
それが本作『深い谷の間に』。
「Apple TV+」で2月14日に独占配信された本作は、たぶん「バレンタイン・デー」便乗で配信日を決めたのでしょう…確かにまごうことなき恋愛映画です。ポスターとかも恋愛の匂いをプンプン漂わせています。
具体的には、敵対する組織や国に属するひと組の「男」と「女」が緊張感の中でロマンスを芽生えさせていく…というタイプのもの。まあ、ありきたりですね。
舞台は、原題の「The Gorge」の名のとおり、「峡谷(gorge)」となっており、その深い谷の反対同士で向き合う形で立っている塔に配置された狙撃手の男女を主人公にしています。
でも戦争映画ともまた違います。それはこの狙撃手が配置されている理由にあるのですが、そこは重大な秘密で…。
ここが本作のただの恋愛映画に収まらない核心部分。ここまでは言っていいと思うので書いてしまいますが、本作はホラーのジャンルも併せ持っています。具体的にどういうホラーなのかは…伏せておきましょう。ネタバレ厳禁であとは鑑賞してください。
かなりコテコテのジャンルなので「なんだこれ、滅茶苦茶だな…」と呆れるか、「こういうのか! ヤッホーイ!」と大ハシャギするか、反応は二分されると思います。そういう映画です。堂々とその評価を真っ二つにするのを楽しんでいるところさえある…。
何といってもこの『深い谷の間に』を監督するのは、“スコット・デリクソン”です。『ヘルレイザー ゲート・オブ・インフェルノ』(2000年)、『エミリー・ローズ』(2005年)、『フッテージ』(2012年)、『NY心霊捜査官』(2014年)と、続々とホラー映画を手がけ、2016年には『ドクター・ストレンジ』で大作にも挑戦。そこから最近は『ブラック・フォン』(2022年)とまたミニマムなホラーに帰ってきました。
今回の『深い谷の間に』も「ああ、スコット・デリクソンが恋愛映画を作ったら、こうなるだろうな…」と大納得の監督の趣味全開の内容になっています。途中で完全に恋愛そっちのけでホラーオタクのやりたい放題に突っ走りますからね。
脚本は『トゥモロー・ウォー』の“ザック・ディーン”です。
映画『深い谷の間に』で主演のカップルを務めるのは、ひとりは『トップガン マーヴェリック』で空を飛んできたばかりの“マイルズ・テラー”。もうひとりは『マッドマックス フュリオサ』で爆走してきたばかりの“アニャ・テイラー=ジョイ”。ほぼこの2人の掛け合いの物語となります。
かなり映像の迫力もあるので映画館で観れば最高の体験になったであろう映画なのですが、残念ながら「Apple TV+」でしか観れません。なるべく大きい画面での鑑賞をオススメします。
『深い谷の間に』を観る前のQ&A
A:Apple TV+でオリジナル映画として2025年2月14日から配信中です。
鑑賞の案内チェック
基本 | 蜘蛛がでてくるので苦手な人は注意です。 |
キッズ | 少し怖いシーンがあります。 |
『深い谷の間に』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
丸まって眠っていたリトアニア人のドラーサという若い女性が目を覚まし、何事もなく歯磨きをします。しかし、ここは家ではありません。藪の中の狭い空間です。ここに隠れ潜んでいる理由。それはターゲットを待っているからです。
近くには滑走路があり、飛行機が着陸します。その音でドラーサは静かにスナイパーライフルを構え、スコープを覗きます。そしてスーツの男がタラップを降りようとした瞬間に狙撃。これで終わり。いつもの仕事です。
ところかわってアメリカ人のリーヴァイはベッドで目覚め悪く起き上がり、そのまま夜中に浜辺に出かけ、日が昇るまで座って落ち着きます。元海兵隊でかつてのトラウマがときどき襲ってくるのです。実力はまだ衰えていませんが、現在はフリーで仕事をする日々です。
リーヴァイは軍に招集されます。どうやら非公式にやってもらいたい狙撃任務があるようです。何でも極秘の任務で、ある峡谷を1年監視し、現れた者を排除する…それだけしか教えてもらえません。わざわざこんな自分に依頼するということは何かあるのでしょうが、詳しくは詮索しません。
一方のドラーサはリトアニアに戻っていましたが、前回の任務で犯人と疑われて狙われる危険性があるので、しばらく潜伏しないといけません。ちょうどいい仕事があったのでそれに飛びつくことにします。
リーヴァイは空から降下し、目的の峡谷を目指します。そこは険しい大自然の山々。切り立った岩肌ばかりで建物はおろか人影すらありません。
そして峡谷に到着。下は霧が立ち込めており、よく見えません。谷底は深いようです。
すでにここにいたスナイパーの男が出迎えてくれます。彼と交代することになります。前任の男は饒舌にいろいろと教えてくれます。タワーがあり、反対にもあります。やることはシンプルです。タワー内には生活スペースもあり、長期間の任務に対応できるようになっています。しかし、肝心のこの峡谷の詳細はやはりよくわかっていないようです。ただ地獄がどうとか口にします。
別れを告げ、リーヴァイは独りになります。
ここでの日々は地味です。谷に点在するアンテナや機銃の点検、通信も機能するかチェックします。小さな畑もあって自給自足できます。
どうやら相当な厳重体制で武装警備されています。谷から登ってくる相手を想定したフェンス、さらには接触感知爆弾まで仕掛けられています。なぜここまでするのか、まだ判断できませんが、よほど危険が想定されているのでしょうか。
リーヴァイは反対のタワーに女性がいることに気づきました。ドラーサです。双眼鏡で覗くと彼女も似たような独り生活を送っています。互いのコンタクトは禁止なので見える範囲で視界に入ってくることしかできませんが、おそらく彼女も同じ任務です。
ところがある日、ドラーサはリーヴァイにメッセージを送ってきて…。
現実逃避したくなるのです
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ここから『深い谷の間に』のネタバレありの感想本文です。
『深い谷の間に』はリーヴァイもドラーサも軍事作戦や暗殺など人の死をもたらす職に身を投じている人間ですが、それはさておき(「さておき?」ってなるのがこの映画の渾身のボケです)、前半はほぼほぼデート・ムービー的なお気楽な空気が流れます。
2人がいる場所はあからさまに怪しい謎だらけの峡谷で、異様なほどに物騒な代物に囲まれ、早々にこの谷底から這い上がってくる恐ろしい存在を目にすることになるのですけれども、それも後回し。
「あれ?」という違和感を無視するように瞬く間に仲良くなっていく過程をテンポ良く、アホっぽく描いてくれます。
最初はそのシチュエーションから覗きモノみたいにジワジワ展開するのかなと思ってましたけど、エロティックな眼差しは限りなく薄くて、すぐに無邪気な掛け合いに移行するんですね。
手元の手書きメッセージで意思を伝えあっていくあたりは、『ラブ・アクチュアリー』のくどすぎるくらいの弄びで、そこからいろいろ遊びまくっていく感じも呑気です。
リーヴァイを演じた“マイルズ・テラー”とドラーサを演じた“アニャ・テイラー=ジョイ”も愛嬌たっぷり。“アニャ・テイラー=ジョイ”がああいうおどけた演技が上手いのは他作品でもよく見ていたのでわかっていましたが(スナイパーに切り替わるギャップもキマッています)、“マイルズ・テラー”も同調してノリノリなっていくと彼の可愛さが引き出されていた気がする…。
ちなみにありあわせのものでドラムセッションするシーンがありますけど、“マイルズ・テラー”主演の『セッション』を無意味に思い出してしまった…。こっちは平和な世界だ…(別に平和ではない)。
「なんでこんなヤバい場所なのにイチャイチャしてるんだよ!」とお怒りの声も聞こえてきそうですが、よく考えるとこれってコロナ禍の状況と類似してるんですね。明らかに大勢の人が亡くなって社会が危機的状況にあるのに、ロックダウンの隔離生活で人恋しさに寂しくなり、少し離れた位置にいる相手とふざけ合うことで時間を潰す…。
不謹慎であろうとも危機感ゼロであろうとも、そういうときこそ現実逃避をしたくなる。恋愛じゃなかろうともそんな感覚にすがりついた人はあの時期にはいっぱいいたのではないでしょうか。
終盤に自主隔離のシーンもあるので、この映画のスクリプトはコロナ禍経験を得てアイディアを練ったものなんでしょうね。
うじゃうじゃ育ってます!
ロケットランチャーでロープを結んでジップラインにし、リーヴァイがドラーサと間近で対面し、ディナーからの身を寄せ合って恋愛がピークに達したとき、この『深い谷の間に』は「もうロマンスはいいよね」とそそくさとジャンルを次の段階に切り替えます。これが本性です。
峡谷に真っ逆さまに落下してから(躊躇なく飛び込むドラーサがカッコいい)、すっかり無視していたアイツらが本領発揮。
はい、この映画は植物ホラーでした。怪奇な奴らがうじゃうじゃです。
作中では、大戦後の東西の極秘連合が実験で崩壊し、その後に大企業が目をつけて遺伝子研究でスーパーソルジャーを狙っていると説明されますが、そんな『バイオハザード』な背景は、まあ、どうでもいいのです。
この超王道に植物ホラーに振り切るスタイル。すでに前半の現実逃避イチャイチャムードで観客をふるいにかけているのに、その生き残りをさらにふるいにかけるという鬼畜の容赦なさ。私は嫌いじゃない…。むしろこういうのを待ってました。
「I am Groot」と言いだしそうな植物人間から、植物馬への騎乗、植物アメーバみたいな群体…あれこれと出現してくれますが(「hollow men」と呼ぶらしい)、個人的にはリーヴァイが谷底に落下して目覚めたときに遭遇する食肉樹木のデザインが一番好きです。
私は植物クリーチャーが無性に好みなんですよね。なぜなんだろう…。植物自体はそこまで好きではないのに、植物クリーチャーは気に入っている…。もしかしたら植物の規範にも動物の規範にも当てはまらない脱バイナリーな存在に惹かれやすいのかもしれないです。
それにしても終盤の事態解決策はハリウッド的な風呂敷の畳み方だった…。それしかないとは思っていたけど…。
ここからは私の勝手な「これが観たかった」という駄話。
エンディングはまた急に甘々なロマンスに舞い戻り、リーヴァイとドラーサの再会で終わるのですけども、ちょっとベタすぎるのでもっと皮肉なギャグで終わってほしかったなとは思いました。
例えば、ドラーサがまだ狙撃暗殺任務中にスコープを覗くと、遠くの反対側で同じくスナイパーライフルを構えているリーヴァイと目があって、お互いにニヤっとする…みたいなオチとか。
もっと欲を言えば、私は2人とも植物人間化してくれても良かったかな…。ラストで身体の変化が表れていることを示唆しながら、それも「相手が傍にいてくれるならまあいいか」という感じで受け入れる…みたいなのでもいいです。
2人とも職業柄でメンタリティを犠牲にしてきているのですから、植物で癒されてもいいじゃないですか。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Apple ザ・ゴージ
以上、『深い谷の間に』の感想でした。
The Gorge (2025) [Japanese Review] 『深い谷の間に』考察・評価レビュー
#アメリカ映画2025年 #スコットデリクソン #マイルズテラー #アニャテイラージョイ #狙撃 #植物ホラー