紫キャンディバーは進化の味…映画『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:カナダ・ギリシャ(2022年)
日本公開日:2023年8月18日
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
児童虐待描写 性描写 恋愛描写
クライムズ・オブ・ザ・フューチャー
くらいむずおぶざふゅーちゃー
『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』あらすじ
『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』感想(ネタバレなし)
クローネンバーグが臓器と一緒に舞い戻る
はい、いきなり問題です。
日本の法律上、脳死後に他者に提供できる臓器は何でしょうか。全部言えますか?
答えは…心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、眼球。臓器移植法によって定められています(日本臓器移植ネットワーク)。
これは人間の身体にある臓器のほんの一部にすぎません。定義のしかたによって多少変わるのですが、人間の身体には「79」の臓器があると言われています。
再分類によって臓器の数が増えたり、減ったりすることはしばしばあります。しかし、全く新しい臓器が確認される…ということは、解剖学が進んだ現在、まず起き得ないでしょう。新種の生き物を発見するのとはわけが違います。とは言え、人によっては「この臓器がもともとない」という状態で生まれたり、または何らかの理由で特定の臓器を摘出してしまった人もいます。どんな臓器を持っているのかは個人で違ってきます。
男性だったら精巣という器官があり、女性だったら卵巣という器官がある…とは必ずしも限りません。卵巣を持たない女性や、精巣を有している女性もいるのです。
でもこの人物はもっと創造力を働かせて、臓器の可能性を無限大に広げます。たぶん「臓器が好きなクリエイター界」の中のレジェンドですね。
その人とは“デヴィッド・クローネンバーグ”(デビッド・クローネンバーグ)。
そして“デヴィッド・クローネンバーグ”監督の久しぶりの最新作映画は臓器だらけとなりました。
それが本作『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』です。
“デヴィッド・クローネンバーグ”と言えば、知る人ぞ知る、マニアックな映画ファンの間でカルト的な支持を集める映画監督の代表格であり、「ボディ・ホラー」のジャンルの第一人者。身体が極端に生々しく変容したり、異様に破壊されたり、はたまた不可解に異常状態になったり、要するに人体を不快感を煽るようにグロテスクに映し出すホラーのことです。“デヴィッド・クローネンバーグ”監督はこれまでいくつもの怪作を世に送り出し、そのたびに映画界をざわつかせてきました。
その“デヴィッド・クローネンバーグ”監督ですが、2014年の『マップ・トゥ・ザ・スターズ』以降は監督業から遠ざかっていました。息子の“ブランドン・クローネンバーグ”が2020年に『ポゼッサー』を作って、父の作家性を受け継ぐ才能を見せていたりしましたが…。
しかし“デヴィッド・クローネンバーグ”監督は帰ってきました。それもボディ・ホラーのジャンルで。“デヴィッド・クローネンバーグ”監督の新作ボディ・ホラーの感想を書ける時代がやってくるとは思わなかった…。“デヴィッド・クローネンバーグ”監督ももう80歳ですからね…。
今回の『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』は“デヴィッド・クローネンバーグ”監督のフィルモグラフィーの集大成的な感じで、過去作からサンプリングされている要素が目立ちます。監督作を観てきた人には「これってあの…」と気づく点も多いでしょう。
ちなみに“デヴィッド・クローネンバーグ”監督は過去に同じ原題の作品『Crimes of the Future』(邦題は『クライム・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』)を作っていますが、本作『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』はその過去作のリメイクでも続編でもないです。基本は気にしなくていいです。
俳優陣は、“デヴィッド・クローネンバーグ”監督作では『ヒストリー・オブ・バイオレンス』、『イースタン・プロミス』、『危険なメソッド』に次いで4度目のタッグとなる“ヴィゴ・モーテンセン”。最近は『フォーリング 50年間の想い出』(2020年)で監督デビューしたり、主演作『13人の命』では洞窟をダイビングしたり、アクティブに活動しています。
他には、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の“レア・セドゥ”、『スペンサー ダイアナの決意』の“クリステン・スチュワート”、『白い沈黙』の“スコット・スピードマン”、『ZOOM ズーム』の“ドン・マッケラー”、『ベルリン・アレクサンダープラッツ』の“ヴェルケット・ブンゲ”など。
“デヴィッド・クローネンバーグ”監督作の初心者も本作から観ればいいと思います。もうどの作品から観てもヘンテコな体験ですからね。
『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :作風が好きなら |
友人 | :シネフィル同士で |
恋人 | :癖が強いけど |
キッズ | :性的描写が多め |
『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):臓器を見世物にする
横転して座礁している大型船。その海辺でひとりの子どもが時間を潰すように遊んでいます。その子は「ブレッケン」と母に呼ばれて家に戻っていきます。
その子はおもむろにトイレにあったプラスチックのゴミ箱を食べ始めます。両腕で抱えてむしゃむしゃと無言で普通のことのように頬張る姿。その光景を母を黙って見つめていました。
我が子がベッドで寝かせた後、母はゆっくりと子の顔に枕を押し付け、全体重をかけて動けなくし、窒息死させます。そして元夫のラングを呼び寄せ、子の亡骸を発見させます。涙を流しながら、こうするしかなかったかのように…。
ラングもまた静かに涙を流すのでした。避けられぬ悲しみをぐっと押し込むように…。
ところかわって、カプリースはソール・テンサーを優しく起こします。そのソールは痛みに耐えるように起き上がります。ソールは不思議な物体の上で寝ていました。
その後、カプリースはソールの身体チェックをします。このカップルはパフォーマンス・アーティストとして一部の界隈で注目を集めていました。
この世界の人類は変化していました。進化と言えるのかもしれません。痛みは消え去り、生物学的構造が変容しだす人が現れたのです。これは適応の結果なのか、とにかく人類は過去の姿とは内部で大きく変わりだしています。
そしてこのソールはひときわ特別で、体内で新たな臓器が生み出される「加速進化症候群」という症状を抱えていました。絶え間ない痛みと重度の呼吸器および消化器の不快感に悩まされるも、この臓器の創出は珍しく、ソールとカプリースはこれを摘出するパフォーマンス・ショーで生計をたてています。
一方、人類の誤った進化と暴走を監視する政府は「臓器登録所」を設立し、このソールに関心を寄せていました。その政府関係者としてウィペットとティムリンが接触してきます。
ソールの能力は政府にとっては危険に映っています。これを放置するわけにはいきません。
しかし、この進化を人類の次なるステージだと歓迎している者もおり、そうした進化を支持する者たちは独自のコミュニティで、その進化の価値を証明しようとしていました。
ソールにとってはどちらが正しいのか、それはわかりません。今はこの身体の苦しみから解き放たれる術があるのか、そればかりが関心事です。
そんな中、ラングという男がソールに近づいてきます。彼はある子どもの話を持ち出し…。
凝縮したクローネンバーグ・ワールド
ここから『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』のネタバレありの感想本文です。
『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』は始まりから終わりまで“デヴィッド・クローネンバーグ”監督の世界観が濃厚に漂っていました。間違いなくこのクリエイターにしか作れない逸品です。
まず序盤にいきなり母が我が子を殺してしまうというショッキングなシーンからスタート。両親の表情がやるせなさに満ちており、この殺害が決して心の底から望んだものではなく、一方でどうすればいいのかもわからなかったという苦悩が滲み出ています。
そしてパッと画面が変わって、主人公のヴィゴ・モーテンセンが登場。ここでなんだか意味不明な家具(?)が続々と現れて、私たちを混乱させてきます。絶対に寝心地が悪いであろうベッドと、絶対に座り心地が悪いであろう椅子。このソールは「加速進化症候群」ゆえに苦しんでいるということになってますけど、あのヘンテコ家具のせいだろうと内心では思わなくもない…。せめてフカフカのベッドで寝てみたら?と余計なことを考える私…。
この時点でもう『裸のランチ』みたいなことになっているのですが、まだ序の口です。
このソールとカプリースは臓器を売りものにしています。そう言うと私たちの一般常識では「人身売買か?」みたいなイメージしか沸きませんが、この映画では方向性が違っていて、臓器を摘出するパフォーマンスをしています。
このパフォーマンス・ショーがサーカスというよりは医療手術のお披露目会みたいな空間で、どうしたって『戦慄の絆』を連想しますね(最近ドラマ化もされました)。
加えてこの臓器摘出のパフォーマンスにおいて、カプリースはヴァギナみたいな形の端末のようなもの(『イグジステンズ』っぽい)を指先でいじって手術アームを操作していきます。なのでビジュアル的に非常に性行為を連想するものにもなっており、これはセックス・パフォーマンスでもあると解釈できます。つまり、ソールとカプリースはセックスワーカーと言えるわけです。
ティムリンも「新しいセックス」と評しますが、フェティシズムな領域に踏み込むあたりは『クラッシュ』を彷彿とさせるところ。
それにこの摘出されるいくつもの臓器も、普通の形はしておらず、みな個性があって独自です。ある意味では新種の臓器であり、『シーバース/人喰い生物の島』のような生命体ともみなせます。
要するにあのソールは臓器という名の生命体を出産していると考えることもできます。あれは出産ショーなんですね(男女の立場が逆転している)。
これだけ見ても、『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』はクローネンバーグ・ワールドの凝縮した一本だと言い切れるでしょう。
クローネンバーグ流の気候正義
『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』はひたすらに“デヴィッド・クローネンバーグ”監督のアート作品をただ眺めるように楽しめる人には楽しめますが、物語としてはどうなのでしょうか。
あまり世界観の全容は語られませんが、この人類に起きた「進化」(作中では一応はそう呼ばれている)はどうやら社会全体には受け入れられていないようで、「進化」を支持する集団がああやってこっそり息づいているあたりからしても、過激な「進化」には世間は否定的なのかもしれません。
もしかしたら『ラビッド』のようにパニックが拡大しているのかも…。
そんな中、「加速進化症候群」というこれまたわけわからない症状に直面しているソールは、人類がプラスチックを食べられるようになるという可能性を提示させられます。
ここがこれまでのクローネンバーグ作品の中では少し真新しいテーマ性なのですけど、本作ではこの「進化」が気候変動などの環境変化に適応するための鍵になるという未来を示してきます。これはかなりポジティブな受け取り方です。
今年の夏もクソ暑い日々にうんざりしてきた人も多いでしょう。エアコン頼みも電気代がかさむだけ。ならば人間がもう少し高温でも快適に感じられる身体的適応を見せてほしいと願う気持ちもわかります。そうしたら体感的にはラクですからね。または食べられる範囲が増えれば温室効果ガスを劇的に改善できます。
本作の進化肯定主義者の人たちはいわゆる現実における気候正義の人たちから着想を得ているのかもしれません。
でもこれは“デヴィッド・クローネンバーグ”監督作品。そんな都合よく話がまとまるわけもない。
暗躍する政府のせいなのか、そのプラスチックもぐもぐ少年の犠牲は虚しく意味を成しません。ラングも電動ドリルでダブル串刺しの暗殺に遭います(別に2つ使って殺さなくとも…)。
しかし、ソールは紫色キャンディバーを食べてどこか新しい人生の意義の領域へと到達したかのように見える表情…それで映画は終わります。
少なくとも“デヴィッド・クローネンバーグ”監督の思い描く未来は、昆虫食とかではなくて、無機物の紫色キャンディバーなんですね。
ただ、そこに“デヴィッド・クローネンバーグ”の美学も感じるところで、このクローネンバーグはヒトとは創造され続けるものであり、その実存は生まれついた身体に依存しないと考えているのであろうとこれまでのフィルモグラフィーを見ていて常に思います。クローネンバーグの考える身体の変化は、整形とかホルモン療法とか、そういうものにとどまらず、外部の技術でさえも人体なのだという拡大解釈的な捉え方をしていますが…。
そして結構クローネンバーグの考えているとおりの未来になってきているのかもしれません。時代がクローネンバーグに追いついたのかな…(いや、まだクローネンバーグのほうが何百歩も先を行っているけど)。
とりあえずどんな未来が近いうちに待っているかはわかりませんが、この環境軽視という人類の罪のせいで異常な暑さとなってしまった世界で、私は自分の臓器を大切にしながら過ごそうと思います。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 80% Audience 50%
IMDb
5.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2022 SPF (CRIMES) PRODUCTIONS INC. AND ARGONAUTS CRIMES PRODUCTIONS S.A クライムズオブザフューチャー クライム・オブ・ザ・フューチャー
以上、『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』の感想でした。
Crimes of the Future (2022) [Japanese Review] 『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』考察・評価レビュー