テディベア危機がスペインから襲来…映画『ユニコーン・ウォーズ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:スペイン・フランス(2022年)
日本公開日:2024年5月31日
監督:アルベルト・バスケス
ゴア描写
ゆにこーんうぉーず
『ユニコーン・ウォーズ』物語 簡単紹介
『ユニコーン・ウォーズ』感想(ネタバレなし)
テディベア危機?
北海道ではヒグマによる人身被害が2023年に社会的に話題になったことを受け、2024年6月に全道で年間で雌520頭の捕獲目標を設定する方針を明らかにしました(北海道新聞)。この捕獲によって全道のヒグマの個体数を約7500~1万頭まで抑制することを計画しています。
一方、これまで地域貢献のボランティアとして熊の出没時に出動してきたハンターですが、あまりに危険な仕事のわりには、報酬も少額で負担が大きすぎるとして、熊対応を辞退する出来事も起き始めました(北海道新聞)。捕獲目標を定めても「捕獲する人」がいないとあっては、計画は根元から折れてしまいます。メディアで「ヒグマ危機」と称されるこの問題は現代の人間社会の脆弱さを浮き彫りにさせていますね。
そんな野生の熊に悩まされている人間ですが、今回紹介する映画の熊と比べたらまだ可愛いかもしれません。
それが本作『ユニコーン・ウォーズ』です。
本作はスペイン・フランス合作のアニメーション映画。監督はスペイン(ガリシア州)出身の“アルベルト・バスケス”となっており、2015年に『サイコノータス 忘れられたこどもたち』を手がけて以来、久しぶりの長編作品です。その過去作ですでにゴヤ賞で最優秀長編アニメーション賞を受賞しており、スペイン界隈では名の知られたアニメーション監督となっています。
日本では広く一般公開されるのはこの最新作『ユニコーン・ウォーズ』が初なので、“アルベルト・バスケス”監督の世界に飛び込める最初の機会がきました。
ひとつ言っておかないといけないのは、この『ユニコーン・ウォーズ』、アニメ映画ですが、子ども向けではなく、完全に大人向けとなっています。小さい子に見せたら悪夢をみることになりそう…。
絵柄は、なんか「LINE」の公式キャラクターみたいなデザインですけど、ビジュアルはギャップを狙った演出です。中身は、グロいゴア表現もたっぷりで、残酷な展開も連発する…ダークな寓話という感じになっています。
物語は、テディベアがある程度の文明を持っているという世界で、そんなテディベアたちが森で動物的に暮らすユニコーンと対立関係にあり、戦争状態にあります。そして軍事訓練を施された若いテディベア兵がいざユニコーンに戦いを挑む…という話。
これだけ聞くと珍妙で、ギャグありきなのかと思うかもしれません。確かに世界観の設定上のノリはもう『サウスパーク』のそれに近いです。
一方で、グロくて露悪的な作品ということで終わらない味があり、ちゃんと動物を使った政治風刺をするというクリエイティブな姿勢が貫かれています。動物を使った政治社会風刺が主軸になっているアニメーション作品は、『チキンラン ナゲット大作戦』、『シチリアを征服したクマ王国の物語』、『ウルフウォーカー』など、別に珍しくもないのですが、『ユニコーン・ウォーズ』はひときわアバンギャルドに攻めています。
“アルベルト・バスケス”監督いわく、『地獄の黙示録』と『バンビ』と「聖書」を混ぜ合わせたと言っていますから。あまり詳細はネタバレなしの段階では言えませんが、ここで風刺されている現象は、そのまま現在進行形の世界の問題、もちろん日本も例外ではなく、今の世の中に深く関わっていることです。
こういう作品は何を風刺しているのか捉える観客側のリテラシーがどうしても問われてしまうので、国を超えて配給する際は結構厄介なのですが、まあ、とりあえず観ないと始まらないのでね…。
アニメーションの中でグロテスクに暴れまわるテディベアたちを観ながら、この現実を憂うも良し。テディベアみたいにならないように行動にでるも良し。
もっと本格的に宣伝すれば日本でもある程度のヒットはしそうなのですが、予算的に限界があるのかな…。劇場公開終了後にふと何の前触れもなくいきなりバズったりしそうですが…。
テディベアをやみくもに捕獲するだけでは解決できない問題が、この『ユニコーン・ウォーズ』には広がっています。
『ユニコーン・ウォーズ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :好きな人はハマる |
友人 | :オススメし合って |
恋人 | :癖が好みなら |
キッズ | :小さい子は帰りましょう |
『ユニコーン・ウォーズ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
豊かな自然と多種多様な動物が穏やかに暮らす魔法の森。マリアという1頭のユニコーンは母の声が聞こえた気がして、無我夢中で森を駆けますが、辿り着いたのは廃墟の教会でした。不気味なその空間にいたのは、暗黒のグロテスクな奇怪な存在で、貪るように襲ってきて、思わずユニコーンは逃げ出します。
ところかわって、テディベアたちは軍事キャンプで過酷なトレーニングを今日もこなしていました。ユニコーンとの戦争が苛烈を極め、油断できない戦況です。一刻も早くこの戦争に終止符を打つべく、有能な兵士とならなくてはいけません。
アスリンとその双子の兄ゴルディもここで訓練に励む者のひとりです。青いテディベアのアスリンはキャンプ内では血気盛ん。ピンク色のゴルディは体型を気にして自信なさげです。アスリンはそんなゴルディを嘲笑い、恥だと罵ります。
しかし、アスリンもふと孤独を噛みしめることはあります。そんなとき、この軍事キャンプにいる司祭は、信仰を授けてくれます。聖書には「最後のユニコーンの血を飲む者は美しく永遠の存在になる」と記されていました。この戦いの最後には必ず救いがあるとアスリンも信じます。
次の日も、ユニコーンのマトを使って弓矢の鍛錬です。アスリンは弓矢に自信がありましたが、黄色いテディベアのココにそのスキルで負けてしまい、ココが教官に褒められるのを憎々しげに睨みます。
ひとり悔しさに落ち込んでいたアスリンは子ども時代を思い出します。母が父とは違う他の愛する者に惹かれている現実を知り、完全に心を閉ざしたあの日。己の手を汚すことにしたあの一瞬。世の中に絶望し、全てを信じられなくなったあの時。何も信じないことにしたアスリンにとっては、この戦争の先に待つ救いの導きだけが頼りです。
司祭は教会でユニコーンの死を唱え、信者は復唱します。テディベアたちは長年に渡って森に暮らすユニコーンと争い、対立を深めていきました。
その戦争の始まりは昔々のこと。森で他の動物たちと暮らしていたクマは奥地にある教会の廃墟で神聖な知識の本を見つけました。その本によってクマは知能を獲得し、独自の文明を築くことができました。クマの信仰は社会を作り上げ、さらにその社会を発展させようと望みます。そしてクマは森を耕作したいと考えていましたが、ずっと森に密着してきたユニコーンはそれに反対。ユニコーンとの対立が激化したのです。
ある日のこと、軍事キャンプでは、行方不明の部隊を探すために森へ部隊を派遣することが決まりました。当然、森にはユニコーンが生息しているはず。危険です。しかし、この任務を放棄はできません。
派兵隊に選ばれたのは、アスリンたち新兵でした。覚悟を決めたアスリンたちは、愛する者たちと別れを惜しみ、出発の準備をします。アスリンとゴルディの父は心配そうに見送ってくれました。
こうして森を進軍することになった一同ですが…。
テディベア・ウォーズが風刺するもの
ここから『ユニコーン・ウォーズ』のネタバレありの感想本文です。
『ユニコーン・ウォーズ』は社会のグロテスクさを映し出す暗黒の寓話なのですが、では何を風刺しているのか。その風刺はわりとわかりやすかったと思います。
冒頭からテディベアたちは『フルメタル・ジャケット』よろしく軍隊キャンプで軍事訓練に励んでいます。タイトルは「テディベア・ウォーズ」なんじゃないかという空気。それだけでもなかなかの絵面のインパクトなのですけども、そこにしれっと神父が混ざっており、相当に影響力を持っています。
そもそも作中で語られるように、テディベアがユニコーンと対峙するきっかけは、テディベアが森を開拓しようとする強引な破壊活動にあります。しかし、このテディベアが信仰する宗教では、そのユニコーンが悪魔化されており、その血に意味があると教化されています。結果、戦争に信仰上の大義名分が与えられてしまっています。
これは典型的な「宗教ナショナリズム」です。
宗教ナショナリズムはこの2020年代の現代社会でも勢いを増しており、ドキュメンタリー『Bad Faith: Christian Nationalism’s Unholy War on Democracy』ではキリスト教ナショナリズムがいかにアメリカを席巻し、大衆を扇動しているかが語られています(Variety)。2024年も保守系シンクタンクの「ヘリテージ財団」が中心となって「Project 2025」というマニフェストを実現しようと息巻いており(The Mary Sue)、中身をみると極右に傾倒する宗教ナショナリズムの行きつくディストピアが「Welcome!」と元気よく挨拶してくれます。日本も統一教会や神道が自民党政権と深く癒着してきました。
『ユニコーン・ウォーズ』が面白いのは、その宗教ナショナリズムに染まっているのがテディベアだということ。熊、しかもテディベアを採用したのが抜群のアイディアでした。
テディベアというのはご存じ可愛い熊のぬいぐるみですが、同時にそのルーツはアメリカ大統領にあり(名前はセオドア・ルーズベルトに由来)、政治性を持ちます。しかし、そんな政治は商品としては基本は脱臭されており、大衆にはキュートさを振りまくアイコンとして消費されている。この立ち位置がもう宗教ナショナリズムへの皮肉であって…。
作中ではこのテディベアたちが、「ラブ・キャンプ」なる場で訓練し、指をハートにして祈り、迷彩じゃなくてピンクの軍服で、キューピッドの矢みたいなラブリーな武器を持つのです。商業めいた「愛」が、エンターテインメント化したキャラクターの中でただただ利用されている。『バービー』のあの世界みたいなシニカルさです。
だからこそ本作『ユニコーン・ウォーズ』のテディベアたちは滑稽ながら、宗教ナショナリズムと資本主義のダブル鬼教官にしごかれるかのように、どこか痛々しいんですね。
熊の惑星 キングダム
『ユニコーン・ウォーズ』は「地獄の熊の黙示録」状態に陥る森での進軍の出来事を経験し、後半はさらにフェーズを変えます。宗教ナショナリズムの次は…「軍事ファシズム」です。
共食いありの血みどろの殺戮を生き残った主人公のアスリンですが、川への落下で顔面の半分に深刻な負傷を受け、それをマスクで隠して、今度は軍事キャンプのリーダーの座につきます。しだいに英雄として若き兵から支持を集め、しまいにはクーデターを起こして、権力を自らの手におさめ、文字どおり独裁者に変貌。テディベアはファシズムに支配されました。
森の中で出会ったのは熊さんじゃない。独裁者の獣です。
この展開を含め、本作の世界観は、おそらく“アルベルト・バスケス”監督の出身であるガリシア州に影響されているのだと思います。ガリシア州はスペインの自治州で、この州で生まれた歴史上で最も有名な人物と言えば、そう、フランシスコ・フランコ…。1936年から1975年までスペインを長期にわたって暴虐に支配した悪名高い独裁者です。
ガリシア州は保守的な田舎らしい風土で、あの作中のテディベアの暮らす地域もそんな感じでした。
田舎の若造が独裁者になる…アスリンはスペインの負の歴史を再現するキャラクターです。
このアスリンの人生も相当に壮絶というか、キャラクターとして際立っています。まあ、別に可哀想というよりは、やたらと負の感情を溜め込む性格で、何かあるたびに他人の憎悪を増幅し、心がすさんでいくんですね。母を毒殺するという最悪の所業をし、なおも双子のゴルディを罵倒し、それでいて幼稚さを捨てきれていない。こんな厄介なキャラだとは…。ジャンルが違えば、呪いのアイテムになりそうなテディベアでしたよ。
ゆえにその自己中心的な虚しさが宗教ナショナリズムや軍事ファシズムの器にはちょうど良かったりする…。愛されるためのテディベアになれなかった、憎むだけのテディベアが行きつく末路です。
本作はそんなアスリンに救いを…与えることは1ミリもなく、最後の最後まで絶望の弾丸を浴びせていきます。こんなテディベアに厳しい作品、他にないよ…。『テッド』に痛みをわけてやりたい…。
究極の自己愛と他人憎悪の結末。それは聖書の闇深い成就でした。殺されたユニコーンのマリアの体は形のない異形の怪物(『もののけ姫』の祟り神みたい)に変化。そしてアスリンを飲み込み、その後に姿を変えて、現れたのは…。
ぶっ飛んだビジュアルである『ユニコーン・ウォーズ』はその見た目に反しておちゃらけたオチにせず、ちゃんと御伽噺として後をひくようにしていて、私は観ていて「真面目な映画だな…」って勝手に感心してしまいましたよ。メッセージ性を矢で真っ直ぐ放ってくる。もちろんその矢はハート形ではない…。
このラストからして、最近の新作『猿の惑星』よりもよっぽど「猿の惑星」としての政治社会風刺が確立できていたと思います。熊の惑星から猿の惑星へ…私はこっちのほうが好きかな…。
今のヒトの集団社会が抹殺しようとしているユニコーンは一体何なのか。テディベアを抱っこしながら考えている間に、もう我々のアスリンが誕生してしまいましたよ。どうしますか、全滅する?
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)2022 Unicorn Wars ユニコーンウォーズ
以上、『ユニコーン・ウォーズ』の感想でした。
Unicorn Wars (2022) [Japanese Review] 『ユニコーン・ウォーズ』考察・評価レビュー
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