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映画『ユースフル・ゴースト』感想(ネタバレ)…クィア掃除機は多機能

ユースフル・ゴースト
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悪人も掃除できます!…映画『ユースフル・ゴースト』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:A Useful Ghost
製作国:タイ・フランス・シンガポール・ドイツ(2025年)
日本公開日:2026年7月10日
監督:ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク
性描写 恋愛描写
ユースフル・ゴースト

ゆーすふるごーすと
『ユースフル・ゴースト』のポスター

『ユースフル・ゴースト』物語 簡単紹介

タイのバンコクのとある電化製品工場で、ひとりの従業員が無残に血を吐いて死亡する。ところが、その後、工場内で次々と機器が人間のように咳き込み始めるという不可解な現象が発生。これは呪いだと考えた工場の所有者は対処のために試行錯誤するが、そんな中、妻を亡くしたばかりの息子がなぜか掃除機と淫らなことをしている姿を目撃してしまう。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『ユースフル・ゴースト』の感想です。

『ユースフル・ゴースト』感想(ネタバレなし)

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奇妙すぎる掃除機映画

私は掃除をするのが比較的好きな人間なのですけど、今月も掃除機のフィルターを変えたり、湿気の夏を迎えるにあたってこれまで侵入してきた砂埃が溜まる場所を綺麗にしたり、何かと清掃をしました。私がこんなに掃除する癖がついているのは、私自身がハウスダストのアレルギーがあるせいであり、自分の健康のために掃除をしていたら、掃除が染みついただけなのですが…。

今回紹介する映画も、「掃除」がキーワードの作品です。ただ、何と言うか、だいぶ変わり種ではありますけどもね。

それが本作『ユースフル・ゴースト』

本作は2025年のタイ映画なのですが、紹介に困る作品です。あまりにも奇抜で、ジャンル・ミックスだからです。

前提としてまず、掃除機などの機器に幽霊が憑りついた…というお話です。だからポルターガイストみたいな現象が起きるわけですね。でもホラーかと言われると、う~ん…。どちらかと言うとシュールな絵面のほうが全体を占めているような…

それに加えて主人公のひとりが、妻の幽霊が憑りついた掃除機と親密な関係になっていきます。こうなってくるともう「何これ…」状態なのですが、あるシーンでは限りなくロマンス寄りのコメディ化していきます。かと思えば、スリラーに振り切ったりもする。この掃除機映画は予測不能です。

しかし、この『ユースフル・ゴースト』、実はちゃんとタイの政治社会風刺になっているという…。単に変な映像を送り届けようとウケ狙いなわけではありません。どうして掃除機なのか、全体にどういう背景があるのか…理由がわかるとしっくりくる。このバランス感覚は唯一無二です。

また、本作はクィア映画でもあって、そのあたりも先に触れた政治社会風刺との重なりとして意味深いものになっています。タイは近年は日本でもBLドラマやGLドラマが有名になり、私もいくつかの作品の感想を書きました。

そちらのドラマが優等生的な立ち位置だとするなら、『ユースフル・ゴースト』の場合は、独創性で攻めていく雰囲気がより濃くなっています。

この奇妙な『ユースフル・ゴースト』を監督したのは、これが長編映画監督デビュー作となった“ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク”。2020年には短編映画『赤いアニンシー; あるいはいまだに揺れるベルリンの壁をつま先で歩く』を制作しているのですが、こちらもクィアな要素が濃いです。国際的に名の知れたタイの監督と言えば“アピチャッポン・ウィーラセタクン”がいますが、“ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク”の作家性としては“パク・チャヌク”や“ポン・ジュノ”みたいな感じも受けます。よりクィアなクリエイターとしての色が目立っているので、“ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク”の名は今後も追っていきたいところです。

『ユースフル・ゴースト』は観た後は、あなたの家にある掃除機を大切に労わってあげてください。埃が溜まっていたら、ちゃんと取り除いてあげてね…。

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『ユースフル・ゴースト』を観る前のQ&A

『ユースフル・ゴースト』の見どころ
★独創的な切り口の政治社会風刺。
『ユースフル・ゴースト』の欠点
☆相当に癖が強いので観る人を選ぶ。

鑑賞の案内チェック

基本
キッズ 2.0
性行為の描写があります。
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ユースフル・ゴースト』感想/考察(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤)

タイのバンコク、自称「アカデミックなレディボーイ」であるひとりの人物は、街の再開発工事で舞い上がって窓からアパートの部屋に入ってくる粉塵や埃にうんざりし、部屋を掃除するために青い普通の掃除機を購入しました。そして部屋をおもむろに掃除します。

ところが、その夜、新しく買ったばかりの掃除機が咳き込むような音を聞き、明かりをつけると、床に置いた掃除機の周りが埃だらけでした。まるで自ら吐き出したかのように…。

きっと掃除機が壊れているに違いないと考え、修理業者を呼びます。やってきたのは業者のクロンで、意外なことを言われます。この掃除機は物理的には壊れていないというのです。しかし、幽霊に取り憑かれているのだとか。しかも、これはこの掃除機を製造した工場に起因していて、その工場は多くの幽霊出没の噂があるらしいです。

このクロンのハンサムさにも魅了され、もう少しその幽霊工場の噂話を聞くことにします。

その工場にて、ある日、従業員のトクが何時間も血を吐き続けたすえに亡くなったのがひとつの始まりでした。血だまりは床に染みわたり、無残な死でした。

それ以降、工場で扱っていた空気清浄機など家電が咳き込む謎の挙動をみせるようになります。工場の巨大なホースさえもです。従業員はみな怯え、仕事どころではなくなりました。

亡き夫の工場を相続していたスーマンは、この事態を冷静に見つめ、死んだ従業員の霊の仕業だと考えます。あの従業員の死因は工場にあるらしく、その恨みのようです。どうやら亡くなった従業員と親しい者がまだ工場内にいると思われます。やむを得ず工場は閉鎖を余儀なくされます。

一方、スーマンの2人の息子のうちのひとりであるマーチは、呼吸器疾患が原因で妻のナットと生まれてくるはずだった子どもを亡くし、悲しみに暮れていました。

マーチは例の工場の怪奇現象を調査することにあり、ひとりで工場奥を歩いていると、在庫倉庫で赤い掃除機が起動するのを目撃。その掃除機はゆっくり自律で前進し、マーチにすり寄り、彼のシャツを脱がせ、乳首を吸い…。

この『ユースフル・ゴースト』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2026/07/11に更新されています。

ここから『ユースフル・ゴースト』のネタバレありの感想本文です。

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どうして掃除機なのか?

あなたのご使用になられた掃除機に問題は確認できませんでした。幽霊の憑依は仕様です。引き続きご利用いただけます。

…なんだ、じゃあ、いいか。

とはならない、いや、なるのか? 何とも言えない絶妙な空気感が漂うこの『ユースフル・ゴースト』。何よりもこの「掃除機」というチョイスが面白いと思います。

昨今はロボット掃除機がすっかり一般化しているので、私たちの認識としては「掃除機が自律的に動く」のもそうおかしい光景ではありません。むしろ「私の掃除機、勝手に動くよ」とか言われたら、「ああ、ロボット掃除機、使っているんだな」と素直に理解できます。

でも本作の「掃除機」はあの平べったい見た目のロボット掃除機ではなくて、オーソドックスなキャニスター型。それがホースまで自在に動かしながら、自由気ままに動きます。しかも、掃除しているわけでもない。それどころか、なんかマニアックな掃除機プレイみたいな感じの性行為をしているかのような振る舞いも…。

霊に憑依されている、それも妻の霊だからと言って、マーチもやけにあっけなく受け入れますし、ツッコみどころのオンパレードです。

でも本作はちゃんと掃除機である理由がしっかり存在していました。

それはまず冒頭で示されるとおり、本作は大気汚染による公害を背景にしている点です。現在のタイは大気汚染が深刻で、多くの死亡者をだしています。ちなみに大気汚染による死亡というのは、世界の5歳未満の子どもの死亡リスク要因のうち、栄養失調に次いで第2位に位置するほどで、結構侮れません。

作中でも清掃関連の機器がしょっちゅう咳き込むのは、そういう公害の犠牲者の怨念を示しているのは明白です。

それと同時に掃除機は下層労働階級のメタファーにもなっているのでしょう。それは映画のラストでも富裕層に仕える召使労働者と掃除機がまさに同じショットで揃うことでハッキリ提示されます。もちろん女性の家事労働を暗示するものでもありますね。

企業の搾取システム、環境問題、それに翻弄される階級差のある人間たち…これら図式としては最近だと“パク・チャヌク”監督の『しあわせな選択』と近いものを感じました。

『ユースフル・ゴースト』はその図式を「霊に憑依された掃除機」の存在ひとつで押し切っていくセンスが凄いです。

このアイディア自体はタイでは定番ではあります。元ネタになっているのはタイのバンコクに伝わる民話(怪談)のひとつである「メー・ナーク・プラカノーン(プラカノーンのメー・ナーク)」。これは、その死後も現世にとどまって夫との愛を深めた女性にまつわる昔話です。

タイでは、アニミズムに基づく「ピー(精霊)」の信仰があります。この精霊信仰を土台にした映画もタイでは多くみられ、『愛しのゴースト』(2013年)や『呪いのキス 哀しき少女の恋』(2019年)などがありました。

『ユースフル・ゴースト』もその系譜なのでとてもタイらしい物語と言えます。そこでは西欧のポルターガイストものとは一線を画すところでしょう。それでも掃除機を題材にしたのはアイディア勝ちでしたね。

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クィアなリベンジ&プロテスト

『ユースフル・ゴースト』がさらに他のタイのピーを主題とする映画とは異なる個性を解き放っているのは、しっかりクィアネスが主軸にあるという部分です。

冒頭からレディボーイ(カトゥーイ)が主役として登場し、とある男性とのロマンスがエロティックに同時進行していきます。レディボーイというのはタイ独自のジェンダーダイバースな文化を示す用語で、出生時に男性と割り当てられ、フェミニンなアイデンティティを持つ人物を指します(ゲイ男性であったり、トランスジェンダー女性であったり、はたまたインターセックスであったりしますが、詳細は個人で違います)。

一見本筋と関係ないように思えますが、マーチとナット(掃除機)の夫婦愛模様はその表面上は規範的ではない関係性であり、ゆえに保守的な親族に忌み嫌われ、仏教僧に除霊までされかけます。このあたりの描写は、保守的な家庭規範や宗教に存在を否定されてきたクィアの当事者の体験に重なります

さらにマーチは拘束されて精神病棟で電気ショック療法まで受けるハメになりますが、これなんかは、性的指向やジェンダー・アイデンティティを矯正する有害な試みである転向療法(コンバージョン・セラピー)と同じ光景です。

そもそも今回の幽霊騒動は、最終的に過去の政治的暴力行為にまつわる亡霊に取り憑かれた政治家や軍人たちが政治的に都合の悪い霊を大量に祓う計画にまで発展します。つまり、これは政治的な迫害の連鎖です。

タイでは2014年の軍事クーデターから、2020年~2021年の大規模抗議運動にいたるまで、ここ最近でも政治は激動してきました。ことさら2020年~2021年の大規模抗議運動では不平等への怒りが若者を中心に爆発し、性的マイノリティへの差別を含むあらゆる社会の問題に声をあげたことがその動力となりました。

『ユースフル・ゴースト』はまさにその実際のタイの政治の流れを追うように後半はなだれ込んでいきます。

クィアな愛が死者の無念を晴らし、ついにラストに巻き起こるのは、このタイ映画らしい百鬼夜行のようなクーデター。霊たちが続々とプールが出現し、邸宅の家電機器が場を盛り上げ、それはもう愉快なリベンジ&プロテストです。迫害されてきたあらゆる存在が、権力者に報いを受けさせます。

最近の日本の政権への抗議運動も愉快さを交えて親しみやすくなっていますが、今回のこの『ユースフル・ゴースト』も決して不真面目ではないのですが、ハードルを上げすぎない庶民的な目線を大切にして、それでいて政治を鋭く切り込んでおり、気持ちのいい爽快感がありました。まるで部屋を掃除した後の気分です。

タイの自国文化を反権力の芸術として新たに磨き上げたその素晴らしい才能…“ラッチャプーム・ブンバンチャーチョーク”監督の出現は、ロボット掃除機以上の革命ですね。

『ユースフル・ゴースト』
シネマンドレイクの個人的評価
9.0
LGBTQレプリゼンテーション評価
◎(充実/独創的)

以上、『ユースフル・ゴースト』の感想でした。

作品ポスター・画像 (C)2025 185 FILMS, HAUT LES MAINS, MOMO FILM CO. ユースフルゴースト

A Useful Ghost (2025) [Japanese Review] 『ユースフル・ゴースト』考察・評価レビュー
#タイ映画 #ラッチャプームブンバンチャーチョーク #環境汚染 #ゲイ同性愛 #SUNDAE