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『WAVES ウェイブス』感想(ネタバレ)…インスタっぽい半自伝的な映画

WAVES ウェイブス

インスタっぽい半自伝的なストーリー…映画『WAVES ウェイブス』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Waves
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2020年7月10日
監督:トレイ・エドワード・シュルツ
恋愛描写

WAVES ウェイブス

うぇいぶす
WAVES ウェイブス

『WAVES ウェイブス』あらすじ

フロリダで暮らす高校生タイラーは、鍛えられた肉体を活かしたレスリング部のスター選手、さらに気の合う恋人もいる。厳格な父との間に距離を感じながらも、何不自由のない毎日を送っていた。しかし肩の負傷により大切な試合への出場を禁じられ、そこへ追い打ちをかけるように恋人との関係に亀裂も生じる。人生の歯車が狂い始めた彼は自分を見失い、やがて決定的な悲劇が起こる。

『WAVES ウェイブス』感想(ネタバレなし)

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ダブルミックスな半自伝的作品

半自伝的な映画を作るのは映画監督にとっていつかは通る道なのかもしれません。

それは最初に通る入り口の場合もありますし、キャリアの中盤で自分を見つめ直すべく立ち寄る休憩地点の場合もありますし、人生の後の方でたどり着く終着エリアになる場合もあります。とにかく多くの映画監督が半自伝的な作品を手がけることが多いです。とてもプライベートな映画になる一方で、その想い入れも特別ですので、フィルモグラフィーの中でもスペシャルな一本になることもしばしば。そういう映画は、ファンにとっても見逃せませんね。

そして今回紹介する映画も、ある監督の半自伝的な作品なのですが、これがなかなかに特殊な一作になっていました。それが本作『WAVES ウェイブス』です。

本作の監督を手がけたのは“トレイ・エドワード・シュルツ”。あまり知られていない監督だと思います。しかし、最近になって急上昇に注目を集める話題の新鋭監督のひとりなのです。1988年生まれで、現時点で31歳と相当に業界の中では若い部類に入る監督ですが、すでにその才能は保証済み。

2015年に『クリシャ』という映画で鮮烈なデビューを飾り、その一発目からインディペンデント映画系の賞に輝きました。そして続く2017年の『イット・カムズ・アット・ナイト』というスリラー映画でもこれまた独創的な作家性を発揮。ありがちなジャンル映画ではなく、独特な人間ドラマの繊細な描き方で心理的不安を煽るテクニックが光っていました。

2作とも、インディーズ映画の秀作を見逃さないことで抜群の実績を残している「A24」が手を付けており、この“トレイ・エドワード・シュルツ”監督の潜在的な期待値の高さを物語っています。

そんな“トレイ・エドワード・シュルツ”監督の次なる一作である『WAVES ウェイブス』は監督自身の半自伝的な作品となり、ついにこの人もそれに手を出してきたのか…という感じ。

ところが本作は通常の半自伝的な作品とは少し毛色が違います。確かに監督の人生と重なる部分はあります。例えば、本作の主人公の10代少年はレスリング部で肩の怪我というトラブルに見舞われるのですが、それは監督の体験だそうです。

でも見てわかるとおり本作の主人公はアフリカ系アメリカ人です。監督は白人。明らかに違います。

実は本作は主演している“ケルヴィン・ハリソン・Jr”の人生史も重ねて練り上げられた世界観になっているのだそうです。“ケルヴィン・ハリソン・Jr”と言えば、『イット・カムズ・アット・ナイト』で高く評価され、『ルース・エドガー』でも名演を見せたばかりの今話題の若手俳優。

“トレイ・エドワード・シュルツ”監督と“ケルヴィン・ハリソン・Jr”は二人とも年齢が近いせいか『イット・カムズ・アット・ナイト』の仕事を経て意気投合。『WAVES ウェイブス』の脚本も初期から二人で頻繁にやりとりして組み上げていったのだとか。

つまり、言ってしまえば『WAVES ウェイブス』は二人の人生史がミックスされた異色のダブル半自伝的な作品になっている…とも表現できるかもしれません。

音楽の使い方もとても特徴になっており、監督がセレクトしたお気に入りの31の曲たちが見事にマッチして使われています。「ミュージカルを超えたプレイリスト・ムービー」なんてイマイチよくわからないキャッチコピーを日本の宣伝は掲げていますが、監督の「これは私の世界だ」という主張が全面に出てている一作なのは間違いありません。

他の俳優陣は、ドラマ『ロスト・イン・スペース』で活躍する若手女優“テイラー・ラッセル”。『ベン・イズ・バック』や『ある少年の告白』でも迫真の演技を魅せた“ルーカス・ヘッジズ”。『ブラックパンサー』やドラマ『THIS IS US』など多数でキャリアを重ねている“スターリング・K・ブラウン”。オフ・ブロードウェイ『ハミルトン』で称賛を浴びた“レネー・エリス・ゴールズベリー”。ドラマ『ユーフォリア』で印象的な演技を披露した“アレクサ・デミー”など。

約135分とやや長めの青春ドラマ映画なのですが、非常に映像に力の入った作品なので、なるべく大画面で鑑賞した方がいいと思います。映画館の巨大スクリーンならば物語への没入感は最高級に格別なものになるでしょう。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(今後も注目したい監督です)
友人 ◯(青春映画好き同士で)
恋人 ◯(ピュアな恋愛を見るなら)
キッズ ◯(ティーンには薦められる)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『WAVES ウェイブス』感想(ネタバレあり)

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人生は波のように

車内にて音楽をガンガン鳴らしながら、窓から大胆に手足を乗り出してノリノリになっている男女のカップル。フロリダ州南部。太陽が青空に眩しく光るこの地で暮らす高校生のタイラーは恋人であるアレクシスと一緒に楽しい毎日を過ごしています。

学校ではレスリング部に所属し、厳しいトレーニングのもと、肉体をぶつけ合うのがいつもの日常。帰宅すればそこでも筋力トレーニングは欠かせません。自分の部屋の鏡で自身のボディをチェックし、常に惚れ惚れすように自撮りしています。

昼間はアレクシスと気持ちのいい海で戯れ、夜はパーティでどんちゃん騒ぎをし、車で友人たちと大いに歌い、ハシャぎまくる。溢れ出る若さというエネルギーをがむしゃらに発散していました。

それだけの充実した毎日を昼夜問わず過ごしているので、家族で教会に行った際はついウトウトとしてしまいます。タイラーの家族は、厳格な父・ロナルド、継母・キャサリン、妹のエミリーの4人ファミリーであり、裕福な家庭です。不自由のない順風満帆な人生を送っている、そう信じて疑っていませんでした。

しかし、ある日、タイラーは自分の体に不自然な痛みを感じ、痛み止めの薬でなんとか誤魔化していました。それでも一度、なにげなく医者に行ってみると、思わぬ診断を告げられます。その内容は「SLAP損傷(上方肩関節唇損傷;肩関節のスポーツ障害)」で、医師はレスリングを辞めることを勧告してきます。どうやらその口ぶりから察するに事態は自分が思っている以上に深刻らしいです。

一瞬にして安定した世界にいると思っていた自分が崩れていく感覚に襲われるタイラー。それでも親にも相談せず、それをひとりで抱え込むことに。そのままレスリングも続け、感情を押し殺すように筋力トレーニングに邁進。父も相変わらず厳しく自分に接し、それに答えようとします。

大事な試合の日。タイラーは本来の実力を出せないでいました。そして相手に叩きつけられ、体を押さえられ、自分で肩を押さえて動けなくなります。試合はストップ。応急処置が行われます。左肩は大きなダメージを負い、それはもはや隠し通せるものでもありませんでした。

生きがいであるレスリングを失いましたが、タイラーにはまだ愛するアレクシスが残っています。タイラーはアレクシスとビーチに行き、普段どおりアツくキスをしますが、そこで彼女から妊娠しているらしいと告白されます。

親になるつもりはないタイラーはアレクシスと共に中絶のために病院に車で向かいます。しかし、病院を出る際に、中絶反対デモの人に「ニガー」と罵声を言われ、思わずブチ切れ。しかも、帰りの車内でアレクシスは子どもを生みたいと涙ながらに訴えてきて、それが原因で激しい口論に。二人は勢い任せで別れてしまいます。

タイラーは全てを失いました。自暴自棄になったことで、ドラッグ漬けになり、酒を飲んで、夜に仲間たちとあてもなくふざけ、朦朧となり、発狂する…。

さらにアレクシスが他の男と一緒にいると知ってしまったとき、タイラーの感情は爆発しました。大暴れし、部屋を荒らし、親にすらも八つ当たり。怒りに支配されたタイラーは、アレクシスのいるパーティへとまっしぐらで向かいます。

それは人生の転落の決定打になることは本人は理解しておらず…。

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悲劇の捉え方

『WAVES ウェイブス』は明確な2部構成になっており、しかもそれぞれ前半と後半で別物じゃないかと思えるくらいにトーンが違います。それでいて両者にハッキリと呼応性があるのが特徴ですが。

前半は言うなれば絶好調人生の転落劇。何ひとつ不自由ないと思っていた主人公タイラーの劇的な落下です。

彼は傍からみればとても充実した人生を過ごしています。家は超裕福で、豪邸レベル。自分を慕ってくれる恋人もいる。仲間に囲まれ、孤独を感じることはありません。人によってはこういう人間を「リア充」なんて呼ぶでしょう。

でもジェットコースターは高いところから落ちる方がスピードが出て怖いのと同じように、人生も高いところにいる人の方が崩壊したときのショックは凄まじいものです。タイラーもその衝撃に耐えられずに、やがてそれは大きな悲劇…アレクシスの衝動的な殺害…を起こしてしまいます。

ここでその悲劇の原因になっているものは何なのか。

面白いなと思うのは、日本でもこういうティーンが引き起こした殺人事件を扱う映画は最近も多数公開されています。そしてその多くの邦画が、少年犯罪の背景に「母親(の間違った育児)」を取り上げがちだということ。私はこの邦画の傾向はとてもジェンダーステレオタイプな偏見に満ちたものであり、問題だと思っているのですが、でもそれが今の日本映画における少年犯罪の捉え方です。

しかし、『WAVES ウェイブス』は鑑賞すればおわかりのとおり、母親に対するフォーカスはほとんどなく、どちらかといえば父親、もっといえば世間的に良しとされる「マスキュリニティ」に焦点をあてているということです。

それがレスリングというこれ以上にないくらいわかりやすい“マッチョイズム”で提示されますし、その男らしさを発散する場であるレスリングを奪われた瞬間に、連鎖的にそれが暴力性となって最も攻撃しやすい相手…以前の恋人に向けられる…という流れも然り。

露悪性に頼らずシンプルながら納得のいく前半のストレートな語り口でした。

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それでもなおも青春劇を

『WAVES ウェイブス』の後半パートは、主人公を妹のエミリーに交代し、1年後を描きます。タイラーは有罪となり、服役。残された家族の物語です。

ここでも定番として思いつきそうなのは、加害者家族の孤立を描くことですよね。世間に責められたり、マスコミに追及されたり、周囲の人間関係がボロボロになったり、被害者遺族と対立したり…。

でもこの本作ではそういう社会問題ネタに突っ走ることはせず、あえて前半の逆転というか、逆再生とも言えるような、青春劇に徹することにしています。

要するに、前半は絶好調人生の転落劇でしたが、後半は絶不調人生の再生劇なのです。エミリーは事件以降、完全に行き場を失ってしまい、彷徨っています。親も親で大変なので自分に構ってくれず、学校でも浮きがちになり、何よりあの事件の場にいて兄と一緒にいた自分にも責任があるのではないかという後悔に沈んでいます。

そんな彼女のもとにやってくるのは、タイラーと同じレスリング部の所属だったルーク。しだいに二人は互いの悩みを打ち明け、信頼し合って甘い関係を築くようになり…。

私が本作でいいなと思うのは、悲劇に対する対処としてひたすらに終わりなき自問自答を繰り返させるのではなく、「人生はいろいろある!前に進もう!」と単純なくらいな後押しで済ませている点。悲しい出来事があるということは、楽しい出来事もあるし、人によってその喜怒哀楽をもたらすイベントは違う。そんな当たり前のことを本作は映し出している気がします。

確かにこの後半は若干エモーショナルな方向に頼りすぎている気もしますが、前半との対比を考えるならばこういうデザインも良いのかな、と。

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あの名監督の才能を受け継ぐ?

『WAVES ウェイブス』は前述したとおり、音楽も大事な要素。

アニマル・コレクティヴの「FloriDada」、フランク・オーシャンの「Mitsubishi Sony」、アラバマ・シェイクスの「Sound & Color」…これらはほんの一部ですが、どれもここぞというタイミングで使用されており、“トレイ・エドワード・シュルツ”監督がかなり練りに練っているのがわかります。

私としてはそこまで音楽だけが悪目立ちしていないのも良かったポイントではないかとも思いました。なぜなら本作は音楽と合わせて映像にも力が入っているからです。

序盤から凄い映像の押し寄せ具合であり、ちょっと一気に世界観に持っていかれる気分を味わえます。とくに車内を映す360度のスピンショットは本作の最大の個性です。あれはかなり執拗に繰り出されるので、たぶん苦手な人は映像酔いするかもしれません。でもまさにそのとおりで、主人公は“酔っている”のですよね、人生に。

他にも色と光の演出が印象的。タイラーとアレクシスが海に浸かってキスするシーンでは、非常に鮮やかな色合いの空模様の中で、背景の空に稲光が見えます。これからこの二人の人生に不吉なことが起こりますよ…と暗示するように。同様の演出は多数展開し、パトカーのサイレンの赤と青の点滅や、落雷など、結構どぎつい演出で攻めてきます。かと思えばエミリーとルークが幸せを感じる場面では、スプリンクラーでできる虹が映し出され、急にファンタジーだったり。

画面サイズもどんどん変化し、とにかく落ち着きがないのですが、映像と音楽を全部使って人生を表現しているようです。

“トレイ・エドワード・シュルツ”監督はなんとあのテレンス・マリック監督のもとで撮影アシスタントをしていたらしく、どうりでか!と納得しました。確かにこれはテレンス・マリック流と言えるかもしれない。でもどこかイマドキの若いトレンドも押さえている感じで、私は映画自体がInstagramっぽいなとも思いました。

ここまで喧嘩しがちな二面性をあえてフレッシュに交じり合わせて見せてくれた才能は珍しく、今後の“トレイ・エドワード・シュルツ”監督は映画業界にまさに波を起こしてくれるかも、いやそうなることをワクワクと待ち望みたくなる映画でした。

『WAVES ウェイブス』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 83% Audience 81%
IMDb
7.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

以上、『WAVES ウェイブス』の感想でした。

Waves (2019) [Japanese Review] 『WAVES ウェイブス』考察・評価レビュー