グレイス 消えゆく幸せ
Netflix映画『グレイス 消えゆく幸せ』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:A Fall from Grace
製作国:アメリカ(2019年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:タイラー・ペリー

グレイス 消えゆく幸せ

あらすじ

善良な市民だった女性が夫殺しを自白し、起訴される。それは誰もが有罪になることは間違いないと思われていた。しかし、事件を調べ始めた担当弁護士は、供述の裏に潜む驚きの裏側に気づく。感情は揺れ動かされ、弁護の気持ちは強まる。慣れない弁護の準備の中、なんとか少しずつ真実に近づいていたが、そこにはまだ彼女も知らない衝撃が隠されていた。

『グレイス 消えゆく幸せ』感想(ネタバレなし)

タイラー・ペリーを知っている?

「タイラー・ペリー」をご存知でしょうか?

たぶん大半の日本人には馴染みのない人物です。しかし、アメリカの庶民にとっては知っていて当然な有名人なのです。具体的にはアフリカ系アメリカ人の女性(主に主婦層)&教会に熱心に通うような人たちにとっては。

ルイジアナ州ニューオーリンズ出身の黒人であるタイラー・ペリーは、貧しく家庭内虐待もある子ども時代を過ごしていたそうですが、成人するとアトランタに移り住み、劇作家として挑戦をします。しかし、最初は全然上手くいかず、苦しい生活を余儀なくされました。

それでも挫けずに努力をし続けた結果、頑張りが認められ始め、ついには年に何本も上演をするような人気劇作家へと成功の階段を上ります。彼の有名な作品と言えば「マデアおばさん」シリーズです。“タイラー・ペリー”自らが演じるマデアというかなりぶっとんだおばさんがあれこれやらかすコメディであり、先にも書いたように黒人女性層に大ウケしました。また、教会での支援活動にも力を入れており、クリスチャンとして宗教と黒人コミュニティの地域の連帯を強める手助けをし、これも支持の底上げになっています。結果、エンターテインメント界で最も稼いだ男性のランキング1位になるなど、億万長者として見事にアメリカン・ドリームを体現した存在になりました。

そんなアメリカ黒人の世間と無縁な私が“タイラー・ペリー”を知ったのは2009年公開の『プレシャス』という映画です。おそらく多くのシネフィルもこの作品に注目したと思います。『プレシャス』は非常に貧困&性暴力もある劣悪すぎる家庭で育った若い黒人女性がなんとか前に進もうとする姿をリアルかつパワフルに描いた一作。その評価は絶大で、インディーズ映画としてもブラックムービーとしても珍しく賞レースのスポットライトを浴びることができ、アカデミー賞で脚色賞・助演女優賞を受賞しました。

この『プレシャス』の製作総指揮となり、支援をしたのが“タイラー・ペリー”と、同じく黒人層から大きな支持を得るオプラ・ウィンフリー。この二人が揃えばそれはもう最強ですね。

最近の“タイラー・ペリー”はテレビ業界に進出したり、自分のスタジオを設立したりと、精力的に活動範囲を広げていたのですが、ここにきてNetflixとのコラボレーションを披露してきました。

そんな“タイラー・ペリー”監督・脚本・製作作にしてNetflixオリジナルとなる映画が本作『グレイス 消えゆく幸せ』です。

「マデアおばさん」シリーズとは違ってコメディ要素は一切ありません。笑いを入れる余地はゼロ。ジャンルとしてはサスペンス・スリラーとなっています。とある黒人の中年主婦が殺人罪で逮捕され、若い黒人弁護士が話を聞きに行くが…という一見すると法廷劇にも見えますが…。はい、ここからは何も言えない。そう、この『グレイス 消えゆく幸せ』はネタバレ絶対厳禁の映画なのです。

ということで変な検索なんてせずに気になるならさっさと観た方がいいです。こんな感想ブログなんて読んでいる暇はありません。まあ、あれかな、『ゴーン・ガール』みたいなタイプの映画と言えばいいのかな(ちょっと違う気もする。でも“タイラー・ペリー”は『ゴーン・ガール』に出演していたんですよね)。そういうのが好みなら鑑賞候補にしてもいいのではないでしょうか。どうせNetflixですぐに視聴できるのですから何も躊躇もいらないでしょう。

俳優陣は、“クリスタル・R・フォックス”、“フィリシア・ラシャド”、“ブレシャ・ウェッブ”、“メカッド・ブルックス”など。ドラマシリーズで活躍している方が多めです。“フィリシア・ラシャド”はあれですね、『クリード』シリーズで主人公の母役でした。


もちろん“タイラー・ペリー”も俳優として出演。良いポジション役なのがちょっとズルい。

初“タイラー・ペリー”という人もこちらからどうぞ。かなり重い空気の作品ですし、本作だけで“タイラー・ペリー”のクリエイティブを語れるわけではないのですが、まあ、入門としては別に悪くはないエンタメです。

劇場で映画を観るのに少し疲れた人は、自宅で映画を観てください。え? また映画を観るのかって? そりゃあ、当然でしょう。

オススメ度のチェック
ひとり◯(時間がある時の一作に)
友人◯(展開に驚き語り合おう)
恋人◯(暇つぶしで盛り上がる)
キッズ△(凶悪な犯罪事件です)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『グレイス 消えゆく幸せ』感想(ネタバレあり)

グレイスは無実なのか、それとも…

夜。ある民家の2階かどこかで、女性が屋根付近に上がり、今にも飛び降りようとしているのを警察が説得しています。「フェルドマンさん」と呼びかけ、警官が窓からなんとかなだめようとしていますが、上空を飛ぶヘリのライトに照らされた瞬間、その取り乱した女性は自ら身を投げ出しました

物語の革新に迫る非常に重大なシーンですが、この伏線回収はラストになってから。

ジャスミン・ブライアントは警官の夫であるジョーダンと朝の会話を交わし、車で職場に向かいます。車のラジオからは今このあたりを騒がせているある事件の話題が流れてきました。それはグレイス・ウォーターズという夫を殺害したとして捕まった黒人主婦の話。メディア報道ではその残忍性を盛んに取り上げ、「彼女はクロ」と誰か出演者は明言するほど。

ジャスミンは弁護士事務所で働いており、まだ経験は浅い方です。今日も出勤すると、まさかの仕事を上司から命令されました。それはあのグレイスの弁護の担当。司法取引をやるだけだし、本人が自白しているし、簡単だろう…となんてことはないように言い放つ上司ローリーに困惑するしかないジャスミン。しかし、同僚も「話題の事件だし、キャリアアップになる」と応援してくれ、しぶしぶ公選弁護人になることに流れでなってしまいます。

さっそく拘置所にいるグレイスと面会。殺人犯相手は初めてでとても緊張しますが、時の人であるグレイスがやってきました。対面して、いきなり「弁護士は要らないって言ったのに」とぼやかれつつ、年齢や信仰は問われると、最終的には「いつでも息子に会えるように近い刑務所がいい」とそれだけが条件だと言うのみでした。

初対面を終え、整理がつかないジャスミン。彼女はこの仕事に何のやりがいも感じておらず、そもそも弁護士としての将来に悩んでおり、続けたい気持ちはないとまで考えていました。夫は天職だからと支える言葉を言ってくれますが、ジャスミンはさっさと片づけたい気分しかありません。
 
別の日。事務所にマルコム・ウォーターズという人が会いに来ます。それはグレイスの息子であり、「母は無実だ」「クモも殺せない」と助けを求めてきます。

検察側とも話をした結果、仮釈放なしの終身刑で検察は譲らず、しょうがなくグレイスにも取引した方がいいと助言し、本人も取引すると発言。帰り際、グレイスはしくしくと泣きだすのでした。

とても殺人犯には見えない彼女の姿に心を動かされたのか、ジャスミンは独自に調査を始めます。手がかりとして、グレイスの友人のサラに会ってみることに。外でサラと出会いますが、そのとき部屋を貸しているという女性らしき人が窓からチラっと見えますが、その時はそれ以上気にしませんでした。

サラの家で話し込むと、どうやらグレイスの息子が結婚して状況が一変したらしく、不幸を嘆き始めたそうでした。夫にうんざりして財産分与もせずに別れたのに、元夫はかなり若い相手と再婚して順風満帆に暮らしていることに辛さだけを蓄積させていたのだとか。

こうなったら本人の口から直接聞くしかありません。グレイスに本当のことを話してと頼み、ついに彼女は口を開きます。

普通の日。いつもと変わらない日。その日を境に破滅に向かうとは思わなかった…。美術館で偶然に出会ったハンサムな男性。展示されている写真は女性が撮ったものだと思ったら、実はその男の写真だったことが判明し、名前はシャノンと言いました。

次の日、出勤先に誘いの手紙があり、なぜ彼は誘うのだろうかと疑問に思いつつも、でも心を惹かれたことを自覚。食事に行くと、シャノンの親切で紳士的な振る舞いにすっかり魅了され、完璧な男性だと惚れ込んでしまいます。それからも20代がするようなデートをこの年齢でまたできたことに喜びつつ、3か月が経過。メロメロだった自分は、蛍が飛び交う中でプロポーズされ、即答でOKの返事をするのでした。

そんなグレイスの甘い出会いの過去エピソード。それはしだいに思わぬ展開に変わり、凄惨な事態が起こった日の話へと繋がっていき…。

グレイス 消えゆく幸せ

検察さん、仕事してますか?

『グレイス 消えゆく幸せ』は物語の6割は男女の出会いを描くロマンス、3割は法廷劇。そんな流れです。しかし、最後の最後で急転直下。いきなりのサイコスリラーに早変わりします。

結論のオチを書いてしまいますが、この一連の事件の黒幕はグレイスの友人だと思っていたサラでした。彼女の本名はベティ・ミルズであり、あのシャノンは彼女の息子であり、25年以上にもわたって数多くの女性を騙し、金を騙しとり、あげくに家の地下に監禁していたのでした。

このショッキングすぎるオチ、当然、びっくりですよ。もちろん伏線は序盤から張っていましたし、シャノンなんて明らかに怪しい男でしたから疑うのもむしろ普通なくらいなのですけど。

それにしたって超唐突。なによりもそれまでのジャスミンの弁護士としての苦悩とか、友人たちの連携したチームワークとか、上司ローリーからの法に関わる者の在り方の話とか、それらすべてが水泡に帰す、盛大なちゃぶ台返しすぎて唖然とします。なんだったのか、と。あのドラマを見る必要はなかったですね。

また、いくらフィクションとはいえ、矛盾点はやや目につくところです。

根本的な話で言えば、警察はなんで殺人死体の確認もとれていないのに、殺人が起きたと自白だけで断定し、それを裁判でも有罪にできたのか。いくらなんでも無理ありすぎます。通常は死体を見つけるまで裁判なんてできるわけもなく、警察は必死に血眼で遺体捜索に全力をあげるのでは…。たぶんその過程で容疑者の親友であるサラの家も調べ尽くすでしょうから、あの大量監禁も発見されるはず。

あれで殺人が成立するなら、私も赤の他人を勝手に殺したと言いふらして殺人罪で逮捕されることも起きえますよ(悪意でそんな話を言ったらせいぜい警察などの仕事を妨害したことになるので偽計業務妨害罪くらいですかね)。

これなら弁護するのもそんなに難しい話ではない気がする…。そうなってくると司法取引以前の問題になり、この映画の前提そのものが崩れてくるのですけど。

このような致命的なこの事件の起訴の強引さが消えていないので、あの後半の裁判シーンもどこか的外れ感は漂っていました。検察もひたすらに悪人であることだけを強調するのみで、証拠は自白オンリーですから。争点になるべきはそこじゃないのに。

ちなみに死体が発見されなくても殺人罪を成立させることは一応できます(そういう判例が日本にもある)。その場合は、殺人(&死体遺棄)を示す多くの間接的証拠を提示する必要があり、検察側がかなり苦労することになります。例えば、監視カメラに死体の入ったと思われる袋を持った姿が映っていたとか、死体遺棄に使ったと考えられる道具の購入履歴が見つかったとか、諸々の証拠を積み重ねないといけません。

二人の名演合戦は見どころ

あれこれダメだししましたが、『グレイス 消えゆく幸せ』は結局のところ、そういうリアルなんてどうでもよく、お茶の間の家庭で適度にハラハラするエンタメショーがお届けできればそれでいいのです。

つまるところ、いつもの“タイラー・ペリー”のノリです。シリアスなストーリーでもそれは変わりません。

それにしても“タイラー・ペリー”は常にターゲットである黒人主婦層へのサービスを忘れない人ですよね。今作もグレイスのあまりにも惨めな境遇と、そこから悪意のある罠にハマっていく過程が、やたらと時間たっぷりに、独白ナレーション増量で語られまくっており、特定の視聴者の感情とシンクロさせようという狙いがビンビンです。

まずここでグレイスを演じた“クリスタル・R・フォックス”が複雑な心情を見事に演じきっており、すごく良かったな、と。あんなくどいナレーションがなくても、この名演だけで遅咲きなロマンスに夢心地になっていく中年女性の心と、そこからの転落による絶望を存在感ひとつで演じられていました。

そして元凶であるサラを演じた“フィリシア・ラシャド”。彼女はグレイスとは真逆で表面上はブレることなく存在しており、その皮の内側ではどす黒い欲望が渦巻くという、恐怖のサイコパスをこれまた自然に熱演していたのが印象的。

シャノンを演じた“メカッド・ブルックス”も良かったですね。彼はドラマシリーズ『スーパーガール』ではガラッと変わって好印象な役を演じており、『グレイス 消えゆく幸せ』とのギャップが凄い。

ローリーは…法律家じゃなくて脚本を頑張れ。

俳優陣の名演でなんとか体裁を保っているので良いのですが、どうにもストーリーの完成度は低い感じは否めない。“タイラー・ペリー”も、多くの批評家が指摘していますけど、他のクオリティに追いつけず孤立しているような気も…。今やブラックムービーは名作の宝庫ですからね。かなりの尖った名作も続々と生まれています。さらなる新しい挑戦でまたもや夢を実現する力を見せてくれるといいなと思います。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 29% Audience --%
IMDb
5.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 3/10 ★★★

関連作品紹介

最近の“タイラー・ペリー”監督作品の一覧。マデアおばさん系列ではほぼ必ず邦題に「タイラー・ペリー」とついています。

・『タイラー・ペリー マデアの家族葬』(2019年)
・『クレイジー・グッド』(2018年)
・『アクリモニー: 辛辣な復讐 』(2018年)
・『タイラー・ペリーのまた出たぞ〜! マデアのハロウィン2』(2017年)
・『タイラー・ペリーの出たぞ〜! マデアのハロウィン』(2016年)
・『タイラー・ペリーのテンプテーション: 結婚カウンセラーの告白』(2013年)
・『マディアおばさんのドタバタNY事件簿』(2012年)

作品ポスター・画像 (C)Tyler Perry Studios, Netflix