ひとつの太陽
Netflix映画『ひとつの太陽』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:陽光普照(A Sun)
製作国:台湾(2019年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:チョン・モンホン

ひとつの太陽

あらすじ

ある事件を引き起こした次男が少年院に送られ、残った家族は歪な亀裂が残ったままとなる。暗い日陰の世界で生きるしかない家族のもとに、ある訪問者がやってくる。それは家族に変化をもたらすが、同時に悲劇にも近づいていく。頑固に家主として意地を張る父、懸命に黙々と働いて家を下で支える母、期待を背負いながら街を彷徨う長男。家族はどこへ行くのか。

『ひとつの太陽』感想(ネタバレなし)

2019年「金馬奨」受賞作

世界各地には多種多様な映画祭がありますが、台湾・香港・中国など中華圏を対象とする映画祭として「金馬奨」という映画賞が存在します。1962年創設と歴史も古く、何かと表現の自由が脅かされがちなこの政治情勢が揺れる中華圏において芸術性を評価する重要な場として機能してきます。

日本作品がこの賞のステージに上がることは滅多にないですが、日本人の参加は普通に行われています。プレゼンターとして是枝裕和監督が出たり、瀬々敬久、深田晃司、白石和彌らも出席したり。日本はこういう芸術に特化した大きな映画賞がないので貴重なのでしょう。

2018年に金馬奨の各部門に輝いた作品であればすでに日本でも観られるものも多く、鑑賞した人もいるのではないでしょうか。最優秀作品賞の『象は静かに座っている』、最優秀監督賞の『SHADOW 影武者』、最優秀主演女優賞の『先に愛した人』、最優秀助演女優賞の『幸福都市』など。




そして2019年の金馬奨はひとつの映画が主要部門を総なめにする快挙を記録し、話題となりました(ちなみにこの年の審査員のひとりは永瀬正敏)。最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀主演男優賞、最優秀助演男優賞、最優秀編集賞を受賞したその映画が本作『ひとつの太陽』です。

本作は台湾映画です。日本の『万引き家族』、韓国の『パラサイト 半地下の家族』など、家族という最小コミュニティの功罪を突き詰めたアジア映画が世界で躍進する中、この『ひとつの太陽』もまたその家族映画であり、台湾のリアルが作中の家族に凝縮されています。

物語は、それほど裕福ではない、中産階級の中では下にいる、とある4人家族の話。それぞれがこの今の生活をなんとか上昇させようともがいているも上手くいかない。そのジレンマが致命的な失敗を招き、家族に亀裂を生じさせ…。まあ、ネタバレなしで言えるのは、シリアスな生々しい痛さのある家族のストーリーだということ。予想外な残酷なシーンもあったり…。少なくともアットホームなファミリームービーではないのは確か。

監督は“チョン・モンホン”という人で、台湾映画界では名の知れた映画人。この人を語るうえで日本人なら知っておくと面白いのが、“チョン・モンホン”監督は実は撮影も手がけるマルチな才能のある人物なのですが、その際の撮影でのクレジットは「中島長雄」になります。要するに“チョン・モンホン”と“中島長雄”は同一人物です。台湾出身の彼がなぜ日本人っぽい名を?と疑問が沸きますが、インタビューなどを読む限り、そこまで深い重大な意味があるわけではなく、遊び感覚みたいですね。なお、台湾人はこうやって別名を持ち、普通の仕事でも使うことがあるそうです。

“チョン・モンホン”監督は日本要素を作中に混ぜ込むことをする人だそうで、なんかそういう仕掛けるスタイルが好きなのでしょう。『ひとつの太陽』にも日本要素がいくつかあるので探してみてください。

『ひとつの太陽』でも“中島長雄”の名義で撮影しています。監督自ら撮影も手がけているのでとにかく印象的な映像がいきなりバン!と挿入されたり、そこも注目ポイントです。

俳優陣は、“ウー・ジェンホー”(巫建和)、“リウ・グアンティン”(劉冠廷)、“シュー・グアンハン”(許光漢)、“チェン・イーウェン”(陳以文)、“コー・シューチン”(柯淑勤)など、ベテランと若手が入り交ざる贅沢な構成。まあ、家族モノはそうなることが多いですけど。私は台湾俳優に全然詳しくないのでもっと勉強しないとなぁ…。

155分と家族モノとしてはかなりの長尺で、気軽に鑑賞はしづらいのですけども、日本ではNetflix配信なので前半と後半に分けるとか各自の空き時間に合わせて上手く視聴してみてください。

オススメ度のチェック
ひとり◯(台湾映画好きならぜひ)
友人◯(アジア映画ファン同士で)
恋人△(長尺なので気軽に観れない)
キッズ△(大人のドラマです)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『ひとつの太陽』感想(ネタバレあり)

片手煮込みスープをどうぞ

『ひとつの太陽』はいきなり冒頭からまさかのショッキングシーンで衝撃です。観る映画を間違えたのかと思います。

土砂降りの雨の中、バイクにまたがってある飲食店に到着した黄色いレインコートの二人の男。二人とも若そうです。誰かを探しているらしく、その居場所に直行するべく、厨房をズカズカと歩き、そのまま食事席に向かうとひとりの男がナタを振り下ろします。そして退散。その場には片手を切り落とされた男が血まみれで倒れてもがき苦しみ、その片手は食事の鍋の中でグツグツしていました。

残酷シーンなのですが、でもなぜかのどかなBGMで、観客として「これは一体どういうシーンなんだ」と当惑します。もしかして、あれかな、作中の後の方に展開するインパクトのある場面を冒頭に持ってくる、そういう演出かな?と。

でもそうではありません。その狂気の事件から少し月日が経過した状態で物語は進行します。

アーウェンは自動車教習所の教官で、今日も下手な講習者を叱っていました。そこに電話がかかってきます。実はこのアーウェンの次男であるチェン・ジェンフー(アーフー)が例の片手切断傷害事件に関わった一人らしく、今まさに裁判が始まろうとしているところ。

しかし、アーウェンは次男にまるで関心もなく、地方裁判所では「育て方を間違えました」「院にお任せします」と完全に放棄する冷たい言葉を放ちます。結局、アーフーは暴行の罪で少年院に収容3年ということになりました。

それで終わりとはなりません。片手を切断された被害者オレンの父が、アーウェンの職場までやってきて賠償金150万を払ってくれとせがみます。それを追っ払うアーウェンは心でますますあの次男への負の感情を溜め込んでいきます。

そんな決裂する夫アーウェンと次男アーフーの間で板挟みになっている妻であり母であるチンは、クラブのメイクアップの仕事で必死に働いています。そんなとき家に二人の母と娘らしき女性がやってきます。娘っぽいひとりはシャオユーという名の15歳らしく、妊娠しているそうで、お腹の子の父はアーフーなのだとか。さらに厄介なことになりますが、相手の母は責任をとらせるべく強気でした。

一方、長男のチェン・ジェンハオ(アーハオ)は医大に入るべく夜も予備校に通っていましたが、そこでグオ・シャオゼンという女性と知り合い、親交を深めます。

少年院に入所したアーフーは、そこで古株の入所者から手痛い歓迎を受け、ピリピリした緊張感の中で生活をしますが、しだいに打ち解け合い始めます。

妊娠したシャオユーの一件ですが、当然のように父アーウェンは激怒。しかし、母はシャオユーは姉夫婦の子らしく義母は結婚していないという事情を聞き、しばらく家でシャオユーを預かることに決め、自分のクラブの職場に連れていき手伝いをさせます。

シャオユーの妊婦健診についていったアーハオは、アーフーに会いたそうにしているシャオユーを察して一緒に少年院に行ってみることに。ところが会えるのは家族だけと言われ、仕方がなく自分だけが面会。しかし、アーフーと激しい口論になるだけで…。

夜中。アーハオは命を絶ちました。自分たち家族が暮らすアパートの真下で。真っ暗闇の中で。

光と影が交互にやってくる

『ひとつの太陽』は“チョン・モンホン”監督自らの撮影であり、とくに陽光や陰影を駆使した印象的な映像が豊富に登場し、その明るさの変化で家族の浮き沈みを表現しています。

タイトルが「陽光普照」(作中でもアーハオが言っていた“世界で一番公平なのは太陽だ”と同じようなニュアンス)ですから。ちなみに英題は「A Sun」で邦題にあるとおり「ひとつの太陽」という意味ですが、これは「A Son(ひとりの息子)」という意味も引っかけたものなのでしょう(父アーウェンの「私の息子はひとりだ」というセリフ)。

まず冒頭、視界不良になりそうなくらいの豪雨です。そこで家族の運命を変えてしまう事件が起きます。そこから母と長男は暗い絵が多くなります。対して父は日がさんさんと降りそそぐ野外の職場なので明るいです。この対比が家族がバラバラであることを非常に物語っています。

そして映画が3分の1を過ぎたところで起こる、家族のひとりの突然の死。ここのシーンは真っ暗闇で、完全に家族が闇に沈んだ瞬間を表しているかのようです。

これ以降、母と父の明暗は逆転しだします。母はシャオユーと彼女が産んだ赤ん坊が加わったことで希望の光を見いだしたようで、前向きになっていきます。美容院を開きたいと目標を語れるほどに。

対して父は悪夢のような長男の幻影を見ながら、全否定をしてきた次男アーフーが出所しても向き合えず、どんどん影の世界に追い込まれていきます。

一方、更生してやり直そうと仕事に集中するアーフーの前に現れたかつての事件を引き起こした張本人であるツァイトウの存在(アーフーの周辺はコンビニや洗車場など人工的な光なのも計算なのか)。

またもや家族に影が伸び、冒頭と同じく土砂降りの雨の日。悲劇は繰り返されるのかと思いきや、何も起こらず、翌日アーフーはツァイトウの死を知らされ…。あの橋で降ろされて走り出すシーンを上空撮影する解放感が凄く良いです。

しかし、実はその土砂降りの雨の日。密かにアーフーを追跡していたアーウェンはひとりになったツァイトウを衝動的に殺害していたのでした。やっぱり悲劇は起きていた…。

その告白を澄み渡った空が広がる高原で夫婦二人でいる時に聞いた妻の苦しみを全身で表す姿。

ラストで部屋に光が差し込む中、アーフーと母は外に出て、自転車を拝借し、木漏れ日を見上げます。

光と影がいつまでも交互に続き、終わりが見えない家族の揺れ動きを表現した、用意周到に練られた撮影はお見事です。

ひとつの太陽

マニュアルにこだわりすぎる父

光影の撮影テクニック以外にも家族の心情を表現する細かい演出が散りばめられているのも見どころ。

私はあの父アーウェンのキャラクターがとくに素晴らしいなと思うのですが、ああいう「家主としてのプライドだけはあるけどとにかく実力はない父親」というのは、まあ、国に限らずどこでもいるじゃないですか。

あのアーウェンは冒頭で自動車教習所のある講習者に対して、「全然試験に受からないのはお前がマニュアルにこだわりすぎるからだ」みたいなことを一丁前に説教しているわけです。でもそれはあのアーウェン自身にブーメランで跳ね返ってくることなんですよね。彼は保守的な家庭観にこだわりすぎて家族を崩壊させる遠因となっているのですが、それを自省して改善することはできない。職業上は人に教える立場ながら、家族に対しては良い指導者になれるどころか、有害になってしまう。

そんな欠落を抱えた男を、本作では実にユーモラスに描く演出も飛び込んだりするので、なんか観ているこっちとしてはちょっと憎めなさもでてきます。やたら高速でぶっとばす講習者には手を出せないとか、糞尿ホース放出大事件とか。

笑っちゃうのが、アーフーとシャオユーが結婚することになって院の小さい部屋で式をするシーン。神妙な面持ちで待機しているアーフー&シャオユー&両者の母ですが、おもむろにアーウェンがそこにあった計測機器で血圧を測り始め、ジムノペディな音楽が流れ始めるというシュールさ(血圧を測れる身体的環境ではないだろうに)。

この監督、音楽と編集のセンスも妙にあります。しかも笑わせてくるのが豪胆というかなんというか。

音楽といえば、アーフーが出所するときに、全員が歌をアカペラで歌いだすのですけど、その曲が喜納昌吉の「花〜すべての人の心に花を〜」でした。たくさんカバーされ、中華圏でも大ヒットしたので有名なのでしょうけど。私としてはその部屋の壁に飾ってあるのが「モンスターボール」なのがやけに気になった…。なんでポケモン?(撮影に使ったのが学校とかだったのかな)

司馬光の水がめの話に象徴される、期待を背負いすぎて光から影に逃げ込みたかった長男の苦悩とか、他にも語りたいシーンは山ほどありますが、長文になりすぎるので割愛。

全体を通して台湾に蔓延る昔ながらの家庭という檻の辛さを感じる一作でした。『幸福路のチー』にも通じますが、『ひとつの太陽』の世界にもプロパガンダ的な推奨されるべき「家庭のあるべき理想」が社会によって植え付けられていることがよくわかります。さりげなく映る街中の標語、父が多用する「今を生きろ我が道を選べ(把握時間掌握方向)」の言葉…。


これは台湾だけでなく東アジアなら同類の現状であり、全然変化の糸口もなさそうなのが、日本人としては苦しいところです…。

ROTTEN TOMATOES
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IMDb
8.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)3 NG Film