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『ビート 心を解き放て Beats』感想(ネタバレ)…Netflix;音楽は引きこもらない

ビート 心を解き放て

音楽は引きこもらない…Netflix映画『ビート 心を解き放て』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Beats
製作国:アメリカ(2019年)
日本では劇場未公開:2019年にNetflixで配信
監督:クリス・ロビンソン
人種差別描写

ビート 心を解き放て

びーと こころをときはなて
ビート 心を解き放て

『ビート 心を解き放て』あらすじ

シカゴのサウスサイド。ヒップホップの才能を秘めたティーンのオーガスト・モンローは、ある事情で心を封じ込め、外に出ることができなくなっていた。自分の部屋でひたすらに音楽創作にだけ打ちこむ日々。そんな彼の閉ざされた世界を、かつての失敗を今も引きずる男がこじ開けてゆく。二人は成功を掴むことができるのか。

『ビート 心を解き放て』感想(ネタバレなし)

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この埋もれた音楽を届けたい

凶悪犯罪事件が起こるたびに容疑者の人物像を好き勝手にプロファイルするのが恒例となっている日本のマスメディアですが、2019年現在になってもいまだに「引きこもり=犯罪者」というイメージで語ろうとする状況にすっかり辟易します。

引きこもりを“社会の問題”としてとらえずに、“個人の怠慢や欠陥”として嘲るその価値観…それこそが人を引きこもりにさせる圧力であり、社会的なイジメそのものだろうに…なんだか悲しくなってきますね。

そんな引きこもりの問題も偏見抜きでしっかり向き合い、エモーショナルなドラマに仕立て上げているのが本作『ビート 心を解き放て』という映画です。

本作はNetflixオリジナル作品として配信されており、インディーズ系の作品なので、非常にマイナーな扱いにとどまっていて全く注目度は低いのですが、隠れた良作としての魅力を兼ね備えていると思います。

物語はアメリカのシカゴ…アフリカ系アメリカ人の貧困層が暮らす典型的なフッド。この銃と暴力がすぐ隣り合わせにある世界で当たり前に生きてきたティーンの主人公が、“ある事情”で不登校になってしまい、家に引きこもるように。そんな主人公と偶然に出会うことになった、音楽業界で働いたことのある男が、その主人公に音楽の才能を見いだし、外の世界へと導いていく…というのがだいたいの流れ。

いわゆるティーン青春映画であり、かつ音楽映画でもあります。つまり、『シング・ストリート 未来へのうた』などと同じジャンルであり、そのアフリカ系アメリカ人バージョンだと思ってもらえれば、手っ取り早いかなと。

当然、その物語の中には、アメリカの黒人が現在進行形で苦しんでいる人種問題が重く圧し掛かりますし、ティーンだけのスケールではなく、ヒップホップ音楽業界すらもその闇から逃れられないという問題の根深さも感じさせるものです。しかし、最終的にはジュブナイル的な爽やかさもある解放感に繋がっていくので、あまり身構えずに観てほしいところ。

監督は“クリス・ロビンソン”という人で、この人はもともとCMやミュージックビデオの制作で大活躍しており、アリシア・キーズ、ブランディ、バスタ・ライムス、フェイス・エヴァンス、ジニュワイン、ジェイ・Z、モニカ、T.I.など一部を抜粋するだけでもそうそうたる顔ぶれとコラボしている、著名なディレクターです。そんな彼が監督した映画ですから、至極当然のように「音楽」に重点を置いています。『ビート 心を解き放て』も一度聞けば耳に残る素晴らしい楽曲のオンパレードであり、私も鑑賞後に思わずサントラはないのかと探してしまいました。

主人公を演じているのは“カリル・エヴァレッジ”というほとんどキャリアの浅い若手俳優で、『ベスト・キッド』のスピンオフ続編であるドラマシリーズ『Cobra Kai』に少し出ていたくらいで見かけた人もいるかも。

キャスト的にも宣伝になる要素は薄いので、どうしても扱われ方は残念なかたちになりがちですが、膨大な配信作品の山に埋もれてしまうのはもったいない良い映画です(なお、同名の原題の作品が2019年には他にあるので混同しないように注意)。

あ、忘れそうになってましたが『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』や『ブラック・クランズマン』で抜群のクソ野郎っぷりを披露して一部の観客を虜(?)にした“ポール・ウォルター・ハウザー”も出演しています。なんかこの人が出ると、今度はどんな最低男なのかなと、つい警戒しちゃいますね。

社会の闇によって孤立を余儀なくされる若者の魂が、音楽のビートによって解放されていく姿をぜひその目と耳で確認してください。きっと心に届くはずですから。とくに今、そんな抑圧に苦しんでいる人には。

願わくば鑑賞した人はその感想をSNSとかで発信してくれると、こういう大手の映画サイトすら見向きもしないマイナー作品にとって大事なレコメンドになると思います。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(ティーン音楽映画好きに)
友人 ◯(音楽好きなら盛り上がる)
恋人 ◯(暇つぶしに鑑賞するのでも)
キッズ ◯(どちらかといえばティーン向け)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ビート 心を解き放て』感想(ネタバレあり)

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ゆっくりとまた進み始める人生

今日も銃声とサイレンが日常的なサウンドになっているこの街で、「オーガスト・モンロー」はよく一緒につるんでいる「ラズ」と「ナイヤ」と一緒に夜の町中をどうでもいいトークをしながら歩いています。睨み合って敵対しているストリートの奴らの縄張りでオーガストは小便をして挑発し、見つかっては追われる…それもいつものこと。地元の銃を持っている悪者たちに守ってもらい、お小遣いをもらう。

そんなすっかりこの街に染まってしまったオーガストを心配する姉の「カリ」。彼女は音楽制作が趣味らしく、弟のオーガストにも才能があると期待しており、賢いんだから悪びれたことはするなと忠告。音楽面でも「テンポをもう少しゆっくりにしなさい」「あんたはいつも急ぎすぎ」と優しくアドバイス。

そうやってオーガストとカリが仲良く並んで歩いていると、カリの背後に銃を向ける人間が…。1発の銃声。二人は倒れ、オーガストの目の前には、大量の血を流し、ピクリとも動かない姉の姿が…。

1年半後。あの事件はオーガストの人生を変えていました。重度のPTSDを抱え、心配した母親の保護もあって、オーガストは部屋から一歩も出ることなく、過ごしています。学校にも行かず、毎度、登校時間の自分の家の前を通るナイヤの姿をこっそり見ているだけの日々。そんなオーガストが唯一やっていることは、今は亡き姉の使っていたドラムマシンで作曲するだけ。もちろん、それを誰かに聞かせるわけでもありません。

一方、学校では経済的な厳しさから、不登校の生徒ひとりにつき3000ドルの予算削減が行われることになり、関係者は頭を悩ましていました。職員のリストラもかかっているこの事態、学校の大人たちは一丸となって不登校の子どもたちのいる家庭を訪ねて回ることに。

その学校で警備員として働く「ロメロ・リース」は、校長で自分の妻(離婚間近)である「ヴァネッサ」にお金を貸してほしいとせがみますが「このリストから5人、学校に連れてくればOK」ということで、不登校生徒訪ねに嫌々ながら参加することになります。

そしてたどり着いたのはオーガストの家庭。家に入り、母親から「体調不良で自宅学習している」と説明を受けますが、気になるのは部屋から音漏れしてくるサウンド。隙を見て部屋にいるオーガストに会いに行って「どうやってそんな音楽を作った」と質問攻めにしていると、パニックを起こすオーガスト。

ロメロはもともと音楽マネージャーであり、その天才性に気づいたのでした。何もしないと妻には誓うも、当然無視できるわけもなく、オーガストに接近。そして、このままこの家に閉じこもる少年を音楽業界の世界に引っ張ろうとします。

「この前、聞いた曲はテンポが速すぎる。スローダウンしろ」

この世にはもういない姉のかつての言葉と同じセリフを言いながら…。

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黒人社会そのものが引きこもっていく

そんな始まりで、社会のはみ出し者同士が手を組んで、人生の逆転を狙うという流れ。絶対にアガるに決まっている、完全無欠のカタルシスの方程式がすでに存在しています。

しかも、音楽を一緒にクリエイトしていく過程が丹念に描かれ、その曲が完成して、大衆を魅力していくという結果も見せてくれるのですから、そりゃあもう、最高というものですよ。

音楽を通してトラウマから脱していくというストーリー自体は、とくに普通ではあるのですが、『ビート 心を解き放て』はその描写が念入りに描かれており、さすがこの業界を知り尽くしている“クリス・ロビンソン”監督、上手いの一言です。

そんな音楽に頼りっきりというわけでもなく、本作はそれ以外の演出も見ごたえがあって、オーガストの精神的な不安感を巧みに表現していたのも印象的。料理をしているカリの幻覚にとらわれて、現実の家のキッチンが煙で充満しているのにも気づかないとか、映画的なフィクション性と、PTSDの恐怖を視覚的に見せる方法もなかなかに手慣れている感じ。

外に出ることができ、さらにはライブに恋人と一緒にいくことまで達成でき、自分の曲に大衆が熱狂しているのを目の当たりにして、まさに人生は再始動…と思いきや、その行為が母親にバレてしまい、警察沙汰になって、またトラウマ&軟禁状態。

オーガストの母親の気持ちも痛いほどよくわかり、夫(オーガストの父)は軍人で帰国後に心臓発作で亡くなっているゆえに、母は母でかなり追い込まれています。そんな家庭を救済してくれる制度などは微塵もなく、相変わらず横暴な警官の態度が不信感だけを増大させていく。

ある種、このアメリカの黒人社会全体がいわば巨大な“引きこもり状態”に追い込まれていると言っても過言じゃないのかもしれません。

その社会の中でも最弱なのはもちろん子どもたち。実際にどれくらいの不登校の黒人がいるのかはちょっと私は手元にデータもなく知らないのですが、かなり顕在化していない問題になっているのかもしれないですね。作中でもオーガスト以外にもたくさんの不登校生徒の存在が序盤でサラッと描かれるわけですけど、その子どもたちそれぞれに語るべきドラマがあることを本来は忘れてはいけないと思います。

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音楽業界も救済ではない

一方で、不登校のオーガストを救済する音楽業界はサイコー!という、安直な構図にはならないのが『ビート 心を解き放て』の大事な特徴。

オーガストとの運命的な出会いと通して、ロメロ自身も音楽業界にカムバックしていくことになりますが、そこから判明していくこの業界の闇。この世界でも、フッドのストリートに蔓延る若者社会と同じく、成功者と失敗者の格差、金と暴力による支配と搾取…そんなものが渦巻いているのでした。

迷える子どもを手助けしたかに見えたあのロメロにさえも、過去に犯した封印したい罪が明らかになり、またもそんな行為に手を染めようとしていたことも表沙汰になったことで、オーガストとの間に決定的なヒビが入ります。

こんな社会に引きこもりたくないと、外に出たら出たで味わうことになる、“こんなはずじゃなかった”という苦しみ。“取り戻すためならなんでもしてみせる”と言って沼にハマっていく悪循環。そんな先に進んだ者としての先輩による教訓を、オーガストに話すことで、ロメロのレクチャーは終わるのでした。いや、本当の意味ではここから始まったと言うべきかもしれないですね。

このロメロを演じているのが“アンソニー・アンダーソン”だというのもまた良くて、マッチしています。というのも彼は、過去に女性への性的暴行容疑をかけられたことがあり、キャリア的に大きな失態を犯しているんですね。つまり、非常に作中のダメな大人であるロメロと重なります。彼の言葉にはメタ的な意味でも説得力の重みがあります。

まるで音楽制作のように、先駆者の人生をサンプリングして、組み合わせ、納得いくまで創作を続ける。そんなトライ&エラーの繰り返しが人生であり、生きる意味でもある。ラスト、作曲によって生まれた音楽を背景に、オーガストが学校へと向かっていく道筋。生徒を教室へ急かす教師。自分のペースで今、やっとこの場所にたどり着いたオーガスト。

引きこもってもいい。ゆっくりでいい。

「What’s up? 」

見事なエンディングのキレがクールに決まった映画でした。

本作や『ヘイト・ユー・ギブ』など、昨今の青春ブラック・ムービーは非常に勢いがあるので、今後も見逃せませんね。全然日本では劇場公開されないのが不満ですが…。

『ビート 心を解き放て』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience –%
IMDb
6.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Global Road Entertainment, Netflix

以上、『ビート 心を解き放て』の感想でした。

Beats (2019) [Japanese Review] 『ビート 心を解き放て』考察・評価レビュー