感想は2000作品以上! 検索はメニューからどうぞ。

『スキャンダル Bombshell』感想(ネタバレ)…自分の身に起きたことを伝えるのは一番難しい

スキャンダル

自分の身に起きたことを伝えるのは一番難しい…映画『スキャンダル』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Bombshell
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2020年2月21日
監督:ジェイ・ローチ
性暴力描写

スキャンダル

すきゃんだる
スキャンダル

『スキャンダル』あらすじ

アメリカで絶大な視聴率を誇るテレビ局「FOXニュース」の人気キャスターのグレッチェン・カールソンが、CEOのロジャー・エイルズをセクシャル・ハラスメントで提訴した。この事件によって全世界のメディア界に激震が走った。もちろんそれは事件の現場ともいえる社内でも同じ。この告発は、大きな組織の裏側を暴きだすことになる。

『スキャンダル』感想(ネタバレなし)

スポンサーリンク

あなたはFOXの全容を知っているか

ディズニーに統合された「20世紀フォックス」の名称から「FOX」が消え、「20世紀スタジオ」になるというニュースがありました。映画ファンにとっては慣れ親しんだ名前が変わるのは寂しい気もします。

しかし、この名称変更は以前から“そうなるだろう”と想定されていました。なぜならFOXが“別に”存在しているからです。

これは映画通でもあまりよくわかっていない壮大な話になってくるのでここで整理します。

「20世紀フォックス」という映画会社はもともとは1934年に「フォックス・フィルムズ」「20世紀映画」という2つの企業が合併して生まれました。ではそこから20世紀フォックスは2019年にディズニーに買収されるまでずっと自社で頑張ってきたのかというとそうではありません。1985年に「ニューズ・コーポレーション」という企業に買収されます。

このニューズ・コーポレーションという企業は聞きなれないかもしれませんが、アメリカどころか世界有数のとてつもない“超”がつく大企業です。オーストラリア発祥で、「ルパート・マードック」という人が1979年に設立しました。いわゆるメディア・コングロマリットと呼ばれる巨大な複合企業であり、あらゆるメディアを傘下に加えています。イギリスの「ザ・サン」「タイムズ」、アメリカの「ニューヨーク・ポスト」「ウォールストリート・ジャーナル」、出版関連ならば「ハーパーコリンズ」など、これらは手駒のほんの一部。ゆえに創設者のルパート・マードックはメディア王と呼ばれています。

そのニューズ・コーポレーションは20世紀フォックスを配下に加えてしばらく後、テレビネットワークにも参入し、そこで立ち上げたのが「Fox Broadcasting Company」…これは「FOX」と一言で呼ばれるものです。さらにケーブルテレビ局として「FOXニュース」を始め、多数の「FOX」と名のつく事業を展開。テレビ関連のFOXの方がむしろ有名になってしまった感じです。FOXニュースは保守的・共和党寄りであることでも知られていますね。

元祖FOXのはずの20世紀フォックスはというと、エンターテインメント部門として分社化され、「21世紀フォックス」という企業の傘下になりました。

で、2019年にディズニーに20世紀フォックスという映画会社だけ(厳密には他にもある)を売ることになり、ニューズ・コーポレーションは21世紀フォックスを解体して自分もろとも「FOXコーポレーション」と名を改めるに至ったのです。見事(?)に「FOX」の名を我がモノにした…という感じですかね。

なので私たち映画好きは映画関連の話題しか見ないことが多いので全体図を把握しきれていないですが、「ネズミがキツネを殺した」なんて揶揄されるのは適切ではないどころか、むしろ「キツネが別の巨大な動物に“キツネ”という名前だけ盗られた」みたいな説明の方が正しいとも言えます。

なんかスケールが違いすぎて凡人には何が何やらですけど…とりあえず現「FOXコーポレーション」はとてつもない企業体だ…ということだけは頭に入れておいてください。

そして前置きが長くなりましたが、今回の紹介する映画『スキャンダル』はそんなFOXコーポレーション(作中の当時はニューズ・コーポレーション)の下にある「FOXニュース」で起きた“とある事件”を題材にした実話の物語です。

ざっくり言ってしまえば、FOXニュースの人気アナウンサーであった女性がFOXニュースの創立者でCEOのロジャー・エイルズにセクシャル・ハラスメントを受けたことを告発した…という2016年の出来事を描いています。

ただ、単に「セクハラがありました!」というだけでなく、この『スキャンダル』はFOXニュース、そしてそれを所有する巨大組織全体の歪みを浮き彫りにするような“企業サスペンス”映画でもあります。なので先ほど長々と説明した組織経歴をざっくりと理解しておくとこの『スキャンダル』に臨みやすくなります。

監督は『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』の“ジェイ・ローチ”。脚本は『マネー・ショート 華麗なる大逆転』の“チャールズ・ランドルフ”です。

出演俳優も話題で、惜しくも受賞はなりませんでしたが2019年のアカデミー賞でノミネートされた面々が多数。メインとなるのは“シャーリーズ・セロン”“ニコール・キッドマン”“マーゴット・ロビー”の3人。この顔ぶれが並ぶのはなかなかに豪華。どこぞの同日公開のエンジェル映画みたい…。

また、“カズ・ヒロ”が『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』に続いて『スキャンダル』でアカデミー賞のメイクアップ&ヘアスタイリング賞に輝きました。ぜひ役者陣の顔にも注目してください。

重いテーマの作品ですし、実際にシリアスな会話劇中心かつ情報量も多いので、鑑賞はなかなか苦労しますが、今観るべき映画のひとつなのは間違いないでしょう。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(社会派サスペンス好きにも)
友人 ◯(俳優ファン同士で必見)
恋人 ◯(性暴力を考える契機に)
キッズ △(性犯罪&大人のドラマです)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『スキャンダル』感想(ネタバレあり)

スポンサーリンク

実在の登場人物をおさらい

『スキャンダル』はとても登場人物の数が多く、初見だとかなり混乱すると思います。以下に簡単にですがまとめておきました。

まず主役のひとりである人気ニュースキャスター「メーガン・ケリー」。2004年にFOXニュースに就職し、そこからメキメキとキャリアを伸ばし、2013年には冠番組である「The Kelly File」を持つまでに。作中でも描かれているとおり、共和党寄りなFOXニュースに勤めるにも関わらず、当時の大統領候補となるドナルド・トランプに対して批判的態度をとってしまったゆえに集中砲火で非難を浴びました(支持政党的には無党派みたいですね)。2008年には「ダグラス・ブラント」という元実業家(今は小説家)と結婚。子どももいて、家族の描写もありましたね。

続いてメーガン・ケリーよりも5歳年上のベテランキャスター「グレッチェン・カールソン」。彼女もFOXニュースの朝の番組「Fox&Friends」で活躍し、視聴者にも知れ渡ってた有名人。そして作中で発端となるセクハラ告発の最初のひとりです。告発後は、女性の権利を主張する活動をしながら、さまざまな展開を実施。また、彼女自身は「ミス・アメリカ」で、運営理事となったときは水着による審査を止める決定をし、それをめぐってゴタゴタが起きたりもしました。以下のページで彼女のTEDトークでの生の言葉を聞けるので気になる方はぜひ。

そんな彼女たちが働くこのFOXニュースを牛耳っているのが会長兼CEOの「ロジャー・エイルズ」です。FOXニュースを創った男であり、リチャード・ニクソン、ロナルド・レーガン、ジョージ・H・W・ブッシュのメディアコンサルタントも務めてきました。FOXニュースが共和党寄りなのも、このロジャー・エイルズの存在ゆえですね。ドナルド・トランプの選挙参謀としても尽力し、作中の描写のとおり、会社をあげてトランプをバックアップしようとします。妻の「ベス(エリザベス)」は3人の目の奥さんです。彼はもともと血友病に苦しんでいたそうで、2017年5月18日に77歳で亡くなりました。

その大ボスであるロジャー・エイルズの下で働く人たちも多数。

FOXニュース上席副社長「ビル・シャイン」。彼はFOXニュースを辞めた後にトランプ政権の下で広報部長をしていましたが、2019年に辞任しました。

ロジャー・エイルズの弁護士となる「スーザン・エストリッチ」。彼女は実は性犯罪に関する著作を書いたりと、女性の人権保護に積極的な姿勢を示していて、しかも民主党支持者だったはずなのですが、なぜかロジャーの弁護をしており、この一件で大きく評判を落としています。

そして終盤に満を持して登場するのがすでに説明したとおりこの巨大組織の頂点に君臨する“神”のような存在である「ルパート・マードック」。彼の息子でもある「ラクラン」「ジェームズ」も登場しました。

他にFOXニュース関連だと番組司会者などで顔の知られる「ショーン・ハニティー」「ビル・オライリー」「アビー・ハンツマン」「ブレット・バイアー」「キンバリー・ギルフォイル」「ルディ・バフティアル」などなど大勢出てくるのですが、日本人にとっては“誰?”状態なのでイマイチ理解が追いつきにくいですね。

上記に挙げたキャラクターは全員が実在の人物。一方で、新人キャスターとして登場する「ケイラ・ポスピシル」やその同僚の「ジェス」は、架空のキャラクターです。とくにケイラはセクハラを告発した複数の女性をミックスするように作られたそうです。

スポンサーリンク

映画が権力を批判することの重要性

『スキャンダル』の何が凄いって、まず“こんな攻めた映画、作れますか?”ということ。

前述したとおり、登場する人物がほぼ実在の人物ばかり。これを日本のテレビ企業に例えて考えてみてください。テレビ局の社長から、名プロデューサー、大物司会者、人気芸能人、アナウンサー…それらを実名でバンバンだしているということですよ。

しかも、単に名前を出すだけでなく、本人そっくりになるようにわざわざしています。ここでの“カズ・ヒロ”によるメイクアップが尋常じゃなく凄いです。実際の本人の顔と比べてほしいのですが、瓜二つですし、かといって無駄にゴテゴテとメイクをしているわけでもない。どうやっているのか私みたいな素人には皆目見当がつかないです。

“シャーリーズ・セロン”をメーガン・ケリーにしたり、“ ニコール・キッドマン”をグレッチェン・カールソンにしたりとメインキャラも注目ですが、ロジャー・エイルズになった“ジョン・リスゴー”や、ルパート・マードックになった“マルコム・マクダウェル”もさりげなくこれまた凄い。

『アイリッシュマン』などCGで俳優の顔を変える技術も昨今は目立ってきましたが、やはり実際のメイクの凄さは別格ですね。何より俳優の細かい表情演技がそのまま活かされますし(妨げにならないようなメイクにしているのだとか)、顔にグッとアップするようなカメラ演出(TV番組のカメラみたいな動きが何度か登場する)にも対応できています。

なぜここまで徹底して本物にこだわるのか。それはきっと“このセクハラは実際に起きたことなんだ”という事実を一切歪めないためなんだろうなと思います。

それでいて作中でセクハラが生々しく描写されるケイラに関しては架空の人物をあてがうことで、セカンドレイプ的なことにならないよう被害者の立場を最大限に尊重しているあたりも上手いです。

『スキャンダル』を鑑賞してその中身の評価云々はさておき「こんな映画を作れること自体が称賛に値する」と気持ちを再確認しました。

日本でも政治や大企業を描く作品はありました。しかし、ポリティカル・サスペンスとして近年最も攻めた姿勢を見せたあの『新聞記者』でさえも、この『スキャンダル』の攻め方と比べたら、あれは初級コースだったな…と痛感せざるを得ません。

2019年のアカデミー賞で『パラサイト 半地下の家族』が韓国映画として快挙の作品賞を受賞し、その際に「日本映画の現状」についてネットでは一部で論争が起きました。「邦画は駄作ばかり」「いや名作もある!」みたいな採点思考で延々舌戦が飛び交う中、やっぱり本質はそこじゃないと私は思います。

日本になくてアメリカや韓国にあるものは「正々堂々と権力を批判できる映画を作れるか」ということでしょう。映画内でも授賞式の場でも「権力を批判する」という姿が当たり前にあります。

映画というのはただのショーではなく、歴史的にも権力批判の役割を担ってきた側面もあります。昔は日本の映画もそういう部分がちゃんとあったのですけど、今はすっかりコンテンツと化している。それはテレビ局のような大企業が権力に忖度しながら商業性重視で主導しているからであり、まさにこの『スキャンダル』で描かれるような組織構造があるからですよね。

『スキャンダル』は私たち日本にとっても鋭い告発を突きつける映画なのではないでしょうか。

スポンサーリンク

エレベーターの3人のシーンが意味するもの

“映画とはどうあるべきか”的なスケールの大きい評価はひとまずこれで置いておいて、主題となるセクシャル・ハラスメントについても、とてもセンシティブな問題ながら丁寧に扱っていたと思います。

性暴力をことさら露悪的に、ドラマチックな悲劇性を煽る目的だけに描くのでもなく、しっかりその本質に迫った映画になっていました。

“マーゴット・ロビー”がインタビューで「セクハラを体験したことない女性はいない」と言い切っていましたが、そのとおりで別にセクハラがあった事実自体がスキャンダルなのではないし、この映画は「衝撃の実話!」なんて宣伝されるべきものでもないです。普遍的に起きていることなんですから。交通事故を描く映画で「衝撃の実話!」というキャッチコピーはつけないのと同じ。

その点、邦題を「スキャンダル」と何の味気もないものにしたのはいかがなものかと思いますけど…(それにこの邦題の映画は他にいっぱいある)。ちなみに原題の「bombshell」は「爆弾」や「人を驚かすような突発的事件」を意味する他に、「魅力的な女性」を意味するスラングでもあり、ダブルミーニング的になっています。

問題は、当たり前にセクハラが起きてしまっているのになぜそれが明るみになり、問題視されないのか?…という部分。告発までしなきゃいけない、その理由は? その原因は本作全体で描かれています。

まず性暴力の問題に無関心すぎる男性たち。いざ火の粉があがれば見て見ぬふりをするか、全力で叩き潰そうとする。そこには「セクハラの定義がわからないし…(すぐ女はセクハラだって言ってくるんじゃないの?)」という加害者意識が欠片もない態度があって…。これまた“マーゴット・ロビー”がインタビューで「セクハラの曖昧さに加害者はつけこんでくる」とキッパリ言っているのですが、まさしく男たちにとってわざとフワッとさせている方が有利だから向き合ってくれない。

一方、女性たちは被害者なのに被害者として表明できない。本作を観ると、セクハラを告発するってそんな簡単なことじゃない…というのが嫌でも伝わってきます。

そんな男女間の認識の違いのみならず、ここに組織としての同調圧力や利益優先、政治偏向が関与してくると、それはますます複雑かつ解消困難なものに変貌してしまう。皮肉にもメディア倫理が問われる業種なのにも関わらず…。

これはFOXニュースだけでなくこの世に存在するすべての組織が抱える構造的脆弱性ですね。

じゃあ、結局、頼りになるのは何なのか。それは女性の連帯しかないわけで。でも本作では『ハスラーズ』みたいにベタベタなシスターフッドは描かれません。

それはこのFOXニュースというコミュニティ内があまりにも極限的な男社会であり、その常に晒されている緊張感に隙も見せられないほどピリピリしているからであって…。

そんな女性の生きづらさMAXな世界で、エレベーター内で唯一3人が揃うシーンが印象的。つまり、この組織内でも“あの瞬間のエレベーター”という超狭い空間だけ偶然的に“男のいない”女社会ができたことになります。そこでフッと何かの緊張の空気が変わる気配を感じる3人。視線がバラバラにすれ違うだけで一致しないのもまた良い。あの演出ひとつで映画のテーマがグッと浮き上がるのですから上手いものです。

日本では「それはセクハラだぞ~(笑)」みたいなセクハラというものをネタ的に扱う風潮が男女ともに依然としてあったりしますが、それは性暴力を矮小化しているだけ。そんなことが常態化すればろくな社会にならないのは目に見えています。

『スキャンダル』を見ながら現実で世の中を変えようと何もしないのは、それはセクハラを目撃しても見なかったことにして何もしなかったのと同じことです。

『スキャンダル』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 70% Audience 84%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
スポンサーリンク

関連作品紹介

性暴力や性犯罪を題材にした作品の感想記事の一覧です。

・『アンビリーバブル たった1つの真実』

・『ジェニーの記憶』

作品ポスター・画像 (C)Lions Gate Entertainment Inc.

以上、『スキャンダル』の感想でした。

Bombshell (2019) [Japanese Review] 『スキャンダル』考察・評価レビュー