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『PIG ピッグ』感想(ネタバレ)…ただのブタが好きなニコラス・ケイジです

PIG ピッグ

ただのブタが好きなニコラス・ケイジです…映画『PIG ピッグ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Pig
製作国:アメリカ(2021年)
日本公開日:2022年7月15日
監督:マイケル・サルノスキ

PIG ピッグ

ぴっぐ
PIG ピッグ

『PIG ピッグ』あらすじ

オレゴンの森の奥深くで孤独に暮らすロブという名の男。彼にとって唯一の話し相手は忠実なトリュフ・ハンターのブタで、収穫した貴重なトリュフを取引相手の青年アミールに売った金で生計を立てていた。そんなある日の夜、ロブは謎の人物から襲撃を受けて負傷し、生活にも欠かせない大切なブタを連れ去られてしまう。愛するブタを奪い返すため、普段は全く森から出ないロブは外へ飛び出し、犯人の行方を追うが…。

『PIG ピッグ』感想(ネタバレなし)

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奪われたブタを取り返すために…

映画では主人公が「自分より小さい大切な存在」を奪われて戦いにいくという物語が頻出します。たいていはその小さい存在は子どもです。そうなると主人公は親の立場であることが多いです。ドラマ『マンダロリアン』なんかは小さい異種族の子どもを守る話でしたが、SFのジャンルであっても同じですね。この構図が多用されるのは、主人公の行動の動機として最も定番であり、観客にも共感を与えやすいからなのでしょう。小さく弱い存在を守るのは当然の役目だろうということで…。

でもどうでしょうか。子どもでも何でもなく、ブタを守るために奮闘する主人公というのはさすがに珍しくないですか?

そんな奪われたブタを取り返すために行動に出た男を描く映画が今回の紹介する作品。それが本作『PIG ピッグ』です。

『PIG ピッグ』はタイトルがそのまんま物語るとおり、ブタが重要な存在なのですが、このブタは食用のよくあるブタでもなく、かといってペット用のミニブタでもありません。トリュフを探すブタだというのがこの映画のミソです。

トリュフとは、菌の一種であり、分類学的には「子嚢菌」と呼ばれます。アオカビやコウジカビなども子嚢菌ですし、アミガサタケのような一部のキノコも子嚢菌です。トリュフは厳密には「セイヨウショウロ」という子嚢菌の子実体と呼ばれる部位の名称であり、有名なので名前くらいは知っていると思いますが、高級食材として人間社会では重宝されています。なんでも紀元前から香りづけとして利用されてきたそうです。見た目は明らかに美味しくなさそうなよくわからない塊みたいですし、よく食用に使おうと思ったなぁ…。

そのトリュフは地面に埋まっていることが多く、森の中でそのトリュフを探すのはひと苦労します。そこで大活躍するのがブタ。ブタはもともとトリュフを探し当てて食べる生態があるので、それを利用してブタに見つけてもらうのです(もちろんブタが食べる前に)。最近はブタよりも訓練がしやすい犬が活用されているみたいですが、伝統的にはトリュフ探しと言えばブタです。

で、映画の話に戻りますが、本作『PIG ピッグ』はそんなトリュフ・ハンターのブタと一緒に人里離れた森で隔離状態で暮らしているオッサンの物語。ある日、その唯一の相棒とも言えるブタを奪われてしまい、普段は全く人間社会と触れ合わない男は、重い腰を上げてブタを取り返すべく動き出します。

その主人公を演じるのは、あの“ニコラス・ケイジ”だというのもまたなんだか面白いです。90年代&00年代は大人気俳優で、あちらこちらの映画に引っ張りだこでしたが、その後にややキャリアは低調。でも最近はまた復活しつつあり、やたらと小粒な作品にでまくりつつ、ときおりひときわ輝く映画に出会ったりしている。そんな感じです。

今回の『PIG ピッグ』は“ニコラス・ケイジ”が賞ステージに返り咲いた記念すべき一作であり、各地の映画祭で作品賞や主演男優賞を受賞&ノミネートしました。やっぱり俳優としての凄みはある人ですよね。そうじゃないとこんなブタを探しているだけのオッサンの役で賞はとれないですよ。

そんな『PIG ピッグ』を監督したのは、“マイケル・サルノスキ”という人物で、これが長編映画監督デビュー作。本作は大絶賛を受けましたし、こちらのキャリアも今後は注目したいところです。

“ニコラス・ケイジ”と共演するのは、ブタの他に、『ヘレディタリー 継承』『ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル』『オールド』など多彩なジャンルで活躍する“アレックス・ウルフ”、『シリアスマン』の“アダム・アーキン”など。主要な登場人物の数は少ない、シンプルな作品です。

なお、ブタを奪い返すなんて聞くと、派手なアクションサスペンス映画なのかと期待してしまう人もいると思うのですけど、この『PIG ピッグ』はそういう映画では全くありません。どちらかと言えば、人間の内面的なドラマが主軸にあり、静かに淡々と物語が最後まで進行します。

あと、案外とブタは登場しません。ブタをたくさん観たい人は『GUNDA グンダ』でも視聴しましょう。

日本では『PIG ピッグ』は新宿シネマカリテの特集企画「カリコレ2022/カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2022」での限定上映となってしまったのですが、観れる機会があればぜひ。

本作を見終わった後に、トンカツとか豚丼とかを食べようとした人は…きっとあなたの家の玄関前に“ニコラス・ケイジ”が血の付いた顔で凝視して立ちふさがっていることでしょう。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:俳優ファンは必見
友人 3.5:シネフィル同士で
恋人 3.5:デート気分ではない
キッズ 3.0:子どもにはやや退屈か
↓ここからネタバレが含まれます↓

『PIG ピッグ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):ブタと暮らす男の過去

鬱蒼と生い茂る暗い森。そこにひとりの男がおり、口笛を吹くと1匹のブタがやってきます。ロブにとってこのブタは今の人生の唯一の相棒です。木漏れ日の中をそのブタがテクテクと進んでいき、その後をロブはゆっくりと追います。

これは散歩ではありません。ブタはお目当のものを嗅ぎ分け、見つけ出します。ロブはそれを小さなスコップで丁寧に掘り出す作業に移ります。湿った地面から出てきたのは黒い塊。匂いを嗅ぐロブ。トリュフです。ロブはこうやってブタとトリュフを見つけて、それで生計を立てていました。

ブタと一緒に食事をとり、静かな時間を過ごします。ここは森の奥の小屋で、人はほぼ来ません。ロブは外界から隔絶されたこの場所で生きており、ブタと会話するくらいです。今日も眠りにつき、いつも隣にブタがいます。

翌朝。車が1台やってきます。ブタに近づかれるのが嫌そうなそのサングラスの若い男はアミール。トリュフが入った箱をもらい、満足そうです。こんなところで生活していていいのかと一応は気にかけてきますが、ロブは全く相手にもしません。アミールはトリュフを取引してくれる唯一の人間ですが、とくに仲がいいわけでもないです。

ロブはおもむろに「“ロビン”へ」と書かれたカセットテープをかけます。無邪気で楽しそうな声が流れてきますが、何か耐えられないのか、すぐに再生を停止してしまいます。

ロブはブタに「大丈夫だ」と声をかけるだけ。

夜。コヨーテの鳴き声がする中、戸締りをして就寝。真夜中、ブタはやけに騒がしいです。なだめているといきなりドアが蹴破られ、ロブは地面にノックアウトされ、ブタの悲鳴だけが暗闇で聞こえ…。

明るい陽射しで目を覚ますロブ。何が起こったのか、朦朧としつつ状況を整理。口笛を吹くも何の気配もないです。ブタは拉致されたようでした。

ロブは木の葉まみれの車を引っ張り出し、ガソリンを入れ、久しぶりにエンジンをかけます。しかし、少し走った後に車は煙をあげて動かなくなりました。

ひとり道路に出て、黙々と歩くロブ。辿り着いたのは道路沿いにある店。慣れない店内。知らないうちに変わっていました。「マージは?」と聞きますが、「10年前に死んだ」と答えが返ってきます。「電話はあるか」

アミールに来てもらい、彼のツテでトリュフ売人の人物から手がかりを探ります。すぐに盗んだ2人は見つかりました。でもブタはもう相手に渡しと言い、都会の人らしいです。

こうなったら都会へ行くしかありません。アミールはこんな捜索に付き合うのが嫌でしたが、ロブは全く諦める気もありません。あのブタが全てなのです。

次に裏闘技場へ入り込み、そこでロビン・フェルドという本名で参加。殴られ続けることで情報を入手します。ロブの執念にさすがのアミールも言葉を失います。

そしてロブはひとりである家に足を運びます。そこには幼い子どもがおり、ロブはその子にこう口にします。

「昔ここに住んでたんだ」

ブタと孤立して生きてきた男の過去が掘り出されていき…。

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パワハラ来店で攻める

『PIG ピッグ』は静かに淡々と物語が最後まで進行するのですが、本当に背景の説明も明確にはありません。でも映像でそこは必要最小限で伝わるようになっています。そして淡々としてはいるものの、やっぱり“ニコラス・ケイジ”が主人公を演じているせいか、どことなくわずかなシュールさも匂ってくる、そんなスタイルでもあります。

冒頭、ブタとロブの穏やかな日常。もうちょっと眺めていたいくらいに平和な光景です。“ニコラス・ケイジ”は『カラー・アウト・オブ・スペース 遭遇』ではアルパカを飼っていたけど、動物と隣り合わせで生活している姿が似合うなぁ…。

ちなみに作中では仲良さそうにしているあのブタですが、人馴れしていないブタを起用したせいで、撮影時は“ニコラス・ケイジ”を噛みまくっていたらしいです。その裏話を知るとこの映画を別の意味で笑ってしまいそうになる…。

そのブタがあっけなく拉致・誘拐されてしまい、ロブの即断即決で探しに行く行動力。よほどブタが大事なのだとわかります。作中でも言われていましたが、別にトリュフ探しにブタにこだわる必要はなく(犬でもいい)、そもそものこの行動力の奥にあるのはトリュフ事業とかは関係ない別の何かだというのは察せられますが…。

そして車は動かない。さらに店に出向くと知人は10年前に死んでいる。どんだけ外に出ていなかったのかということがわかる、ちょっとしたユーモア込みの一幕です。こうやってあらためて考えると、ロブは病院とかはおろか、本当に完全に引きこもって生活していたんだろうな…。アミールがいなかったら無理ですよ。意外にアミールの支援功績は大きいじゃないか…。

最大のシュールなシーンは、ロブとアミールがデレク・フィンウェイのレストランに来店する場面でしょう。あの地下闘技場での殴られまくり以降、なぜか顔に血がついたままで行動しているので、すでにただごとじゃない威圧感を発揮しているひげもじゃ男になっているのですが、そんな彼を前にしてあのデレクがロブは元コックだと気づかないというのは、相当に見た目が変わってしまったからなんでしょうね。まあ、そりゃそうだよね…。

デレクがロビン・フェルドだと気づいてからのあのオドオドっぷりは面白おかしいのですが(店のコンセプトを聞いてきたり、完全に昔の嫌な上司のパワハラみたいになってる)、生きた心地はしなかったろうな…。

『PIG ピッグ』はこういう外界に再び出没し始めたブタ親父の浮きっぷりでしばし変な空気を映し出すという、アクションではなく“圧”で攻める映画でした。

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ニコラス・ケイジは映画界のトリュフ

『PIG ピッグ』はしだいにロブの過去が明かされていきます。

そこにあったのは、妻の死でした。つまり、本作はそういった喪失感から立ち直る過程を描く物語でもあります。この喪失感がテーマになっているのは、同じく“ニコラス・ケイジ”主演で最近の映画である『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』と同一ですね。

このテーマのヒントはあちこちにあって、例えばデレクが今は経営しているレストランの名前は「エウリュディケー」となっています。「エウリュディケー」はギリシア神話に登場する存在で、オルペウスと結婚するものの途中で死亡。深く悲しんだオルペウスは冥府の神ハーデースに頼み込んで復活を願うも結局は叶わず…という物語があります。これは妻の死に打ちひしがれるロブと、そのブタの顛末を暗示させる仕掛けになっています。

そんなロブが再びシェフとして料理を振るう。結構本作は丁寧に料理映画として成り立っていましたね。その料理がアミールの家庭の喪失感に影響を与えるために活かされるというのもなかなかに上手いアプローチになっていたり…。

オチとしてはブタは取り返せませんでした。ブタは途中で死んでしまっており、ロブは2度目の喪失感を経験することになってしまいます。

それでも実は似たような喪失感を抱える者同士だったアミールとの、ささやかな共有ができて、少しだけ気持ちに変化があったのか、ロブは前を向きます。

ここで日常社会に戻るでもなく、またあの森の小屋に戻るのがまたいいなと思います。そして妻の残したテープを最後まで聞く。悲しさを埋め合わせていくステップがやっと一歩進んでいく。

『PIG ピッグ』は“ニコラス・ケイジ”を起用するうえでもその扱い方が変に悪目立ちすることもなく、しっとりした物語にほんの微量な香りづけをする程度の効果を与える感じ。それこそトリュフみたいです。そうか、“ニコラス・ケイジ”は映画界のトリュフだったのか…という発見でした。

これからも“ニコラス・ケイジ”を適材適所でぱらぱらとまぶしつつ、魅力を引き上げるような使い方をする映画をもっと見ていきたいと思いました。“ニコラス・ケイジ”はトリュフ以上に高級な世界にひとつしかない(使いどころの難しい)素材ですからね。

『PIG ピッグ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 84%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)AI Film Entertainment, LLC

以上、『PIG ピッグ』の感想でした。

Pig (2021) [Japanese Review] 『PIG ピッグ』考察・評価レビュー