テリー・ギリアムのドン・キホーテ
映画『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Man Who Killed Don Quixote
製作国:スペイン・ベルギー・フランス・イギリス・ポルトガル(2018年)
日本公開日:2020年1月24日
監督:テリー・ギリアム

テリー・ギリアムのドン・キホーテ

あらすじ

若手CM監督のトビーはスペインの田舎での撮影中、10年前の学生時代に監督して賞にも輝いた「ドン・キホーテを殺した男」のDVDを手に入れる。映画の舞台となった村が近くにあることを知ったトビーは、現地を訪れるが、ドン・キホーテを演じた靴職人の老人ハビエルが自分を本物の騎士だと信じ込んでおり、トビーをドン・キホーテの忠実な従者サンチョだと勘違いしてくる…。

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』感想(ネタバレなし)

完成しただけで感動もの!

私は映画を観る側の人間であって趣味でしかないので気楽なものですが、映画を作る側の人間には苦労が尽きません。よく「○○○○の映画化が決定!」なんてニュースを見ると思いますが、それは企画が表向きで始動したというだけであって、映画が完成することを保証するものではありません。そこから何年も、いや十何年と完成までに時間がかかることもありますし、途中で企画が停止したり、頓挫したりすることは珍しくないです。なので目安として、俳優が決定して撮影を開始したらだいたいはもう大丈夫かな?という安全コースが見えてきます。

しかし、それさえも通用しない、波乱万丈の難航しまくりな映画も少数ですが存在します。

そのひとつとして挙げられるのが『The Man Who Killed Don Quixote』という映画企画でした。

本作はイギリスのコメディグループ「モンティ・パイソン」のメンバーのひとりで独創的な映画を生み出すことで有名な“テリー・ギリアム”監督の企画でした。

1985年の『未来世紀ブラジル』、1988年の『バロン』と、個性の強い作品を世に送り出して勢いに乗った“テリー・ギリアム”は『バロン』公開後にすぐに次作の製作にとりかかり、著名な小説「ドン・キホーテ」を題材にすることに惹かれました。多額な予算が必要だったのでなんとか1998年に3120万ドルの巨額資本をかき集め、企画がいよいよスタートします。

2000年9月にクランクイン。ジョニー・デップとジャン・ロシュフォールの共演で撮影が開始。ところがトラブル続発。撮影地の環境が悪く、加えて悪天候に見舞われ、あげくに主役のジャン・ロシュフォールが椎間板ヘルニアで歩くのも困難な状態に。

結局、撮影は中止となり、映画の出資者のために保険の支払が提起され、映画の権利さえ離れてしまいます。この時点で相当に絶望的です。

しかし、“テリー・ギリアム”は諦めない。2005年にプロジェクト再始動が報道され、2006年に権利問題もクリアし、2008年にプリ・プロダクションが開始。勝ったな…(フラグ)。

ところが一向に撮影が始まりません。ずるずると2010年になり、資金繰りに苦しんでいることが判明(まあ、前回があんなことになったのでおカネも出しづらいでしょうね…)。

それから音沙汰がなくなり、2013年には“テリー・ギリアム”自身からも「人生の多くを無駄にしすぎた」と弱気発言さえ飛び出す始末。

おしまいかと思った矢先、2014年、突如企画の再々始動が発表。Amazonが配給に乗り出し、一気に情勢は変わります。今度こそ勝ったな…(フラグ)。

しかし、主役のジョン・ハートが膵臓癌と診断され、企画は中断。主役が高齢になるのでどうしても健康上の問題が多発しやすいですね(なおジョン・ハートは2017年1月27日に死去しました)。

それでも2016年にクランクインを宣言。本当に今度こそは…(以下、略)。

しかし(この接続詞を何回使わせるんだ)、またしても資金確保に失敗し、制作が延期。

正真正銘、2017年にクランクインしてその年に無事クランクアップ。これでもう大丈夫…誰もが安心した…と思いきや! 2018年にカンヌ国際映画祭で上映した後、一般公開するぞと意気込んでいたら、なんと権利問題で揉め、映画化権が剥奪されてしまいます。当然、一般公開は中止。あの…なんなんですか、これ。プロデューサーを務めていたひとりである“パウロ・ブランコ”とひと悶着あったようですが…。

そんなこんなで権利問題を完全に解決して、2019年に一般公開され始め、日本でも2020年1月に上映、と。邦題は『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』です。これ以上の名はありませんね。

長かった…。構想30年、「呪われた企画」と言われるだけはあります。

お疲れ様と言いたいところですが、役者の怪我とかは仕方がないにせよ、おそらく企画自体のグダグダな部分も少なからずあったんだろうなと察します。『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』みたいにね…。“テリー・ギリアム”もああいうタイプの強引さがあるだろうし…。


まあ、ともあれ完成して公開できたから良かった。たぶん製作陣が一番ホッとしていると思います。

あとは私たちが観るだけの簡単な作業ですよ。“テリー・ギリアム”? 知らないな?…という人も俳優陣だけでも豪華なので注目してみてください。“ジョナサン・プライス”“アダム・ドライバー”の主役共演ですよ。偶然にも2019年のアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた二人が揃いました。他にも『スターリンの葬送狂騒曲』の“オルガ・キュリレンコ”や、ドラマ『チェルノブイリ』の“ステラン・スカルスガルド”など、脇の俳優も贅沢。みんな健康でなにより…。

製作難航エピソードを知っていると余計に感情移入できると思いますし、実は2000年の最初の撮影頓挫騒動を追いかけたドキュメンタリー『ロスト・イン・ラ・マンチャ』という作品があります。『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』を観る前でも観た後でもこのドキュメンタリーを鑑賞しておくことで、本作の印象はストーリーから伝わるもの以上に深まると思います。

おすすめ PiCKUP!
↑『ロスト・イン・ラ・マンチャ』…テリー・ギリアム監督が長年の夢であったドン・キホーテの物語の映画化に挑み、挫折するまでを捉えたドキュメンタリー。実質『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』の序章。

オススメ度のチェック
ひとり◯(監督・俳優ファンは必見)
友人◯(一風変わった作品を観るなら)
恋人◯(一風変わった作品を観るなら)
キッズ△(子どもにはわかりにくい?)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』感想(ネタバレあり)

私がドン・キホーテだ!

どこかの場所。デンとそびえ立つ巨大な風車を目の前にして、それを巨人だと思い込む男。その男は勇猛果敢に巨人(風車)に突っ込むと、クルクル回っている羽にぶらさがるかたちになってしまい、そのまま宙ぶらりん状態に。

そこで「カット」がかかります。ここは撮影現場でした。現場を取り仕切るのはグラサン帽子男。彼はトビーという名前で、CM監督で今まさに撮影していたわけですが、もうやる気は限りなくゼロです。

自分はもっと上を目指したいのになぜこんなつまらないCMを撮らないといけないのか…。そんな現状に不満タラタラながらも何もできない自分。仕事仲間があれこれと真剣そうに議論している場でも、トビーは心ここにあらずで上の空。

こういうときは女遊びにかぎる。上司の妻ジャッキと部屋でベッドインしつつ、少し気になることがあったトビー。それはさっき話に聞いた、トビーが学生時代に監督して賞にも輝いた映画『ドン・キホーテを殺した男』という映像作品のDVD。思わずそれを見ながらなんとなく集中できないでいると、ドアをノックする音が。

脱兎のごとく部屋を逃げだし、その場を撤収。ひとり部屋に戻った後は例のDVDを暗がりで視聴するのでした。どんどんあの若かりし頃が思いだされてきます。

まだ右も左もわからなかった自分。それでも野心だけは溢れ、同じ志を持つ仲間と一緒に辺境の村で映像を撮っていました。役者だって現地調達です。学生のトビーが目を付けたのは、年老いた靴屋のハビエル。彼をドン・キホーテとしてキャストすると決定。しかし、ヨロヨロとした剣の使い方で全然様になっていません。剣術指導をしながら、「あなたはドン・キホーテだ」と奮い立たせますが、相変わらずのしょぼい剣攻撃で進歩なし。また、ある時は可憐なウェイトレスに目がいき、夜に会話をしながら、そのアンジェリカも自分の作品に加えていきます。

そんなことが確かに昔はあった。それなのに…。

しかし、その思い出の撮影の村が今いる場所の近くだと気づいたため、居ても立っても居られずに現場を放り出してバイクで向かうことに。

その村に到着し、ある建物の前でまた思い出にふけるトビー。撮影休止中にハビエルがアンジェリカを急に守り始めて、好機とみなしてそのままやらせて盛り上がったなぁ…。

さっそく地元の人と話をしますが、どうやらアンジェリカはこの村を離れてしまったようです。それどころかなんか村の人はあの撮影を快く思っていないような、そんな空気も。

道中、村から少し離れた場所で謎の空間を見つけます。ボロッボロの家では“ばばあ”に案内されるがまま例の自分映画が雑に上映されているのを目撃。意味が分からないでいると、その奥にはドン・キホーテの格好のハビエルがいました。まさかの再会に驚くのも束の間、従者のサンチョだと思い込まれて熱烈なハグを受けます。すぐに訂正しますがサンチョと言って聞かないハビエル。

そうこうしていると例のばばあが電流棒でハビエルを懲らしめ始め、パニックの最中に火事が発生。爆発炎上で大変なことに。トビーは急いで退散して撮影現場に戻ってきますが、警察に連行されてしまいます。

しかし、そこへ現れたのがドン・キホーテ(の格好をしたハビエル)。すごく元気。馬に乗ってトビーをサンチョだと妄信する彼はさらなる騒ぎを起こし、引くに引けない状況に。こうしてトビーはこの自称ドン・キホーテと旅をすることになってしまい…。

テリー・ギリアムのドン・キホーテ

監督渾身の自虐ネタ

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』を鑑賞するにあたってそもそも「ドン・キホーテ」とは何かを理解していないと、割と話にならないところはあります。

「ドン・キホーテ」は色々なモノがところ狭しと売っているあのお店…ではなく、スペインの作家ミゲル・デ・セルバンテスが1605年に出版した小説です。超有名な文学ですし、名前を知っていて当然なはずですが、日本では例のディスカウントストアに印象を上書きされた感があります。

肝心のお話は、騎士道物語を読み過ぎてしまったあまりに現実と物語の区別がつかなくなった男が、自分は凄い騎士だと思い込み、馬のロシナンテと共に旅をする…要するにイタい男のストーリーです。滑稽で愚かな勘違い男が空想と現実をごちゃ混ぜにして暴走する…という筋書きは、現代でも多くの作品で派生して登場しており、その源流がこの「ドン・キホーテ」とも言えますね。

その「ドン・キホーテ」の物語で有名なエピソードが、風車を巨人と錯覚して突撃するくだりです。

また「ドン・キホーテ」自体が非常にメタ的な構成を持っていて、前編と後編があるのですが、後編の物語は前編の小説があるという前提で言及されるんですね(つまりドン・キホーテの冒険譚が作品として世に知れ渡っている)。

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』は原作の「ドン・キホーテ」のメタ要素をさらに継承してパワーアップさせ、よりメタの中のメタといった構成になっています。つまり、トビーがドン・キホーテの物語を映像作品として生み出し、その数年後にその映像作品で人生を狂わされたドン・キホーテだと思い込む男がまた旅を出る…というまさに映画版「ドン・キホーテ」。

当然、すぐに察しがついた人もいると思いますが、このドン・キホーテというのはおそらくというか、ほぼ決定的に、監督の“テリー・ギリアム”自身の投影でもあるのでしょう。「ドン・キホーテ」の映画化に憑りつかれて人生を費やし続けた男の末路。それを嘲笑う周囲。それに振り回される人々。

30年の製作紆余曲折をそのまま自虐ネタにしてしまうのはさすが“テリー・ギリアム”監督。これぞ彼にしかできないアイディアであり、どうだ参ったか!と言えるだけのオリジナルなパンチがあります。30年は無駄じゃなかったんだ…。

最初からこのストーリーだったのではなく、途中で思いついたのでしょうけど、このアイディア一発で勝負には勝った感じはあるかな。ちょっと簡単に反論できない説得力があります。だってこれだけドン・キホーテにリアルで近い存在は“テリー・ギリアム”以外にいやしないのですから。

映画製作者の苦悩を切り取った作品は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』などありましたけど、『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』ほどに自己投影が激しく、自分で勝手に救済しちゃっている映画はなかなかないでしょう。

まあ、30年も苦難の道をたどった映画がゴロゴロあったらそれはそれで困るのですが…。

お爺ちゃんと組み合わせたい男

『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』は個人的には序盤の「これから何が始まるんだろう」というワクワク感を与える物語の幕開けは最高だったと思いますが、どうしても中盤から後半にかけての失速&グダグダさは難点かなとも思いました。そもそも物語内でも実際にグダグダしているのは事実なので、映画としてスローテンポすぎる感じはします。まあ、“テリー・ギリアム”っぽさだと言えばそれもそうなのですが。

また、スケールとしての派手さはかなり抑えめで、いくら予算規模が最大級とかつて謳っていたとしても、まあこんなものなのかな…という気持ちにならなくもない。これくらいの規模の映画ならもっと早くに撮れていたのではないかと疑問に思わないでもないのですが、きっと“テリー・ギリアム”が当初やりたいと思っていた規模からは縮小しつつ、妥協と納得の着地点がここだったんじゃないかなと勝手に察することにしました。

でも最後の巨人3体の大盤振る舞いな映像迫力とか、ボリュームバランスはすごくコントロールが効いているなとも感じましたけど。

しかし、本作の魅力はやはり俳優陣でしょう。とくに“ジョナサン・プライス”と“アダム・ドライバー”の共演はずっと見ていられます。

“ジョナサン・プライス”は『未来世紀ブラジル』など“テリー・ギリアム”作品の顔でしたが、最近では『2人のローマ教皇』でも才能を見せ、そこでのシリアスとコメディの配合が絶妙だったのが印象的。


この『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』でも基本は危なっかしいお爺ちゃんという存在ながら、でもどこか憎めない愛らしさは健在で、目が離せません。こういうお爺ちゃん、日本にも普通にそこらへんにいますね。

そんなクレイジーお爺ちゃんに振り回されるのが“アダム・ドライバー”だというのが完璧すぎる。だいたい彼は他の作品でもお爺ちゃんとセットになっていることが多いです。『スター・ウォーズ』では暗黒のジジイに苦しまされ、『マリッジ・ストーリー』では高齢弁護士にすがりつき、もうすっかり定番になっている…。


なんでしょうか、合うんですよ。お爺ちゃんの隣が。『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』の“アダム・ドライバー”はいい感じでしだいに吹っ切れていくのがなんか好き。今作の“アダム・ドライバー”はハッピーエンドだと私は思っています。

ラストではトビーもまたドン・キホーテを継承することになりますが、いいんです。これぞ創作。誰かが誰かの“クレイジー”を引き継ぐのです。

今日もどこかでドン・キホーテみたいなクリエイターが映画を作ろうともがいています。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 63% Audience 65%
IMDb
6.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2017 Tornasol Films, Carisco Producciones AIE, Kinology, Entre Chien et Loup, Ukbar Filmes, El Hombre Que Mat o a Don Quijote A .I.E., Tornasol SLU