ハロウィン
映画『ハロウィン』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Halloween 
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2019年4月12日
監督:デヴィッド・ゴードン・グリーン

ハロウィン

あらすじ

ジャーナリストのデイナとアーロンは、40年前のハロウィンに起きた凄惨な殺人事件の真相を調べていた。犯人の「ブギーマン」ことマイケル・マイヤーズは事件後ひと言も話さず、動機や感情は一切不明。事件の唯一の生き残りであるローリー・ストロードに話を聞いても収穫はなかった。しかし、ローリーは再びマイケルが自分の前に現れることを予感し、その時のために準備をしていた。

ネタバレなし感想

ハロウィン(4月)

海外の映画は基本的に本国公開日と同じタイミングでリアルタイムに鑑賞したいのが映画ファンとしての本望です。日本公開はいつも遅れますから(それも場合によっては相当な時間)、こと最近のインターネット社会においては海外サイトで情報を収集なんかしていると、常に自分の映画鑑賞状態が一周遅れていることを痛感しますし、ネタバレを目撃する危険性もあって…。ほんと、困る。

でも本作『ハロウィン』に限っては“もっと公開日を考えてよ…”と切実に思わざるを得ない事案でした。

『ハロウィン』といえば、1978年公開の“ジョン・カーペンター”監督の出世作であり、スラッシャー映画(殺し屋が出てきて死体がいっぱい映る映画のジャンル)の代表作にしてパイオニア。このジャンルの礎を築き上げた重要な作品です。その名のとおり、ハロウィンである10月31日に謎の正体不明の殺人鬼が町に出没。殺戮を繰り広げ、恐怖のどん底に突き落とす。まさにハロウィン・ムービーにぴったりの映画でした。アメリカでは当時ちゃんとハロウィンに合わせた日に公開されていました。

その伝説のホラー映画『ハロウィン』、なんと40年ぶりとなる2018年に新作が公開され、その本国公開日もまたもやハロウィンシーズンに合わせてあり、作中でも同じく1作目から40年の時間経過がある設定になっているため、リアルと物語がシンクロした、実に気の利いた体験ができるようになっていました。ホラー映画はどれだけハマれる体験を用意できるかが大事ですから、こういう仕掛けは重要ですよね。

ところがです。案の定、日本はアメリカと同じ時期の年月日に公開されないわけで…。

これは異常です。世界各国の本作の公開日を見ても、ロシアでもブラジルでもエジプトでも南アフリカでもノルウェーでも韓国でも、東西南北どこの国も10月に公開しているんですよ。そりゃあ、ハロウィンをもろに題材にした映画ですから公開のベストタイミングはここしかないです。ハロウィンの風習とかないのではないかと思う国でさえ、ちゃんと10月に公開しています。

なのになぜ日本は4月に公開しようと思ったのか…。あれですか、花見に浮かれている奴らを殺しまくる感じですか…それはそれで映画を作ってほしい…。

少なくともこの日本の公開日の時点で、“あ、日本の配給はあんまり売る気ないのかな”と思われてもしかたがないですよ。だったらせめて翌年の2019年の10月に公開すべきだったでしょうに。日本でもハロウィン文化は若者を中心に今、フィーバーしつつあるのですから、それに乗らない手はないよ…。

ぐだぐだ書いてしまいましたが、そんな新作『ハロウィン』。ちょっとホラー映画に親しんでいる人なら疑問に思うことがあります。あれ、『ハロウィン』ってたくさんシリーズ化されていたよね?…と。

確かにそのとおり。1978年の本家『ハロウィン』に始まり、続編が『ブギーマン(ハロウィン2)』(1981年)、『ハロウィン3』(1983年)、『ハロウィン4 ブギーマン復活』(1988年)、『ハロウィン5 ブギーマン逆襲』(1989年)、『ハロウィン6 最後の戦い』(1995年)、『ハロウィンH20』(1998年)、『ハロウィン レザレクション』(2002年)と8作も誕生。しかも、2007年にはリメイクされて『ハロウィン』と『ハロウィンII』が公開。正直、もうじゅうぶんやりつくした感ムンムンだったわけです。

じゃあ、この2018年の『ハロウィン』はなんなのか。本作は創作者“ジョン・カーペンター”の統括のもと、極めて原点回帰を狙った作品であり、1作目となる本家『ハロウィン』の続編となります。つまり、『ブギーマン(ハロウィン2)』(1981年)以降のあれこれは“無かったこと”に基本なっています。これが本当の「ハロウィン2」といった感じですね。だから氾濫しまくっているシリーズ作品を全部おさえる必要は全くありません。むしろ忘れてください。

だから1作目の鑑賞だけをオススメしたい…ところなのですが、ちょっと1978年版『ハロウィン』に関しては視聴が困難かもしれません。動画配信サービスでも取り扱っていないようですし、物理的なメディア媒体も探すのさえも大変かも。レンタル店で見つけられたらラッキーですけど、その際は「ハロウィン」と名のつく類似の作品が山ほどあるので気を付けてくださいね。最悪、1978年版『ハロウィン』のあらすじをネットとかで調べて、本作の鑑賞に臨むのでもいいと思いますが。

肝心の本作の評価ですが、私は“これこそ待っていた続編だ”と拍手したくなるような理想の一作でした。これを超える続編は思いつかないですね。それくらい良くできていて、ファンも大納得だと思います。

季節外れではありますが、平成も終わることですし、平成最後のハロウィンだと思って、足を運んでみてください。

オススメ度のチェック
ひとり◎(じっくり恐怖を味わって)
友人◎(ワイワイ盛り上がると殺されます)
恋人◎(イチャイチャしていると殺されます)
キッズ△(残酷表現あり。なにより怖い)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

説明不可能、だから怖い

本作の何が素晴らしいかって、ちゃんと本家に対する最大級のリスペクトがあるということです。

まず「ブギーマン」こと殺人鬼マイケル・マイヤーズの存在。『ハロウィン』の怖さの本質は、襲ってくるこのブギーマンの意図が全然わからないことにあります。憎しみや恨みでもない、金目当てでもない、快楽目的にしては楽しそうにしていない、本当にただ殺害だけの指令をインプットされた殺戮マシーンにしか見えない。ほとんど災害に近いような存在感です。

どうしても悪役というのは背景を描きたくなるもの。実はこれこれこういう諸事情でこんな殺人鬼になりました…みたいな掘り下げをしがちです。実際、『ハロウィン』もシリーズ化されて作品が積み重なっていくにつれ、マイケル・マイヤーズのキャラ設定にトッピングが加えられたりもしました。

ところが本作の2018年版『ハロウィン』では、完全にもとの理解不能な殺人鬼として再臨。

彼を理解しようとすること自体は無意味なんだということを観客に示すように、序盤、二人の男女のジャーナリストが拘束監禁されているマイケルがいる施設を訪れて、マイケルに言葉を語れと強い言葉で促しますが、それに背を向けて一切微動だにせず無視するマイケル。そして、タイトルがバンとでて、オープニングクレジットがあの“ジョン・カーペンター”監督作「テーマ曲」とともに流れ…。ここで私なんかはもうテンションがガン上がりですよ。この時点で私は“この映画、わかってるな”と謎の上から目線で評価急上昇です(鑑賞前はどうなのと疑ってた)。

とくに本作はあの事件から40年という長い月日が経っているにも関わらず、一切の変化を感じないというあたりで、またマイケル・マイヤーズという存在の放つ恐怖感が増すわけで…。

しかも、1978年版にはマイケル・マイヤーズとローリー・ストロードが兄妹であるという裏設定があったのですが、今作ではそれさえもあまり重要視していないんですね。てっきりそこをキーにして「新事実が…」みたいな感じで物語を引っ張るのかと鑑賞前は思っていたのですが、そんなこともしなかった本作の大胆さ。

つまり、血筋さえもどうでもいい感じになり、1作目以上にシンプルになり、恐怖が純化したようにも思います。このストイックさが本作の凄いなと思うところ。

完全に「シェイプ」と呼ばれる概念にまで極限化した真のマイケル・マイヤーズが見られる…最高じゃないですか(絶対に会いたくないけど)。

ハロウィン

怒りのスクリーム(絶叫)

一方、その「ブギーマン」こと殺人鬼マイケル・マイヤーズと再び対峙することになるローリー・ストロードは、40年という月日の中で明らかに変化が起きています。というか、あの事件によって決定的に不可逆な変化が起きてしまったという方が正しいでしょうか。

ローリーが背負わされた業の傷跡を観客にまざまざと見せつける前半パート。

一見すると復讐に憑りつかれたターミネーターのようにローリーはなってしまったのかと思うのですが、彼女の本質にはブギーマンと違って人間的な感情があって…。

とくにマイケルが施設から移送される車両を遠くで車の中から見つめるローリーの姿。ここで彼女は絶叫するわけです。それはかつて1作目でもローリーを演じた若き“ジェイミー・リー・カーティス”が「スクリーミング・クイーン」として一世を風靡したことへのアンチテーゼでもあるかのよう。あの時のスクリームは恐怖のせいでしたが、今回のスクリームは自分の中の怒りを相手にぶつけられないことへの絶望

本作の“ジェイミー・リー・カーティス”、素晴らしい演技力ですよね。全然、主演女優賞とかにノミネートされてもいいくらいだと思います。自分のキャリアスタートとなった役柄と再度向き合い、ここまで複雑化した心理の葛藤を熱演できるのですから。

絶望に沈むローリーですが、マイケル脱走のニュースはある意味、絶好のチャンスの到来でもあります。今のローリーには守らなければいけない存在、娘カレンと孫アリソンがいる。愛する家族を守ることができれば、それはあの恐怖に打ち勝ったことにもなる。

本作のローリーというキャラクターの位置づけは、言ってしまえば“レイプリベンジもの”に近いとも言えますが、それよりも過去への復讐よりも今や未来を守ることに軸足を置くスタイルは昨今のトレンドかもしれません。

こういう女性リードの“守る”スタイルのホラー映画は最近も『クワイエット・プレイス』がありました。
『クワイエット・プレイス』感想(ネタバレ)…黙るだけでは始まらない
きっと『ハロウィン』の続編を作るうえで、イマドキの潮流はベストタイミングだったのでしょう。

本作の監督の“デヴィッド・ゴードン・グリーン”は、最近だと『ボストン ストロング ダメな僕だから英雄になれた』を監督している人で、ホラーなどジャンル映画を撮るタイプではもともとありません。逆にそれが功を奏したからこそのドラマ部分の完成度なのでしょうか。

被害者ではなく、お前が閉じこもれ

そして、肝心の恐怖シーンですが、目新しさはないものの、どれもよくできていて素直に怖いです。

本作ではブギーマンがいつもの剛腕だけでねじ殺す戦法に戻っているので、派手さはないぶん、身近な恐怖は増幅しています。トイレのシーンは、あれを見たら、映画鑑賞終了後にトイレの個室にいるときに足音がしたら落ち着かない気分になること間違いなしです。

あのブギーマンが移送車両から逃走後、流れるようなカメラワークでハロウィンの賑わう街を闊歩して出会う人を容赦なく襲うシーンも秀逸。“ハロウィンという非日常感”と“殺人鬼といういてはいけない存在”の共存してしまった危うさが気持ち悪いほど手際よく映しだされ、ゾッとさせられます。

あとは本家をリスペクトしたシーンが多く、ただのオマージュで終わらず、ちゃんと物語上の意味がある反転構造になっているのが上手い部分。

終盤、自宅で強襲してきたブギーマンにまたもや追い詰められていくローリーですが、ここで1作目の反転が怒涛の連続で登場。1作目のときはバルコニーから転落するのはブギーマンで、ふと目を離したすきに消えていた…というのがオチでしたが、今作では立場が逆転。それからはもう反撃、反撃、反撃の連打。

地下室の扱いが上手いですよね(シャッターで閉鎖できる家全体もそうですが)。あそこはローリーが過去のトラウマによって人生を閉じ込めた象徴的な場所…そう序盤では見えましたが、実は違ってここに元凶である存在を閉じ込める気満々だったんだなとわかるラスト。これは“私は被害者女性という枠におさまる気はない”というストレートなメッセージともとれ、それを3世代できっちり遂行してケジメをつける。これ以上のオチは思いつかない、理想的な決着だと思いました。

エンドクレジットでマスクごしの呼吸音が聞こえる演出によって、“死んでないかも”と匂わせるあたりの古風さも個人的には好きです。カレンの射撃時の「Gotcha」といい、全体的にあえてクラシックにしている感じなのがたまらないですよね。

スラッシャー映画では久々に大満足な一作になりましたね。良いハロウィンが過ごせました。

ハッピーハロウィン!

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 79% Audience 70%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

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作品ポスター・画像 (C)2018 UNIVERSAL STUDIOS