キリング・イヴ
ドラマシリーズ『キリング・イヴ』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Killing Eve
製作国:イギリス・アメリカ(2018年・2019年)
シーズン1:2019年にWOWOWで放映
シーズン2:2019年にWOWOWで放映
製作総指揮:サリー・ウッドワード・ジェントル、フィービー・ウォーラー=ブリッジ ほか

キリング・イヴ

あらすじ

イギリスのMI5の職員であるイヴ・ポラストリは日々の退屈なデスクワークにも優しい夫との生活にもどこか不満を抱いていた。そんなある日、ある暗殺事件をきっかけに、暗殺者に関心があったイヴはヨーロッパ各地で暗躍する謎の暗殺者が女であると推理し、上司に黙って捜査を始める。そしてMI6の極秘捜査チームのリーダーとしてスカウトされ、その謎の女を追うが…。

『キリング・イヴ』感想(ネタバレなし)

まだ観ていない人は羨ましい

スパイ映画の金字塔『007』シリーズ。主人公である「ジェームズ・ボンド」は定期的に演じる俳優が変更されてきましたが、そのたびに誰が次のボンドになるのか、どんなボンドになるのかが話題になります。最近はフェミニズムの勢いも再び盛んなせいか、女性のボンドも良いのでは?という意見も飛び出しています。

『アトミック・ブロンド』や『レッド・スパロー』など女性スパイ映画も珍しくなくなってきましたし、別に今さらそこに抵抗を感じるような時代でもないはずです。あとは個人のジェンダーバイアスの問題でしょう。

ただ『007』シリーズは男性スパイ映画として見ても、ポジティブな言い方をすれば“クラシック”、ネガティブな言い方をすれば“古臭い”のも隠しようがない事実。それを女性にすり替えたところで面白くなるのか、それこそ下手をすれば女性スパイ映画としても後退ではないのか、いろいろ不安も尽きません。

そんな中、女性スパイ作品として、いや、ジェンダーに限らずあらゆるスパイ作品において、個人的にベストな一作に出会うことができました。それが本作『キリング・イヴ』です。

この作品はドラマシリーズであり、「BBC America」発で2018年にシーズン1が、2019年にシーズン2が放映されました(日本では2019年にWOWOWが最初に放映)。放映されるや否や、瞬く間に大好評となり、あのNetflixの公式SNSが自社作品ではないのに本作をオススメしてまわるほどの熱狂っぷり。エミー賞やゴールデングローブ賞でも受賞やノミネートを多数記録し、定番の傑作として認知されています。ただ、日本での盛り上がりはイマイチな感じですね(日本と世界の海外ドラマの盛り上がりのズレはどうにかならないものなのか…)。

『キリング・イヴ』を語るうえで欠かせないのはこの人でしょう。『007』シリーズ最新作の『ノー・タイム・トゥ・ダイ』でも共同脚本にクレジットされている“フィービー・ウォーラー=ブリッジ”です。

彼女と言えばイギリスで社会現象化し、世界の評価を唸らせた“話題女”が暴れまわるドラマシリーズ『Fleabag フリーバッグ』の創造主(主演・製作・脚本)。


こちらのコメディ作品でも類まれなる才能を見せた彼女がジャンルがガラッと変わったスパイ作品を手がけることになり(製作&脚本)、どんなものが生まれるのかとワクワクドキドキしていたら、期待を上回るとんでもないものを作り出してしまいました。私はもう“フィービー・ウォーラー=ブリッジ”の才能に震撼するしかない…。

『キリング・イヴ』は物語基本軸はそこまでトリッキーでも何でもないです。イギリスの情報機関MI6の女性捜査官イヴが、世界各地で暗躍している女性暗殺者ヴィラネルを追いかけていく…まあ、ありがちなスパイものです。ところが観ていくとこの作品、未知の領域に突入していき…。

ネタバレにならずに魅力を語ろうとすると抽象的になりがちですが、『キリング・イヴ』はなんといってもキャラクターが最高に魅力的ですね。ここはさすがの“フィービー・ウォーラー=ブリッジ”のキャラ演出。どうしようもなくダメさのある生身な実在感は『Fleabag フリーバッグ』と同じ。『キリング・イヴ』はそれに加えてスパイ作品らしい命すらも弄ぶインモラルな関係性の妙が炸裂。

そしてその不安定なキャラたちが織りなす予測不可能な展開の連続で、毎話、何が起こるかわからず目が離せません。でもそうやって観客として翻弄されるのがまた気持ちよかったりする。

本作に大きな貢献を果たす俳優陣は、主役の捜査官を演じるのはドラマ『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』でもおなじみの“サンドラ・オー”。アジア系の俳優がここまで脚光を浴びるのは、日本人としても嬉しいです。対する暗殺者を怪演するのは本作で一気に人気に火が付いた“ジョディ・カマー”。彼女は『スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け』にカメオ出演していたんですね。全然気付かなかった…。この二人の主演がとにかく素晴らしく賞でもスポットがあたるのも納得(主演級が二人いると票が割れるので受賞しづらくなるのが残念ですが)。

他にも『ハリー・ポッター』シリーズで顔を見ている人も多いでしょうし、舞台での活躍で輝く“フィオナ・ショウ”。さらにデンマークの俳優として有名な“キム・ボドゥニア”など。脇役陣営も本当に魅力に溢れており、隅々まで楽しめます。

シーズン1とシーズン2はそれぞれ全8話。1話あたり40~55分程度。あまりにも先の展開が気になって見始めればすぐに止まらなくなるでしょう。

この作品をまだ観ていないのなら羨ましい。心底そう思える、最高に危険な誘惑に酔える魔性のドラマシリーズ。あなたも殺されてみませんか?

オススメ度のチェック
ひとり◎(女性こそハマる新境地)
友人◎(トークが盛り上がる)
恋人◎(ある意味、究極の恋愛作品)
キッズ◯(人がいっぱい死にます)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『キリング・イヴ』感想(ネタバレあり)

普通すぎるイヴ

『キリング・イヴ』はやはりキャラから語らねば。キャラクター・ドリブンな作品ですからね。

まず主人公であるイヴ・ポラストリ。MI5(イギリスの国内治安維持を担う情報機関。日本で言うところの「公安」)の職員であり、暗殺者マニア的な嗜好があり(本人いわく「ただのファン」)、仕事の現場にて近くで暗殺が起こったのに何もできずにいたことを責められ、クビに。キャリアを失い、途方に暮れているとまさかのMI6(国外の政治などその他秘密情報の収集や情報工作を任務とする、要するに「スパイ」)の極秘捜査チームの、しかもリーダーになることになります。大躍進です。

イヴは見た目からして、なんというか、下世話好きなおばさんという感じで、すごく私たち市民と近しい存在です。パートのおばちゃんです…と言われても疑わないですね。そんな平凡おばさんキャラが自分でも気づかない才能を発掘されてスパイとして活躍する。そんなストーリーと言えば、ポール・フェイグ監督の『SPY スパイ』を真っ先に思いだすところ。ただ『キリング・イヴ』のイヴはそこまでボケ倒しのギャグではなく、あくまで真面目なリアル路線です。


そのイヴにはニコという夫がいて一見すると夫婦円満に思えますが、実は当事者間では倦怠期を迎えている。このへんも非常にリアリティがあります。なお、これはアジア系と白人の夫婦ですが、これに限らず本作はマイノリティとされたものをとてもさりげなくさも当たり前のようにサラッと描いているのも良いところです。

つまりイヴは「普通」です。何か一芸に秀でているわけでもない、ただちょっと暗殺者に興味が強い、それだけ。ベタなスパイ映画だと卓越した能力を持つ人間がスパイになるものですが、そうはならない。この定番外しなキャラセンスがまた観客の感情移入を生みやすくしており、上手いですね。

じゃあ、なぜイヴはこのチームに選ばれたのか、それは本作の重大なポイントになるのですが…。

異常すぎるヴィラネル

そのイヴとは対極をなすのが、『キリング・イヴ』のもうひとりの主人公である暗殺者のヴィラネル

女暗殺者というのはこれまで定番の型がありました。それこそ『007』シリーズで散々描かれてきたのは、いわゆる「セクシャルなテクニックで男を騙す美女」という奴です。最近では『キングスマン』や女スパイ映画で描かれるのは「男顔負けに戦闘スキルのある女性」だったり。

でもこの『キリング・イヴ』のヴィラネル(オクサナ・アスタンコワ)はそのどのタイプにも当てはまりません。もちろんバイセクシャルで他人とセックスもしますし、ヤバくなれば血生臭い肉弾戦もします。でもそれありきのキャラではないです。

まずこのヴィラネルは「トゥエルブ」という謎の組織のもとで暗殺業で稼いでいるようです。本作ではこの「暗殺を仕事にしている」という素の姿がそのまま描かれており、すごく新鮮。なんか仕事から帰ってきたキャリアウーマンとたいして変わりません。仕事スタイルでビシっとオシャレに決めた状態で帰宅し、一気に日常モードでくつろぎ、ボケーっとしているとか。この凡人っぽさがまたイヴと同様に観客の親しみやすさを刺激します。

しかし、ヴィラネルは違います。彼女は一方で「サイコパス」でもあります。製作陣いわくサイコパスは男ばかりなので、女のサイコパスを描きたかったそうで、まさにヴィラネルはその部分を突き詰めて作られたキャラクターです。

ヴィラネルの感情は全く読めません。表面上はすごく幼稚に見えます。思ったことをすぐ口に出したり、行動に表してしまうという衝動を我慢できない性質(子どもにアイスをぶちまけたり、ワッと不意の大声で大の大人を驚かしたり、美術館でつまらないと叫んだり…)。そのせいか一緒にいるコンスタンティンが親戚の女の子の相手をするおじちゃんに見えますよね。

ところが「殺し」への異常な関心も強く、彼女の中のどうしようもない空虚さを埋める方法として人を殺す。しかも、誰を殺すのかわからないのが怖い。予想外の人を予想外のタイミングで殺したかと思えば、この人を殺すなと予想したのに全然殺さないとか…とにかく“わからない”存在です。まあ、それがサイコパスなんですが。

ヴィラネルは買い物やセックスでも衝動を満たそうとしますが、やっぱり「殺し」が現状は一番自分を満たしてくれる。そんなヴィラネルが「イヴ」という「殺し」以上に自分に充実を与える存在に出会ってしまって…。

“ジョディ・カマー”の絶妙な名演を見ていると確かにこのサイコパスに夢中になってしまうイヴの気持ちもわかるかも…と思いますね。

衣装や小道具使いも完璧で文句のつけようがないです。

キリング・イヴ

シーズン1は出会いとすれ違い

シーズン1はイヴとヴィラネルの出会いの物語。そしてすれ違いの物語です。というか『キリング・イヴ』自体がこの二人の関係性の行く末を追いかけるストーリーで一貫しています。

問題なのはこのイヴとヴィラネルの関係が一言で説明がつかないということ。敵同士でもあるはずなのにそうはならない。かといって友人でも尊敬する仕事人というだけで説明しきれない。じゃあレズビアンな恋愛関係(もしくはウーマンス)…とも言い切れない。百合のようなカップリング目線で見る観客もいるでしょうけど、それはあくまで観客の視点にすぎず、当人の感情の話ではないですからね。そして当人たちもそれを掴みかねている、その相手の心の探り合いが本作の肝です。

この二人の初邂逅のシーンがすごく良いです。病院のトイレのよくある複数洗面台で横並びになるシーン。そこでヴィラネルが何気なく「髪を降ろした方がいい」とイヴにアドバイス。イヴは容姿を褒められる存在ではないからこそ、この容姿への積極的な助言に少し特別な気分になる。この向き合ってすらいないけど、でも相手を想っている…というシチュエーションはこのシリーズでは幾度も登場し、本作のキーシーンとなっていきます。

イヴと出会ったことでヴィラネルはしだいに心を全てそちらに捧げるようになり始め、そのステップとして自分の過去を清算する作業に取り掛かります。“昔の女”であるナディアを平然とまたもや裏切り、殺す。自らの子ども時代を知る保護者的存在であり、初恋とも言える教師アンナとの関係も消える。

そうやってイヴへの全力投入体制を完成させたところでの満を持しての同じ空間での邪魔者無しの時間。パリの自分の部屋。これが普通の恋愛映画ならいいムードですよ。

一方のイヴは尊敬していた同僚であるビルをヴィラネルは殺害され、明らかに最初は憎しみを持っていたはず(このビルが古典的な諜報員風貌なのがまた旧時代への終わりの宣告のようで切ない)。それがヴィラネルの天性のサイコパスのテクニックにやられたのか、それとも別の“何か”なのか、彼女に抗えない気持ちを抱き始め…。

シーズン1の最終話。ベッドで隣り合う二人。イヴの選択した行動は、ヴィラネルにナイフを突き立てること。「本気で好きだったのに…」と動揺するヴィラネルの表情は演技でもないのか。まさにすれ違いエンドです。

なんか極端な選択肢しかない恋愛シミュレーションゲームみたい…。

シーズン2はさらにこじれる

シーズン2では究極のすれ違いで血の涙を流すことになった(腹から血が出ているのですけど)イヴとヴィラネルの関係性がよりを戻す…とその前に、思わぬ邪魔者が。やっぱり障害は付き物なんです。

まず別チームへと配属になり、いつものケニーといったおなじみの顔の他に、ヒューゴやジェスといった新顔も追加。そしてチームが挑むのは新しい謎の女暗殺者。詳細は不明ながらIT業界の大物アリスター・ピールを殺害し、さらに周辺関係者も殺して回っているために対応は急務。その手口はヴィラネルとは真逆なようで…。

一方のヴィラネルはトゥエルブをクビになり、コンスタンティンと一緒にフリーランスの殺し屋に。この古巣を追い払われるという立ち位置は、シーズン1のイヴと同じ。シーズン2はこのようにシーズン1の展開と鏡合わせで逆になっていることが非常に多いです。

“敵の敵は味方”ということでヴィラネルに女暗殺者の口を割らす禁断の作戦に出たイヴ。ここでシーズン1の「追う・追われる」という単純な構図から、シーズン2は一転して「共犯」の関係にベクトルがチェンジしていきます。

ヴィラネルはヴィラネルで独自のニューエネミーの相手をしなくてはいけません。それは自分と同じサイコパス。「女サイコパスvs男サイコパス」もシーズン2の見どころ。病院から抜け出し、バジルトンをウロウロしていると偶然頼った男が厄介な奴で軟禁されてしまいます。

そしてシーズン2のラスボスはアリスター・ピールの息子アーロン。こいつは筋金入りの狂気のサイコパスであり、イヴの依頼で接近したヴィラネルとの心理攻防戦は一触即発。

一方、イヴとヴィラネルの関係性も実は緊張状態。信頼しているのか、騙しているのか…相手の心を読もうと必死。イヴは夫ニコと決別してしまい(ただこれはヴィラネルの仕掛け)、もはや引けない状況に。ヴィラネルは密かにニコに近づき、最後のお見舞いをした後に、この本番の主戦場に向かっています。この2つのホテルを接続して行われる何とも言えない歪んだ“遠隔3P”がこの二人の現状の危うさを物語っていました。

ついにアーロンを殺してしまったヴィラネルは、イヴにトゥエルブの差し金であるレイモンドまで斧で殺させ、同じ世界に引きずり込ませます。彼女なりの精一杯のプロポーズという感じで切ない。けれどもイヴはヴィラネルの愛の逃避行の誘いを拒絶。ヴィラネルは愛するイヴに銃口を向け、発砲し…。

完全にシーズン1のオチと真逆。今度はヴィラネルがやり返す。「ボニー&クライド」にはなれなかった二人。愛ってこんなにリスクをともなうものだっけ…(私の知っている愛じゃない)。「ガッカリさせてごめんね」のセリフがいいです。

またこの愛の修羅場さえも手のひらの上であるかのようなMI6のキャロリン・マーテンズの真の狙いは…。このへんは次回に持ち越しですね。

シーズン2は“フィービー・ウォーラー=ブリッジ”は参加しなかったのですけど、何も心配なく面白かったです。新しく脚本に入った“エメラルド・フェネル”という人がほんと、良い仕事をしてます。

シーズン3も見逃せません。

ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 96% Audience 90%
S2: Tomatometer 93% Audience 89%
IMDb
8.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 9/10 ★★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Sid Gentle Films Ltd キリングイヴ(キリングイブ)