パンデミック 知られざるインフルエンザの脅威
ドキュメンタリーシリーズ『パンデミック 知られざるインフルエンザの脅威』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Pandemic: How to Prevent an Outbreak
製作国:アメリカ(2020年)
配信日:2020年にNetflixで配信

パンデミック 知られざるインフルエンザの脅威

あらすじ

かつて多くの死者を出した恐るべき感染症、その名は「インフルエンザ」。次なる爆発的流行を阻止すべく、予防と治療の最前線に立つ人々の姿を追う。そこには科学的な知識や技術、情熱だけでは、簡単に打ち砕けないさまざまな障害があった。それでも医療に従事する者たちは諦めることはしない。誰かがやらなければ人間の未来はない。

『パンデミック』感想(ネタバレなし)

専門家の言うことを聞け

2019年11月に最初に検知され、瞬く間に世界に拡大し、大きな騒ぎとなっている「新型コロナウイルス(COVID-19)」。中国での感染拡大を対岸の火事として日本が眺めていられたのも一時的な出来事で、2020年2月には日本国内の感染者が各地で続出。最も感染者の多い北海道はいち早く緊急事態宣言を出し、道民の外出を控えるように呼び掛けたり、安倍首相も全国一斉休校措置を要請する独断に出たり、あらゆるイベントなどが自粛したり、その影響は計り知れません。私の生きがいである映画業界も、試写の中止、公開の延期、館の一時閉鎖など、甚大なダメージを受けており、2020年の映画が心配です。

一方で、この新型コロナウイルスは、不明点も多く、感染拡大は早いですが、その知見は乏しいのでわからないことだらけです。正確な情報はどうなっているのか、誰の言葉を信用すればいいのか。中にはネット論者みたいな人は声高にあれこれと語りだしていることもあります。メディアだってすっかり混乱しています。

こういうとき、私たちはこれは「予防や対処としての科学的根拠に基づく措置」なのか、はたまたただの「パニック」なのか、しっかり判断しないといけません。トイレットペーパーを買い占めたりといったあからさまなデマに基づくパニックもありますし、マスクの過剰な使用というモラルパニック的な大衆心理行動もあります。

私は今回の新型コロナウイルス騒動の一件であらためて痛感しましたけど、社会というのはパニックになると「理性」と「善意」が消えて、庶民は「自己中心的な自衛行動」に走り、国家は「権力基盤の増強画策」に走るんだな、と。ほんと、東日本大震災時のあのパニックとなんら変わらない状況に、危機感と無力感をひしひし…。ウイルスじゃなくてパニックが命や生活、経済を奪うんですね…。

ではどうすれば良かったのか。その答えは単純で、ことが起こってから大慌てするのではなく、あらかじめ正しい知識を身につけ、準備をしておく…これに尽きます。そう専門家たちも大昔からず~っと私たちに呼び掛けているのです。

そんな専門家たちが普段から何をしていたのか…その姿に迫るドキュメンタリーを今回は紹介します。それが本作『パンデミック 知られざるインフルエンザの脅威』です。

本作は主にインフルエンザの対策に奔走する、世界中の医療従事者にスポットライトをあてた作品です。舞台は、アメリカ、中国、インド、ベトナム、コンゴ…。登場する人は、予防対策を啓発する専門家、発生源を突き止めるべく調査する研究者、ワクチンを開発する研究者、地方病院に勤務する医師、発展途上国で奮闘する現場の人たち…いろいろ。

その医療従事者の姿は、普段の私たち一般市民によってはなかなか見られないものであり、それだけでも面白いですが、同時に本作は医療従事者が直面する課題も映し出していきます。

題材になっているのは主にインフルエンザですが、全ての感染症に当てはまる、普遍的な問題提起です。ややテーマとしては網羅的すぎるカバー範囲の広さですけど、当事者に寄り添った作りになっていることで、見やすさも確保されています。

この内容は、新型コロナウイルスでパニックになる私たちにとっても他人事ではなく、むしろ今だからこそ身に染みてわかる実感を持てるでしょう。意図して狙ったわけではないでしょうけど、なんだかタイムリーな作品になってしまいましたね。

本作はドキュメンタリーシリーズで全6エピソード構成で、計280分以上あるので、少し視聴するには大変なのですが、その価値はあります。

なによりも本作の伝えたいメッセージはたったひとつ。

「専門家の言うことを聞け」…です。

ぜひともこの教訓を胸に刻み込むべく、私を含む庶民も、首相も、本作を鑑賞するべきじゃないでしょうか。

オススメ度のチェック
ひとり◎(知っておくべき身近な問題)
友人◯(考えて語り合うきっかけに)
恋人◯(考えて語り合うきっかけに)
キッズ◯(医療への憧れが増す)





↓ここからネタバレが含まれます↓





『パンデミック』感想(ネタバレあり)

戦争よりも脅威なパンデミック

『パンデミック 知られざるインフルエンザの脅威』は最初のエピソードの冒頭からなかなかに予想外な人たちが映ります。ペンシルバニア州のどこにでもありそうな森で、調査プロットを設定して何やら調べる一団。野生動物の調査? いいえ。植生の調査? いいえ。土壌の調査? いいえ。

実はここには集団墓地がかつては存在し、その今は亡き人たちの死因こそインフルエンザだったのです。

それは今から100年前の出来事。「スペインかぜ」と呼ばれるインフルエンザの世界的大流行が1918年から1919年にかけて発生。人類最初のインフルエンザのパンデミックと言われており、その感染者数は5億人、死者は5000万~1億人と推定されています。ちなみに名前にスペインとありますが、発生源はアメリカです。

当時は、第一次世界大戦の最中もしくは終了直後。皮肉にも世界中を戦いのために派遣された兵士たちが感染を拡大させたと言われており、その夥しい死者数は2つの大戦を合わせた数よりも多いというから驚きです。あらためて人間の無力さを実感するスケールの話ですね。スペインは中立国だったため、情報がいち早く流れ、そこで「スペインかぜ」という名称になりました。英語では「1918 influenza pandemic」と学術的には呼称されているみたいです。もし「1918」という映画が公開されたら、それはインフルエンザ・パンデミックが題材でしょうね。

そんな過去のパンデミックの惨事を物語る痕跡を調べつつ、次はいつ起こるかわからないと警鐘を鳴らす専門家たち。

なにせ現在は1918年よりもはるかに人口が多く、かつ人の流れも凄まじい。感染症の拡大にとっては理想的すぎる条件が揃っています。

もし1918年のときと同じ猛威をふるうインフルエンザが出現したら…。今の世界に起きる被害はかつての1918年のときの比ではない、最悪の最悪になってしまうのではないか。第3次世界大戦なんて起きなくとも、人類は壊滅的になる可能性があるのです。

専門家が心配する最悪のシナリオはそれでした。

もう国難がどうとか言うくらいなら、戦争をするのをさっさとやめて、感染症対策に全力で取り組むべきですね。

医療従事者とブタは凄いという話

『パンデミック 知られざるインフルエンザの脅威』に登場する医療従事者たちは、同じ業界とはいえ、それぞれ職務も違いますし、異なる魅力を持っている人ばかりです。仕事一筋な真面目な姿も当然ありつつも、思わぬプライベートも見えたりして面白かったり。

各地の医療施設におけるインフルエンザ対策のシミュレーションを監督したり、議員に予算確保の働きかけをしたり、医療者のネットワークを構築したりしている、医師サイラ・マダド。いかにもプロフェッショナルという感じで、めちゃくちゃカッコいい女性なのですが、この仕事に憧れたきっかけが幼い頃に観た映画『アウトブレイク』(1995年)というのがなんか親近感が沸きます。フィクションの映画なので当然そこまで専門的な立証のある正確な描写をともなう作品でもないのですが、それでもこんな優秀な人材を生み出す原点になっているんですから、どんな映画もやっぱりバカにできないですね。

一方、同じアメリカでもジェファーソン郡病院という小さな地方病院に勤めるホリー・ゴラッキ医師の立場はまた異なります。彼女も医療への情熱はありますが、最も末端で働く身として、その現実的な問題も嫌というほどわかっている。72時間勤務というハードスケジュールにして、人材不足&予算もない状況。彼女自身がインフルエンザにかかりながらも、休めないので働く姿はかなり切実に痛々しいです。パンデミックが起きたら手に負えない…その恐怖を抱くことしかできない人もいる…。

また、革新的な研究開発で絶望的な状況を打破しようとする人もいます。世界初の万能ワクチンを開発しようと研究意欲に燃えるジェイク・グランヴィルとサラ・イーヴスの二人。二人の研究グループはコストが安くすむグアテマラでブタをつかった実験に取り掛かります。なんか動物実験というと怖いイメージですが、非活性化したウイルスを使っているのでブタも元気に走り回っていますし、なにより研究リーダーを任せられたサラがブタ1匹1匹に名前も付けて愛おしそうに研究発表している光景はなんだか微笑ましいです。

さらに世界で活躍する人も大勢います。

デニス・キャロルは感染源となる動物の問題に取り組んでいる専門家。ジュリアン・ルブロスは早期発見のために野生動物を監視。鳥やコウモリを捕獲しては調べるという、フィールドワークに従事。

インドではおカネのためではなく情熱でもって、地域で数少ない病院で重症感染者の治療にあたる人。コンゴではあらゆるリソースが乏しい環境の中、なんとか続出する感染者の対処にあたる人。

いずれもどの医療従事者も真剣です(まあ、不真面目な人はそもそもドキュメンタリーのカメラを向けられないのですが)。多忙ゆえにプライベートな時間を持てず、家族との関係を犠牲にしている人もいます。信仰だけを頼りに突き進む人もいます。

私たち庶民はこういう医療従事者を自分が病気にかかったときくらいにしか興味を示さないですが、1年365日、常に働いてくれているから今の社会がかろうじて守られていることを忘れてはいけないですね。

パンデミック 知られざるインフルエンザの脅威

常に何かしらパニックになる人、鈍感な人

そんな必死に人生を捧げている医療従事者ですが、彼ら彼女らに立ちふさがる難敵も登場します。いや、本来の難敵はウイルスであるはずなのですけど、そうじゃない相手が。人間です。

その敵のひとつは「政府」。トランプ政権は疫病対策センター(CDC)を含む保険社会福祉の予算をカット。加えて、国境警備隊の移民施設でインフルエンザが発生し、対策は急務であるにも関わらず、移民への扱いは雑さを極めるばかりです。病院の閉院もアメリカでは相次いでいます。

そうやって国からの予算がない中で、ジェイク・グランヴィルとサラ・イーヴスのベンチャーで挑む人たちは、ビル・ゲイツの財団からの助成金を頼みの綱にするしかありません。もうなんかアメリカの大統領は実質ビル・ゲイツなんじゃないかと思うくらいですが、それありきになってしまう現状の基盤の脆弱さはそもそも問題ですよね。リスクをとりたがらない大手製薬企業もそうですし、医療に無関心な政府もそうですし、とにかくなるべくおカネを持っている人の関心が多い方がいいに決まっているのですが…。

一方、コンゴでは武装したグループによる医療従事者への攻撃が多発。移動するのも危険な状況で、ただでさえいっぱいいっぱいなのに、理解をしてくれない相手との対話に時間を費やす必要性が生じます。本作ではそこまで掘り下げられていませんでしたが、こうした対立、とくに医療や教育に反発する過激派の存在は、元をたどれば先進国が発展途上国に対して行ってきた酷い扱いが不信の根源。権力者がやってきた横暴のツケを払わされるのが、現地で働く医療従事者というのはやるせないです。

そしてこのドキュメンタリーでもことさら印象的に映るのは、反ワクチン活動家の人たち。日本ではあまり目立たない存在ですが、今アメリカでは反ワクチンのムーブメントが大問題で深刻…という話は耳にしていましたが、実際に活動家の主張を聞いてみるのも興味深いですね。

「これは自由の問題だ」と、反対の主張の根拠にあるのはアメリカに昔からある福祉への反発と同じ感じに見えます。ただ、なんか見ていると単なる「注射嫌い」なんじゃないかとさえ思えてくる。作中でも注射に号泣して抵抗する子どもが映っていましたが、あれの大人が屁理屈考えたバージョンを見せられているような…。

例えば「誰が体に触れるかは同意がいる」と子どもたちに大真面目に教える姿がありましたけど、それは本来は性暴力被害の抑止に使うロジックじゃないですか。それを反ワクチンに借用しているあたりの強引さといい、言い訳に使えるものは何でもいいのかな、と。自閉症と関連がある!なんて言いきったりしていましたし…。

しかし、この反ワクチン活動家を変な奴らだと嘲笑うこともできないと思うのです。要するにこの活動家たちはウイルスではなく“注射”にパニックになっている人とも言えるわけですから。対して私たちはウイルスにパニックになりがち。結局、どっちも専門家の言うことに耳を傾けず、パニックになっているだけです。

ワクチン忌避をする人たちに対して、道路交通法を守って信号に従うのになぜ注射はああも嫌がるのかと溜息をこぼす専門家。それはきっとおそらく根本的な教育環境の違いなどが影響しているのかもしれませんね。やはり常にどんな情報を見ているのかはすごく人の言動や思想に関係してくるのでしょう。

エゴイスティックなコレクトネスと戦うのも専門家の役目なのか。いや、これは専門家だけでなく私たちやメディアだって果たせる役割じゃないかとも思います。

だから私もこんな感想記事を書くわけで。見てくれる人なんてわずかしかいないけど、でも何かに貢献がしたい。そういう気持ちが大事なんだと思います。マスクをがむしゃらにつけるよりも。

最後にもう一度、本作の専門家の言葉を繰り返します。

「対策を備えるべき」「油断は大敵だ」

本当に必要なことをしましょう。

ROTTEN TOMATOES
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IMDb
6.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

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・『ピリオド 羽ばたく女性たち』


・『不安と共に生きる』


作品ポスター・画像 (C)Netflix