ザ・ピーナッツバター・ファルコン
映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Peanut Butter Falcon
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2020年2月7日
監督:タイラー・ニルソン、マイケル・シュワルツ

ザ・ピーナッツバター・ファルコン

あらすじ

養護施設で暮らすダウン症のザックは、子どもの頃からの夢だったプロレスラーの養成学校に入ることをずっと企てており、こっそり施設を脱走する。兄を亡くして孤独な日々を送る漁師のタイラーは、他人の獲物を盗んでいたことがバレたことから、ボートでの逃亡を図る。そんなタイラーと偶然に出会ったザックは流れのままに行動を共にするが…。

『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』感想(ネタバレなし)

ピーナッツバター映画ではないです

いきなりこんなことを言うのもあれですが、私はピーナッツバターはあまり好きではない…。

なぜかって聞かれても困るのですが、絶対に食べないわけではないけど好んで選ばない…そんな感じ(そういう食べ物、ありますよね)。パンにつけることもないです。たいてい他に選択肢があるでしょうし…。ピーナッツ自体がそもそも好みではないのかもしれません。アレルギーではないので命に別条はありませんけど。

だからといってピーナッツバターの名を冠した映画があったとしても、食わず嫌いで観ない…なんてことは当然しません。映画鑑賞中に強制的にピーナッツバターが口に流し込まれるとかだったら、ちょっと躊躇するけども…。

ま、そんな意味不明な心配はいらないのです、この『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』には。

どうしてタイトルにピーナッツバターが入っているのかは映画を観ればわかります。決してピーナッツバターを食べたことで悲劇の死を遂げた人物が出てくるわけでも、摂取によってモンスター化するわけでもないのですが、ちゃんと物語上の理由が…。まあ、でもタイトルに「ザ(the)」がついているし、少なくともタイトルのピーナッツバターは食品としての単純な意味での一般名詞ではないことは薄っすらわかりますが…。

本作はタイトルからその作品の中身が予想できませんし、もう少し踏み込んで紹介してもいいと思うので書きますが、「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」という意味不明な言葉は実はレスラーのリングネームです。そう、本作はレスリング映画なんですね。

かといって『ファイティング・ファミリー』みたいなレスリング業界を濃厚に描く作品でもないのが大事なところ。


『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』はレスラーになりたいと漠然と夢を抱く青年がひょんなことから憧れのレスラーに会いに行くという物語です。ロードムービー的なノリですが、車には乗らず、船、いかだ、歩きだけで出かけていくというのが、まるで本作をちょっとした『トム・ソーヤーの冒険』風なテイストになっていきます。監督は『スタンド・バイ・ミー』や『MUD マッド』からも影響を受けたとインタビューで語っていました。

また、『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』の特筆すべき点は他にもあって、主人公となる青年はダウン症(軽度の知的障害や身体的発達の遅延がみられる先天性疾患群)で、演じている“ザック・ゴッツァーゲン”も同じダウン症の俳優だということ。一見すると未成年に見える容姿ですが、それはダウン症だからです。そして、“ザック・ゴッツァーゲン”を主演にした映画を作ろうと監督の“タイラー・ニルソン”“マイケル・シュワルツ”が企画して始まったという、非常にプライベートな想いのこもった映画なのでした。

当然と言いたくはないのですが、残念なことに、ダウン症の無名の俳優を主演にした映画企画におカネは簡単に集まりません。それでもなんとか映画を完成させ、いざ公開すると、批評家は絶賛。拡大上映へとつながり、非常に注目度の高いインディーズ映画となりました。

他の出演陣も映画ファンなら知っていそうな人がチラホラ登場します。主人公と一緒に旅をすることになる男を演じるのが、“シャイア・ラブーフ”です。初期の『トランスフォーマー』シリーズで主人公を演じていた俳優と言えば「あれね」と思い浮かぶ人も多いでしょう。“シャイア・ラブーフ”はまだ全然若いのですが、なにかと問題行動が多く、本作の撮影時も警察沙汰トラブルを起こしたりとお騒がせ(その際、この映画にキャリアを賭けている“ザック・ゴッツァーゲン”に「ちゃんとしてくれ」と怒られたとか)。まあ、本作の演じる役もそういうダメさのある人間なのでシンクロしているのですが…。

さらに『フィフティ・シェイズ』シリーズで一躍有名になり、最近は『サスペリア』や『ワウンズ 呪われたメッセージ』など大作ではない映画への出演が目立つ“ダコタ・ジョンソン”もがっつり登場。個人的には“ブルース・ダーン”の姿がちょこっと見られて嬉しいです(元気そうで良かった)。

こじんまりとした作品ですが、停滞している人生をほんの少し前向きにさせてくれる、パワーをもらえる映画だと思います。

オススメ度のチェック
ひとり◎(悩まず前向きになれる)
友人◯(良作な小規模映画を観るなら)
恋人◯(温かい映画を求めるなら)
キッズ◯(障がいの偏見を解いて)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』感想(ネタバレあり)

パンツ一丁で旅に出た

ノースカロライナ州の養護施設。介助を必要とする人たちが暮らす、この小さなコミュニティで、ひとりの青年がある計画を企てていました。その青年の名はザック。彼はダウン症なため、軽度の知的障がいがあります。しかし、策略を練る頭脳くらいは持っています。今日もそれを実行します。

いつもと変わらないように、食事をもらうザックは丁寧になにげなく会話。テーブルにつき、おもむろに前に座る老婆に紙を渡します。それを見た老婆はグッと指を立て、理解したと合図。ザックの面倒をみてくれている看護師のエレノアが通りかかり、ザックは笑顔を浮かべるも、通り過ぎると真顔に。ザックの「今だ」の小声の合図で、喉に何かが詰まったふりをして苦しみだす老婆。その瞬間に一目散に駆け出すザックでしたが、外に飛び出すもすぐに取り押さえられてしまいます。どうやらこの逃走チャレンジは日常茶飯事のようです。

部屋の窓に鉄格子をハメられ、すっかり要厳重監視対象者みたいになってしまったザック。彼がここまで外に出たいと思う大きな理由がありました。ザックは大のプロレスファンで、とくに「ソルトウォーター・レッドネック」というプロレスラーのレスラー養成学校のCMを何度も繰り返し視聴するほどお気に入り。その熱烈さは、同じ部屋の施設の老人カールも呆れるレベルです。

そして、このカールの助けもあって、窓の鉄格子をひとり通れるくらいまで曲げて隙間を作り、パンツ一丁で体に石鹸を塗り、滑りやすくして通り抜けることに成功。外へ飛び出すと、そのままパンツ一丁で駆け出します。フリーダムになりました(見た目がフリーダムすぎるけど)。

近くのボート場に到着し、とりあえずボートに身を潜めて隠れるパンイチ男(かなりヤバイ絵である)。すると、みすぼらしい髭面帽子の男が他の男たちにボコボコにされている現場に遭遇します。このやられている男、タイラーは漁師で、非行によってクビになり追い出されたばかり。

業を煮やしたタイラーは怒りのあまり、漁具に燃料をばらまき燃やすという復讐に出ます。しかし、すぐに見つかり急いで逃げ出すべく、ボートへ直行、そのまま発進。後からすぐに追跡者が船で追ってきます。

背丈の高い水辺の草むらに隠れ、なんとかステルスしていると、見知らぬ奴(ザック)が乗っていることに気づき大慌て。当のザックは突然の船に揺られて気持ち悪くなっており、吐きそうになるところをタイラーに強引に口をおさえられました。
 
なんとか追っ手を巻くことができ、故障したので船の底を銃でうち、処分。荷物と銃をもって出発します。みすぼらしい男とパンツ一丁男。変な二人…。

最初はタイラーは知りもしないザックを置いて行こうとしますが、良心が声をあげたのか、悪ガキに水に落とされて泳げないので溺れるザックを助けるまでに。

とりあえず服を着たザック(野生児スタイルから卒業)。ザックをそのへんのトウモロコシ畑に待機させ、タイラーは店に入り、必要になりそうなモノを買い物しますが、カネがなく最終的にはピーナッツバターしか買えない…。

ここでその店に別の来客が。それはザックを必死に探すエレノアでした。エレノアはタイラーにザックの写真を見せますが、タイラーは知らないと誤魔化します。

こうしてザックとタイラーという全くあべこべな二人は、逃亡者という共通点だけを絆に、しだいに仲良くなっていくのでした。目指すはザックが行きたいと願うレスラー養成学校。

ダメそうな男二人の珍道中はどこへ転がるのか…。

ザ・ピーナッツバター・ファルコン

人生は割となんとかなる

『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』はダウン症の主人公が中心にあるので、ついに「障がい者への差別や偏見が描かれるのかな」と身構えてしまいますが、確かに根底にはそれは存在しているのですけど、ルックとしては極めて軽快で、もっと言えば呑気な作品です。

例えば、冒頭の養護施設でのシーン。軽度の知的障がいを持つザックと老人のカールという、世間で最も舐められそうな二人が、まんまと脱走を成功させるくだりは痛快です。バカだと思ってるなよ…という反抗心を気持ちよく感じさせます。あの養護施設の老人たちがみんな小賢しいのが本当いいですね(まあ相手する側は大変だろうけど…)。

それにしても鉄格子ってあんなふうに曲がるものなのか…。

一方で見事に脱走を果たして観客を「やるな~」と驚かせたと思ったら、なぜか白ブリーフ1枚で駆け出すザック(なぜ服を用意しない)。この抜け具合がまた愛嬌になって、クセになる作品の面白さにつながっています。まあ、レスラーっぽい見た目ではあるけど、マヌケさの方が勝っている…。

そしてタイラーというこちらも問題児な大人の男とペアになり旅が続行されるのですが、タイラーもやっぱりどこか抜けていて、ときおり致命的なヘマをするので、またダメさがパワーアップして愉快です。

その二人のじゃれあいも本当にバカバカしくて楽しい。タイラーが泳げないザックのために紐で引っ張って川を横断するくだりで、船が接近し、間一髪になるシーンとか。銃を教えるくだりで、最初に反動で綺麗に真後ろに吹っ飛ぶザックとか。もう少し考えればいいものを、そこまで後先考える能力もない二人の危なっかしさ。

あげくにパーティ気分で有頂天。「ピーナッツバター・ファルコン」というノリだけで考えたリングネームを絶叫し、二人で焚火を囲んで飲んで踊りあかす。かたやブリーフ、かたや半ケツ。こいつら、ダメだ…。

エレノアが合流すると少しマシになるのかなと思いきや、エレノアさえも気分を解放させ、3人一緒にクレーンでターザンごっこして水中飛び込みしたりと、サバイバルな自由生活を満喫。なんかこう、とにかく無性に楽しそう。

やっていることはとにかく危ないし、無計画だし、無謀だし、目的もたいしてない。でもなんか生きられる。人生は割となんとかなる。

そういう障がいの有無とか関係なしで、人生にクヨクヨするだけ無駄ですよ!というストレートなメッセージを貰った気がします。

この感覚、『スイス・アーミー・マン』と同じだなぁ…。

一緒に欠落を埋め合おう

『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』はダウン症のザックに注視しがちですが、実は彼の周辺にいる人間たちはみんな欠落を抱えています

タイラーは自分の愚かさが原因で兄を失い、その過去を引きずっています。そしてエレノアも実は未亡人で、愛を奪われた穴を埋められません。

3人は欠落を抱えるだけでなく、それをどこかで悪いのは自分と自己嫌悪に陥り、自ら「ヒール(悪役)」になろうとしてしまっています。こういう感情の溜め込み方は、経験ある人も多いのではないでしょうか。

そんな3人が最後に出会ったのは、ソルトウォーター・レッドネックことクリントです。しかし、彼はすでに引退していました。しかも、なんとなく察することができるように、たいして名を上げることもできず、今や貧困な暮らしをしていることが窺えます。すごく『レスラー』を思いだしてしまいますね。現実を突きつけられた気がして空気が悪くなるタイラーとエレノア、そして事情が呑み込めないザック。

でもクリントはまたソルトウォーター・レッドネックになってくれます。クリントも大きな人生の欠落を抱えて沈んでいたであろうに、3人(とくにザックの純真な想い)と出会ったことで、今度は「ヒーロー」になれた。互いが幸せになれた。

つまり、欠落を抱えた者同士の寄り添いが、絶望から救われるための手段なんだと本作は示すかのようです。

それを普通に語ろうとするとすごく綺麗事じみて逆に嘘くさくなるのですが、この『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』はほとんどバカでしかないような素の体当たりでこちらにメッセージを投げ飛ばしてくるので、なんだかいつのまにかそのメッセージが入ったボールを受け取ってしまっているような、そんな映画です。

“タイラー・ニルソン”&“マイケル・シュワルツ”監督の飾らないスタイルが映画にばっちりとフィットしていました。私はこの監督を全然知らなかったですし、そもそも長編映画をほぼ作っていないみたいですが、この「映画」という媒体でもあえて“軽くする”という題材への真面目すぎない向き合い方が本作の良さになっていますね。

邦画であれば『ウィーアーリトルゾンビーズ』の長久允監督がこのセンスを持っている人かな。


最後のレスリングの試合。ピーナッツバター・ファルコンとなったザックは一人前。不安になることもあるけれども、その欠落は仲間の存在とピーナッツバターで埋めたのです。怪力だって発揮できます。

私もツラい時は映画と映画好きな友を使って自分を埋め合わせして、これからも生きていこうと思います。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 96%
IMDb
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

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