トールキン 旅のはじまり
映画『トールキン 旅のはじまり』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Tolkien
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2019年8月30日
監督:ドメ・カルコスキ

トールキン 旅のはじまり

あらすじ

父を失くし、イギリスの田園で母と弟と暮らしていたトールキンは、母親の急死により12歳で孤児となってしまうが、母親の友人で後見人となってくれたモーガン神父の支援により、名門キング・エドワード校への入学を果たす。そこでトールキンは3人の同年代の仲間と出会い、「芸術で世界を変えよう」と互いに誓い合い、友情や恋を経験していくが…。

ネタバレなし感想

指輪物語を作った男

2000年代以降のファンタジー映画のビックタイトルとしてもうこれを超える映画は生まれないのでしょうか。それこそ2001年から3部作が公開された『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズです。もう1作目の公開から20年近く経とうとしているので、若い人はこの映画の偉大な栄光をあまり知らないかもしれませんが、それはそれはとてつもないものでした。興行記録や賞での評価などは言うまでもないのですが、特筆すべきは「ファンタジー映画の大作は売れる(キッズ向けで終わらない)」と映画業界に圧倒的に印象づけたことです。同じく2001年に公開された『ハリー・ポッター』シリーズとの相乗効果もあって、映画業界にとっての金のなる木として、大いなる潤いをもたらしたのは紛れもない事実。今はアメコミ映画全盛期ですが、当時はアメコミ映画自体が成熟しておらず(2000年の『X-メン』、2002年の『スパイダーマン』、2005年の『ダークナイト』3部作と徐々に今の立ち位置を作っている)、ファンタジー映画にあらゆる期待と可能性が集まっていました。

今回はそんな映画史に残る『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズの原作である「指輪物語」の著者「J・R・R・トールキン」に焦点を絞った映画です。それが本作『トールキン 旅のはじまり』

映画が偉大ならその原作も負けじと、いや、それ以上に偉大な創作物であり、20世紀文学を代表する作品です。映画を観たことがある人でも、原作の「指輪物語」は読んだことはないという人がかなり多いと思いますが、「ハイ・ファンタジー」を語るうえでは欠かせないので、ぜひ機会があれば読んでほしいところ(「ハイ・ファンタジー」というのは、現実世界とは異なる法則で成り立った独自の架空の世界を舞台にした作品のこと。対義語は「ロー・ファンタジー」)。

私は“物語が生まれる物語”が結構好きで、有名作品の創作秘話的な伝記映画は好んで観ます。最近も『メアリーの総て』、『グッバイ・クリストファー・ロビン』、『ワンダー・ウーマンとマーストン教授の秘密』と、著名なSFファンタジー文学を生み出した“あの人”の知られざる裏話が多数、伝記映画化されています。これは何度も言っていますけど、どれも「知らなかった~」となるトリビア的な驚きだけでなく、その作品に普通に触れるだけでは知りえなかった新しい読み解き方を提供してくれるのが魅力です。






『トールキン 旅のはじまり』にもその魅力は十二分に詰まっています。本作を読むことで、あの「指輪物語」の創造性の原点を垣間見ることができます。映画ファン、文学ファン、双方とも必見の内容ではないでしょうか。

また、本作には別の魅力もあって、実は題材となっている時期がトールキンの少年期から青年期に絞られていることもあって、実質、青春映画という楽しみ方もできます。しかも、舞台がイギリスの上流寄りの世界なので、フォーマルなイギリス上流学園モノ好きにはたまらないものがあります。ニッチにも届く映画ですね。

監督は“ドメ・カルコスキ”という人で、キプロス共和国(地中海にポツンとある島)の出身で、今はフィンランドで活躍しており、高く評価されています。『トム・オブ・フィンランド』というフィンランドの国民的芸術家「トム・オブ・フィンランド」の半生を描いた伝記映画を監督しており、伝記を得意としているクリエイターです。脚本は、アイルランド生まれでデビュー作となった『Cowboys & Angels』が高評価を受けた“デヴィッド・グリーソン”、そして『パレードへようこそ』の脚本を手がけたイギリス生まれの“スティーヴン・ベレスフォード”の2名。つまり、アメリカ映画でありながら、全くアメリカンな顔ぶれではないです。

俳優陣は、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』や『女王陛下のお気に入り』などぶっとんだ役柄が目立つけど実は真面目な役もこなす“ニコラス・ホルト”が、主役のトールキンの青年時代を。最近は『心のカルテ』など地味めな映画によく出ている“リリー・コリンズ”が、ヒロインを演じています。

アメリカでは興行的には失敗したと言われるほどの大コケだったのですが、まあ、内容が伝記映画ですから、そもそも一般に広く見られる映画じゃないですし。あと、20世紀フォックスのディズニー吸収後の初となるディズニー配給での公開だったのですけど、公開日が『アベンジャーズ エンドゲーム』の1、2週間後で、ディズニーも全然力を入れてないのが見え見えでしたしね…。

歴史的な時代モノ、文学創作の裏話モノ、イギリス青春モノ…どれかひとつでも刺さるのなら、この映画を観に行く価値はあると思います。中つ国を旅するのに比べたら、映画館に行くなんて朝飯前です。

オススメ度のチェック
ひとり◯(題材への関心度に応じて)
友人◯(伝記映画好き同士なら)
恋人◯(恋愛要素もあるが)
キッズ◯(比較的シリアス)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

長い長い人生の旅路の1章

『トールキン 旅のはじまり』は、「J・R・R・トールキン(ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン)」の半生を描く…というか、人生の一部を切り取って描いているので、どうしても穴抜けなところがいくつかあります。この私の感想でそこを補足として情報を補いながら、ざっくりとあらすじを振り返ってみます。

映画はイングランドのバーミンガム周辺で暮らす少年期からスタートしますが、トールキンの誕生はそこではありませんでした。彼は1892年に南アフリカのオレンジ自由国(現・南アフリカ共和国のフリーステイト州)のブルームフォンテンという地に生まれます。父親はイギリスの銀行支店長だったそうですが、早くに病気で亡くなってしまい、母と一緒にバーミンガム(セアホール)に移り住みます。

ちなみに父親の故郷がドイツだそうで、トールキンという苗字もドイツ語由来らしいです。

家族の柱のひとつだった父が欠けてしまったことでシングルマザー状態なゆえに、多少暮らしは普通よりも貧しい感じ(母の実家で生活)ではありましたが、自然の中ですくすく育ち、母による教育を熱心に受けたことで、学習レベルも上々。そこで語学と文学に触れたことが、後に彼の人生を変える転機になるとは…。

このセアホールというのどかな田舎に住んでいた経験が「ホビットの冒険」「指輪物語」の着想のヒントになるわけですが、それは映画の冒頭で森の中で遊ぶ少年たちのシーンでなんとなく匂わされる程度ですね。

で、映画の序盤の話。自分の唯一の支えだった母さえも亡くしてしまい(死因は糖尿病。当時はインシュリンは開発されていなかった)、孤児となったトールキン少年。下手をすればここで極貧状態になってもおかしくないのですが、母が宗教に熱心だったことで救いの手が。フランシス・モーガン神父が後見人となり、当面の面倒を見てくれることになります。

そして、弟と一緒にフォークナー夫人の家に下宿し、同じ家に住むエディス・ブラットと恋に落ちます。彼女も孤児なのですが、ピアニストを夢見ており、ジャンルは違えど芸術への想いは一緒。しかし、厳しかったモーガン神父から、21歳になるまでエディスとの交際を禁止されるというお預け。同じ屋根の下に暮らすのに恋愛するなというのも、なんだかもどかしいですね。この後、エディスは待ち切れずに他の男性と婚約してしまっていたというトラブルもありつつも、なんだかんだで二人は結婚して生涯を添い遂げているのですから、一途な愛を成就させた人生なものです。

それはさておき、トールキン少年の環境はさらに変わります。名門校「キング・エドワード校」へ進学。この学校は1552年に設立された、めちゃくちゃ歴史のある名門中の名門で、政治、学問、経済、芸術…あらゆる業界で功績者を輩出しています。映画関連だと『ディア・ハンター』の作曲家で、ハンス・ジマーの師匠でもあるスタンリー・マイヤーズもここ出身のようです。

その学校時代にロブ・キルター・ギルソン、ジェフリー・バッチ・スミス、クリストファー・ワイズマという親友を得て、交流を深めます。あとはだいたい映画のとおり。オックスフォード大学、第一次世界大戦でイギリス陸軍に入隊して戦場へ、そしてそこで親友の戦死を経験。激動の人生をたどり、戦場からの帰還で映画のメインは終わります。

映画ラスト近くで、妻エディスと子どもたちの穏やかな絵がサラッと流れますけど、本当はこの間もいろいろな人生があって、仕事やら、他の文学者との交流やら、語るべきところは無数なのですが、まあ、そこは描き切れませんね。

トールキンの人生を描くなら3部作くらいないとダメかもしれません。

メイドカフェでオタクトーク

『トールキン 旅のはじまり』を観ていて個人的に思うのは、もちろんトールキンという人物は偉大な文学者ですし、気安く触れられないのもわかりますが、でも作中の姿を見るかぎり、すごく親近感が湧いてきました

なんでしょうか、あえてハッキリ言えば、“ただのオタク”みたいな…。

例えば、日本の公式サイトでは「知的な議論を展開」と表現していた、ティールームでの親友同士の文学トーク。「エッダ」について熱くディスカッションするさまは、正直、普通にオタクの日常会話です。場所が場所なだけに、なんかメイドカフェでオタクトークしているマニアにしか見えないという…(無論、ここは正真正銘、本場のメイドがいるティールームですけど)。あれ、アキバかな?っていう感じにも見えなくない。

そもそも語っている「エッダ」も、要するに北欧神話が根源ですから、出てくる用語も、今日では漫画やアニメやゲームに受け継がれており、すっかりほぼオタクのそれと変わらない

それでいて自分たちの秘密結社「T.C.B.S.」を作って(「Tea Club and Barrovian Society」の略。すごくダサいです…)、自分たちだけの挨拶を交わす。ああ、もうこれは大人になって思いだすと“アイタタタ”な黒歴史ですよ。中二病ですよ。私もなんか自分の過去を思いだされて、映画を観ている間、なぜか少し恥ずかしかった…。

『トールキン 旅のはじまり』という映画からは話は逸れますけど、トールキン本人は、すでに文学の世界で有名になった当時、ディズニーとはかなり距離を置きたがっていたと言われています。たぶんディズニーの作風が気に入らなかったのでしょうけど、確かにトールキンの作家性とは真逆です。まあ、そのトールキンの伝記映画である本作がディズニー配給で現在公開されるというのが皮肉ですけど。なお、「指輪物語」のドラマシリーズ化をAmazonが企画中ですが、きっとAmazonもトールキンは嫌いだろうな…。でも、このめんどくさいオタク感もまた、妙に親近感があるじゃないですか。

とにかく本作では、トールキンを別に卓越した天才として雲の上の人のように描かなかったのは、“ドメ・カルコスキ”監督を始めとする製作陣の意図なのでしょうね。

トールキン 旅のはじまり

継承される創作の旅路

ただ、親近感とか呑気なことを言ってもいられません。

トールキンの人生は本人の望んでもない、「戦争」という強大な闇の存在によって、否応にも押し流されていきます。彼が兵士として参加した第一次世界大戦。作中ではその戦争の中でも最も苛烈な激戦だったと言われている「ソンムの戦い」が描写されています。人を殺すために作られた兵器が続々と実践投入されたこのソンムの戦いで、トールキンが見たもの。それは創作にどう影響を与えたのか。

作中においては、火炎放射器がドラゴンの炎に見えたり、炎や煙が怪物に見えたり、毒ガスが異様に不気味に映ったり、かなり視覚的にストレートな演出でそれを観客に提示しています。

このあたりのストレートすぎる描写は若干のあざとさを感じないでもないですが、わかりやすくはあるので、一長一短ですかね。なお、この映画にトールキンの遺族は何も関与していないらしいです。

ともあれ、私がこの戦争と創作の関係で思うのは、戦争を経験した世代が作る創作物の“重み”です。今はついつい忘れてしまいがちですけど、戦争を経験していない人たちが創作したモノで溢れかえっています(たとえ戦争をテーマにしているものでも)。それにすっかり慣れてしまっていますが、戦争を経験した世代が作る創作物の意義深さはやっぱり大事だなと強く感じました。

ちなみにソンムの戦いは、「くまのプーさん」でおなじみのA・A・ミルンも参加していたことが、伝記映画『グッバイ・クリストファー・ロビン』で描かれていますが、ミルンは戦争体験を創作物には一切(明確には)反映しませんでした。この対応が分かれる感じも、また個々人の戦争と創作の付き合いとして深く考えさせられます。

なによりも創作は常に受け継がれていくものなんだなということがアツいです。序盤でトールキンの母が「ラインの黄金」を語り聞かせるシーンが幻想的に描かれます。「ラインの黄金」は北欧神話の物語を主軸に、ドイツ英雄伝説譚が混ざり合って生まれた創作物です。こうした創作物に刺激されてトールキンはさらに自己流の味付けを加えながら、新しいオリジナルとして「指輪物語」を生み出しました。そして現在、その「指輪物語」に刺激を受けて、「ハリー・ポッター」や「ゲーム・オブ・スローンズ」などまたフレッシュな創作物が息吹をあげています。きっと現在の創作物が数十年後の未来に生まれる創作物の源流になるのは言うまでもないでしょう。この継承こそが“創る”ということの面白さだなとあらためて痛感します。

好き勝手に感想を語っているだけでも、この創作の大いなる本流に混ざれたような感じで、なんだか旅する一団の仲間になった気分ですね。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 51% Audience 78%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 5/10 ★★★★★

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作品ポスター・画像 (C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation