アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル
映画『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:I, Tonya 
製作国:アメリカ(2017年)
日本公開日:2018年5月4日
監督:クレイグ・ギレスピー

あらすじ

貧しい家庭で母親のラヴォナに厳しく育てられたトーニャは、努力と才能でフィギュアスケーターとして全米のトップ選手への上り詰め、アメリカ人初のトリプルアクセルを成功させた偉人となった。1994年に事態が暗転するまでは…。

ネタバレなし感想

スポーツはいつもネタになる

2020年の東京オリンピックがどんどん近くなってきました。

しかし、当の日本の世間が盛り上がっているのはスキャンダラスなオリンピックの話題ばかり。予算がどうとか、ボランティアがどうとか、スポーツ界の不祥事がどうとか…。ともなれば、必然的にオリンピックのイメージが悪くなるのも流れというもので。

でも忘れてはいけないことがあるじゃないですか。オリンピックは、経済効果を政治家がアピールするためのものでもなければ、観光客を増やして周辺の店が儲けるためのものでもなく、ましてやTV会社が視聴率を稼ぐためのものでもない。「スポーツをするためのイベント」です。

今この時だって、独り無心で来る勝負の瞬間に備えて、黙々とトレーニングに向き合うアスリートたちがいっぱいいるわけです。けどそんな鍛錬中のアスリートというのは、言ってしまえば一番“つまらない”ので、世間の関心はそっちではなくスキャンダルに向かう。そして、いざ開幕して競技が始まれば「金メダル」だ「感動をありがとう」だのとコロッと向きを変えて大騒ぎ。結局、これがスポーツというものをとりまく世界の実情です。

そんな実情をシニカルに巧みなセンスで描き切った映画が本作『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』です。

本作は1990年代前半に大活躍したアメリカのフィギュアスケート選手「トーニャ・ハーディング」の栄光と転落を描いた伝記映画です。フィギュアスケートといえば、今や冬のスポーツで最も日本人に人気の高いものと言っても過言じゃないでしょう。なんといっても華がありますからね。選手に対する注目度も特別なものがあります。

トーニャ・ハーディングという選手も当時の時代を知る人からすれば、アメリカ人だけに限らず、結構知っている人も多い知名度ですが、その名前の認知に悪い意味で決定打を与えたのが「ナンシー・ケリガン襲撃事件」でした。本作はその事件を軸に描いていく作品になっています。

そんな事件、知らないし、トーニャ・ハーディングという人も聞いたこともなかったんだけど…。大丈夫です。それでも全く問題なくこの映画は楽しめます。ちゃんとそのへんの配慮もあります。

というか、本作は伝記映画としてはかなり異色なタッチを持っていて、そこが個性にもなっています。そのあたりは鑑賞すればすぐにわかるでしょう。

監督は“クレイグ・ガレスピー”。個人的には初期監督作の『ラースと、その彼女』がとても好きです。結構、いろいろなタイプの映画を撮っているように思っていましたが、監督デビュー作は『Mr.ウッドコック 史上最悪の体育教師』という作品でスポーツコメディなんですね。そのつながりで『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』を手がけることになったのかな?

主人公のトーニャを演じるのは“マーゴット・ロビー”。注目作となった『ウルフ・オブ・ウォールストリート』ではセクシーシンボル的な扱いであり、『ターザン:REBORN』では王道ヒロインと、こう言ってはあれですがあまり独自性のない存在でしたが、『スーサイド・スクワッド』でのハーレイ・クインの奇抜悪女キャラ、『グッバイ・クリストファー・ロビン』での冷たい母親キャラと、確実に固有のキャリアを重ね、ついに『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』で才能を全開にした感じです。
『グッバイ・クリストファー・ロビン』感想(ネタバレ)…プーさんの暗い裏側
『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』での怪演でアカデミー主演女優賞にノミネート。しかも、今作では製作にも関わっています。今後も多方面での活躍に期待が高まります。

しかし、本作で最も栄光を掴んだのは主人公のトーニャの超厳しい母親を演じた“アリソン・ジャネイ”。アカデミー賞を含む各地の賞で助演女優賞を与えられるほど、演技に関しては絶賛も当然の名演でした。ちなみに2017年のアカデミー賞は主演女優賞は『スリー・ビルボード』のフランシス・マクドーマンドだったので、この年の主演・助演ともに女優陣は「怖い女性」を演じたことになりますね。

スポーツに興味がなくても面白い映画です。いろいろな視点で楽しめると思います。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

観客は真実に興味あるの?

本作は伝記映画として何が異色なのかといえば、一般的には「この映画は真実に基づいている」みたいな出だしから始まるのがお約束。しかし、本作はこうきます。
これは大マジメな真実のインタビューに基づいている。大いに異論はあるだろうが…
Based on irony free, wildly contradictory, totally true interviews with Tonya Harding and Jeff Gillooly.
和訳が意訳されていますが、要するに「皮肉と矛盾だらけのインタビューが元になっていますよ」ということ。

実際に本作は製作の段階で当事者にも話を聞きに行ったりしたものの、互いに言っていることがバラバラで整合性がないから、そのまんま映画化しましたという、大胆にもほどがある映画です。

そのため、平気で食い違った主張どおりのシーンが連続で展開されたり、第4の壁を突破して観客に話しかけてきたり、やりたい放題。最近だと『マネー・ショート 華麗なる大逆転』もそうでしたが、フリースタイル伝記映画ですね。

そのアホさが炸裂するのは最も意見が食い違うポイントとなる対立シーン。トーニャは母のラヴォナや夫のジェフとしょっちゅう激突するのですが、その乱闘に近い場面で、いちいちフィギュアスケートのパフォーマンスのように“技”が決まるのがユニーク。ナイフ投げ、壁打ちつけ、肘打ち、ドアで指をバーン!としたかと思えば、背中を見せたトーニャの髪をつかんで後ろ向きに倒したり…酷いを通り越してテクニカルな気がしてくる。「10点」「10点」「9点」「10点」…そんな感じで採点したくなります。襲撃の際の頭突きでガラスを割るのも良かったですね。

ラストの方でも言っていましたが、「真実なんかない」「全部嘘っぱちよ」「みんなそれぞれに真実がある」という言葉のとおり、この事件の採点は観客に委ねるから好きにすれば?というスタンス。

それと同時に、どうせあんたら真実なんて知りたいとは思っていないでしょ? 騒動をネタに盛り上がりたいだけでしょ? なんていう、世間への冷たい批評も本作は投げかけます。

宣伝では「彼女は世界中から愛され、一瞬にして世界中から憎まれた」とありますが、実際のトーニャは明確に断罪されたわけでもない。そもそも世間は真実に興味がない。終盤で彼女に判決が下ったあと、O・J・シンプソン事件を報道するメディアが映りますが、結局はネタのひとつに過ぎない。そんな彼女にちゃんとスポットをあてつつ、かといって安易に救いもしない。それがこの映画の上手いバランスじゃないでしょうか。

ちょっとドキュメンタリー作品の『FAKE』にも似ている精神ですね。

肩にインコを乗せた支配者はどこにでもいる

本作は伝記映画の他に別の側面もあって、それはとあるコミュニティ(家族)を描く社会派な要素。とくにいわゆる「ホワイトトラッシュ」がメインどころになっています。

トーニャの出身であるオレゴン州ポートランドは白人の街ですが、別に保守的というわけではありません。同性愛者を市長に擁する全米最大の都市だったりもするほど、寛容的。ワールド・ネイキッド・バイク・ライド(街で全裸になってみんなで自転車に乗るイベント)が伝統になったりもしています。

でも、少なくともこのトーニャの家、もっといえばその中心で支配する母のラヴォナはコテコテの「ワスプ・マザー」であり、ホワイトトラッシュの悪い部分を凝縮したような存在。
 
トーニャが審査員になぜ自分の点数が低いのかと丁寧に問いかける場面で、「イメージと違うんだ、理想のアメリカの家族像が見たい」と答えられますが、ある意味、トーニャはアメリカの家族のストレートな姿であるという皮肉。ホワイトトラッシュがどんなにピンクのフリフリの衣装を着ても、本質は変わらないという現実が、滑稽でもあり、悲しくもあります。

一方で、本作は別にアメリカの保守層だけをターゲットに描いた映画ではないでしょう。

ラヴォナのように「負のプレッシャーが人を強くするのよ」理論で指導や教育をする人は普通にいますし、現に日本でも2018年はその体質が大きな不祥事となって一部のスポーツ界を揺るがしましたから。

少なくとも本作の描き方では、あの襲撃事件はそういう体質が積もりに積もって最悪のカタチで表面化したように見えますが、あながちこれこそ真実な気がしてきます。日本のスポーツ界で起きたあの事件たちもきっとこれとたいして変わらない背景があったんでしょうね…。

本作ではトーニャとラヴォナの確執が最後は改善される…と見せかけてラヴォナのポケットからゾッとする人の歪みを露わにするあたり、こういう問題はそうそう容易く解決しませんよってことですかね。

アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル

スポーツの楽しさはどこへ

それでも本作はやっぱり最終的にはスポーツ映画としての純真な情熱もしっかり見せてくれるのが嬉しいところ。

序盤、4歳の頃のあどけないトーニャがスケートを滑ること、ただそれだけで満足していたあの瞬間。この一瞬だけは“スポーツの楽しさ”のみで満たされた幸せがあるわけですが、そこから成長したトーニャが各大会ごとにパフォーマンスを見せるたびに、その素直な喜びは消えていきます。

1986年の場面では圧巻のパフォーマンスを見せ、作中の観客はもちろん、この映画を観ている観客も驚かせるトーニャ。このシーンは素晴らしい撮影技術もあいまって、(VFXも使ってはいますが)大部分を実際に滑っている“マーゴット・ロビー”に拍手したくなります。

続く1991年のパフォーマンスではついにトリプルアクセルを決め、本来は最高の瞬間のはずなのに、なぜか不穏な始まりを告げるような雰囲気も醸しだすトーニャ。

そこからは1992年ではパフォーマンスのシーンすら映らなくなり、作中では最後となるパフォーマンスでも靴紐事件につながる一連の場面は「私、なんで滑っているんだろう?」という迷いを感じさせる切ないシーンです。

全てがスケートのために親に決められた人生をおくり、周囲に翻弄されたトーニャの軌跡。靴の履き直しのように人生もやり直せたら、何か変わっていたのかもしれない。ボクサーに転身しても自分のアイデンティティを求め続ける彼女は生き様は間違いなく「人生のアスリート」でした。

エンドクレジットに流れる本物のトーニャのパフォーマンス映像からも、本作がトーニャという人間にある芯の部分は肯定してくれている…そんな気がします。そして、観客もその本当の熱意は受け取れたはずです。

ということで、なんだかんだありましたが、結論は「アスリートって凄いな」ってことですね(単純明快)。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 89% Audience 88%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

関連作品紹介

おすすめ PiCKUP!
↑『俺たちフィギュアスケーター』…同じくフィギュアスケートを題材にしたコメディ映画。実在のスケート選手もゲスト出演しており、ナンシー・ケリガンも出ています。
(C) 2017 AI Film Entertainment LLC. All Rights Reserved.