アップグレード
映画『アップグレード』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Upgrade
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2019年10月11日
監督:リー・ワネル

アップグレード

あらすじ

近未来、妻と平和な日々を送っていたグレイは、突如現れた謎の組織によって妻を殺され、自身も全身麻痺となってしまう。一夜にして人生を台無しにされてしまい、車椅子生活の中でショックを隠せないグレイ。しかし、巨大企業の科学者によって実験的に埋め込まれたAIチップ「STEM」の力によって麻痺を克服し、人間を超越した身体能力を手に入れる。

『アップグレード』感想(ネタバレなし)

アップデートにご注意を!

いきなりであれですが、ちょっと愚痴を聞いてください。

私の使っているパソコンはOSが「Windows10」なのですが、これは定期的に大型アップデートが実施されます。主な意味は機能の追加などですけど、このアップデートを適用しないとセキュリティ保護などのサポートもいずれは受けられなくなるために、新機能が必要なくともアップデートしないといけません。時期が来れば勝手にアップデートされていたりするものであり、普段はあまり意識していない人も多いです。でも今回のアップデートに限って私のパソコンではエラーが連発。毎日のように自動アップデートが始まっては「エラーで失敗」を繰り返していたのでした。さすがに鬱陶しいので、対応しようとあれこれ調べ、手動で実行してみても上手くいかず。悪戦苦闘のすえ、コマンドプロンプトやらなんやらをいじり、なんとか無事にアップデートすることができました。

こんなのITに全然詳しくない人には対処できないですよ。でもITに精通しているかどうかを問わず、今やITは生活に欠かせないインフラになってしまいました。これからもっと私たちのライフスタイルにITが浸透すると予測もされています。本当に大丈夫なのでしょうか? パソコンですら正常にアップデートできないのに…。技術の発展に人間が追いついておらず、新手の格差の温床になっている気も…。

そんなボヤキを書いたのはただイライラしていたからではなく、今回紹介する映画とシンクロするテーマだったからです。その映画とは本作『アップグレード』

本作はSF映画であり、「AI(人工知能」をキーワードにした、まあ、今やありふれた感じのSFです。『エクス・マキナ』や『アイ・アム・マザー』など最近もSFファンを唸らせる良作が生まれています。

『アップグレード』も話の展開を言葉で説明してしまうと“ふ~ん、なるほどね”で終わってしまう、アッサリな印象になりかねない作品です。ネタバレしても全然面白くないです。どうしても「AI」を題材にするとお約束な展開というのはありますから。

でも『アップグレード』はその見せ方が上手く、センスがあって、凡作として埋もれないだけの存在感を放っているのが見どころ。手垢のついた内容でも描写を工夫すれば、いくらでもフレッシュに見えてくる…そんなクリエイティブな心意気を垣間見た感じでしょうか。『アップグレード』というタイトルからには、何かがアップグレードするんだなってことくらいはわかるでしょうけど。

監督と脚本は“リー・ワネル”。ご存知の方には有名な人です。あの今やワーナーブラザースを支えていると言っても過言ではないヒットメーカーとなった“ジェームズ・ワン”。その彼と映画学校時代からの友人で一緒に『ソウ SAW』という低予算ホラーを生み出して出世した、あの“リー・ワネル”です。コンビで『インシディアス』シリーズも手がけ、2015年に『インシディアス 序章』で監督デビュー。最近はすっかり“ジェームズ・ワン”と離れて仕事している印象ですが、その“リー・ワネル”が全く新しい企画として始動させたのが本作『アップグレード』。

今回も『ソウ SAW』の時と同じように低予算&無名俳優というポリシーを忘れずに、300万ドル程度の製作費規模で作った『アップグレード』は、見事にその素晴らしさを評価され、サウス・バイ・サウスウエストのミッドナイターズ部門で観客賞を受賞するなど、コアな観客を魅了。やっぱり“リー・ワネル”は上手いなと痛感させられます。

製作は、ホラーから社会派映画まで幅広く世に映画を送り出している“ジェイソン・ブラム”という安定感。盤石の布陣ですね。

主演は“ローガン・マーシャル=グリーン”という俳優で、『スパイダーマン ホームカミング』でメインヴィランの取り巻きの悪い奴のひとりを演じていました。たぶん大半の人は覚えていないです(調子に乗って消し炭にされる役)。基本はこの人メインですが、他の俳優陣もマイナーですね。『ゲット・アウト』で強烈な印象を残す使用人を演じていた“ベティ・ガブリエル”とか、要所要所で知っている人はいるのですけども。そんな普段は日陰にいた人をチョイスしてくれるのも、本作の良さではあります。

とにかく百聞は一見に如かず、映像を観ないことにはこの作品の面白さは伝えづらいので、SF好きなら足を運んでみてください。パソコンのアップデートなんか、後回しでいいのです(責任はとらない)。

オススメ度のチェック
ひとり◯(SF好きならば見て損はない)
友人◯(手頃な映画を求めるなら)
恋人◯(恋愛気分ではないが)
キッズ△(暴力描写が多め)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『アップグレード』感想(ネタバレあり)

人生の転落…そこからの再起動

『アップグレード』の時代設定はそれほど遠くはない近未来。

冒頭から非常に意味深な「アップグレード」を伝える機械音声が流れますが、この意味は終盤になってわかります。

ガレージで車を直す男。この男が本作の主人公グレイ・トレイスです。この修理シーンでグレイは指をちょっと怪我し、血を舐める仕草をするのですが、これと対応するシーンが終盤に出てくるので覚えておくとハッとできますね。

そんなグレイがいる家に、ずいぶんと私たちには未来感満載に映る車が駐車します。自動運転機能搭載のハイテク・カーから降りてきたのは妻のアシャ。家に入ると、その室内もあれこれとITでコントロールされており、これが普通のようです。仲睦まじい関係性をみせるグレイとアシャ。

そのアシャを連れてグレイはある場所に向かいます。そこは静かな立地にある意味ありげな施設で、中には奇妙なものが存在する中、奥には空中に浮かぶ小さな雲をいじくりまわす謎の若そうな男。この男はエロン・キーンといって、アシャの口ぶりからするにかなりのIT業界では大物なようです。

そしてイノベーターであるエロンは二人に最新の発明である「STEM」というチップを見せます。詳細はさっぱりわからないですが、とにかく凄いものらしいのでした。

その帰り。自動運転車で夜道をドライブしながら、当の二人は車内でお楽しみ中(これ、自動運転が実用化されたら絶対に起こる問題ですよね…)。すると、そんなリア充な男女にブチ切れる観客の感情が伝わったのか、急にエラーを起こした車が暴走し始め、どんどん速度をあげて、そのまま横転。スラム街っぽい場所で派手にひっくり返ってクラッシュしてしまいます。それだけでもじゅうぶん散々ですが、何者かの集団がいつのまにか群がり、捕まったあげく、アシャは撃たれてしまい…。グレイも抵抗虚しく撃ち抜かれ、息絶えるアシャを見ているしかできませんでした

3か月後。グレイは首から下が動かせない重度の不随を患い、母親のサポートを受けながら車椅子生活を余儀なくされていました。もちろん、そこには愛する妻の姿はなく…。泣くしかできず、薬をわざと投与しまくる指示をだして、自殺しようとするくらい、追い込まれるグレイ。

痛々しい姿になんて声をかけてあげたらいいのやら…。なんだろう、『ジョン・ウィック』、観る?

コルテス刑事がやってきて捜査の進捗を話すも、事件現場をドローンが撮影していたらしいですが、肝心の犯人特定には至っていない様子。

すると、エロンが病室にやってきて、「また歩けるようになるチャンスがある」と予想外のことを話だします。「STEM」を使えば変わるのだ、と。

藁にでもすがる思いで、そのエロンの誘いに乗るグレイ。手術が始まり、グレイの体の背骨あたりにインプラントが埋め込まれ、グレイはSTEMと一体化。そのかいがあって、なんと手を動かせるようになり、さらには歩行までできるようになったのでした。

これで“めでたしめでたし”…とはならない本作(だったら良かったのですが)。

家にいると突然グレイの頭の中でSTEMが話しかけてきます。それだけでなく、捜査資料から襲撃犯の一味の身元を割り出し、自ら捜査をしようと提案してきて…。

こうしてグレイとSTEMという異色のバディが誕生し、愛する者を奪った憎き相手への探索が始まります。この予想だにしなかったアップグレードした自分の力。これは功を奏するのか、それとも災いをもたらすのか…。

いつでもAIといっしょ

『アップグレード』はSFとしての仕掛けはいたって単純です。

頚髄損傷によって首から下の筋肉が麻痺し、感覚さえも失ってしまった男が、人体実験で埋め込まれた特殊なAIチップによって神経をアシストされることで動けるようになる。と、同時にAIと一心同体となったため、まるでAI端末を常時身に着けているかのようにAIと対話もできる

こういうシチュエーションはそれこそ『アイアンマン』とか、トム・ホランド版『スパイダーマン』とか、今までも散々見てきた光景であり、別に特筆することでもありません。すでにリアルでも私たちの生活にAIが浸透し始めており、もうこの描写をもってして「近未来である」ことを示せるのも時間の問題のような気さえします。そう考えると今のAIを題材にしたSF映画は数十年後には全然“未来っぽさ”が無くなるのですよね…信じられないなぁ…。

ただ『アップグレード』の面白いところは、このAI搭載グレイの誕生によって、バディ・アクションというジャンルに変貌するという部分。

STEMが写真解析で抽出したタトゥーの情報などから特定した犯人の一人の家へ、STEMの力を借りてズカズカと歩いて侵入するグレイ。そこで例のターゲットの男が帰ってきてしまい、案の定、見つかって揉み合いの乱闘に。土壇場でSTEMによくもわからず許可を与えると、グレイの体(首から下)は急に本人の意志に反して回避と攻撃行動を的確にとるようになり、その相手を圧倒。あげくに殺害してしまいます。

続くバーでもトイレで大暴れ。単に物理的に強いというだけでなく、相手の動きを予測しての驚異的な反射神経と、痛覚を遮断することによる恐れ知らずの捨て身のバトルを発揮。喧嘩慣れした人間でも敵うはずもありません。AI搭載グレイ、無双状態です。

この一心同体バディ・アクション。最近観た映画である『ヴェノム』とコンセプトはまんま同じ。体が勝手に動いて、しかも滅茶苦茶強いし、残酷に人は殺すし…。『ヴェノム』は残酷描写は控えめでしたが、『アップグレード』は思いっきりやっているので、そのぶんの“大変なことを私はしている!”というショック度が伝わりやすいです。凸凹コンビっぽく、若干コミカルな空気も漂わせるのも通じているものがありました(「ニンジャじゃないです」のツッコミとか)。


でも本作は低予算ですから、そのアクションもブロックバスター大作のようにCGをガンガン使ったド派手なことはできません。そこで創意工夫で映像としての見ごたえを用意しているのが素晴らしいなと思います。基本的なアクション自体は設定上の都合でカクカクとしたぎこちない動きをします。しかも、首から下だけ動かされているので、どう見ても不格好です(冷静に考えると身体学的に首以外だけAIにコントロールされるというのも変なのですけど)。しかし、その最小限の動きで敵を突破していくスタイルが、ちょっとパントマイム感もあって、別の芸術的完成度がある気がしてきます。新しい格闘術の“型”を見ているような気分ですね。腕に銃を埋め込むとか、そこの反動はどうなるんだとか、ツッコんではいけない…。

そこからのワケあってSTEMが起動しなくなり、這いつくばって逃げることになる展開でのハラハラドキドキも上手く機能しており(ハンディキャップを負った人を主人公にした映画としても意義のある)、エンタメと社会性を良いとこどりした構成が本当に上手いです。ラスボスとして登場するアイツの殺人的ナノボット“くしゃみ”とか、ネタとしてもユニークなのも愉快ですね。

やっぱり他人のくしゃみは怖いね…(違う)。

強敵フィスクとのラストバトルを、AIではできない“挑発”という手段で突破口を見いだすあたりも、意趣返しとして気が利いていて良い感じでした。

アップグレード

低予算こそ工夫の見せどころ

『アップグレード』は終盤になるといよいよ物語の真実が見えてきます。

手術を持ちかけてきたエロンが黒幕だと思ったら、実はSTEMこそが真の犯人であり、会社もエロンも完全に言いなりで、あの序盤の事故さえも仕組んだことだと判明。全てはSTEMが人間になるために…。

まあ、このAIの恐ろしさが表出するオチはこのジャンルでは定番ですし、なんら驚くことではないのですが、そこで安易にAIを倒してハッピーエンドにせず、割と躊躇なく胸糞悪いバッドエンドに直行していくあたりも、さすが“リー・ワネル”監督だな、と。

最後には、グレイが病室で目覚めて手も動かせて目の前には愛する妻がいるという空間。自ら望んだ理想の場所に閉じ込められる=体の完全な支配。それを完遂したSTEMの勝ち誇った雄姿。『マトリックス』的な終末世界の最初の1ページを見せるようなストーリーで、ゾクゾクしつつも、俗な自分はワクワクもしてくる。

それにしても人間が“人間である”ことを保証する最後の砦である「自由意思」の乗っ取りという描写で終わらせる本作は、エンタメでテンションだけで誤魔化すのではなく、ちゃんとSF的な問いかけもしているし、いやはや隙のない映画です。

これなら続編とかも見てみたいです。“リー・ワネル”監督なら普通に作れますよね。いくらでも物語は発展させることができますし。他にもいろいろな人がSTEMに乗っ取られていき、各地で暴動が起き、それを食い止めるための人間側の抵抗勢力も生まれて、やがては終わりの始まりであるSTEMの開発を食い止めるべく、過去に戻って歴史を変えるという壮大な計画が遂行され…(あれ、どっかで聞いたことがある…)。

また、製作陣が少ない予算でどうやって映画を面白くするか、全力で考えている真剣さの意味を痛感する映画でもありました。制作費が乏しくても、有名俳優を起用しなくても、クリエイティブなアイディアでカバーできるし、それこそ面白い映画が生まれるきっかけにもなる。既存のハリウッドや日本映画界でも肝に銘じておきたいことです。

ますますアップデートするのが怖くなる映画でしたね。私の文章を書くスピードが10倍になるアップデートならしてもいいのですが、トラブルが起こったら嫌だな…。もし意味不明な文章を書いた記事がこのブログに投稿されていたら、だいたいは私のアップデートで私が乗っ取られたに違いありません。そういうことにしておこう。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 87%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

関連作品紹介

「AI」をテーマにしたSF映画のうち、感想を書いた記事の一覧です。

・『エクス・マキナ』

・『アイ・アム・マザー』

作品ポスター・画像 (C)2018 UNIVERSAL STUDIOS