この実話は喜劇か悲劇か、それとも…ドラマシリーズ『英国スキャンダル〜セックスと陰謀のソープ事件』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2018年)
シーズン1:2018年にスターチャンネルで配信
監督:スティーヴン・フリアーズ
動物虐待描写(ペット) LGBTQ差別描写 性描写 恋愛描写
英国スキャンダル セックスと陰謀のソープ事件
えいこくすきゃんだる せっくすといんぼうのそーぷじけん
『英国スキャンダル セックスと陰謀のソープ事件』あらすじ
男性同士の同性愛が違法だった1960年代のロンドン。下院議員のジェレミー・ソープは次期自由党党首の座を狙っていた。彼はかつて支援者宅で出会った美青年ノーマンと親密になり、愛し合う仲になっていたが、秘密の関係は長く続かず2人は破局。生活費に困ったノーマンは、ジェレミーの家族に関係を暴露し、幾度となく金銭を要求するようになり、政治生命が脅かされると感じたジェレミーはある行動にでる。
『英国スキャンダル セックスと陰謀のソープ事件』感想(ネタバレなし)
こんなアウティング、実話です
相手の同意なく、その人のマイノリティな性的指向・恋愛的指向・性自認を公表することは、基本的に問題行為とされます。いわゆる「アウティング」と呼ばれるものです。
アウティングがどのようなかたちで行われるのかは百人百様で、ある人は友人の何気ない会話によってバラされ、ある人はスマホの履歴から推察されたり、ある人は会社や自治体の不手際で情報が流出し…。ともあれ多くの性的少数者にとって深刻な問題であることは少しずつ知られるようになってきました。
このアウティングを作中で題材として(もちろん問題視するという立場で)描く映画やドラマも現在は珍しくなくなってきたのですが、その描き方は問題性を認識すればするほどにどうもシリアスになってしまう傾向にあります。
そんな中、私が最もアウティングというテーマの向き合い方として巧みだなと思う作品のひとつがあり、今回紹介するのはそんな2018年のドラマシリーズです。
それが本作『英国スキャンダル セックスと陰謀のソープ事件』。
なんともあれな邦題ですが、意外にも中身どおりなタイトルで…。本作はアウティングが題材なのですが、このアウティングは一般的に想定されるアウティングとはだいぶシチュエーションが違うもので、これをアウティングと言っていいものかという…。でも本作のそれはおそらく世界最大に社会を揺るがしてインパクトを与えたアウティングに関する事件だったといえるでしょう。
そう、『英国スキャンダル セックスと陰謀のソープ事件』は実話を描いています。具体的には、1976年から1979年に起きたイギリスのジェレミー・ソープ庶民院議員のスキャンダルです。当時、自由党の党首として政界の大物だったこの議員。彼は世間に隠していましたが、実は同性愛者でした。でもこの事件は「彼は同性愛者です!」とバラしただけの事件ではないのです。いや、バラしただけでも問題でしょうと思うかもですけど、それはそうなのですが、もうそれどころじゃない事態の連発で…。
本作を観れば、本当にこれは実話なのか?…と衝撃を受けると思います。
そして本作はアウティングが題材ですが、シリアスになりすぎておらず、言ってしまえば政治喜劇になっているんですね。そこもまた面白くて…。まあ、といってもゲラゲラ笑えるだけでは終わらず、しっかり真面目な視点も終盤は見せてくるのでご安心を。
監督は、ダイアナ元皇太子妃の交通事故死の最中にある当時のイギリス王室の舞台裏を描いた『クィーン』、ドーピングが発覚して自転車競技界から永久追放されたランス・アームストロングの栄光と転落の人生を描いた『疑惑のチャンピオン』、音痴だけど一躍有名になっていった稀有な歌手を描いた『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』、ヴィクトリア女王と彼女の従僕の交流を描いた『ヴィクトリア女王 最期の秘密』など、これまで実話モノを任せたら見事に仕事してくれている“スティーヴン・フリアーズ”。
そして脚本は、最近でもドラマ『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』でHIV/AIDSに翻弄されるゲイ当事者をドラマチックに描いて喝采を受けた“ラッセル・T・デイヴィス”。彼も同性愛者ですが、『英国スキャンダル セックスと陰謀のソープ事件』もプロット作りに長けた当事者だからこその“わかっている”要点がたくさんある一作です。
俳優陣も注目。主役は2人で、ひとりは『ブリジット・ジョーンズ』シリーズや『パディントン2』でおなじみの“ヒュー・グラント”。もうひとりは『007 スカイフォール』『リリーのすべて』『リトル・ジョー』などの“ベン・ウィショー”。この2人の掛け合いが本当に最高です。ちなみに双方とも『パディントン2』で対立し合った関係性なのですけど、今作でも火花を散らすのは…偶然なのかな。
BBC制作で日本では主に「WOWOW」や「スターチャンネル」でしか扱われていないゆえに知名度は低いのですが、俳優ファンのみならず、政治劇や同性愛史について関心ある人は必見のドラマです。
ドラマシリーズといっても全3話(1話あたり約60分)のミニシリーズなので観やすいと思います。
オススメ度のチェック
ひとり | :見逃せない良作 |
友人 | :俳優ファン同士で |
恋人 | :ロマンス要素もあるにはある |
キッズ | :性的描写あり |
『英国スキャンダル セックスと陰謀のソープ事件』予告動画
『英国スキャンダル セックスと陰謀のソープ事件』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):切っても切れない関係
1965年、ロンドン。英国議会下院の食堂で、自由党の庶民院議員であるジェレミー・ソープは友人で同じく議員であるピーター・ベッセル(ペドロ)と同じ机で向き合って会話していました。
「グリモンドは長くてもあと1年半で辞任するらしい」「状況からして自由党の次期党首は副首相だ」…ジェレミーにはキャリアアップの大きなチャンスです。
するとペドロは秘書とベッドでヤっているという下世話な話をしだします。そしてこうまで口にします。「ここだけの話、最近は飢えのあまり“槍(スピア)”の方で間に合わせたことも」…それを聞いてソープの表情は固まるも、すぐに「つまりあっちもいけると?」と確認。それを把握して「たぶんこの部屋で一番ショックを受けないのは私だ」と同意します。お互い、同じ仲間だということです。
「ところでどれくらいの割合で?」と質問し、ペドロは8対2で女が8割と言ったのに対し、ソープは逆だと説明。ここで「ゲイ」という言葉を口にだします。「議事堂では初だな。ゲイがその意味で使われたのは」とペドロ。「慎重にな、遊びで投獄されたらおしまいだ」…そうやって些細な密談を終え、皮肉交じりに女王陛下に忠誠を捧げるゲイの2人。男性同士の性的関係はイギリスでは違法です。
別の日、ジェレミーはペドロに母の元に届いた手紙を見せます。差出人はノーマン・ジョシフで、同性愛関係をバラされたくなければ30ポンド払えというもの。ジェレミーは「出会ったときは天使だったよ」と昔を語りだします。
4年前。屋敷の馬屋にいたノーマン(の上半身半裸)を気に入ったソープは名刺を渡しました。1年後、なんとノーマンは訪ねてきたのです。犬連れで。他に行くところがないらしく、ジェレミーは温かく迎え入れます。母の家に。ピーター・フリーマンという名で母に紹介。
夜、ノーマンの泊まる部屋にワセリンを持参してやってくるジェレミー。急に泣きだすノーマン。なんでも初めて優しくされて感情的になってしまったようです。そんな震えるノーマンにキスをするジェレミー。そして2人は愛を交え…。
以降はすっかり親密に。ジェレミーはノーマンを「ウサギちゃん」と愛称で呼びます。一方の議会では弁が立ち、仕事も順調。
ところが関係は急に悪化しました。「あなたが僕に同性愛の菌を移した!」とノーマンは怒鳴り、この関係をあろうことか警察に告発。その2人のイチャイチャな手紙を含む情報はMI5の金庫にしまわれ、うやむやに。
さすがに相手にしてられないとジェレミーはペドロに警告しにいってくれとダブリンに向かわせます。ノーマンは法的措置も辞さないと言われても挫けることなく、新しい保険証と週5ポンドで手打ちとなります。
こうして事件は一件落着。ジェレミーは1966年の自由党の総選挙、1967年の党首選挙と、どんどんキャリアを躍進。「さらに上を目指すなら結婚は不可欠だ、有権者は既婚者を信用する」と考え、1968年にはキャロラインと結婚し、赤ん坊も生まれます。
しかし、過去の関係はどこからともなくまた舞い戻る。あのノーマンが再度連絡してきて事態は良からぬ方向に…。
ウサギを狩る男
『英国スキャンダル セックスと陰謀のソープ事件』は主役2人のキャラクター性が何よりも印象的で、1話目からすっかり夢中になってしまいます。
まずジェレミー・ソープなのですが、冒頭のペドロとの会話の時点でわかるように、とても飄々としたお調子者っぽさを醸し出しつつ、それでいてしっかり権力欲は忘れていない。要は典型的な政治家であり、確かにこいつは狡猾な政治の世界で生き抜くだけのサバイバル術があるなと思わせます。
確かに彼はゲイなのですが、かといって同性愛者の人権獲得に興味があったかというそれは疑わしいです。同性愛の合法化に熱心なレオ・アブセや、アナグマを室内で飼っている変人ながら同性愛者だった兄の無念を晴らすべく頑張っているブーフィなど、政治の世界でクィアのために努力する人をむしろ冷笑している感じさえある。結局、ジェレミーにしてみれば自分の性欲を満たせればそれでよく、最も大事なのはどうやって政治的権力を手にするかなんですね。
そんなジェレミーがノーマンが邪魔だとみなすとすぐさま殺害に動き出す、あの即決もまた…。「え?殺すの?」とペドロもびっくりでしたが、やっぱり政治家たるもの殺しのパイプも持ってるものなのかな…。
”ヒュー・グラント”お得意のあのうざったい佇まいの演技もあって、このジェレミーの政治家としての貪欲さが1話と2話は全開で、「やれやれ政治家ってやつは…」とこっちも呆れ笑いするしかありません。
犬を連れ歩く男
一方のノーマン・スコット(ノーマン・ジョシフ)。彼は作中では1話・2話の段階では実像が全く不明で、ゆえに「何なんだコイツ」感がずっと漂っています。
第一印象的には、ひとりでは何もできないナヨナヨした弱々しさ、そして妙な天然っぷりを発揮している人間という感じです。ジェレミーだけではなく、女性とも何度か関係を持ってはそのたびに人生が好転して浮上していくのですが、それでも持続はせず…。そして落ちぶれるたびにジェレミーに泣きつくという…。
やっていることとしてはアウティングであり、ノーマンが悪い奴のように思ってしまいかねないのですが、かといってノーマンはそれで儲けたいとか有名になりたいとかの欲や悪意はなくて、彼が求めているのはあくまで基本的な人権と生活なんですね。本当にただ寂しくて人恋しさも欲しかったとも言える…。
ただそれにしたって不器用で…。政治的手腕に長けるジェレミーとは対極にいるような存在でした。
そのノーマンを熱演した“ベン・ウィショー”もまたやっぱり上手くて。絶妙に愛嬌と面倒くさい感じを同居させた演技の出し方がクセになる。犬にやたらと愛着ある人間でしたけど、ノーマンもどうしようもないバカ犬的な可愛さがある…。
政治劇の裏にはロマンスの切なさも
そんな感じで1話と2話はわりと気楽に笑ってしまうような、バカバカしい喜劇です。殺人を実行しようとするくだりもサスペンスというよりはコメディという…。
ところが3話になると物語のトーンはクルっと反転します。
殺害未遂、手紙発覚、党首辞任、さらに殺害指示の暴露。一気にジェレミーの政治生命は危機に。殺人共謀と教唆でジェレミーは逮捕され、裁判に舞台は移ります。同性愛関係も世間に知られてしまいました。
そこでジェレミーとノーマンはイギリス社会の好奇のまとになってしまい、言ってしまえば笑い物です。ノーマンがジェレミーとの初めてのベッドでの出来事を生々しく語らないといけないときの、あの法廷の傍聴席にいる人たちの嘲笑。ここでハっとさせられます。「1話と2話で散々笑っていましたよね? でもどうなんですか、それって。ここの傍聴席にいる人間と同類では?」…そう突きつけられた気分です。
ここに興味深いのは2人の別の一面が見えてくること。
ノーマンは吹っ切れたのか、逆境になればなるほどプライドが輝き始めます。口は達者になり、「僕みたいな男が弄ばれて捨てられることだ、黙らないぞ」とクィアとして自信をつけていき、何も恥ではないと高らかに立ち上がる。まさしくゲイ・コミュニティを背負ったリーダー性を発揮します。
対するジェレミーはあれだけ政治的権力に飢えて狡猾なだけの薄情者に見えたのですが、弁護士から「君ほどの権力者がなぜあの男を選んだのか、一夜限りの関係ならわかる、愛したのはなぜだ?」と率直に聞かれ、そこでホモフォビアに苦しんだ経験を思い浮かべ、ノーマンを愛した理由を滲ませる。すごくほろ苦いロマンスの名残をみせるわけです。最終的には裁判では完全な無罪を勝ち取るのですが、あそこで支持者を前に威勢よく手を振って2番目の妻と歩く彼の姿もカラ元気にすら見えてくる…。
もしこの社会に同性愛差別がなければあの2人は素直に愛し合い、何事もなく平穏に過ごせたのではないか…。
本作は史実どおりではないですし、登場人物なんかは意図的に脚色されていますけど、アウティングを政治的作用のあるものとして重ね合わせてその本質をシナリオに落とし込んでおり、お見事としか言いようがないです。
あとはそうですね。ジェレミーとノーマンが仲睦まじく同棲して暮らし、犬をもっと飼いたいとごねるノーマンに、ジェレミーが「しょうがないな、私のウサギちゃんは…」と言いながら許しちゃう、そんな二次創作。そんなのが見たいなぁ…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 80%
IMDb
7.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2021 Sony Pictures Entertainment. All Rights Reserved.
以上、『英国スキャンダル セックスと陰謀のソープ事件』の感想でした。
A Very English Scandal (2018) [Japanese Review] 『英国スキャンダル セックスと陰謀のソープ事件』考察・評価レビュー