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『アイダよ、何処へ?』感想(ネタバレ)…スレブレニツァの虐殺は無かったとは言わせない

アイダよ、何処へ?

スレブレニツァの虐殺を描く衝撃作…映画『アイダよ、何処へ?』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Quo vadis, Aida?
製作国:ボスニア・ヘルツェゴビナ(2020年)
日本公開日:2021年9月17日
監督:ヤスミラ・ジュバニッチ

アイダよ、何処へ?

アイダよ、何処へ?

『アイダよ、何処へ?』あらすじ

1995年、夏。ボスニア・ヘルツェゴビナの端にある町、スレブレニツァが武装したセルビア人勢力によって占拠され、2万5000人に及ぶ町の住人たちが保護を求めて国連基地に大挙して押し寄せてきた。一方、国連平和維持軍で通訳として従事するアイダは、交渉の中である重要な情報を得る。セルビア武装勢力の動きがエスカレートし、無抵抗なままに基地までも占拠されようとする中、アイダは家族を守ろうと必死に動くが…。

『アイダよ、何処へ?』感想(ネタバレなし)

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悲惨な歴史から私たちは学べているのか

2021年8月15日、タリバンがアフガニスタン大統領府を掌握したという衝撃的なニュースが世界を駆け巡りました。今から20年前、アメリカは同時多発テロを機にアフガニスタンからのタリバン勢力の政権排除を行いました。それからもタリバン壊滅のために軍隊を展開。アメリカ史上最長の戦争です。そして…これがそのエンディング。映画だったら最悪のバッドエンドですが、これは現実…。

このタリバン政権復活にともなって空港には避難しようとする庶民が押し寄せて大混乱に。アメリカ軍は撤退を決めているために無力。本当にパニック映画のような事態がそこでは起きていました。

現地の人々、とくにタリバンによって最も虐げられるであろう女性たちの絶望感は尋常ではありません。アメリカは正義を掲げつつ、結局は見捨てました。バイデン、トランプ、オバマ、ブッシュ…どの大統領にも非はあります。そもそもこの戦争は何だったのか。権力者のパワーゲームの舞台に選ばれて利用されただけじゃないのか。そして世界もアフガニスタンの民を放置しました。人権を置き去りにして…。

こんなことが2021年に起こっていることは信じられませんが、残念ながら歴史を見ればずっと繰り返されてきたことです。私たち人類は反省できていません。同様の出来事は過去にもあったのに…。

その重ね合わせたくなる歴史的事件を描いた映画が今回紹介する作品です。それが本作『アイダよ、何処へ?』

本作は何を題材にしているのかというと1995年にボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の中で起きた「スレブレニツァの虐殺」という大量虐殺事件を描いています。詳細は映画を観てほしいですし、背景については後半の感想でも少し語るとして…。簡単に言うと武装勢力が地域一帯を支配し、最後の安全地帯と呼ばれた地域に避難民が押し寄せてくるのですが、国連平和維持軍は無力のまま、目の前で虐殺が起きてしまうという…。

そんなことがありうるのかというショッキングさ…。国連平和維持軍の眼前で…なんですよ? 本来はそういう非人道的行為を防ぐ最後の砦になるはずの存在なのに…。

この人類史においてまだそこまで昔は言えない1995年に起きた集団虐殺(ジェノサイド)を描いた『アイダよ、何処へ?』を手がけた“ヤスミラ・ジュバニッチ”監督。サラエボで生まれ、10代のときに自身もこの紛争を身を持って経験し、2006年に長編デビュー作『サラエボの花』がベルリン国際映画祭で金熊賞・エキュメニカル審査員賞・平和映画賞の3賞を受賞し、大絶賛。続く『サラエボ、希望の街角』(2010年)と、母国の歴史と向き合う姿勢を貫き、ついに最も手を出しにくいであろうこの虐殺を描くことに。

そして満を持して生まれたこの本作『アイダよ、何処へ?』も批評家全員が高評価を与え、米アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートされました(この年の国際長編映画賞の受賞作は『アナザーラウンド』)。

史実について詳しく理解していないとわからない映画ではないので、そのあたりは気にしないでください。本作は現場で通訳の仕事をしていた女性の目線を通してその事件を目撃するように描いていくので、一種の混乱の渦中に放り込まれる没入感があります。「なんなんだ、何が起こっているんだ!?」というパニックを映画で体験し、鑑賞後に史実の詳細を学んでいくので丁度いいでしょう。

ただし、お察しのとおり、とても…本当にとても重たい内容です。見終わった後は精神的にかなりツライです。映画館を出るときの気分はそれはもう…。この直後に楽しいエンタメ映画を観る気分にはなれないかも…。

それでも正視できないほどの直接的な暴力描写はない(ショッキング映像を売りにするトラウマポルノにはなっていない)ので、そこは安心してください。

間違いなく今年一番に必見のヨーロッパ映画のひとつです。

オススメ度のチェック

ひとり4.5:必見の歴史映画
友人3.5:興味ある者同士で
恋人3.0:かなり重い内容です
キッズ3.5:歴史を学ぶために
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『アイダよ、何処へ?』予告動画

9/17公開「アイダよ、何処へ?」予告編
↓ここからネタバレが含まれます↓

『アイダよ、何処へ?』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):逃げ場はない

1995年。ボスニア東部のスレブレニツァという街。通訳の仕事をしていたアイダは険悪そうな男たちの間に座っていました。一方はスレブレニツァの市長です。相対するのは国連保護軍のオランダ軍部隊の指揮官であったトマス・カレマンス

現在、このスレブレニツァは非常に厳しい状況にありました。武装して勢いを増しているセルビア人勢力の部隊が迫ってきているのです。このままでは陥落も時間の問題。

しかし、カレマンスはこのスレブレニツァは国連が定めた安全地帯であり、それを侵害してセルビア部隊が攻めてきたときは、手順に則り、しかるべく反撃に出ると約束します。国連とNATOが空爆してくれると…。

それでも市長は納得できません。そもそもすでにそんな悠長なことを言っている場合ではありませんでした。スルプスカ共和国軍参謀総長のラトコ・ムラディッチ将軍は危険極まりない男であり、彼の部隊がそこまで来ており、支配でもされればどんな酷いことをされるかわかりません。加えてもう街は攻撃を受けてしまっており、対抗するには遅すぎる状態でした。

せめて街から市民を退避させる安全確保と準備は整っているのか。その市長の問いかけに、カレマンスは約束をせず、言葉を濁します。こうして会議は希望が見えずに終わり、それを通訳していたアイダは両者を見守るしかできません。

そしてついにセルビア部隊の侵攻が本格化。街には迫撃砲が撃ち込まれ、兵士がうろつき、見境なくその場で発砲しています。アイダの夫であるニハドと2人の息子は急いで家の荷物をまとめ、避難を開始します。同じように外では大勢が手荷物を抱えて走っていました。

といっても逃げられそうな場所はひとつ。街のはずれにある国連の施設です。大勢の避難民が行列を作り、その国連施設に押し寄せ、あたりは大混乱でした。

施設内でアイダは呼びかけて家族を探しますが見当たりません。すし詰め状態。子どももいれば、お年寄りも。みんなが途方に暮れて立ち往生しています。

施設外のフェンスの奥には入れなかった人々が大勢おり、アイダが少し高い位置に登るとその人だかりはずっと向こうまで続いています。呼びかけても聞こえるはずがありません。しかし、発見できました。なんとか家族を特別にこちらに入れさせてもらおうとしますが、ゲートの見張りの国連軍兵は命令されていないので拒否してきます。

国連軍兵も何をすればいいのかわからず茫然としていました。食事もない、トイレもない。もちろん対抗できる武器もなし、市民を逃がす乗り物もない。

アイダはなんとかカレマンスと交渉し、家族を施設内に招くことに成功。久々の家族4人揃っての会話。一同は床に座り込み、どうすればいいのかもわからない中、夜を過ごします。

幸せな人生を過ごしていた時期もありました。でも今は数時間先の未来も真っ暗で何も見通せない…。

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時代背景を知る

『アイダよ、何処へ?』の背景を知るにはまずは「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争」から始めないといけません。この紛争は1992年に勃発し、ユーゴスラヴィア連邦の解体が引き金でした。1992年にユーゴスラヴィア連邦からボスニア・ヘルツェゴビナが独立。それで独立国になっておしまい…なら良かったのですが、そうはなりませんでした。

当時のボスニア・ヘルツェゴビナは多民族構成で、44%がボシュニャク人(ムスリム人)、33%がセルビア人、17%がクロアチア人。とくに少数派だったセルビア人はボシュニャク人とクロアチア人が独立を推進したのに反発し、両者間の対立はしだいに深刻化。独立宣言の翌月には軍事衝突に発展してしまいます。そしてセルビア人は北部を中心に自分たちの「スルプスカ共和国」の独立を宣言してしまうのです。

そこから領土の奪い合いが常態化。民族浄化を掲げ、他民族を排除しようと動き出します。

そんな中、1993年、国際連合安全保障理事会(国連安保理)は決議を可決して、ボスニア東部のスレブレニツァという街とその周辺地域を「安全地帯」と定め、「いかなる武力攻撃やその他の敵対行動をとってはならない」としました。

ところが1995年にはこの安全地帯であるはずのスレブレニツァは脆弱化。当時はオランダ軍が防衛していたのですが、セルビア部隊にどんどんと押されていき、気が付けばあっという間に包囲され、占拠。そして作中のとおりのことが起きる…という経緯です。

なんで国連軍は対抗しないのだろう?と思うのですが、当時のスレブレニツァに常駐していた軍は貧弱で、防衛能力を持っていませんでした。あの避難民が押し寄せる建物も基地とは言いますけど、戦闘には全然特化していません。装備以前に指揮系統が壊滅的ですよね。

避難した民衆も散り散りになって逃げればいいのにとも思ったりしますが、あのスレブレニツァ周辺は地雷原になっているそうで、つまり袋のネズミなんですね。市民も現場の国連軍も追い込まれて後は狩られるだけ。

でも逃げようと思えば逃げれたのです。ボスニア・ヘルツェゴビナは東欧ですからね。スレブレニツァはヴェネチアから空路で40分、ベルリンからは2時間足らずの距離。助けがあれば、何とかなったはず…。

しかし、助けはなかった。想定してもくれなかった。虐殺に匹敵する恐ろしい行為…それは国際社会の無関心なのでした。

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無関心によって殺された人々の姿

『アイダよ、何処へ?』はそんな無関心に虐殺された一般庶民の姿を生々しく映し出していきます。

ときおりドキュメンタリー的な映像になったりしますが、それでも本作は主軸となるのはアイダという通訳の目線。彼女も基本は無力です。この状況になったら通訳で何とかなる次元を超えています。対話どころではありません。

セルビア部隊が平然と国連施設に立ち入り、威嚇している光景は唖然とさせられます。もう対等に交渉すらもできないんですよ。事実上、蹂躙されていく。イジメっ子の好き勝手にさせている学校の雰囲気に近いものがある…。セルビア部隊に協力していく地元の人もいるし…。

あそこのアイダ視点の右往左往するしかない混乱っぷり。非常に心理的に嫌な撮り方で、こちらにまでパニックが伝わってきます。

そして本当の目の前で粛々と行われていく無慈悲で残酷な所業。実際は銃殺だけでなく、暴力、強奪、快楽的殺傷、レイプ…もはや地獄のような惨状だったそうですが、本作はあえてそれらを直視させません。まるで無関心をそのままカメラに置き換えたように、映さないのです。ここも皮肉な演出ですね。

観客に見せるのは無関心の結果の残骸。遺骨です。もちろん見つかってすらいない人もいる。

虐殺を映画で描くにはいろいろなアプローチがあると思いますが、本作はショッキング映像をつるべ打ちするのではなく、“無関心”の怖さを映像化するという高度なことをしており、同時にこれは当事者である“ヤスミラ・ジュバニッチ”監督にしかできない寄り添い方だったなと。

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無関心を倒すために映画は作られる

この「スレブレニツァの虐殺」、この事件だけで死亡者8000人以上、紛争全体を含めると死者20万人、200万人以上の難民・避難民を発生させたと言われていますが、実態はまだ正確には明らかになっていません。

というのも「虐殺は無かった」とする右派の政治家が政府内で力を持っており、世間もその流れに支配されているからです。あのムラディッチ将軍さえも“英雄”状態。歴史って簡単に歪められるんだなと絶望的な気持ちになりますが…。

『アイダよ、何処へ?』はエピローグでその悲痛さを描いています。アイダの家はセルビア人、しかも虐殺に関わった人の住処になっていました。

ただ、“ヤスミラ・ジュバニッチ”監督は対立を煽りたいわけではない。あくまで多様な民族が混ざり合って暮らせる世界を取り戻したい。それだけでしょう。それはキャスティングでもわかります。アイダを演じた“ヤスナ・ジュリチッチ”はセルビア人なんですね。しかも、夫の“ボリス・イサコヴィッチ”は作中ではあのムラディッチ将軍を演じています。ゆえに双方からかなり矢面に立たされて大変だったようですが、監督の姿勢がハッキリ出ていると思いました。

もう争い合うのはお願いだからやめよう。そして二度と無関心にならないでほしい。

教師として子どもの前に立つアイダの姿は、歴史を伝えるという映画の使命に重なります。無関心を倒すために映画は作られるのです。

『アイダよ、何処へ?』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 89%
IMDb
7.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0
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作品ポスター・画像 (C)2020 Deblokada / coop99 filmproduktion / Digital Cube / N279 / Razor Film / ExtremeEmotions / Indie Prod / Tordenfilm / TRT / ZDF arte アイダよ何処へ? アイダよどこへ

以上、『アイダよ、何処へ?』の感想でした。

Quo vadis, Aida? (2020) [Japanese Review]