ラ・ヨローナ 彷徨う女
怪談と歴史が暗闇で融合するグアテマラ作品…映画『ラ・ヨローナ 彷徨う女』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:La Llorona
製作国:グアテマラ(2019年)
日本公開日:2020年7月10日
監督:ハイロ・ブスタマンテ

ラ・ヨローナ 彷徨う女

『ラ・ヨローナ 彷徨う女』あらすじ

グアテマラの元司令官エンリケは、30年前の内戦時に大量虐殺を指示した罪で告発される。しかし、エンリケは罪を認めず、反省の態度すら示さない。それは国民の怒りに火をつけ、群衆の恨みは膨れ上がるばかりだった。そんな中、エンリケは夜になると聞こえてくる女の泣き声に悩まされるようになる。やがて彼の屋敷には不可解な現象が頻発するようになっていき…。

『ラ・ヨローナ 彷徨う女』感想(ネタバレなし)

ラ・ヨローナの怪談と、虐殺の歴史

幽霊という存在に対する最も野暮な疑問は2つあると思います。

「この世には常に無数の人が死に続けているのに、なんで幽霊で溢れかえらないの?」、そして「恨みや憎しみで幽霊が生まれるなら、なんで現世には腐りきった人間が平気な顔でうろついているの?」…。子どもに聞かれて困るタイプの質問だ…。

霊界に疎い私にはその問いの答えはさっぱりわかりませんが、少なくとも悪いことをした人間は幽霊によって仕返しを受ければいいのにといつも思うところです。そうしたら、あんな奴とかこんな奴とか、絶望の地獄に突き落としてやれるというのに…(怖い顔)。

でも大丈夫(大丈夫?)。映画の世界では、ちゃんと幽霊は黙っていません。極悪な人間は幽霊によって天罰が下るのです。

ホラー映画はかつてはジャパニーズ・ホラーがジャンルの新境地を開拓しましたが、それもひとつの土台としてコケが生え、今はさらなる次のジャンルの進化を引き起こしています。具体的に言うと、凄惨な暗い歴史や現実と心霊要素を織り交ぜた社会派的なホラーが確立されつつあり、今は猛烈に勢いがあります。

例えば、ハリウッドでは『ゲット・アウト』『アス』などおぞましい人種差別の恐怖を巧みに組み込んだホラーが大ヒットしていますし、リブート版『透明人間』(2020年)のように女性差別を大胆に反映したアレンジでフレッシュな成功をおさめた作品もありました。

それ以外でも、『獣の棲む家』『アンダー・ザ・シャドウ 影の魔物』のような移民・難民問題や紛争を下地にしたホラー映画も登場しており、想像以上に多彩なアプローチで個性的な作品が続出しています。


もうホラー映画は単純にどう驚かせるかを期待するアトラクション型だけではなく、そこにどんな社会風刺を取り込むか、その視点でのクオリティを提供するのが当たり前の世界になりました。

今回紹介する映画も、その視点で批評家から絶大な称賛を受けた独特のホラー映画です。それが本作『ラ・ヨローナ 彷徨う女』

タイトルを聞いて「あれ?」と思った人もいるかもしれません。前にもそんな題名の映画がなかったっけ?…と。確かにそのとおり。「死霊館ユニバース」を構成する一作である『ラ・ヨローナ 泣く女』(2019年)という映画がありました。しかし、『ラ・ヨローナ 彷徨う女』は全くの別物で、グアテマラ映画です。


ただし、タイトルからもわかるように「ラ・ヨローナ伝説」を題材にしている点は一緒です。中南米に古くから伝わる怪談であり、その詳細は『ラ・ヨローナ 泣く女』の感想でも書きました。繰り返し説明すると、女性が男性と恋に落ち、二人の子をもうけたものの、夫婦の愛が無残にもこじれたことで、子どもに対して逆恨みした女性が自分の子を溺れさせて殺します。自分の犯した過ちに気づき、後悔するも失った尊い命は帰ってきません。絶望した女性は自らも死を選びますが、呪いとなって大地に残り続けることに。それから子どもを見るたびに泣き声とともに連れ去る幽霊となったのです…そんなお話。物語自体にはバリエーションがあり、夫に捨てられた経緯などが多少違ってきたりします。子殺しの女性幽霊であり、そのシチュエーションから水辺と縁のある存在として語られることがほとんどです。

「ラ・ヨローナ伝説」はすでに何度も映画化の題材になってきたのですが、『ラ・ヨローナ 彷徨う女』は「ラ・ヨローナ伝説」をそのまま忠実に描くのではなく、少し意表をつくアレンジを加えていますので、そこが見どころ

それだけで終わりません。この『ラ・ヨローナ 彷徨う女』はさらに独自のオリジナリティを発揮しています。

「ラ・ヨローナ伝説」を土台にしつつ、さらに中米のグアテマラの歴史、とくにグアテマラ内戦における大虐殺をプラスしたストーリーが展開されるのです。つまり、フィクションの怪談と史実の歴史が融合する、不思議な立ち位置の作品になっています。なので本作は社会派ホラー映画の最前線をいっています。

監督は『火の山のマリア』(2015年)にてこれまた社会問題を巧妙に映し出した映画を生みだして高評価を獲得したグアテマラ出身の“ハイロ・ブスタマンテ”。『ラ・ヨローナ 彷徨う女』でも作家性をいかんなく発揮し、もう完全に中南米を代表する映画監督として存在感を確立しましたね。

『ラ・ヨローナ 彷徨う女』の批評家からの評判はすごぶる良く、ヴェネツィア国際映画祭にも出品されましたし、マニアックな選出をすることで知られるボストン映画批評家協会賞にて2020年の外国語映画賞を受賞していました。

決して怖がらせを目的としたエンターテインメントなホラーではありませんので、そこを期待しないでほしいのですが、グアテマラの歴史を怪談風味に感じ取れるユニークな映画ですし、ぜひどうぞ。

後半の感想ではグアテマラ内戦における大虐殺について少し解説しています。

オススメ度のチェック
ひとり◎(特殊なホラー歴史モノを見るなら)
友人◯(変わった映画を楽しみたい人と)
恋人◯(盛り上がるホラーではないけど)
キッズ◯(直接的な残酷シーンは少なめ)

『ラ・ヨローナ 彷徨う女』予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『ラ・ヨローナ 彷徨う女』感想(ネタバレあり)

あらすじ(前半):泣き声が聞こえる

身動きせずに何かをブツブツと唱える女性。他にも女性が複数いて、手を触れ合い、輪を作って蝋燭を囲んでいます。それは何を目的にしているのか…。

中米に位置するグアテマラでは、国全体の注目を集めるある裁判が行われようとしていました。グアテマラ軍事政権下で起きた、おびただしい犠牲者を出した大虐殺から30年後。当時の将軍で、今は退役していた元司令官のエンリケは、その残酷非道な虐殺を指揮した容疑で裁判にかけられることになります。

エンリケの弁護側は、エンリケ自身は国を指揮したヒーローであり、彼が謝罪するなどあり得ないとして、徹底的に無罪を主張していく構えです。すでに高齢となったエンリケも何も反省も後悔もしておらず、弁護団に任せきっています。国に尽くしてきた自分が悪人であるとは微塵も考えていません。

エンリケは自分の豪華な屋敷に帰り、妻や娘、孫、そして大勢の使用人に囲まれて何不自由ない生活を送っています。

しかし、最近はひとつの気になる問題が起きていました。それはエンリケの行動です。エンリケは真夜中にベッドからひとりおもむろに起き、屋敷をあてもなくウロウロと徘徊するようになっていました。銃を持って一歩一歩進み、部屋を見て回るエンリケ。何かの気配を感じ、躊躇なく発砲。その相手は身内であったにも関わらず、錯乱していてわからないようです。みんなに押さえつけられ、それでも「女がすすり泣いているんだ!」と意味不明なことを喚き散らします。

その症状はアルツハイマーの認知症なのだろうと家族は推察していました。しかし、異常な行動に出るエンリケを怖がって、使用人はほとんどが辞めてしまいました。残ったのは長年この家に仕えるバレリアナだけです。

いよいよ大注目の中、裁判は始まります。弁護人は「特定の民族を対象にしたこともないし、政府軍に虐殺を命じたこともない」と完全に疑惑を否定。エンリケも証言台に立ちますが、ジェノサイドなんてグアテマラでは起きていないという姿勢を一切変えません。そんな彼に「殺し屋め!」と傍聴席から罵声が飛び、ベールをかぶった女性たちが判決を待ちます。

そしてその結果は…有罪。拍手喝采の聴衆。エンリケはその大混乱の中、屋敷へと退散していきました。けれども、裁判の結果はなぜか急に覆り、無罪になってしまいます。憤る世論。マスコミが追求します。しかし、エンリケは知らぬ存ぜぬを通すのみ。裏では有力者との間で取引が行われていました。引退してもなおエンリケの権力は衰えていません。

無論それを国民が許すはずもありませんでした。怒り狂った群衆はエンリケの屋敷を取り囲み、大勢で抗議の声をあげます。エンリケとその家族はその状況を窓から見つめるのみ。

ふとその怒る群衆の中に、明らかに異なる存在が立っているのが発見できます。こちらをじっと見つめる一人の女性。彼女は玄関にやってきて、アルマと名乗り、新しいメイドだと言います。

アルマは家へ入り、バレリアナの指導のもと、仕事の内容を教えられていきます。口数は少ないアルマは長い黒髪を垂らし、大人しいです。

翌日、外ではまだ抗議の声が鳴りやまず、さらに激しくなり、孫のサラは学校に行く事もできません。しかも、投石で窓を割られ、庭にはビラが配られ、酷い状態です。サラは「自分は悪い子なのか」と不安げです。そんなサラにこっそり大きなカエルを見せて興味をひくアルマ。

エンリケの徘徊は依然として収まりません。しかし、この夜、エンリケは不思議な光景を見ていました。庭のプールになぜか服のまま全身を浸かっているアルマがいて、そのまま風呂場で衣服を全裸で洗っています。それを覗くエンリケ。彼女はエンリケの存在に気づいているようですが、反応をしません。

さらにこの屋敷ではもっと異変が起きます。エンリケの妻は悪夢にうなされます。自分がよく知るはずもない内容の夢です。加えて、エンリケのベッドの裏に黒魔術の魔方陣が見つかり、不吉な空気が漂います。

そしてついに事件が起きることに…。

グアテマラの歴史を知る

『ラ・ヨローナ 彷徨う女』を理解するために、まずはやっぱりグアテマラ内戦の話題は避けられません。

グアテマラで内戦が起きたのは1960年。1959年のキューバ革命によって当時のアメリカは中南米が社会主義に染まっていくのではないかと恐れました。そこでCIAを上手く使って、中南米諸国を裏で掌握しようとします。グアテマラでは親米政権が誕生しました。しかし、それに反発する反政府側はゲリラ活動を活発化。泥沼の内戦に突入します。

そこで虐殺は起きました。アメリカの支援を受けている軍事政権側は、「死の部隊」と呼ばれる暗殺を目的とする組織を結成。共産主義者など敵と認定した人間を徹底的に殺していきます。そこには何も罪もない普通の住人も含まれていました。1980年代にその虐殺は最も過激になり、村々が襲われ、大量の死者を出していきます。

その全容は明らかになっていません。しかし、約25万~30万人にもおよぶ殺害が行われたとされ、グアテマラにとっては暗黒の歴史となっています。

2013年には当時の独裁者、エフライン・リオス・モント元将軍(この時点で86歳)に対し、禁錮80年の有罪判決が下されています。けれども、なおもあの虐殺を否定する動きがあるようです。やはりグアテマラでも歴史修正主義者は蠢いているようですね。

また、この虐殺で被害に遭った多くはマヤ系先住民族です。中南米では先住民族差別が社会的に蔓延しています。先住民族の血を持つ人たちは普段は使用人として雇われることが多いようで、それは『ROMA ローマ』でも描かれていましたね。なので上手く言葉が通じないこともあります。『ラ・ヨローナ 彷徨う女』もそこがひとつの仕掛けになっていました。

独裁者の不快感をリアルに表現

『ラ・ヨローナ 彷徨う女』にてそのグアテマラの暗黒の時代を中心的に指導したとされる人物は、エンリケです。彼はキャラクターとしてはフィクションですが、もちろん当時の指導者がモチーフになっています。そういう意味ではこんな映画を作れるのは凄いなと思います。日本だったら間違いなく「反日映画だ!」と叩かれていた…。

本作のエンリケの存在感がまたふてぶてしく、非常に嫌悪感を増長させてきます。全く悪びれてもいない態度。加えてあの危篤の人みたいな雰囲気で表向きは偽っている感じ。裁判では不利な状況でマイクを向けられると苦しみだすのですが、パッと画面が変わると自室でタバコを平然と吸っている。あの担架で怒れる群衆の中を運ばれるシーンも皮肉が効いています。外に出る前にしっかりタバコを吸っているあたりの、あのイラっとさせる描写。

本作はとにかくエンリケの不快感を表すことに躊躇なく、そこも作品の立場として好感を持てます。中途半端な中立アピールなんてする気はない…という。

そのエンリケが認知症なのかどうかもわからず徘徊する中で恐怖を感じていくのも上手い演出です。傍から見ればエンリケの方が怖い存在に見えるわけです。ただ闇雲に発砲する危険人物に思えますし、若い女の風呂での裸を覗き見する変態老人にも映ります。それがある種のこの男が虐殺という行為に無頓着な証拠にもなってしまい、「この男ならやりかねない」と後に家族に確信させる後押しになる。そういうストーリーのトリックになっているあたりも鮮やかです。

カエル映画です

そのエンリケの屋敷に入ってくる新しいメイドのアルマ。明らかに人ではない何かの存在。その彼女のビジュアルがまたホラー映えしていて最高です。

あんなに水場に映える女優をよく見つけてきたな、と。やっぱり黒髪が濡れている感じは不気味さをアップしますし、あの風呂場シーンも禍々しさが見事です。セクシーな要素は一切ないですから。私はあんな光景を真夜中に目撃してしまったら、興奮するどころか、怖すぎて寝られなくなり、たぶんひとりでしばらくは風呂に入れなくなると思う…。

サラを溺死させるかのような行為にさりげなくおよぶあたりも恐怖ですし、個人的に一番ビビッと来たのはカエルですね。動物を上手く使うホラー映画は良作の証だと思っていますが、今作はカエル映画ですよ。終盤でのカエルいっぱいな映像は苦手な人はキツイかもしれません。あのカエル、大きかったけど、何の種なのかな。グアテマラは両生類がたくさん生息していますし、カエルの宝庫です。カエルを用いるのはぴったりなアイディアですね。

幽霊によって目覚める女性たち

『ラ・ヨローナ 彷徨う女』は「ラ・ヨローナ伝説」を土台にしつつもそのままな使い方をしていません。そもそも元の怪談は、男に捨てられた女性が狂気の沙汰に陥ってしまって自分たちの子どもを仕返しとして殺してしまうというもので、雑な言い方をすれば「狂った女」のストーリーです。

しかし、本作はそれを逆転させています。そこでキーパーソンになってくるのはエンリケの家族である女性たち。当初はエンリケに当然のように味方をしています。けれどもエンリケの愚鈍な態度や、報道での歴史的事実、そして最終的には夢に出てくる映像によって、彼女たちの中にエンリケへの距離、もっと言えば嫌悪感が芽生えることになります。

本作はエンリケが幽霊にやられる単純な話ではなく、その心霊的な現象に触発されて、今を生きる女性たちが女性の尊厳に目覚める話です。この男は虐殺をした相手だけでない、あらゆる女性たちを下に見下すだけの存在に過ぎないんだ、と。それはもちろん家族である女性たちにも降りかかってくることであり、他人事ではいられません。あの女性たちは、狂った女ではなく、確かな理由で真っ当に怒っている女です。

女性差別をホラー映画に混ぜ込むのは『透明人間』でもやっていましたが、この『ラ・ヨローナ 彷徨う女』は怪談としてひとつのリニューアルをしており、女性の主体性の再起という意味でも実はかなり似通っているのだと思います。今の時代、幽霊は女性の味方なのです。

まあ、悲観的な見方をするなら、実際の極悪権力者の家族である人はたとえ女性であっても、そう簡単に改心はしないのではないかと、現実の事例を見てしまうと思ってはしまうのですが…。

でもこういう怪談を見つめ直す試みは確かに面白いですし、だいたい古今東西の怪談というのは何かと男性視点的で女性蔑視だったりしますから、それを解放させるときがまさに今の2020年代なんじゃないでしょうか。

『ラ・ヨローナ 彷徨う女』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 64%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

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↑『火の山のマリア』…同じくハイロ・ブスタマンテ監督作。17歳のマヤ人のマリアを主役に、貧困と差別を描く。監督独特の弱者への目線が印象的。
作品ポスター・画像 (C)COPYRIGHT LA CASA DE PRODUCCION - LES FILMS DU VOLCAN 2019

以上、『ラ・ヨローナ 彷徨う女』の感想でした。