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『アリの結婚』感想(ネタバレ)…Netflixが贈る、イスラム教版の家族喜劇

アリの結婚

イスラム教版の家族喜劇…Netflix映画『アリの結婚』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Ali’s Wedding
製作国:オーストラリア(2016年)
日本では劇場未公開:2018年にNetflixで配信
監督:ジェフリー・ウォーカー
恋愛描写

アリの結婚

ありのけっこん
アリの結婚

『アリの結婚』あらすじ

メルボルンに暮らす若者アリは、イラク生まれのイスラム教牧師の息子。今は医者になるという夢を抱きせっせと勉学に励む日々。そんな彼には気になる女性がいた。しかし、家族の期待に応えるためについた小さなウソが、抜き差しならない状況へと発展。ムスリムのコミュニティでの支持は高まる一方だったが、肝心のアリ本人は窮地に立たされ…。

『アリの結婚』感想(ネタバレなし)

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ムスリムをもっと身近に

アメコミ映画が絶好調のマーベルが今後の映画化企画として『ミズ・マーベル』を準備しているというニュースがありました。この作品はカマラ・カーンというパキスタン系アメリカ人の女性が主人公で、もし順調に映画化が実現すればマーベル映画史上初の「ムスリム・ヒーロー」となる記念すべき作品になります。

これだけでなく、昨今の映画界は「ムスリム(イスラム教徒)」を題材にした作品が増えているような気がします。もちろんイスラム教国家で暮らす人々に焦点を当てた映画はちょっと前からすでにいくつもありました。最近でも少年になりすましてタリバン政権下のアフガニスタンで生きる少女を描いたアニメ『生きのびるために』のような高い評価を集めるものも珍しくないです。

しかし、ここで言いたいのは、“欧米圏に暮らす”ムスリムに焦点を当てた映画です。

黒人やユダヤ人を描く作品はあっても、ムスリムを描く映画は今なお明らかに乏しい状況。そんなニッチを狙うかのように、本当に最近になって“欧米圏に暮らす”普通のムスリムに焦点を当てた映画も、映画界のメインステージで目立ち始めてきたのではないでしょうか。ムスリム男性と白人女性の恋愛を描いた『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』は2017年のアカデミー賞にもノミネートされました。

無論、これは多様性ムーブメントの後押しもあってのことでしょう。でも、それ以前に私たちは無関心すぎたと思います。欧米ではイスラム教の人々は今なおテロリスト扱いされている存在と言わざるを得ません。日本だって「なんだかよくわからん文化の人」くらいの認知です。それくらい偏見と差別に苦しんで、それでも世界の街の片隅で確かに暮らしています。そんなムスリムのコミュニティの素の姿はどんなものなのだろうか…私たちは全然知らないわけです。

前置きが長くなりましたが、そんなムスリムの暮らしを知る上でも、本作『アリの結婚』はぴったりの材料だと思います。オーストラリア映画テレビ芸術アカデミー賞で脚本賞を受賞している本作は、オーストラリアの先進的な都市メルボルンで生活するムスリム青年が主人公のストーリー。結婚や教育、男女観などさまざまなムスリム特有の価値観をポップなテイストで描いています。

「イスラム教ってシリアスそう…」そんなイメージは払しょくしてください。この映画を観ることで、観る前よりも、ムスリムの人たちが少しだけ身近な存在になることを願っています。

↓ここからネタバレが含まれます↓

『アリの結婚』感想(ネタバレあり)

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ご教示願います

こういう異文化の作品を観て、つくづく思うことがひとつあります。自分は全然世界を知らないなと。今までどれだけ狭い環境だけで生きてきたか。“井戸の中の蛙”どころじゃない、オタマジャクシの糞ですよ、私なんか…(突然の卑下)。

おそらく、というか間違いなく本作もムスリムの文化や伝統を知っていれば楽しめるだろうなと思う描写が山ほどあって、それを理解できていない自分がもどかしい。

一方で、本作を観て、これがムスリムのスタンダードなんだと認識してしまうのも危ういのですよね。だって、例えば2018年にシリーズ第3弾『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』が公開された「家族はつらいよ」シリーズを観て、あれが日本の家族の一般的な姿なんだと外国人が思っていたら、それは違うよと言うでしょう。結局、リテラシーの問題で、とにかく情報をたくさん蓄積して、知識をつけていくしかないです。もし、イスラム教文化に詳しい方がいたら、本作についてぜひご教示願います。

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ステレオタイプな男女観の苦しみ

そんな浅識な私が『アリの結婚』の感想を自分なりにつらつらと書くとして…。

本作は、アリとダイアンの実質ダブル主人公であり、常にこの二人は対比的に描かれます。とくにダイアンはただの主人公の恋の相手というベタな役回りにとどまらず、ある種の裏テーマのような重要なキーパーソンでもあります。

まず、アリは、序盤から医者を目指している姿が映りますが、実は地雷で死んだ兄の意思を継ぐかたちで決して本心で素直に医者になりたいわけではないことが後にわかります。でも家族や周囲の期待もあって常に上位のキャリアを目指さなくてはならない。その苦悩を抱えていたことが、あの“嘘”につながります。

一方のダイアンは、本心で医者になるために猛勉強して合格した実力者でありながら、「女が大学なんかに行くのか?」というムスリムのコミュニティの空気感に身を小さくしつつ、健気に大学に通います。

本作は単純に女性差別を描いているようにも一見すれば思えます。男女の扱いの違いが視覚的にハッキリ観客に提示されるのが、あの男女で区分けされた部屋の描写。劇でも牧師の言葉でも男は生で見聞きできるのに対して、女は後ろの部屋でモニターごしに見ている。非ムスリムの視点からみれば、かなりのギョッとする光景です。

でも、苦しいのは女性だけではないんですね。アリとダイアン、二人ともステレオタイプなムスリムの男性観と女性観の押しつけに苦しんでいるわけです。

印象的なのは、親が決めた別の女性と結婚させられそうになったアリがなんとか破談にしようと、わざと無作法に女性家族のまえでふるまう場面。砂糖ドボドボ、ガシャンガシャンと音をたて、グビっと汚く飲みほし、これで結婚はなしになるなと思ったら、「結婚願望が強いな!慣例に反しているけど気に入った!」となんか婚約確定の流れに。アリだとルールを破ったのになぜか評価される、ダイアンだとルールを破っていないどころか一番の実績をあげたのに誰も評価しない…この都合が良すぎる、相手を無視したキャリア思考は怖いです。

他にもアリはイラク人で、ダイアンはレバノン人であるという側面もレイヤーとして二人の壁を構成しているのでしょうけど、そこはあまり詳しくないので語りづらい…。

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宗教は相手のために都合よく解釈しよう

『アリの結婚』で面白いなと思うのが「宗教」というものに対する捉え方です。

私たち日本人は無宗教意識が強いのでどうしても「宗教=堅苦しいもの」と考えがちです。確かにそういう側面もあって、この映画でもそんな描写はあります。

でも、本作は、宗教とは厳格に人を縛るものではなく、解釈によって人生をより豊かにするものだという見方も提示していると思います。

その象徴的存在がアリの父シャイフです。尊敬を集める牧師であるがゆえに、ひっきりなしに相談しにくる人が訪れるシャイフは、宗教に反してしまったと嘆く人を、嘘も方便というか、巧みに「こう考えれば宗教に反していないよ」と誘導して悩みを解消していきます。すると「そっか!」と相手も晴れやかに。そんなのでいいのかとも思いますが、でも宗教だとしても結局は解釈です。それが嘘になるかどうかも含めて。

では、その是非はどこで判断するか。それは“相手のためになるかならないか”ではないでしょうか。

アリの点数詐称の嘘は明らかに誰のためにもなりません。良くない嘘です。でも、アリが演じるサダム・フセインの演劇はフィクションという名の嘘が混じっても人々にユーモアと笑いを提供します。結婚から逃げ出したアリについて父が「お前がインポだということにしてヨムナの尊厳を守っておいた」という嘘で場を落ち着かせたことも。誰かのためになる、良い嘘です。

そして、初めてアリが自分の意志でついた“良い嘘”が、なんとかダイアンと一緒になるために、仮婚という方法で駅のホームで儀式して6週間の婚約をしたことなのでしょう。ちなみにあの場でたまたま居合わせて儀式に参加した一般の男性二人…なんとなくゲイっぽく描かれていて、去り際に「僕も仮婚しようかな」と言っていました。だとしたら、「人生で一番幸せな6週間だった」とダイアンに幸福を与えただけでなく、周囲の赤の他人にさえも希望を与える嘘ですよね。

アリの結婚は、きっとムスリムだけじゃない、多くの幸せのきっかけになるはずです。

『アリの結婚』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 78%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C) Netflix

以上、『アリの結婚』の感想でした。

Ali’s Wedding (2016) [Japanese Review] 『アリの結婚』考察・評価レビュー