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ドラマ『僕らのままで WE ARE WHO WE ARE』感想(ネタバレ)…これが私たちのクィアな青春

僕らのままで

ルカ・グァダニーノ監督が贈るクィア青春群像劇…ドラマシリーズ『僕らのままで WE ARE WHO WE ARE』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:We Are Who We Are
製作国:イタリア・アメリカ(2020年)
シーズン1:2021年にスターチャンネルで放映・配信
監督:ルカ・グァダニーノ

僕らのままで WE ARE WHO WE ARE

僕らのままで

『僕らのままで WE ARE WHO WE ARE』あらすじ

ニューヨークに住んでいた高校1年のフレイザーは、両親がイタリア米軍基地へ異動になったことをきっかけに引っ越すことになる。最初は新しい環境に興味がなかったが、隣に住むケイトリンと出会い、共通の悩みを通して距離を近付けていく。そのキャンプ地にはいろいろな同世代の若者たちが集い、自分らしさを求めて彷徨っていた。他愛もない遊び、ロマンス、そして性への関心。しかし、それは永遠には続かない。

『僕らのままで WE ARE WHO WE ARE』感想(ネタバレなし)

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ルカ・グァダニーノがドラマシリーズでクィアを描く

アメリカの世論調査コンサルティング会社「Gallup」の報告によれば、アメリカ人を対象にLGBTかどうかを訊ねたところ、1997年から2012年の間に生まれた「Z世代(ジェネレーション・ゼット)」の層のうち約16%が「自分はLGBT」であると回答したそうです。これはおよそ6人の1人の割合になります。

若い世代ほどLGBTであると自認する割合が増えているのは明白で(ちなみに1946年以前生まれの高齢者の場合は約1.3%でした)、それだけ若い世代ではLGBTが普通に溶け込み始めているということです。抵抗感もなくなってきているのでしょう。このデータからもわかるように、セクシュアル・マイノリティは数として少数派ということは絶対にありません。

もちろん差別や偏見がないわけではありません。年齢の若いセクシュアル・マイノリティは多くの心の問題を抱えることが多く、そのメンタルヘルスに関するケア・サポートの重要性は専門機関によって指摘されています。

でも一番に大事なのはそんなジェンダー・アイデンティティやセクシュアリティに迷う若者たちに、しっかり「大丈夫だよ」という肯定感を与えることです。それは大人の使命。

そしてその肯定、つまりエンパワーメントを後押しするのに役割を果たすのが映像作品などにおけるレプリゼンテーションです。これらは単なるエンタメにとどまらず、命を救う支えになったりするのです。

今回の紹介するドラマシリーズもそんな不安を抱えるクィアな若者たちにエネルギーを授ける作品だと思います。それが本作『僕らのままで WE ARE WHO WE ARE』です。

これは全8話のドラマシリーズなのですが、内容はティーンたちを主役にした青春群像劇です。それぞれがジェンダーやセクシュアリティに悩んでおり、その姿を生々しく捉えています。雰囲気としてはドラマ『ユーフォリア』に近い、痛々しい苦悩に満ちたリアルな青春ストーリーといった感じ。しかし、『僕らのままで WE ARE WHO WE ARE』は舞台が普通の街ではなく、アメリカ軍の海外キャンプ基地の中に設定されていることもあって、非常にオリジナリティがあってユニークです。

そして本作は何よりも監督があの“ルカ・グァダニーノ”であるという点で特筆できるでしょう。“ルカ・グァダニーノ”監督と言えば、2017年の監督作『君の名前で僕を呼んで』というゲイ・ロマンス映画で高く評価されて話題沸騰となりました。

新生『サスペリア』(2018年)といった奇抜なアプローチで作品を生み出すクリエイターでもあります。

その“ルカ・グァダニーノ”監督がまたもクィアなテーマを、しかもドラマシリーズでたっぷり濃厚に描いてくれるとなればウズウズと気になってくるのもしょうがない話。今回はゲイだけでなくレズビアン、トランスジェンダーと扱う題材も多様です。

ちなみに本作には『君の名前で僕を呼んで』の“ティモシー・シャラメ”“アーミー・ハマー”がカメオ出演しているのですが、こんなの見つかるわけないだろうというレベルの発見難易度なので、気になるファンは画面を凝視していてください。

メインの出演陣については後半の感想で。ほんと、演技のアンサンブルが最高な一作です。

その『僕らのままで WE ARE WHO WE ARE』はアメリカではHBOで2020年に放送されたのですが、日本では2021年に「スターチャンネル」で放送、もしくは「Amazon Prime Video チャンネル」の「スターチャンネルEX -DRAMA & CLASSICS-」で配信されています。最近、HBOドラマシリーズ作品が「U-NEXT」で独占配信されることが大々的に発表されましたが、現時点では本作は取り扱われていません。

2020年のカンヌ国際映画祭・監督週間にも選出されるほどの注目作で、人気音楽プロデューサーの“ブラッド・オレンジ”がオリジナルスコアを担当したり、独特な演出センスがほとばしっていたり、ハマる人はグサっと刺さるドラマシリーズ。

『僕らのままで WE ARE WHO WE ARE』はクィアのストーリーに飢えている人には喉を潤すパッション溢れる一作になるはずです。

オススメ度のチェック

ひとり4.5:青春作品好きは必見
友人4.0:青春を語れる親友同士で
恋人4.0:多様な愛を語れる人と
キッズ3.5:ティーンにはオススメ
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『僕らのままで WE ARE WHO WE ARE』予告動画

【予告編】ルカ・グァダニーノ監督ドラマデビュー作『僕らのままで/WE ARE WHO WE ARE』
↓ここからネタバレが含まれます↓

『僕らのままで WE ARE WHO WE ARE』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤):何て呼べばいい?

空港の遺失物預かり所で待つ3人。荷物が届いていないらしく、すっかりご機嫌斜め。そのうちのひとり、イヤホンを耳につけて雑な態度のフレイザー・ウィルソンは母親であるサラマギーと一緒。この一家はニューヨークからイタリアのヴェネツィア・テッセラ空港へやってきました。目的は引っ越し。実はサラとマギーは米軍所属であり、大佐であるサラは新しく司令官としてイタリアの米軍基地に赴任することになったのです。

空港のロビーでは基地からジェニファーという女性が出迎えます。迎えの車内で年齢を聞かれ、「高校1年」と答えるフレイザー。ジェニファーは「娘のケイトリンと同じね、息子のダニーは高3よ」と親しげに接します。

キャンプ・マウリツィオ・ピアラティに到着。これから住むことになる家を案内されます。ジェニファーの一家とはお隣同士です。このキャンプ地には生活に必要な施設がひととおり揃っています。

次にIDを作りに行きます。証明写真を撮り、外をほっつき歩いていると高校を発見するフレイザー。自由気ままに中に入っていきます。

授業を覗くとちょうどケイトリンが朗読をしている最中でした。授業終わりのベル。ぞろぞろと生徒たちが学校から帰宅のために出ていきます。

フレイザーはケイトリンが気になり追いかけようとしますが見失います。そんな中、バッタリ出会ったブリトニーが案内してくれることに。バスに乗り、海岸へ。「ニューヨークで彼女はいた?」「いたよ、パリサ」「私はどう思う?」…そうブリトニーに聞かれても無視を決め込むフレイザー。

ビーチの上空では戦闘機がけたたましい爆音で飛んでいきます。そこへケイトリンがやってきて、水着になりブリトニーの隣に座ります。クレイグ、サム、ダニー…みんなが海に入ってはしゃぎます。それを見つめるフレイザーは輪に入る空気でもなく帰ります。暑さの中、歩き疲れて椅子に座り、ラフ・シモンズの曲でノリノリに。夜になってもふらつきまわり、転んで怪我をし、あげくにマギーが迎えに来ます。

フレイザーはこの新しい環境に不満です。「母さんは俺を愛したことはない。ここにいると俺は少しずつ死んでいく」とサラにきつくあたります。

でもケイトリンは気になるフレイザー。ある日、お隣のケイトリンが出ていくのを見かけ、自転車で追います。彼女はレストランに入っていき、そこではなぜか男性っぽい格好でハーパーと名乗っていました

ビーチ。フレイザーはこの基地で唯一好奇心を注ぐ相手の隣に。そしてこう質問します。

「何て呼べばいい?」

こうしてこの軍のキャンプ地で10代の青春は交錯していき…。

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ケイトリンとハーパーの物語

『僕らのままで WE ARE WHO WE ARE』はクィアがテーマなのは歴然としています(その点、邦題が「僕ら」と特定のジェンダーイメージに偏っているのはいただけないと思うのですが…)。

わかりやすいのはケイトリンあらためハーパー(以下、とりあえずハーパーと称します)のキャラクターです。

ハーパーは女子として普段は生活していますが、ときおり父・リチャードの服を拝借したりして、男装して出かけたります。そこでは出生時の命名されたケイトリンではなく、ハーパーと名乗っています。そしてついに長い長髪をバッサリ剃りあげ、ヘアチェンジ。最終的には髭を描いてみたり、トランステープでテーピングしたり、完全に男性になろうという意思が確認できます。

これらの描写からハーパーがジェンダー・アイデンティティに悩んでいるのは明白です。もちろんトランスジェンダーとしてどの性別を自認するのか、それともノンバイナリーなのか、ジェンダーフルイドなのか、アジェンダーなのか、それはわかりません。この作中ではその初期の移ろいをそのまま映し出しているだけ。ドラマ『ユーフォリア』に登場するトランスジェンダーのティーンとは違い、ハーパーは「私はトランスだ!」と自信を持ったわけでもなく、まだまだ悩み始めたばかりです。

そのトランスな揺らぎが米軍基地内で起こっているというのがひとつのポイントですよね。米軍の世界ではトランスジェンダー排除的なルールがあり、今まさに大問題になっています。クィアには厳しい環境なわけです。当然、支援コミュニティなんてありません。

しかし、レズビアンである司令官が新しく赴任し、その息子であるフレイザーと親しくなる中で、自分らしさを表現することに前向きになり始めます。サラもハーパーのジェンダー・アイデンティティの悩みを察してくれているので、さりげなく診療所を薦めたりして、医療への正しい情報アクセスを後押ししてくれます。

このハーパーを演じた“ジョーダン・クリスティン・シモン”がまたフレッシュで魅力的な俳優です。「JK」というネームでシンガーとしても活躍しており、今回で俳優としても一気にブレイク。未熟ながらカリスマ性の片鱗を見せるかのような鋭さもある。本作の主軸となるハーパーの佇まいは間違いなく“ジョーダン・クリスティン・シモン”にしか出せなかったでしょうね。

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フレイザーの物語

そして『僕らのままで WE ARE WHO WE ARE』の一応の主人公であるフレイザー。彼はまさに“ルカ・グァダニーノ”監督的といいますか、お得意としそうなキャラクターでした。

冒頭からやる気も覇気もないダウナー全開の振る舞い。典型的な反抗期なのかなと思わせます。母のサラ相手にかなり暴力的に察してきたりする一幕も(ただこのシーン、サラはバリバリの軍人なので本気になればあんな少年なんて簡単にねじ伏せられるんですよね。それをしないのは親として軍人としての倫理観であり、それだけでもサラの暴力を否定する真面目さと人柄の良さが伝わります)。

無口なのかシャイなのか、誰に対しても人と積極的に付き合わず、それでいて自由気ままに行動するフレイザー。と思えば好きな音楽が耳に飛び込んでくれば、赤の他人であろうとグイグイと距離を縮める。あの予測不可能なコミュニケーション感覚は独特です。ファッション・センスも際立っているし…。

このフレイザーは他人のジェンダーやセクシュアリティに関してはすんなり受容する懐の広さがあります。レズビアンカップルの母親2人に育てられたからなのかはわかりませんが、一種のアライとしての安心感があります。ハーパーも心を許しますし、服をくれるなどぶっきらぼうながらの手助けもしてくれるし…(でもあの服、単にいらなかっただけなのかもしれない…着そうにない地味さだし…)。

そのフレイザー自身のジェンダーやセクシュアリティは曖昧です。彼は性的な接触を自身は避ける傾向にあります。それこそ自分では答えを出せていないからのように…。なのでフレイザーはゲイにもバイセクシュアルにもパンセクシュアルにもアセクシュアルにも見える。最終的にはジョナサン&マルタ、ルカ、そしてハーパーといろいろな人との交流を経験。きっとこれから答えを出すのでしょう。

フレイザーを演じたのはあの『IT/イット』シリーズや『シャザム!』で活躍した“ジャック・ディラン・グレイザー”ですよ。いや~、こんな才能を持っていたなんて…。

他の10代キャラクターもステキな子ばかり。性に奔放なブリトニーを演じたのは“フランチェスカ・スコセッシ”。あのマーティン・スコセッシの娘ですよ。クレイグを演じた“コーリー・ナイト”や、ダニーを演じた“スペンス・ムーア2世”も良かったです。ロシア人の所有別荘に侵入しての大騒ぎっぷりは、“ルカ・グァダニーノ”監督らしい演出だった…。

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コミュニティの敗北、でも一筋の光

『僕らのままで WE ARE WHO WE ARE』は前述したとおり、舞台が海外の米軍キャンプ地であるというところがミソだと思います。

つまり、10代にとってここは地元とは言いづらいわけです。青春の舞台装置として人工的に設営された空間のような歪さがあるというか。“仮”という感じもする。しかも、軍隊ですから基本は規律を重んじる男社会。10代には一番嫌な世界です。

そこに司令官として新しくトップに立つのがレズビアンの女性。この構図からして変革の兆しを感じます。壁にズラっと並んだ男だらけの写真とは一線を画す、新時代の到来を予感させるような…。

サラを演じた“クロエ・セヴィニー”とそのパートナーを演じた“アリシー・ブラガ”の演技も素晴らしかったです。

しかし、サラの試みは上手くいきません。やはりコミュニティの体質を変えるのは難しい。息子の相手ですらも手こずっているのに…。

ちなみに米国国防総省は本作の台本を読んでプロジェクトへの協力を拒否したそうで(撮影はセット)、まあ、そういう体質なんだなというのがリアルでハッキリしますね。

そこで象徴的なのがドナルド・トランプの大統領選勝利のニュース。ある意味でサラの挑戦が敗北した瞬間でもあり、そこにトドメの追い打ちをかけるように戦地に送った若い仲間の悲劇の一報が…。

私はこの第7話での、絶望でコミュニティが崩壊し、ティーンたちの心は大きく乱される中、ラストでダニーがムスリムの祈りをひとり捧げるという高揚感ある演出が本作で一番好きです。まさにナショナリズムがコミュニティを覆い、若い未来が潰された瞬間に、アメリカが敵視するイスラム教で救われる若者がいる。すごく鋭利なカウンターだと思いますし、皮肉的でもあって…。

ともあれ“ルカ・グァダニーノ”監督、またもとんでもない才能を発揮して上限突破を見せてくれました。お見事です。

『僕らのままで WE ARE WHO WE ARE』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 89% Audience 76%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)HBO

以上、『僕らのままで WE ARE WHO WE ARE』の感想でした。

We Are Who We Are (2020) [Japanese Review]