トランスジェンダーだって夢を目指す…ドキュメンタリーシリーズ『ジェーンと家族の物語』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2021年)
配信日:2021年にAmazonで配信
監督:ジョナサン・C・ハイド
LGBTQ差別描写
ジェーンと家族の物語
じぇーんとかぞくのものがたり
『ジェーンと家族の物語』あらすじ
『ジェーンと家族の物語』感想(ネタバレなし)
10代のトランスジェンダーの今
トランスジェンダーであっても至る所で活躍していますが、とくに活躍が目立つのはモデル業界です。
今やトランスジェンダーのモデルの有名人を挙げだすとキリがないほど。
例えば、“アリエル・ニコルソン”は「US Vogue」の表紙をトランスジェンダーとして初めて飾りましたし、“ヴァレンティーナ・サンパイオ”は「Victoria’s Secret」初のトランスジェンダー・モデルになり、“レイナ・ブルーム”は「Sports Illustrated Swimsuit Issue」初のトランスジェンダー・モデルとして脚光を浴び、“ネイサン・ウェストリング”はプラダやシャネルなどトップブランドで起用され、“ハンター・シェイファー”はモデル業だけでなくドラマ『ユーフォリア』での主演など俳優業でも大活躍、“チェラ・マン”はトランスジェンダーかつデフでありながらも多彩な活動を展開しています。
間違いなくトランスジェンダーの進出が最も進んでいるのはモデル業界ですし、それはモデルという仕事柄もあって世間の注目を集めやすいという背景もあります。もちろんトランスジェンダーだからといって何かモデルで有利になることはありません。優遇されるわけでもありませんし、むしろ不利なことの方が圧倒的に多いでしょう。モデル業を始める前からカミングアウトしていた人もいれば、モデル業をしだしてからカミングアウトした人もいます。それぞれの人生がそこにはあるものです。
ということで、「国際トランスジェンダー可視化の日(International Transgender Day of Visibility)」である3月31日はこのドキュメンタリーを紹介しようと思います。
それが本作『ジェーンと家族の物語』です。
本作は、アメリカのニュージャージー州の田舎町で暮らす18歳のトランスジェンダー女性であるジェーン・ヌーリーに密着したドキュメンタリーシリーズです。もうすぐティーンから卒業して大人として羽ばたこうとしているジェーンには夢がいくつかあり、そのひとつがモデルになること。本作はそんなジェーンがこれまでの人生を振り返ったり、モデルの一歩としてコンテストに参加したり、性別適合手術を受けたりする様子が映し出されていきます。
同じように若いトランスジェンダーに注目したドキュメンタリーと言えば、最近も『リトル・ガール』なんかがありましたが、あちらと比べるとこの『ジェーンと家族の物語』は心の面で観やすいと思います。
『リトル・ガール』はどうしても全編に渡って差別を受けて辛そうにしている当事者の苦しさが充満する内容であり、観客側としてもいたたまれない気分になってしまい、直視しづらかった人もいたでしょう。同意すらままならない幼い当事者を第3者が映像に撮って公開することの是非を考えてしまった人もいたはずです。
その点、この『ジェーンと家族の物語』は確かに本人が差別を受けた経験談を語るシーンもあり、辛い場面はあります。一方でそれありきではなく、どちらかと言えば夢に向かって突き進む当事者の姿を応援することがメインであり、全体的にはとてもポジティブな雰囲気です。何より今作のジェーンの周りには誠心誠意で支えてくれる人が大勢おり、その交流が何よりもパワフルで励まされます。あとは今作ではジェーン自身が自分で撮った映像がよく使用されており、密着して第3者が観察対象にしているという空気感が薄く、そこも見やすさに繋がっているのかなと感じます。
ともかく本作を観れば「こういう10代のトランスジェンダーの子が現実社会には生きているんだ」と理解できるでしょうし、ありのままのリアルを知れるのではないでしょうか。
未来に不安を抱いているトランスジェンダー当事者の10代にとっては肯定感を与えてくれる内容であり、トランスジェンダーの子を持つ親にとっては数少ない参考になりうる…そんなドキュメンタリーです。
『ジェーンと家族の物語』は全4話(1話あたり約45分)。「Amazonプライムビデオ」で独占配信しているのでぜひ気になる方はどうぞ。
オススメ度のチェック
ひとり | :勇気をもらえる |
友人 | :関心ある者同士で |
恋人 | :夢を支え合う相手と |
キッズ | :肯定感を得られる |
『ジェーンと家族の物語』予告動画
『ジェーンと家族の物語』感想(ネタバレあり)
家族という「Ally」
アメリカのニュージャージー州にあるスパルタ(スパータと表記することも)という小さな町。ニューヨークのマンハッタンから約60kmほど離れた地域で、人口は19000人程度。目立った観光地もなく、大半は住宅地です。
2020年1月、その薄っすらと雪に包まれたスパルタの町に、ひとりの18歳の女子が暮らしていました。
「私は家族に恵まれていると思う。この家族がいなかったら私の人生は違うものになっていた。ここにいると心が安らいでありのままの自分でいられる。自分らしく生きられる世界になってほしいと思う」
そう語るのはジェーン・ヌーリー。彼女はごく普通の10代ですが、トランスジェンダーでもありました。
本作『ジェーンと家族の物語』の良さはポジティブさが全面に行きわたっているところです。多くの場合は、性的少数者を題材にしようとすると、悲劇的なエピソードを欲しがる傾向にあります。当事者がインタビューを受けたりするとよくありがちです。「今までで一番辛かったことは?」とか「どんな差別を受けてきましたか?」とか。そんな被害者としての体験が当事者の人生を形作っているという認識。
確かに性的少数者の多くはそういう被害経験があります。でもそればかりで自分を語るのは必ずしも望んだかたちとは言えないでしょう。
本作『ジェーンと家族の物語』でもジェーンの差別経験は語られます。14歳まで男の子として生き、15歳でカミングアウト。学校では差別も受け、人生の最悪を味わいもした。
でもジェーンはそれだけしか語ることがない人間ではありません。悲劇のヒロインではないのです。
印象的なのはやはり家族の存在。ジェーンの家族はかなり理想的な「アライ(Ally)」です。
母のローラは、お節介で鬱陶しいこともあるけど家族想い。ユーモアたっぷりで、性別適合手術に関する病院のプレゼンで女性器の写真がでたとき、母が「これ、私のに似ている!」と呟くという爆笑エピソードは最高です。そんな母も娘がカミングアウトしてからの数年間ずっと悩んで模索してきたことがわかります。「トランスキッズの親はクールだねと周りから言われるがよくわからない」と語るその言葉には、懸命に子育てに忙殺されてきた母親らしい苦労が滲んでいました。
父のデヴィッドはダサいけど愉快な人。当初はジェーンが幼い頃から男の子らしいことばかりをさせようとしていたと申し訳なさそうに涙ながらに語る姿は、我が子への愛情を深く感じさせます。
姉のエマは沿岸警備隊。ジェーンが15歳のときに学校で晒し者にされてしまった最悪の日。差別的な発言をする男子に真っ向から反論した姉の勇ましさはジェーンの人生の盾になったでしょう。性の多様性を支援する活動を職場でも行い、正しさを貫くその姿はかっこいいです。
妹のメイは優しく笑いを与えてサポートしてくれます。作中では家を出るジェーンが心配だと涙を流しつつ吐露しますが、きっとトランスジェンダーが受ける過酷な差別や暴力の現状を知っているからこそなのか。その口にできない不安、すごく痛いほど伝わってきます。
作中で何度も映る、ときには口悪く喧嘩する3姉妹のシスターフッドが眩しいです。
90歳代と高齢な祖父のガブリエルはフリーメイソンの思い出話が好きなアポロ12号に関わった元エンジニア。根っからの共和党支持者ですが、ジェーンのありのままを応援してくれます。ジェーンが最初にカミングアウトしたのは亡き祖母で、そのときは女装趣味だと勘違いされていたという話も。
ジェーンの学校の友人たちも気さくで励ましてくれます。
今作で映るジェーンの周囲の人間たちは、トランスジェンダーの若者にとってひとつの「こうであってほしい」という理想ですね。
初めてのトランスだらけの環境
そのジェーンには夢があります。冒頭からジェーンはイマドキの10代の子には珍しく、スマホではなく「SONY」と書かれたハンディカメラを手に自撮りしています。なぜならジェーンは職業学校に通っており、映像制作を学んでいるからなのでした。「私にとって以前から映画は現実逃避の手段だった」との言葉には私も激しく同意です。
ジェーンはモデルに興味を持ち始めており、そのスタートとしてロサンゼルスで行われるトランスジェンダー・モデルのコンテストに参加しようと目指しています。
そのコンテストを開催しているのが、「スレイ(Slay)」というトランス専門事務所。まずトランスジェンダー専門のモデル事務所があることに驚きです。さすがロサンゼルス、何でもある。
で、ジェーンは母と一緒に憧れのロサンゼルスへ出発するのですが、そこでたくさんのトランスジェンダーのモデル志望の女性たちと出会います。チャーリー・グレイ、ナイヤ・シャネル、ステファニー・リン、ダスティ・ローズ・スミス、ジャスティン・リャネラ…。
部屋いっぱいのトランスジェンダーという光景に感激するジェーン。それも当然です。地元では寂しくトランスジェンダーという“奇異”の枠に収まり、交流をしてこなかったのですから。それが一気にこんなトランスジェンダーだらけの空間に放り込まれる。これは当事者にとってちょっとした天変地異です。ここではトランスジェンダーであることが“普通”。いや、もうそんな言葉も要らない。「トランスジェンダーの〇〇(名前)」ではなく「ただの〇〇(名前)」でいられる。これほど解放的な気分はないです。
今の10代は何でもSNSだからリアルな交流なんて重要視していないと思われがちですが、やっぱりそんなことはない。実在のコミュニティの持つパワーはいつの時代もスゴイのです。
私も本作を観てあらためて思いましたけど、当事者のコミュニティは日本でもぼちぼちと活動が各地で始めっていますし、交流会もあります。でもそれだけでなく、「この業種で働いている性的少数者の人が集まる会」とか、そういう職業などもっと細かい区分で分けたリアル活動が展開されるといいですね。そういうのはただの交流以上に業界の改善というムーブメントに繋がりやすいでしょうし。
ジェンダーは選べない、でも手術と夢は選べる
モデル・コンテストは残念ながら選ばれませんでしたが、ジェーンは大切な仲間ができました。次に彼女に待ち受けるのは性別適合手術です。移行はずっと前から諸々していましたが、本格的な手術はいよいよ。
日本では「性別適合手術を安易にやって後悔する子どもが多い」という根も葉もないデマが一部で広まっているのですが、このドキュメンタリーを見るとそんなことがまず起こり得ないことがよくわかります。だいたい性別適合手術は簡単にできません。あれこれ準備やら手続きやらがあるせいでそれだけでも大変です。ジェーンも数年かかってやっとの手術のチャンスに到達しました。
ジェーンは「手術は受けなくても女性でいられる。私の場合は手術する道を選んだ」と性別適合手術が必須ではないこともしっかり念押ししてくれます。
手術は強制ではなく本人の意思による選択。意図的な選択が介在しないジェンダー・アイデンティティとはまるで違うこと。
2020年3月、適合手術は6月17日。そこでジェーンに舞い込んだ予想外の事態。それは新型コロナウイルスによるパンデミック。あまりにもバッドタイミングです。
しかも、それだけではなく…アメリカでは保守政治家たちがトランス関連医療を制限しようと躍起になり始め、不安材料しかない暗い世の中に…。
『ジェーンと家族の物語』は図らずもこの時代ならではのトランスジェンダーを映し出した歴史記録的なドキュメンタリーになってしまいました。
結局、ジェーンは予定どおり手術ができて、面会制限がある中で独りで不安と動揺に向き合いながら乗り越えました。「性別適合手術を安易にやって後悔する子どもが多い」と誤情報を拡散するなど論外ですが、性別適合手術に不安を感じる子どもの気持ちを少しでも抑えられるようなサポートを充実させたいものです。
ジェーンは進学し、家を出ます。リアーナのランジェリーブランド「サヴェージ x フェンティ(Savage x Fenty)」のショーに参加したりとモデル活動もしているようです。
20代の息子を事故で亡くした経験のあるジェーンの祖父ガブリエルは作中のラストで「良い人生を送ってくれ」と孫に言葉をかけます。
心の底から同じことを私も思います。トランスジェンダーの子どもたち、どうか良い人生を送ってほしい。そのためには社会が変わる必要があります。変わるべきは社会です。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 60% Audience 60%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
トランスジェンダーを題材にしたドキュメンタリーの感想記事です。
・『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』
・『トランスジェンダーとハリウッド 過去、現在、そして』
作品ポスター・画像 (C)Amazon Studios
以上、『ジェーンと家族の物語』の感想でした。
Always Jane (2021) [Japanese Review] 『ジェーンと家族の物語』考察・評価レビュー