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『リトル・ガール』感想(ネタバレ)…このドキュメンタリーを同情で観ないでほしい

リトル・ガール

この子の姿を同情で眺めないでほしい…ドキュメンタリー映画『リトル・ガール』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Petite fille
製作国:フランス(2020年)
日本公開日:2021年11月19日
監督:セバスチャン・リフシッツ
イジメ描写

リトル・ガール

リトル・ガール

『リトル・ガール』あらすじ

サシャは2歳を過ぎた頃から自身の性別の違和感を訴えてきた。しかし、学校では女の子としての扱いが認められず、男子からも女子からも疎外されてしまう。他の子どもと同じように扱えってもらえない社会の中で、サシャは7歳になってもありのままに生きることができずにいた。そんな不安や孤独を抱えるサシャを支え、周囲に受け入れてもらうため、家族が学校や周囲へ働きかける姿をカメラが撮らえていく…。

『リトル・ガール』感想(ネタバレなし)

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トランスジェンダーを身近に

2021年の11月13日から19日までは「Transgender Awareness Week」(日本語では「トランスジェンダー認知週間」などと訳される)です。これはトランスジェンダーについてより知ってもらうための啓発を目的に主に実施されているもの。

「トランスジェンダー」とは何か。ここでもあらためて整理しましょう(もう知っている人は読み飛ばして)。

たいていの人は生まれた時に性別を判断されます。病院で生まれようが家で生まれようが同じです。もしかしたら生まれる前から超音波検査で「この子の性別は○○ですね」と言われるかもしれません。

その出生時に判断される「性別」(英語では「sex」もしくは「natal sex」と呼ぶ)は、基本的に胎児もしくは出生児の外性器に基づいて区別され、選択肢としては「男」「女」かの2種類しかありません。

この出生時に割り当てられる性別を「生物学的性別」と表現する場合がありますが、別に生物学者が病院で性別を判断するわけでもありませんし、そもそも「雄=ペニスを持つ」などという認識は生物学的に間違いなので、この「生物学的性別」という表現は不適切です。どちらかと言えば「生理学的性別」でしょう。
中には典型的な「男」と「女」に二別される生理学的特徴に当てはまらない状態で生まれてくる子もいるのですが、そういう場合でも多くの国では医師の判断で「男」か「女」かに強制的に割り当てられてしまっており、問題視されています。

ともあれたいていの人はこの出生時に判断される性別を人生に抱えて人間社会で生きることになります。

ところがここでもうひとつ別の概念があります。それが「ジェンダー」(英語では「gender」と呼ぶ)です。ジェンダーとは、出生時に判断される「性別」とは違って、自己理解と自己認識に基づき「自分は何者なのか」を思考して見いだされた性別です。わかりにくい言い回しですが、例えば人生を過ごしているうちに「ああ、私って男だな」とか「女なんだな」とさまざまな過程を経て実感する。それがジェンダーです。自称ではなく、「心の性別」でもなく、「心の病気」でもありません。アイデンティティであり、ゆえに「性自認(ジェンダー・アイデンティティ)」と呼ばれます。

このジェンダーは「男」と「女」の2種類ではありません。多様です。「女だけど常に女として認識はされたくないな」という人もいれば、「自分は男性でも女性でもない気がする」という人もいるし、「男性でもあり、女性でもある」という人も、「ジェンダーは何も無い」という人もいます。

厄介なのは、出生時に判断される「性別」の方が社会では重要視されているせいもあって、「ジェンダー」の自己認識がうやむやになるケースが多いことです。多くの人は出生時に判断される「性別」と「ジェンダー」がおおむね一致しているので大きく悩むこともないでしょう。そういう人を「シスジェンダー」と呼びます。シスジェンダーの人は、社会的あるいは法的な性別集団に所属することに自覚的な不快感を感じません。

一方で、出生時に判断される「性別」と「ジェンダー」が一致しない人もおり、そういう人のことを「トランスジェンダー」と呼びます。トランスジェンダーの人は、社会的あるいは法的な性別集団に所属することに苦痛や不快感を自覚する人もおり、そういう生活に支障をきたす状態は「性別違和」と呼ばれます。トランスジェンダーの人は自身の性別違和を低減するために、服装や髪形を変えたり、振る舞いを変えたり、手術やホルモン剤投与で身体の外見や内部を変えたりすることを試みることもあり、これが「トランジション」です。決して趣味や嗜好のために異性装をしているわけではありません。

長々と説明してしまいましたが、本気で説明しようとするとこれくらい長くなる、それが性自認の概念であり、トランスジェンダー&シスジェンダーです。

ただ、やっぱり文章ではどうも相手に届かないこともある…。そこで今回はトランスジェンダーに関するドキュメンタリーの紹介です。それが本作『リトル・ガール』

『リトル・ガール』はフランスのドキュメンタリーなのですが、出生時に男の子として判断されつつ、2~3歳で「自分は女の子だ」と親含めて周囲に主張するようになった、作中時点で7歳の子どもに密着した内容です。その子が性自認に悩み、親も悩み、葛藤していく姿が生々しく映像に映し出されます。

留意すべきことがいくつかあって、まず本作は密着取材型のドキュメンタリーですが、映像はかなり整理されており、リアルタイムなドタバタ感はありません。心理的な葛藤を掬い取るようなスタイルです。社会問題としての議論を喚起する感じでもないので、トランスジェンダーなどに関する背景の基本解説などは一切ありません。なので本作を観るだけでトランスジェンダーについて基本事項を把握できるような教材的な作品でもないです。

そして、これは当事者の人への注意点ですが、本作は取材対象の親子の苦悩がかなりダイレクトで伝わる内容なので、鑑賞した当事者の中にはトラウマなどのフラッシュバックを引き起こすリスクもあると思います。メンタルヘルス面での心の準備もいるかもしれません(この本作を観終わった後に、自分の好きな食べ物を食べるとか、そういうセルフケアが必要かも)。

『リトル・ガール』の監督は“セバスチャン・リフシッツ”。これまでもジェンダーやセクシュアリティに目を向けた作品を手がけているそうなのですが、私は『思春期 彼女たちの選択』を観ただけです。

『リトル・ガール』を観た後はぜひトランスジェンダーに関する他のドキュメンタリーも観てほしいですね(後半で紹介しています)。

オススメ度のチェック

ひとり4.0:非当事者でも
友人3.5:関心がある人同士で
恋人3.5:子を持つつもりなら
キッズ3.0:親のサポートで補足しつつ
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『リトル・ガール』予告動画

映画『リトル・ガール』予告編
↓ここからネタバレが含まれます↓

『リトル・ガール』感想(ネタバレあり)

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保護者の苦悩

『リトル・ガール』を鑑賞して真っ先に飛び込んでくるのは、7歳のサシャの母親の苦悩です。大人ですからカメラの前で語ることができますし、当然ではあるのですが…。

母の口から懺悔のように語られる思いのうち。2歳半か3歳の頃は「女の子になりたい」と言っていたサシャに対して、私は最初は「なれない」と答えていたこと。あの子を理解するまで本気で受け止めてなかったこと。女の子だと主張するのは母親のせいではと学校でも言われ、実は妊娠時は女の子を望んでいたこともあって自分の思考がサシャに影響でも与えたのではないかと怖くなったこと。サシャも傷つけてしまった罪悪感。変な目で見られることの恐怖。周囲の無理解による孤独。

本作に関して、まだ性自認に迷う幼い子どもを取材すること自体が不必要に成長に影響を与えるのではないかという疑念もあると思いますし、私もそう思ったのですが、あの母親の姿を見ていると、きっとこのドキュメンタリーの取材自体が一種の心の支えになったのだろうなとも思います。それくらいあの母親は藁にも縋る思いでしたし、追い込まれてもいました。あれだけ学校側が頑なに差別的で(学校での撮影は拒否されたらしい)、バレエ教室でさえも排除の姿勢を示し、追い詰められれば無理もありません。

そんな中、専門家に相談し、「親のせいではありません。子どもの望み通りにさせて構いません。柔軟に対応してください」と肯定感を与えられる。これがどれほどあの母親の肩の荷を下ろしたことか。

本作を観ると何よりも専門家の存在は欠かせないなと痛感しますね。

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泣くという抗議

一方、当のサシャはあまり語りません。カメラもサシャ本人に問うことはしません。そこは距離感をとっています。

そんなサシャは専門スタッフの面談でさえも言葉がほぼないのですが、それでも目に涙を溜めつつ、やがてはとめどなく涙が頬を伝う。あのたった7歳の子の内側にどれほどの苦悩があるのか、それが観客にハッキリ垣間見える瞬間であり、語ることで苦悩を映す親の描写と対比的になっています。

このシーンはドキュメンタリーとしては非常に訴求力があるのは事実ですし、観客の心が最も揺さぶられるのも不可避なのですが、同時に「可哀想」という感情ありきで片付いてしまわないかと不安に感じてしまう構図でもあります。トランスジェンダー云々はさておいても、子どもが泣いている姿は可哀想ですからね。私なんか食品おやつ売り場でお菓子を買ってもらえなくて泣いている子を見かけただけでも、可哀想だから買ってあげたい衝動にかられるのに…。

でもサシャにとっては大事な瞬間なのも理解できます。泣くって大事です。私もサシャと全く同じではないにせよ当事者として人生を振り返れば、いまだに性自認に苦しむ自分としてちゃんと泣いたことはないなと…。泣く機会がなかった…。泣くのって大変です…。

サシャは家に帰ってきて「いくら闘っても意味がない」と親にこぼしていたと母は語りますが、サシャにとっての「泣く」という行動は、本人ができる精一杯の抗議でしょう。活動家みたいにデモしたり、SNSで発信したり、文章を書いたりできない。今のサシャにできる抗議の方法は泣くこと。それでいいんだと思います。

私が興味深いなと思うのは、あの専門スタッフに相談したことで、親子の連帯が初めて生まれた感じがするということ。たぶんその前は母親やサシャの間に一定の溝があり、互いにどこまで共有していいかもわからず躊躇していたと思うのです。その壁が無くなり、連帯が構築できる。もちろんすぐにはできません。少しずつ少しずつ家族内で連帯を形成していく。そのスタートラインに立てたことは人生にとっての大きな一歩だったのだろうな、と。

こちらの以下の監督のインタビューでは、本作の制作の経緯や、サシャのその後も少し語られています。

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本作へのジレンマが物語る現実

『リトル・ガール』はある一定の知見がある当事者が観れば、心がざわつき、その作品を素直に受け入れていいものかと自問自答したくなります。

これは作品の欠点というよりも社会のせいだと思います。明らかにトランスジェンダーに対する偏見や差別がいまだに蔓延しているこの世界で、このドキュメンタリーがどんな影響を(意図しているかどうかはさておき)与えてしまうのか。どうしても考えてしまうのです。

だから本作のパンフレットだって、あんなに識者が丁寧な文章を寄せて、参考資料になるような作品の紹介もいっぱいして、この本作の体験だけでマジョリティな観客がトランスジェンダーを学んだ気にならないように必死にカバーしようとしているわけで…。私だって本作の感想の前半であんなに生真面目丁寧なトランスジェンダーの用語説明をしているのはそういう意味もあるし…。

この「当事者が誰よりも気を遣わないといけない」…この現状が何よりもおかしいことだと私は同じ当事者として声を大にして言いたいところです。「本作のパンフレット、よくできている、すご~い」じゃなくて、このパンフレットの繊細な配慮っぷりが(とくに日本の)トランスジェンダーの現実に直面している苦悩を映しているんだ、と。

私もLGBTQに関する映画やドラマの感想を書いているとき、ふと思ったりしますよ。どうしてこんなに精神を疲労させながら言葉を選んで文章を書いているのだろうって。もっと雑に楽しんだりしてもいいじゃないか、それこそマジョリティの人がそうしているように…そんなふうに思うこともある。でも今の社会の現状ではそれはできないこともよくわかっている。セクシュアル・マイノリティの人はマジョリティの人と違って、映画やドラマを観るときはそういうジレンマを抱えている。世間はそれをわかってくれないけれども。

どうかこの『リトル・ガール』のドキュメンタリーを「同情」で観ないでほしいです。「泣けるコンテンツ」ではない。「まだこんな差別があるのか…」じゃないのです。当事者が求めている世界の理想はまだはるかに遠いのです。この前の日本の選挙でさえも、LGBTQに差別的な政治家や政党がたくさん当選した。日本は「差別する側」が多数派であり、権力側であり、多くの人がそれに加担している自覚さえもない。「寛容」や「理解」という言葉がときにはマジョリティ側の上から目線になることもある。加害者意識がとにかく徹底的に欠けている。

『リトル・ガール』が劇場で公開されているだけで終わる国にならないでください。

『リトル・ガール』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience –%
IMDb
7.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0
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関連作品紹介

トランスジェンダーに関するドキュメンタリーの紹介です。

・『ジェンダー革命』
…こちらは密着取材の他に、解説的な内容も多めでわかりやすいです。

・『トランスジェンダーとハリウッド 過去、現在、そして』
…映像作品がトランスジェンダーにどんな影響を与えたのかを理解できます。

・『テレビが見たLGBTQ』
…テレビ業界がトランスジェンダー含む性的少数者にどんな影響を与えたのかを理解できます。

▼参考になるウェブサイト▼

トランスジェンダーに関してより情報を知りたい人、性自認に迷う子どもに見せたい作品を知りたい人は以下のウェブサイトをオススメします。

・「はじめてのトランスジェンダー」

・子どもに見せたい「海外のクィア・アニメーション作品」を紹介

作品ポスター・画像 (C)AGAT FILMS & CIE – ARTE France – Final Cut For real – 2020 リトルガール

以上、『リトル・ガール』の感想でした。

Petite fille (2020) [Japanese Review]