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『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』感想(ネタバレ)…Netflix;男ならタコに悩みを打ち明けよう

オクトパスの神秘 海の賢者は語る

人生に詰まった男ならタコに悩みを打ち明けよう…Netflixドキュメンタリー映画『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:My Octopus Teacher
製作国:南アフリカ(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:ピッパ・エールリッヒ、ジェームズ・リード

オクトパスの神秘 海の賢者は語る

おくとぱすのしんぴ うみのけんじゃはかたる
オクトパスの神秘 海の賢者は語る

『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』あらすじ

どんな出会いが待っているかわからない。それが人生の不思議なところ。南アフリカの海中に生息するタコに魅せられたひとりの男。その存在はいつも驚きと刺激を与えてくれた。ある日には素晴らしく冴えわたるサバイバル戦術をみせ、またある日には奇跡の生命力を目撃する。タコとの触れ合いを通して特別な絆を築く中、海の神秘に重ねて人生を見つめ直す。

『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』感想(ネタバレなし)

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タコを違う一面で

タコ。それは海に暮らしている軟体動物。吸盤がついた8本の腕があり、それを巧みに使って行動するという、かなりヘンテコな生き物。日本人にとっては美味しい食べ物でもあって…。

映画などの創作の世界でもタコは大人気。伝説の怪物「クラーケン」のようにたいていは化け物として描かれがちですが…。でも『キングコング 髑髏島の巨神』では巨大になっても食われてました。昔の映画だと『テンタクルズ』(1977年)という作品もあって、あれもそんな悲惨な末路でしたね。こうやって振り返るとタコはろくな目に遭っていないです。

よく日本では「西洋ではタコは悪魔なんでしょ?」と知ったかぶって言いますけど、日本でもタコの扱いはそんなに良くはないです。「蛸と海女」という著名な春画のように、触手責めの起源にまでなっていますからね。さすがにこれにはタコも風評被害だと怒るんじゃないか…。

そんな人間世界からの風当りの強いタコですが、そのパブリックイメージを打ち消す、見事なカウンターになるドキュメンタリーが登場しました。それが本作『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』です。

本作はパッと見た感じ、タコを題材にしたネイチャー・ドキュメンタリーなのかなと思うでしょう。私も鑑賞前はそう思っていましたし、たいして大きな期待をしていたわけでもありませんでした(でもネイチャー・ドキュメンタリーはよく観るのでこれも流れで手を出しただけ)。

ところが本作はそんな普通の自然番組っぽいドキュメンタリーではないのです。鑑賞して「なるほど、このアプローチか…」と感心したのですけど、面白い切り口です。正直、私は大好きなドキュメンタリーになりました。2020年の私のベスト・ドキュメンタリーは一応は『トランスジェンダーとハリウッド 過去、現在、そして』にしましたけど、実のところ『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』でも良かったかなと迷うくらいに…です。心に刺さった深さという意味では本作の方がクリティカルヒットしたかも。

一体何がそんなに良いんだという話ですが、本作はまずタコに魅了されたひとりの男を映し出すドキュメンタリーなんですね。それだけならまだ一般的な想定の範囲内です。動物を愛する人物を主題にするのもこの手のドキュメンタリーの定番です。

しかし、本作はその男がタコを通して人生の悩みと向き合っていくという、いわばタコを素材にしたセラピーのようになっているのです。なにしろ原題は「My Octopus Teacher」ですからね。これがまたなんとも言えない味わいがあって…。

従来、動物を好きになる人の姿は言ってしまえば「オタク」的に描かれるじゃないですか。専門家であっても、そういうマニアな溺愛っぷりがユーモアになったり。けれどもこの『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』はそんな愛嬌ある和やかなムードではなく、しっかりシリアスに心の問題に臨んでいます。それもタコで…。

その役割をタコが果たすというのも意外性が出ています。前述したようにタコは嫌われもので、日本だってせいぜい食べ物扱いです。タコで心をケアするなんてそうそう考えないでしょう。タコで気持ちが晴れました…とか口走ったら「え?たこ焼きでも食べて満腹になったの?」と言われそうですよ。

『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』はあえて断言するなら、タコ版『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』です。いや、言いすぎじゃない。似通っている。そう言い切ろう。真面目な話、ちゃんと通じている部分があることを後半の感想でもう少し掘り起こします。

批評家からの評価も称賛の嵐であり、タコゆえに小馬鹿にされるかもしれませんが、観れば本当に心を揺さぶられる堂々とした大作の佇まいがある作品です。

そんなこんなでこの『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』。ぜひ鑑賞してみてください。人生に疲れてしまったとき、もう何もかも嫌になったとき、あなたのそばに最後まで寄り添ってくれる味方はタコかもしれませんよ。

『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』はNetflixで配信中です。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(人生にうんざりしたのなら)
友人 ◯(動物好き同士で)
恋人 ◯(動物への愛がある人と)
キッズ ◯(海の生き物好きは満足)
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『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):タコは人生の先生

「タコはまるでエイリアンのようだ。だが不思議なことに知れば知るほどに人間との類似点が多いと気づく」

そう語る男、クレイグ・フォスター。彼は映像作家であり、ずっとその仕事に身を捧げてきました。しかし、ある頃から働きづめの生き方に嫌なり、仕事の重圧に押しつぶされていました。仕事道具であるカメラを見るのも苦痛になり、労働どころではありません。家庭を犠牲にして働く意味は何だったのか。育ち盛りの息子トムもいましたが、一方で自分が良き親になれる自信もなくなり、拠り所を喪失していました。

そんなとき、ふと思い浮かんだことがありました。それは子ども時代の思い出の地。南アフリカ、西ケープ、通称「嵐の岬」。そこは岩場やケルプの森が広がる大自然であり、バンガローが近くにありました。昔はそこで無邪気に子どもとして生きたものです。とくに潮だまりでよく潜っていたのが記憶に残っており、それがお気に入りでした。

また、ある経験も後押ししました。それは中央カラハリに20年前に行ったこと。仕事での撮影だったものの、そこで出会った地元民は自然に溶け込み、その大地と一体化して全てを理解をしていました。それを撮る自分はよそ者。彼らの世界に行きたいと強く思ったものでした。

そして思い至ったのです。あの思い出の海に自分で入ろう、と。そこで今度は自分が自然と一体になってみたい、と。

さっそくそこに向かいます。最初は海に入るのもやっとでした。その環境はときに荒波も激しくうちつけ、並大抵のお気楽さでは泳げません。

しかし、いざ潜ると海の中は違いました。平穏です。どんどん楽になっていくのを感じます。1年たてばいつのまにか適応して慣れていました。

その海はケルプが広がっており、言うなれば3次元の森。そこをただ泳ぐだけでは意味がありません。自然に混ざることが必要です。そこで酸素ボンベなし、ウェットスーツもなしで、ほぼ生身で潜ります。最初は潜水時間も短かったですが、スキルを身に着けて上手くなっていきました。

気が付けば撮影意欲が沸き上がり、夢中で好きなものを撮っていきます。そこにいる多種多様な生き物たちはどんなSF映画よりも刺激的でした。陸上では絶対に見られないような光景がそこかしこに広がっていたのです。

ある日のこと。潜るクレイグの前に不思議な存在が現れました。海底に貝やら石からをゴテゴテと張り付けたような丸いものがあります。なんだろう?と近づいてみると、それはタコでした。自分で貝などを集めて吸盤で張り付けて自分を覆い、丸くなっていたのです。凄いものを見た…それがひとめ惚れの瞬間。そして決めました。あのタコ(彼女)を観察していこう、と。

1日目。そのタコはクレイグを見ると岩の隙間に隠れてしまいます。観察どころか探すのだって大変です。

26日目。そのタコに変化が起きます。警戒を解いてくれたのです。巣穴から出てきて、見つめあうようにたたずむ両者。タコがおもむろに腕を伸ばしてきて、クレイグの手と触れ合います。その瞬間に何かがが起きたと男は確信しました。

実際、それ以降、タコはありのままの普段の姿を見せてくれました。体色を変えたり、小さな角を生やしたり、いろいろな姿をしたり…。海底を二足歩行で歩いたりもしました。独創性を発揮して周囲を欺くことに長けています。常に新鮮な驚きを与えてくれる生き物です。

52日目。この日、クレイグはミスをしました。タコと並んで泳いでいるとき、うっかりレンズを落としてしまったのです。驚いたタコは一瞬で逃げてしまいます。せっかく信頼を得たのに…不注意で台無しに。

それでも諦めないクレイグ。痕跡を追います。タコになりきって考え、知識を総動員して探します。そして発見しました。

再度、タコとコミュニケーション。するとタコは手につかまってきます。さらに体を寄せ合って泳ぐことに成功。もう両者を隔てるものは何もなく…。

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未知(タコ)との遭遇

『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』はまずはさておき、タコを題材にしたドキュメンタリーとして、とても貴重な映像をもたらしてくれます。それだけでも素晴らしい価値があります。

そもそも基本的に研究者でさえあんなふうに1匹のタコに1年近く密着するということは滅多にありません(研究者も他にいろいろやることがありますからね)。しかし、この本作のクレイグの場合、完全に趣味で人生を捧げているのでまさにタコに全力集中しています。1匹の死を看取っているほどに。

これはチンパンジーの行動観察研究で画期的な貢献をした女性を描く『ジェーン・グドールの軌跡』と同じ。研究業界のセオリーに従っていない、ほぼ素人だからこそ逆に大きな発見を実現した…というパターンですね。動物学の世界はこういうことが割とあるのが面白いものです。

本作で映し出されるマダコの生態は実にユニーク。巧妙な狩りのテクニック、身を隠す多才な手法の数々、そしてアッと驚く攻防。

タテスジトラザメに襲われ、腕を一本食べられた後にそれが再生していく姿を撮っていたり、またもサメに襲われた際に陸にあがって逃げたり…。そこで貝や石を吸盤で張り付けて丸くなって隠れるという技を見せ、自分がこのタコと初対面時の状況と重なるというのがなんともドラマチックじゃないですか。

さらにはタコがサメの上に乗って危機を回避するという、珍妙なシーンも目撃。また、小魚の群れを腕を広げて追いかけるという、遊んでいるのかなんなのかも不明な不思議な姿も。

タコってこんなにも知的で愛嬌があってパワフルなのかと感動する人もいたと思います。水族館では絶対に見られない光景ですよね。もちろん水族館スタッフも生き物の健康とかを考えたうえで展示しているのですけど、やっぱり弱肉強食の自然界における生物の躍動には敵いません。

クレイグの動物に対する姿勢も素晴らしいです。さすが映像作家なだけあって、俯瞰的に接しようとします。論文を読み漁るなど勉強も欠かせません。

特別な感情を抱くあのタコがサメによってピンチに陥っても、サメを追い払うことはしないという立場も徹底しています。ほんと、本人はすごく辛そうでしたが。

これもそれもカラハリで学んだ自然への畏敬があるゆえで、このへんのある種のマインドフルネスな考え方はいかにも欧米人が感化されやすいものなのかなとも思います。

ただ、単にスピリチュアルな作品ではありません。撮影自体もとても学術的に精査されていますし、実際に一流の専門家のチェックを受けているようです。構成もスマートです。きっともっといろいろ詰め込めると思うのですが、変な脱線にならないように極力は無駄を省いています。実際、もう少し環境問題への言及をしようとしたそうなのですが、それもカットされており、あくまでクレイグとタコの交流に軸足を置いています。

それでもちゃんと自然環境の意識が高まるインパクトを持っているというのは、やはり優秀な映像作品になっている証でしょう。

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男らしさ脱却セラピー

『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』はすでに説明したように、ひとりの男がタコを通して人生の悩みと向き合っていくという、いわばタコを素材にしたセラピーのようになっている作品でもあります。

あえて「男性」と強調したのには理由があります。確かに女性でもタコと接して心をケアできるでしょう。でも男性であることは特筆されるべきです。

なぜなら男性はセラピーなどの心をケアする行為を毛嫌いする傾向があるからです。それは当然「男らしさ」に反すると考えるからで、典型的な「トキシック・マスキュリニティ(有害な男らしさ)」のひとつです。自分の弱音を見せるなど女々しい!と息巻くホモ・ソーシャルな世界では、男たちは素直に自分の悩みを吐露できません。

ゆえにどんどん自分の中でストレスを抱えて、それが自殺につながったり、暴力的をまき散らされることもあります。まさに今の根深い社会問題です。

そういう重圧に対して男たちはアルコールやドラッグ、セックスに逃避するのがよくありがちなことでしたが、それ自体は自分や他人を傷つけることも多く、悪循環でした。いわゆる男の鬱状態です。そんな

男性に対して本作はひとつの事例を見せるわけです。タコによって人生を復活させる方法を。

クレイグは明らかに男性的プレッシャーに潰されており、男性に特有の精神的な追い込みに直面していました。憔悴して完全にダメになってしまうとき。それは突然訪れます。

そして自然に救いを求める。クレイグとタコの関係は見方を変えればロマンチックともとれますが、原題のとおり彼にとっては「先生」、メンターなのでしょうね。

男性の心をケアする存在として、このように異色の存在がピックアップされるのはなぜか恒例です。例えば、『幸せへのまわり道』『プーと大人になった僕』のようにフィクショナルな存在が男性の心の扉を開いたり。はたまた、『マンダロリアン』だってその手のテーマ性があるともいえるでしょう。

こう描かれることが多い理由は私なりに考えると、男性はなかなか逃げ場がないからなのかなと。女性であればフェミニズムなコミュニティでいいわけです。でも男性は世の中の多くが男性社会ですからそう簡単にそこから脱せず、もがき彷徨った結果、非人間的な世界にたどり着きやすいのかもしれませんね。

それが今回の場合はタコというのも、そうやって整理すると納得です。あれほど見た目が人間的ではないにもかかわらず、人間的な知性を見せてくれる生き物はそうそういないですから。

『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』も“男らしさ”脱却セラピーな作品だったと思いますけど、別にタコでも役割を果たせるんですよね。ほら、タコがヴァイオレットと同じに見えてきたでしょう?(違うか…)

今この瞬間にも「もうダメだ…」と電池切れをしそうな男性たちの皆さん。ふと近くにある自然に目を向けてみませんか。たったそれだけでいいのです。

『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 96%
IMDb
8.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Netflix

以上、『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』の感想でした。

My Octopus Teacher (2020) [Japanese Review] 『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』考察・評価レビュー