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『アステロイド・シティ』感想(ネタバレ)…ウェス・アンダーソン流の隔離生活

アステロイド・シティ

ウェス・アンダーソン流の隔離生活…映画『アステロイド・シティ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Asteroid City
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2023年9月1日
監督:ウェス・アンダーソン
恋愛描写

アステロイド・シティ

あすてろいどしてぃ
アステロイド・シティ

『アステロイド・シティ』あらすじ

1955年、アメリカ南西部の砂漠にポツンとある町のアステロイド・シティ。隕石が落下して出来た巨大なクレーターが観光名所となっているこの町に、科学賞を受賞した5人の少年少女とその家族が招待される。子どもたちに母親が亡くなったことを言い出せない父親、映画スターのシングルマザーなど、参加者たちがそれぞれの思いを抱える中で授賞式が始まるが、突如として驚きの事態が起きてしまい…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『アステロイド・シティ』の感想です。

『アステロイド・シティ』感想(ネタバレなし)

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コロナ禍でも作家性は元気です

新型コロナウイルス(COVID-19)、覚えてますか? 熱中症の酷暑地獄で忘れてしまうのも無理はないですけど…。

そんなパンデミックはもう2020年の話だし、過去のこと? いいえ、今も「COVID-19」は“新型”です。変異株が続々登場し、感染がまた世界的に目立ってきています。

直近の2023年8月時点で注目されている変異株は「BA.2.86」…「Pirola(ピローラ)」と呼ばれています。感染拡大の可能性はまだ未知数ですが、世界保健機関は注意深く監視しています。

とは言え、専門家も述べていますが、過度にパニックになることなく、冷静に必要に応じて基本的な感染対策を徹底するのが大切ですNature。現状、この変異株が特別に群を抜いて危険であるというデータはないです。もしかしたら1カ月後にはすっかり忘却の彼方かもしれません。

それはさておき、そうしたパンデミックの影響は今も別のところに残ったりします。例えば、パンデミックを経験した映画人たちの中には自身の作品にもその体験を反映させていく者も…

あのシネフィルからも大人気なフィルムメーカーも、コロナ禍を映した作品を撮りました。

それが本作『アステロイド・シティ』

監督は“ウェス・アンダーソン”です。

“ウェス・アンダーソン”監督の説明は…もう不要かな。完璧なシンメトリーの統一された構図、独特の色彩鮮やかなカラー・パレット、ミニチュアのように職人芸で作り込まれた世界観…。そのこだわりぬいた作品のエッセンスで魅了される職人的なアート系の監督です。

2021年の『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』で、記念すべき長編映画10作目(ストップモーションアニメ映画も含む)を迎えた“ウェス・アンダーソン”監督ですが、今回の『アステロイド・シティ』はコロナ禍の最中に撮った初の映画となりました。

だからなのか、『アステロイド・シティ』の物語も、ひょんなことから隔離状態に陥った小さな町を舞台にしています。でもそれ以外はいたっていつもの“ウェス・アンダーソン”です。

今作も俳優陣が凄い顔触れ。前作以上に大所帯です。

『天才マックスの世界』で映画デビューし、“ウェス・アンダーソン”監督あってこそのキャリアを持つ“ジェイソン・シュワルツマン”を始め、“スカーレット・ヨハンソン”、“トム・ハンクス”、“ジェフリー・ライト”、“ティルダ・スウィントン”、“エドワード・ノートン”、“エイドリアン・ブロディ”、“リーヴ・シュレイバー”、“ブライアン・クランストン”、“スティーヴ・カレル”、“マヤ・ホーク”、“ルパート・フレンド”…。

アジア系としては、『スノーピアサー』“スティーヴ・パク”『ザ・ホエール』“ホン・チャウ”などが出演しています。

他にも、本当に短い出番ですがビッグネームの俳優もサプライズ登場したり、もうなんだか「ウォーリーをさがせ!」みたいな雰囲気ですよ。

やっぱり“ウェス・アンダーソン”監督作にでておけば箔が付くし、国際映画祭にもでれるし、俳優には良いことづくめなのかな。

なお、“ウェス・アンダーソン”監督定番の“ビル・マーレイ”は、撮影数日前にコロナ感染で残念ながら降板。でも回復後に撮影セットを訪れて、わざわざ宣伝動画を作って出演したらしいので、よっぽど出たかったのでしょうね。

『アステロイド・シティ』は物語構造が少しややこしくて、作中で再現劇が行われており、つまり俳優は「俳優」を演じ、その作中の「俳優」は別のキャラクターを演じています。出演者は二重で演じないといけないので大変です。“スカーレット・ヨハンソン”なんて俳優を演じ、その俳優は女優の役を担当していて、その女優キャラがまた演技を見せたりしますからね。こうやって書いててもこんがらがってくる…。

“ウェス・アンダーソン”監督のファンはもちろん、監督作を知らない初心者の人も、一緒になって隔離されて強制的に親交を深めましょう。

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『アステロイド・シティ』を観る前のQ&A

✔『アステロイド・シティ』の見どころ
★完全にデザインされたオシャレな世界観。
✔『アステロイド・シティ』の欠点
☆癖の強い作風なので好みは分かれる。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:監督作ファンなら
友人 3.5:俳優ファン同士で
恋人 3.5:多少のロマンスあり
キッズ 3.0:子どもにはクセが強すぎる?
↓ここからネタバレが含まれます↓

『アステロイド・シティ』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):隕石の町で始まります

とあるテレビ番組の司会者が劇作家コンラッド・アープの舞台「アステロイド・シティ」を紹介します。これは1950年の時代設定で、科学賞を受賞した家族が集まる「ジュニア・スターゲイザーズ」というイベントに参加した人々を描いたものです。

司会者はステージで淡々と喋っていき、これから披露する劇で演じるキャストたちの紹介に移っていきます。そして物語は始まります。

荒野を走る列車。いろいろなものを乗せており、ロケットまであります。この荒野にポツンとあるアステロイド・シティ。普段は人は全然いません。隕石が落下してできた巨大なクレーターが最大の観光名所ですが、それ以外は何もないのです。しかし、今日は違ってきます。

レッカーされている1台の車が到着。降りてきたのは、戦争カメラマンのオギー・スティーンベック、その息子のウッドロウ、幼い娘のアンドロメダ、パンドラ、カシオペア…。

ダイナーでひと息入れていると、急に揺れます。爆弾のテストらしく、キノコ雲が遠くに見えます。これも日常茶飯事のようです。

車の修理は難しいようで、オギーは仕方ないので、公衆電話で義父のスタンレー・ザックに連絡を取り、迎えを頼みます。実はこの2人は仲が悪く、さらにオギーの妻が亡くなったことを子どもたちには伝えていなかったのも状況をややこしくしていました。

とりあえずみんなで車から荷物を降ろします。すると続々と車やバスが到着。みんなジュニア・スターゲイザーズの参加者です。

女優のミッジ・キャンベルと娘のダイナJ・J・ケロッグと息子のクリフォードロジャー・チョーと息子のリッキーサンディ・ボーデンと娘のシェリー。大勢の子どもたちと引率の先生ジューン・ダグラス。さらにバスに置いていかれたカウボーイたちも混ざっています。

一気に町はにぎやかになり、モーテルの管理人が彼らを迎え入れます。

オギーは子どもたちに母の訃報を伝えていました。「いつ戻ってくるの?」と幼い娘が純真に尋ね、それに対してオギーは淡々と「戻ってこない」と言い、ぎこちないハグ。「私たち孤児なの?」「いや、私がいる」

それが終わり、ダイナーでオギーは隣にいたミッジの写真を撮ります。「撮ったでしょ? なぜ?」「写真家だから」「プリントをちょうだい」「わかった」

いよいよセレモニー。グリフ・ギブソン将軍が、リッキー、クリフォード、ダイナ、シェリー、ウッドロウの発明品を表彰し、ジュニア宇宙科学賞を与えます。

次に天文台の科学者ヒッケンルーパー博士を紹介し、博士は観測機器を説明。そこでふとウッドロウは機器が「地球外生命体がいる」ことを表示しているのではと伝えます。

みんながランチをしているな中、ウッドロウは離れたところに座っていたものの、他の子と少しずつ話し始め、オギーとミッジは近い部屋に泊まり、窓越しに会話していきます。

一方、オギーの幼い娘たち3人は魔術ごっこで母親を蘇らせようとしていましたが、そこにスタンレーが到着。

夜、ヒッケンルーパー博士はみんなを集めて、箱を被って星空を見上げて観察します。すると明らかに星ではない緑の光が差し込み、なんとUFOが真上に飛来。しかも、ひとりのエイリアンが降りてきて、この町のシンボルである小さな隕石を持ち去って飛び去っていきました。みんな唖然と固まってその一部始終を見つめるだけ。

ただひとりオギーだけはその珍妙なエイリアンの姿を撮っていましたが…。

この『アステロイド・シティ』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/02/04に更新されています。
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科学は誰のために

ここから『アステロイド・シティ』のネタバレありの感想本文です。

『アステロイド・シティ』は、2つの舞台があります。ひとつは、劇作家コンラッドの演劇を紹介する番組ステージと舞台裏。もうひとつは、その演劇そのものである「アステロイド・シティ」での物語。前者はモノクロ、後者はカラーで表示されるので、視聴者としては混乱することはそんなにありません。

一応、この感想では“ウェス・アンダーソン”監督作の映画を『アステロイド・シティ』と二重鉤括弧で表記し、映画内の演劇を「アステロイド・シティ」と普通の鍵括弧で表記することにします。

ただ、演劇といってもブロードウェイとかではなく、50年代からあるテレビ劇ですけどね。“ウェス・アンダーソン”監督はインタビューで“エリア・カザン”の名をだしてましたが…IndieWire

「アステロイド・シティ」での物語はいかにも“ウェス・アンダーソン”監督らしい世界観全開。広大なジオラマは完璧に監督好みに構築されており、荒野なのに全然雑然としていません。バービーランドもびっくりです。

この「アステロイド・シティ」での物語はかなりさまざまな風刺に富んでいます。

真っ先に思いつくのがコロナ禍。宇宙人の飛来…でも『マーズ・アタック!』みたいに大戦争になるわけでもなく、あまりに「ちょっとすみません」的な登場で去っていったエイリアン(演じているのはなんと“ジェフ・ゴールドブラム”)。でも地球人は大パニックで、この町はロックダウンとなります。

そしてこの町の位置づけとして、ここはとても軍の管理下に置かれやすい場だということも重要な点でしょう。序盤で核爆弾の実験と思われる描写があるように(“ウェス・アンダーソン”監督流なのでポップなキノコ雲だけど)、この町はすでに危機に晒されています。

加えてあの「ジュニア・スターゲイザーズ」も、架空の兵器航空会社である「ラーキングス・コーポレーション」が出資しているので、これまた軍と癒着した「科学イベント」を標榜した「軍国主義的な催し物」にすぎません

その権力に手中にある世界で、それに反旗を翻す起点となるのが子どもたちで、『ムーンライズ・キングダム』のような反抗心が大人にも波及していきます。科学は政治権力者のためではなく、庶民のためにあるものだ…と示す、そんなメッセージを感じます。

この舞台となった1950年代は、科学が核兵器開発を後押ししてしまった時代であり、宇宙開発はそのまま戦争の対立と如実に繋がっていました。

“ウェス・アンダーソン”監督はアドリブで物語を増築していくタイプの人なので、たぶんコロナ禍を経験して、その「戦争・権力・民衆」のいつものテーマの中に隔離などのパンデミック要素もプラスしたのでしょうね。

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クィアなバックグラウンド

『アステロイド・シティ』でもうひとつ着眼点として面白いのは、クィアなバックグラウンドがあるということです。

『グランド・ブダペスト・ホテル』のように、クィア・リーディングできる映画は”ウェス・アンダーソン”監督作では存在してきましたが、『アステロイド・シティ』はそのフィルモグラフィーの中でも最もクィアが明白です。

比較的前半、モノクロのパートの中、“エドワード・ノートン”演じるコンラッドと、劇「アステロイド・シティ」内でオギーを演じる“ジェイソン・シュワルツマン”がさらに演じるジョーンズ・ホールが密かに出会い、キスを交わします。

この2人のゲイ・ストーリーは今作の根幹におそらく関わっており、後半にコンラッドは亡くなっていることが提示されます。つまり、これは喪失を描くゲイ・ロマンスです。

しかし、1950年代は「ラベンダーの恐怖」と呼ばれるセクシュアル・マイノリティへの迫害が深刻化していて(それも政府が主導しているのでここでも権力批判が重なる)、容易にゲイを描けません。

なのでこのコンラッドが作りだした「アステロイド・シティ」の物語、そしてジョーンズ・ホールが演じるオギーについて、あからさまな同性愛表象は描きようがありません。でもきっと内包されているに違いない…そう読み解くことができます。

例えば、オギーは妻を亡くしたばかりのようですが、ミッジと出会います。なんとなくこの2人は恋愛関係になるのかなと思っていたら、なおも距離は詰めません。窓越しに会話するだけで、ミッジの裸を見ようが何であろうが、2人は急接近はしないのです。

これはオギーの喪失感ゆえなのか、それとも彼のセクシュアリティを反映してのことなのか。

なお、ミッジがバスタブでだらんと身動きしないポーズをとっているシーンは、前作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』にもあった「マラーの死」のオマージュ。なのであのミッジはオギーにとっては亡き妻との対話を暗示しているのかもしれません。

対するオギーの息子ウッドロウと、ミッジの娘のダイナは、終盤でしっかりキスして恋仲になりますが…。

そんな中、モノクロのパートで、ジョーンズ・ホールはオギーの妻を演じるはずだった女優(“マーゴット・ロビー”が演じている)と外階段で出会い(ここでも距離がある)、言葉を交わします。劇中では出会わなかった2人が、映画内では出会うという、メタな構図です。

本作は、ある種のアートセラピーを表現しているとも受け取れ、辛い出来事があったとき、芸術は緩衝材として衝撃を吸収し、それでいて自己表現として心をケアすることもできる…。そんな温かい包容力も感じるものでした。

『アステロイド・シティ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 75% Audience 62%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0

作品ポスター・画像 (C)2022 Pop. 87 Productions LLC アステロイドシティ

以上、『アステロイド・シティ』の感想でした。

Asteroid City (2023) [Japanese Review] 『アステロイド・シティ』考察・評価レビュー