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ドラマ『くたばれケビン!』感想(ネタバレ)…良い夫婦関係の秘訣は「ファック」の罵倒です

くたばれケビン!

良い夫婦関係の秘訣は「ファック」の罵倒?…ドラマシリーズ『くたばれケビン!』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Kevin Can F**k Himself
製作国:アメリカ(2021年)
シーズン1:2021年にAmazonで配信
原案:ヴァレリー・アームストロング
DV-家庭内暴力-描写

くたばれケビン!

くたばれけびん
くたばれケビン!

『くたばれケビン!』あらすじ

アリソンはケビンと結婚して10周年の節目の年を迎えていた。2人の家にはケビンの親友やお隣さんが集まっていつもワイワイと賑やかに過ごしている。ケビンの他愛もないおバカな会話や、どうしようもない思い付きに振り回されつつも、アリソンは今日もせっせと料理を作り、家事をする。そして、ケビンがいない場では…アリソンは感情は無になる。限界だった。でも自分ではどうすることもできない…。

『くたばれケビン!』感想(ネタバレなし)

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DVの心理的抑圧を風刺するアイディア

内閣府の公表値によれば、2020年度のドメスティック・バイオレンス(DV)の相談件数は2019年度の約1.6倍に上る約19万件となったそうです。急激な増加の背景には、コロナ禍によって家庭環境が変化し、夫婦が一緒にいる時間が増えたこと、さらに社会不安にともなうストレスの増加などが指摘されています。このコロナ禍にともなうDVの急増は日本だけでなく、世界的にも報告されており、非常に深刻な問題です。

DVと言うとどうしても物理的な身体への暴力や、もしくは酷い言葉を浴びせるなどの暴言を想像します。もちろんそれもDVにおける重大なパターンのひとつなのですが、それだけではありません。例えば、経済的な束縛(高価なモノの購入を強要する、逆に買わせないなど)もDVです。そして忘れられがちなのは心理的な抑圧です。これは厄介です。一見するだけではDVには見えません。世間的には良い夫婦関係を築いているかのように錯覚させます。被害者も被害を訴えないこともあります。

しかし、それこそがこの心理的な抑圧の怖いところ。知らぬ間に加害者パートナーによって服従関係が構築されてしまい、自身の抵抗力を奪われ、何も言い返すこともできなくなり、マインドコントロールされていく。自分が悪いのではないかというふうに被害者の方が罪悪感を抱え始めてしまう。そして加害者パートナーはさらに増長して過激になっていく。こうなるともう抜け出せない…。

DVにおける心理面での暴力は“視点を変えないと見えない恐怖”のようなものです。

そんなDVの心理的抑圧を「そうきたか!」という演出で巧みに表現してみせたユニークなドラマシリーズが登場しました。それが本作『くたばれケビン!』です。

本作はとある一組の夫婦が主人公なのですが、DVの心理的抑圧を風刺するひとつの斬新なアイディアで勝負しています。それが「シットコム」。室内のセットで登場人物がワチャワチャとトークやボケを繰り広げながら、観客の「ギャハハハハ!」という笑い声が挿入されるという、アメリカの典型的なホームコメディのドラマですね。

本作では、夫のキャラクターが登場しているときは完全にシットコム風になります。演出も証明もセリフのノリも何もかも。しかし、ひとたび妻のキャラクターだけになると雰囲気は一変。彼女の心理状態を表現した暗い空気に様変わりし、そのギャップが両極端な視点の違いを映し出す。視点を変えることで“見えてくるもの”…その変化にハッとさせられる、そういう作品です。

なのでコメディの看板を掲げていますけど、実態はかなり精神的にキツイ内容です。DV被害の経験者はフラッシュバックする可能性もあるんじゃないだろうかという…。直接的な暴行があるわけではないのですけどね。でもDVはDVだから…。

なお、本作『くたばれケビン!』の原題は「Kevin Can F**k Himself」なのですが、これはCBSのドラマシリーズ『Kevin Can Wait』へのオマージュのようです。

原案は“ヴァレリー・アームストロング”という脚本家で、本作を生み出すくらいですから、なかなかに意欲的なクリエイターなのかな。私も今作で知りました。

主人公である妻を演じたのがカナダ人の“アニー・マーフィー”。ドラマシリーズでよく活躍していた俳優ですが、キャリアのクリティカルヒットとなったのが2015年から開始されたドラマ『シッツ・クリーク』。名だたる賞を総なめにした本作で一気にシットコム界のスターになりました。そんな“アニー・マーフィー”が『くたばれケビン!』でこんな役にキャストされるということ自体が風刺ですね。

共演は、『The Real O’Neals』の“メアリー・ホリス・インボデン”、『Kirstie』の“エリック・ピーターセン”、『Superstore』の“アレックス・ボニファー”、『Here and Now』の“レイモンド・リー”、『A Minute with Stan Hooper』の“ブライアン・ハウ”、『Days of our Lives』の“キャンディス・コーク”など。シットコム界なら慣れたものな俳優陣の勢揃いです。私はあんまりシットコム作品常連の俳優に親しんでいないのでこれを機にじっくり覚えておかないと…。

日本での話題性は低いですが、夫婦間でのジェンダーロールなどのテーマに関心がある人や、シットコムを風刺したアイディアに興味がある人はぜひ鑑賞してみては?

日本国内では「Amazonプライムビデオ」で配信中。シーズン1は全8話で1話あたり約40分ちょっとです。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:パートナーにイラついたときに
友人 3.5:悩みを共有できる人と
恋人 3.5:良い関係の相手と
キッズ 3.0:大人のドラマだけど
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『くたばれケビン!』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『くたばれケビン!』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(序盤):結婚10年目、変わるときがきた

アリソンケビンは結婚10周年目の仲睦まじい夫婦。今日もケビンはリビングで、友人のニールと父親のピートと一緒に陽気に大盛り上がりしています。そこにお隣さんでニールの姉妹であるパティも加わっていたりも。

結婚10周年ということで「大人っぽくディナーとかしない?」とアリソンは提案してみますが、ケビンはどんちゃん騒ぎの方がいいらしく、「来年は君のやり方にしよう」と今回は却下します。その返事を聞いて愛想よく笑いながら明るいリビングを出てキッチンに戻るアリソン。

辛い。感情をグッとこらえるアリソンの表情は堅いです。自分の心を奮い立たせるように…。

アリソンは引っ越しのパンフレットを見つめます。気を取り直して居間へ。ソファに座るケビンの前にいつものように料理を出します。夫は料理にダメ出し。そして、この家を変える予定もないようです。ケビンは外へ。独りになるアリソン。また感情をグッとこらえ…。

アリソンは不動産屋で新しい家の写真を眺めます。上手くいかないことだらけの日常。アリソンは職場の売店に行きますが、同僚に「あなたは幸せだ」と言われるも全く響きません。

家に帰るとまたケビンは居間でゲームをしていました。それでも諦めきれないアリソンは思い切って、欲しいものとして物件のチラシを見せ、乗り気じゃないケビンに「新しいスタートを切りたい」とせがみ、なんとか了承を取り付けようとするのでした。

結婚10周年パーティを家で開くことなり、ケビンは上司を呼んだらしいですが、自分は庭に定番の仲間と盛り上がりたいので上司対応はアリソンに任せるつもりのようです。「明日は朝イチには銀行に行くのを忘れないで」と釘を刺しつつ、ケビンのためにミート&チーズを職場で作ります。

そんな中、偶然に拾ったチラシにあったダイナーへ。そこで働いていたのはサムでした。学生時代の友人です。ニューヨークに出ていったのですが戻ってきたそうです。

結婚10周年のホームパーティ当日、実はハメを外したかった上司にあっさり気に入られ、上司提案で部署転換となり、ケビンは引っ越しはしないと宣言。アリソンの微かな希望は打ち砕かれました。

完全に失意のどん底で外の空気を吸うアリソン。隣にはパティがおり、「クソくらい言ったら?」「楽しんでみたらいいんじゃない?」と口にしますが、アリソンは「そんな気分じゃない」と一言。パティは「人生に劇的な変化は起こらない」と言いますが、「頑張るのに疲れた、やり直したい」とアリソンは自分の切望をこぼします。しかし、パティは思わぬ事実を突きつけました。「おカネがないから無理。貯金はないよ」…実は貯金があるように見せていましたがケビンは使い切っていたのです。

万事休す。これでは家を買うのは不可能…それどこか何もできない…。

泣きながら「クソ!」と愚痴を独り言で言い放つアリソンの頭の中に、ある妄想が浮かびます。

ケビンを殺す想像が…。 

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シーズン1:残酷なショーヴィニズム

『くたばれケビン!』のアリソンは表向きは「平凡な妻」ですが、実際の心はズタズタに疲弊しており、かなり精神的に追い込まれています。パティからは意見を言えばいいと諭されますが、言えません。アリソンはいつからか夫のケビンに完全にいいように転がされるだけで反抗できない状況に陥っていました。

会話から察するにどうやらアリソンはケビンと結婚する前、実家生活時代から抑圧的な環境にいたようです。そんなアリソンにとってケビンとの出会いは「希望」に見えたのでしょう。でも現実は違った…。

よくこういう状態に陥った人に対して「結婚しなければよかったのに」とか「別れればいいのに」と進言する人もいますが当事者にはそんな選択肢は初めからない。そうせざるを得なかった境遇があるんですよね。

そんなアリソンの心理的状況を巧妙に表現しているのが例のシットコム演出。DV絡みの心理的抑圧の表現と言えば最近だと『透明人間』がありましたけど、今回はより家庭に身近なアプローチです。

精神的な問題を抱えた女性の心理をシットコムで表現して見せた作品はつい最近も『ワンダヴィジョン』があったわけですけど、そっちは壮大なファンタジーSFのスケールに発展していったのに対して、この『くたばれケビン!』はさらに日常の同質化しているので、わかる人にはリアルに近い怖さも一層増します。「自分もこうだ…」という…。

とくに「男性のショーヴィニズム」…つまり周囲の人間(女性)を格下としか思っていない振る舞い…というものが、世間全体で“面白いもの”として消費されていく。そういう残酷さがあの本作のシットコム的な笑いの表現によってグリグリと抉り出される感じ。

この醜悪なショーヴィニズムはオキシコドン程度では殺せないのでした…。

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シーズン1:みんな表と裏がある

一方の夫であるケビンなのですが、彼のキャラクターは誇張されすぎだと思う人もいるかもですが、それは当然のことで、なぜならシットコムなのですから。そもそも私たち観客はケビンをシットコム演出を通してしか認識していません。だからこそ実際のケビンはどこにでもいるんじゃないかと考えられる。

同時にケビンもおそらく別の側面を持っているんだろうなと察することもできます。きっと職場ではかなり立場は弱いのでしょう。お気楽にもできない。だからこそ地元の、とくに家庭ではあれほどに傲慢で我儘に“子ども化”して発散している。単なるおバカキャラじゃない。おバカになることで逃避している。自分の弱さを直視することから。

ケビンの上司もそうですよね。彼は職場でも家庭でも居場所はないのでしょう。どこかで自分を曝け出したいのにできない。その不満がケビンと意外にもシンクロする。

“男らしさ”に疲れ切った男性特有だと思うのです。こういう幼児退行というか、“子どもの頃に帰りたい”願望。問題はその欲求を女性を犠牲にすることで成就させようという構造なのですが…。

パティもそうです。彼女は家ではやけに真面目そうな恋人の男性カートとの趣味や嗜好の不一致に苦しんでいました。そしてタミー・リッジウェイ刑事との出会いによって性的指向の不一致も遠因だったことも浮かびあがってきます。たぶんパティはあそこで初めて自分の同性愛的欲求を自覚したのでしょう。30代からの性的指向自認を描く作品は珍しいですね。

サムも結婚家庭環境に不満を抱えていました。ダイナーという一応の居場所を与えられても、そこに自分の生きがいはなく、結局は管理されている自分。アルコール依存症自助集会に通っているあたり、サムもまたそういう自己の道筋を見失って迷ったあげくの致し方ない今のかたちなのでしょう。最初はアリソンの視点ではサムがステキな救世主に思えたかもしれませんが、それもやっぱり一方的な視点に過ぎないです。

『くたばれケビン!』は主に妻のジェンダーロールを題材にしていますが、実のところは、性別、人種、性的指向などあらゆる視点における、「みんな表と裏があって自己を素直に出せない葛藤がある」というポイントを突いている。人には明かせない人生の舞台裏。その駆け引き。そこが本作の面白さだと思いました。

定期的に悪態をつけるくらいの人生を生きていきたいものです。

『くたばれケビン!』
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 80% Audience 69%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0

作品ポスター・画像 (C)AMC Studios

以上、『くたばれケビン!』の感想でした。

Kevin Can F**k Himself (2021) [Japanese Review] 『くたばれケビン!』考察・評価レビュー