めっちゃ怖れている…映画『ボーはおそれている』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2024年2月16日
監督:アリ・アスター
自死・自傷描写 性描写 恋愛描写
ぼーはおそれている
『ボーはおそれている』物語 簡単紹介
『ボーはおそれている』感想(ネタバレなし)
アリ・アスター監督は○○虐がお好き
「○○虐」というスラングがありますが(「○○」にはキャラクターの名前が入ります)、これは最近はカジュアルに使われる傾向が一部であるのですけど、本来は二次創作などで特定のキャラクターが虐待的に扱われていることを示すラベルとして用いられてきました。要するにセンシティブなコンテンツを事前に警告し、区別するための言葉です。人によっては嫌悪感を与える内容ですから。
それを踏まえると、今回紹介する映画は「○○虐」というラベルを真っ先に貼るのにふさわしすぎる作品です。
それが本作『ボーはおそれている』。
この映画の物語はなかなかに奇々怪々なので説明が難しいのですが、ボーという名のひとりの中年男性が主人公で、とにかくこの男がひたすらに酷い目に遭い続けます。それこそ「もうやめてあげてよ!」と思わず声をあげたくなるレベルです。
「酷い目って具体的にどんなふうに?」という疑問が湧くと思いますが、その中身が一般的に想像できるものじゃなく…。物語が進めば進むほどに想像の斜め上をいきます。最後は観客放置で「ぽかーん」状態ですよ。
しかも、この映画、約3時間あるのです。3時間近くも酷い目に遭うなんて、完全に拷問だし、それを見せられ続けることになる観客としてもどういう気持ちになればいいのか…。
でもこの監督だからしょうがないのです。ええ、“アリ・アスター”という監督はね…。
長編映画デビュー作『ヘレディタリー 継承』(2018年)に始まり、2019年の『ミッドサマー』は日本でもカルト的にヒットしたことで、この異形の才能が日の目を見てしまった感じもありますが、それは良かったのだろうか…。
“アリ・アスター”監督の最新作である『ボーはおそれている』は、『ミッドサマー』でこの監督に触れた人を確実にドン引きさせる代物です。「一体これは何を見せられているんだ…!?」と観客は困惑の底なし沼に投げ込まれるのはいつもどおり。しかし、今作はその沼の濁りっぷりが尋常じゃない…。
万人ウケしづらい映画を作る人ではありましたが、『ボーはおそれている』は最悪級に意味不明の大暴走をしまくっています。フィルモグラフィーとしては最大の予算なんじゃないかと思いますけども、“アリ・アスター”監督、ブレないです…。
主演を飾るのは、『ジョーカー』の“ホアキン・フェニックス”。『ナポレオン』で歴史上の偉人を憂鬱に演じていたばかりですが、その前にこの『ボーはおそれている』を撮っていたそうなので、雰囲気を引きずってしまったんじゃないだろうか…。
加えて、この『ボーはおそれている』での“ホアキン・フェニックス”、陰鬱そうなキャラクターというだけでなく、めちゃくちゃ体を張ったシーンが多いのです。見方によってはドリフの寸劇なのか!?っていうくらいにアホそうな絵面になっているのですが、不気味で痛々しくもあり…。
“ホアキン・フェニックス”は本作の撮影の終盤に(自分が映っていないシーンで)疲労で気を失ったそうで、大変だったんだなというのがわかります。
もともと“ホアキン・フェニックス”はかなり役にのめり込むタイプの俳優ですが、そこに“アリ・アスター”監督の嗜虐的な世界観がさらに加圧されたのか…。
あらためてわかるのは、“アリ・アスター”監督作の主演になると虐げられるんだなってことですかね(『ミッドサマー』のときも“フローレンス・ピュー”は大変だったろうし…)。
共演は、ドラマ『ハリウッド』の“パティ・ルポーン”、『ワース 命の値段』の“エイミー・ライアン”、ドラマ『ロスト・イン・スペース』の“パーカー・ポージー”、『見えざる手のある風景』の“カイリー・ロジャーズ”、『その道の向こうに』の“スティーヴン・ヘンダーソン”、『理想郷』の”ドゥニ・メノーシェ”など。
他に、ドラマ『バリー』でおなじみの“ビル・ヘイダー”もちょこっとだけでているのですけど、気づけるかな(『バリー』を知ってると笑える役回りです)。
『ボーはおそれている』で「ボー虐」をたっぷりお楽しみください。
『ボーはおそれている』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :監督作が好きなら |
友人 | :困惑を共有して |
恋人 | :デート向きではない |
キッズ | :子どもには不向き |
『ボーはおそれている』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):ボーは恐れる。何を?
くたびれた表情が浮かぶボー・ワッサーマンはセラピストの前に座ります。カウンセリングはいつものこと。母からの電話がスマホの通知にでますが、今は応答できません。カウンセラーからは新しい薬を処方され、水を常に飲みなさいと念を押されます。
それが終わって、言われたとおり薬を飲みながら街を歩きます。夜になって、治安はますます悪くなり、追いかけてくる人から逃げて、自室のあるアパートの建物に急いで駆け込みます。
部屋は殺風景。父の写真に覇気なく挨拶し、道中で買った聖母の小さな置物の裏に母へのメッセージを書きます。ペンを探して引き出しを漁ると、エレインと書かれた女性の写真が目にとまります。
明日は父の命日で母の待つ実家に帰る予定です。早く寝なくては…。しかし、騒音で寝れません。しかもドアの外に気配を感じ、紙が下から何度も差し込まれます。これはイタズラなのか…。
耳に指を突っ込み、朝を迎えました。アラームが鳴っています。寝坊です。飛行機の時間はもうすぐ。急いで身支度し、荷造り。慌てていたのでドアにカギを差しっぱなしにして、その一瞬の隙に鍵が消えてしまいました。
意気消沈で実家に戻れないと母に電話で説明するも、呆れられ電話を切られます。
すると急に誰かがドアを突き破ってくるかのような感覚に襲われ、急いでドアを塞ぎ、薬を飲みます。けれども水を使いませんでした。水道はでません。パニックです。
こうなったらと意を決して外へ飛び出し、向かいのコンビニに駆け込み、水のペットボトルを手にし、飲みながらレジに持っていきます。でもクレジットカードは使えず、慌てながら現金をだしますが、なかなか適切な金額にならず…。背後のビルのドアを気にしつつ、どんどん人が入っていく様子を目にして、「警察を呼ぶぞ」と店員に脅され、焦りは限界に。
結局、ドアのオートロックで建物から閉め出されてしまいました。茫然です。通りには誰もいません。しょうがないので外壁工事の足場を登り、そこで一夜を過ごすことにします。
自分の室内は大勢で賑わっています。朝、平然と工事が始まっていました。ビルに割って入ると、自室のドアの前に血を流して倒れた全身タトゥーの人がひとり。呼びかけても反応なし。室内はグチャグチャで慌ててドアを閉めます。
パソコンで確認し、フライト予約をしようにもクレジットカードは使えません。その事情を母に伝えようと電話すると、見知らぬ声が返事します。それによれば母と思われる人が死体で発見されたと…。事情を呑み込めず、ようやく理解した瞬間、ショックでしばらく立ち尽くします。
事前に準備していた風呂は水でいっぱいで溢れています。放心状態で湯船に浸かるボー。スマホと聖母を握りしめて…。
ふと上を見上げると、湯船の天井におっさんが張り付いていました。落下してきます。揉み合い、やっと解放されると、全裸で外へ。その姿を警官に見つかり、「武器を捨てろ」と銃を突きつけられ、咄嗟に反対に逃げるも、今度はトラックに轢かれてしまい…。
ボー虐が手を休めない
ここから『ボーはおそれている』のネタバレありの感想本文です。
『ボーはおそれている』、何から感想を書けばいいのか、困る映画ですね…。
長尺の映画ですが全体として「アパート」「夫妻看病」「森の劇団」「母の家」の4つのパートに分かれています。どのパートでも一貫しているのは徹底して「ボー虐」と言える主人公への極端な虐げが描かれることです。
第1幕のボーの住むアパートを中心に展開されるパートからして、それはもう連発で畳みかけるような酷さであり、ギャグとホラーの紙一重を行ったり来たりして弄ぶようです。悪趣味極まりないですね。
とくにあの母の死を聞かされてからの入浴のシーンで起きる不条理は尋常ではなく…。ここで本作がユニークなのは主人公を中年男性に設定していることです。正直、風呂場でホラー的な展開が起きるのはジャンルの定番です。でもたいていは若者や女性が被害者になることが多いです。なのに本作はあえて中年男性を据え置いています。中年男性をそこにぶっこむことでどう見えるのかを実験しているみたいです。
この風呂場のシーンも、入浴するボーの上の天井に男が張り付いているという場面で、しかもその男もまたなぜか困惑していて、あげくに落下することで、オッサンとオッサンがパニックで湯船で溺れ合ってしまうオチになります。怖いんだか、笑っていいのか、もうわからない…。
グレースとロジャーの夫婦に看病される第2幕になると、今度はトニという若い娘が地獄のトリガーになります。あそこは若い女子にキモがられるオッサンという、また中年男性いじりの嫌味なアプローチかと思えば、一線を越えて猟奇的なんですよ。そりゃあ、目の前でペンキがぶ飲みで自殺されたら、状況説明できないよね…。
第3幕の森で出会った旅回りの劇団のパートになると、ボーの深層心理なのか、その世界が抽象的に垣間見えます。ここはアニメーションで描かれますが、このアニメーションを担当したのが“アリ・アスター”監督も大絶賛のストップモーションアニメ『オオカミの家』の監督“クリストバル・レオン”だそうで、やはりホラー風味が漂います。
そして戦場を逃げるように森を脱していよいよ辿り着いた母の実家。この最終パートでは、まさかの大人のエレインが登場。
序盤からこのボーにとってのヒロインは10代に出会った彼女であることは提示されていました。その出会い方といい(ボーの若い頃を演じた“アルメン・ナハペティアン”、なんかすごい“ホアキン・フェニックス”っぽさを漂わせていて、よく見つけてきましたね)、すごく男性の性的幻想そのもので、中年での再会で、しかもその憧れのあの子とついに体を交えることができます。ボーは父がセックス直後に死亡したと母から聞かされていたので性行為恐怖症で、このセックスシーンも相当におっかなびっくりなヘンテコな描かれ方なんですが、でも無事に完遂したようでホっとひと安心。なんだ、性的なヒロインのおかげで自分を取り戻す中年男性なんて、まるで“村上春樹”作品みたいじゃないかよ…。
…と思っていたら、はい、これは“アリ・アスター”作品です。そうはいきません。ボーに対してさらなるトラウマを植え付けてきます。ボーの心のHPはさっきからゼロをずっと下回ってるよ…。
本作の原題は「Beau Is Afraid」ですけど、白々しいタイトルです。恐れさせているのは“アリ・アスター”、あなたですよ。鬼畜だよ…。
楽しんでやがる…
理解不能な展開の連続挿入に脳が麻痺しかけますが、『ボーはおそれている』は一体どういうことなのでしょうか。
最初のパートからボーがカウンセリングに通っていることからも察せますし、そのボーの言動からもわかるのですが、彼は極度の不安症を患っています。つまり、あの外がゴッサムシティより酷いんじゃないかという異様に世紀末のようにカオスに描かれているのも、リアルではなく不安症の人にはこう見えるという可視化表現だと解釈できます。
序盤でビルの屋上に人が立っていたり、希死念慮も窺えますしね。
以降もメランコリックでカオティックな世界が継続しますが、そういう解釈で見ていくことは可能です。
ところが最後のパートでそれはひっくり返ります。実はあのボーの母のモナは生きており、どうやらこの母が全てをずっと仕組んでいたことが明かされます。
作中で変なところはいっぱいありました。モナの死を伝えるニュース報道も作り物っぽかったですし、登場人物ほぼ全員がモナの企業のスタッフのようです。あの世界全てがリハビリテーションの実験地区だったことが示唆されます。『トゥルーマン・ショー』みたいに。
それは映画開幕から提示されていて、モナ・ワッサーマンは実業家らしいのですけど、その企業のロゴ「MW」が表示されます。この映画自体がモナの手の内にあるということです。
“アリ・アスター”監督は、過去の長編映画だけでなく短編含めて、ずっと「家族」というものの恐ろしさを描き続けてきました。それは「コミュニティ」の不気味さでもありました。
今作のモナはまず母親です。そして巨大複合企業のトップでもあり、資本主義批判も重なります。さらにモナはボーにとって神であり、聖母の像を買うあたりからして信仰心があります。本作は神が人を虐める話とも言えます。
終始、このボーは罪悪感に押しつぶされそうになっており、それは「水」への恐怖としても表現されていました。冒頭で胎児視点で母から生まれるシーンを描くときも、誕生の喜びとかではなく、溺れかけ叩かれて息をさせられる苦痛から始まります。水を飲むことに憑りつかれ、風呂場でオッサンに潰されて溺れそうになり、最期も水上で爆死する…。
全編にわたって出生や創造への恐怖が散りばめられていました。
その極めつけがあの父親だという巨大なペニスの怪物。あそこまで描くとは…やりやがりましたね。
“アリ・アスター”監督の変なところは、そんな主人公に同情させようとしないあたりです。むしろ虐待されているさまを楽しんでいるとしか思えない。“アリ・アスター”監督は「この世は最悪なんだからその最悪を楽しもう」と開き直りの境地に達しているんじゃないかな…。
静まり返る中のエンドクレジット。“アリ・アスター”監督の満面の笑みだけが私には見えていましたよ。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 67% Audience 71%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2023 Mommy Knows Best LLC, UAAP LLC and IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved. ボーは恐れている
以上、『ボーはおそれている』の感想でした。
Beau Is Afraid (2023) [Japanese Review] 『ボーはおそれている』考察・評価レビュー
#アリアスター #ホアキンフェニックス