君の心に刻んだ名前
お前と映画みたいな恋がしたかった…Netflix映画『君の心に刻んだ名前』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:Your Name Engraved Herein
製作国:台湾(2020年)
日本では劇場未公開:2020年にNetflixで配信
監督:リウ・クァンフイ

君の心に刻んだ名前

『君の心に刻んだ名前』あらすじ

1987年、戒厳令が解除された直後の台湾。社会は新しい時代を迎えようとしていたが、多くのものは変わらないまま。家族からの期待とプレッシャー、学校の厳しい規律の徹底、そして同性愛者への差別。社会の偏見を日々感じる中で、高校生のジアハンとバーディは惹かれ合っていくが、それを素直に受け止めることがなかなかできない。

『君の心に刻んだ名前』感想(ネタバレなし)

2020年はゲイ・ロマンスも忘れずに

2020年を振り返るとレズビアン・ロマンスの映画が突出して傑作揃いで勢いがあったという印象が強いです。だからといって、男性同士の同性愛(ゲイ)を描く作品が低調だったわけではありません。

例えば、邦画なら『his』を始め多数の映画がありましたし、海外作品も名監督の作品がバンバンと送り込まれてきました。さらになんといってもBLドラマが一部のコミュニティを賑わせていたのも大事な出来事でした。とくに『2gether』といったタイ作品は日本でも熱狂的な愛好家を獲得し、ファンベースのじわじわ広がる人気拡大の強さを思い知ることができました。また、日本国内でも『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(愛称「チェリまほ」)が話題になったのも記憶に新しいです。


もちろんこういう同性愛作品が連発することと、実際に社会で同性愛が平等を勝ち取れるかはまた別問題で必ずしも連動しないのですが、作品が増えるのは単純に考えて喜ばしいと思います。私なんかはそういう同性愛のようなコンテンツ・カルチャーとしての歴史的土台がない、アセクシュアルに属する人間なのでちょっと羨ましいなと思って眺めてました。今後はBLファン・コミュニティとゲイ当事者・コミュニティが上手く相互理解を進めていくといいのですけどね。

そんな中、2020年の終わりにまたひとつ良作のゲイ・ロマンス映画が登場していました。それをスルーはできません。それが本作『君の心に刻んだ名前』です。

本作は台湾映画です。台湾と言えばLGBTQ界隈ではこのニュースは記憶に刻まれています。2019年、台湾はアジアで初となる同性婚の法制化が実現したのです。これは本当に嬉しい出来事。何かとアジア諸国は保守的な家庭観が根強く、LGBTQを表現することは認めても、法律で認めることはしてくれません。それは日本も同じです。

台湾のそのアジアの先頭に立てたのは、支配力を拡大する中国を牽制する意味合いもあるようです。中国はセクシュアル・マイノリティを認めておらず、作品ですら描写できません。台湾はそんな中国と真逆の姿勢を打ち出すことで、同化されまいとしています。

それら政治的駆け引きがあるのは気になりますが、とにかく台湾に暮らす同性愛者の皆さんは念願を手にしました。普通に結婚できる。その幸せを。

そういう到達点にいる台湾を考えながら、ぜひこの『君の心に刻んだ名前』を鑑賞してみてください。本作は1980年代後半の台湾を舞台にしており、まだその時期の台湾は重苦しい同性愛差別が蔓延していました。なので本作を観ていると結構辛いシーンもあります。「今の台湾は同性愛結婚を認めている」と頭に入れておくことで、かろうじて救いがあるような感じです。それでもしっかりと差別をしていた社会の歴史を直球で描けるのは、さすが台湾な佇まいですね。

監督は“リウ・クァンフイ”という人で、これまでは主にドラマシリーズで活躍されてきたようです。今回の『君の心に刻んだ名前』は自身の経験をもとにしたパーソナルなストーリーだそうで、現在50歳だという監督が半生を振り返る意味もあったのでしょう。どおりで当事者が変化する台湾社会を生きてきたという重みが映画から伝わるわけです。

絶対にそうであるとは言わないですけど、やはり当事者が作るLGBTQ映画と非当事者が作るものとでは、「自分のストーリー」を投入できるという点で前者に圧倒的なアドバンテージがあると思うのです。それにその“体験”を何よりも尊重する社会になってほしいじゃないですか。

なので“リウ・クァンフイ”監督という歴史を知る当事者が本作を作ったことは、台湾の若い当事者に語り継ぐうえでもとても大事だと思います。

俳優陣は、主役を務めるのが“エドワード・チェン”。彼はまだそこまでキャリアはないのですが、家族に同性愛者がいるそうで、おそらくいろいろな気持ちを込めながら演じたことでしょう。

その主人公の恋相手を演じるのは、 主演作『返校』が台湾で大ヒットした“ツェン・ジンホア”。そして台湾映画界を代表する俳優として言うまでもなく著名な“レオン・ダイ”も起用されており、意外なほど贅沢なキャスティングです。
 
とにかく俳優陣の人間模様が素晴らしく、ずっと見ていられます。ほんと、延々と主役の2人のじゃれ合いを眺めていたい気分です。

『君の心に刻んだ名前』はNetflixオリジナル映画として2020年12月23日から配信中です。

オススメ度のチェック
ひとり◯(純愛物語として心揺らす体験を)
友人◯(青春時代の苦悩を語れる友と)
恋人◎(切ないラブ・ストーリーを)
キッズ◯(セクシャルなシーンややあり)

『君の心に刻んだ名前』予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『君の心に刻んだ名前』感想(ネタバレあり)

あらすじ(前半):おやすみ

「恋愛のために喧嘩をしたのか?」…そうオリバー神父は男子生徒に話しかけます。そう言われたひとりの男子は頭から血を流しており、つい今しがた激しく争ったばかりのようです。

「相手はどの女の子?」と神父に聞かれた男子生徒・アハンは、黙りこくるも話すべきか探るように見つめます。

1987年。戒厳令が解除された台湾。民主化に向けた大きな一歩となりましたが、ここ男子高校はそんな社会情勢の変化も露知らずいつもどおりの日々が続いていました。

プールの授業中、アハンは隣の男と偶然にも目があいます。転入生なのか。みんなで一斉に潜る中、相手を見つめて好奇心が消えません。

彼はバーディと呼ばれており、それは映画の題名らしいです。そんなバーディとなぜかいつのまにか仲良くなっていたアハン。バーディはアハンの寮部屋に遊びに来たりします。舎監による違反品チェックが突発的にあったりするのですが、お構いなしです。

アハンたち男子高生は色恋に夢中なお年頃。夜中に出かけて同年代の女子たちと密会。他の男たちは体を重ねる中、アハンは女性の方から求められても上手く答えられません

ある日、無断外出が見つかってしまい、廊下で教官に尻を叩かれるバーディがいました。その制裁がひとまず終わり、シャワールームで体を洗うバーディを心配するアハン。そこへ他の男子の奴らが入ってきて、思わずアハンはバーディのいる個室に隠れます。なにやらその男子たちはひとりの男子をイジメているようです。「ゲイは陰毛がないんだってな」と嘲笑いながら、ズボンを無理やり脱がせて陰毛を焼こうとします。

そのとき、音を出してしまい、誰かいることがバレます。しょうがなくアハンだけが出て、その場をやりすごそうとします。しかし、その男子たちはアハンにも一緒に変態を懲らしめようと誘うのでした。空気に流され、嫌々ながら棍棒を振り上げるアハン。そこにバーディが飛び出し、虐められた相手を抱えて立ち去っていきました。「同じ個室にいたのか?」と他の男子に聞かれ、「いや2番目にいた」とその場は誤魔化すアハン。

そんなことがありつつも、それでもアハンとバーディはこっそり会うのをやめません。舎監の車に放尿してやったりもしました。

別の日、偉大な国のリーダーだった蔣経国が亡くなり、世間が悲しみに包まれる中、2人は追悼式にでるという口実で街に向かいます。嘆き悲しむ大勢の人がいて、2人は高校代表として表向きは参加し、とりあえず泣き顔を作り、雑な祈りを捧げます。でも内心では都会の雰囲気に興奮しっぱなしです。

すると「同性愛は病じゃない」という文字を書いた板を抱え持つ人が目にとまります。変な奴と笑う2人。しかし、その人は私服警官とおぼしき人たちによって連行されていき、2人はその理不尽さに怒るのでした。

「世界の人口が50億人を突破したらしい」「多すぎる」「子どもは要らない」「どうせ俺らは産めない」…そんな会話をしながら夜の街を彷徨う2人。

アハンは家では重圧に苦しんでいました。男たるもの立派な存在にならなくてはいけない。しかし、アハンにはそれは理解できません。母に「なぜ父と結婚したのか」と聞くと、「この年で愛なんて」と恥ずかしそうにするも「だからあなたが生まれたのよ」と母は諭します。しかし、アハンは「結局は繁殖か」と冷たい態度で返します。

バイクで2人は疾走し、この窮屈な世界で2人だけの自由を謳歌します。映画を観た帰り、「人生より映画の方が面白い」と映画監督になりたいバーディは語り、「お前の映画を俺が曲をつけるよ」とアハンも答えます。

そんな2人の関係は、高校が共学となり、女子生徒が入ってくるようになり、少し変化していくことに。

そしてアハンはバーディへの愛を自覚し始め…。

ずっと見ていたい2人

こういう作品を観るとたいてい私は「とにかく幸せになってくれ…」と切に願いながら拝むように鑑賞することになるのですが、この『君の心に刻んだ名前』も全く同じでした。

あのアハンとバーディのつかず離れずの距離感による交流。たまらなく良いです。

“リウ・クァンフイ”監督はインタビューで香港映画『ブエノスアイレス』を挙げていたのですが、確かにそれに通じる雰囲気がムンムンと漂っています。

最初の出会いから最高ですし、そこからちょっとずつ距離を縮めていく感じもじれったくてもどかしい。それでいて一気に接近する積極性も見せたり…。

異性愛だったらもっと堂々と恋愛ができます。これは同性愛だからこその探り探り。

そこに女子生徒との共学となるという変化が起き(といってもフェンスで区切られている)、バンバンという女子がバーディと急速に接近することで、この恋路に不安が発生します。バンバン(演じるのは“ミミ・シャオ”)の容姿が可愛いかどうかとか、そんなものはまあどうでもよく、何よりもアハンをモヤモヤさせるのはバンバンが自立的にしっかりしている人間だということ。毅然と権力に立ち向かえるバンバンと比べると自分なんか…そんな劣等感を抱くのは、家で家父長的なプレッシャーに耐えしのぐしかできないアハンだからこそでしょう。

ともあれバーディは気球告白したりとやたらと表向きはノロけているかのような行動を連発するので、アハンの孤独感も臨界点になるのも無理ありません。「女の子を紹介してやるよ」なんて言われたらそれはもう絶交も同然です。

しかし、大人になってから実はあのとき、バーディはアハンをかばいたかったのだと打ち明けます。矯正できるか試そうとしていたという虚しさ。シャワールームの個室でしか本当の関係を示せない居場所の狭さ。

眺めるだけでこっちにも幸せオーラが漂ってくるかのような純愛模様の一方で、当時の台湾社会での息苦しさがこれでもかと伝わってくるものでもありました。

学校は地獄でしかない

そういう点では、あの学校という空間は本当に地獄です。よく異性愛ドラマなら青春の舞台は学校です。でもそれは好き勝手に恋できる特権を持つ異性愛者のみの話。そうではない人にはあれほどまでに学校はツラい空間だということを本作はまざまざと描いています。

そこには台湾の社会情勢が背景にあるわけですが、でもそんなに特殊だと思わないのはあの学校という空間が今に日本のそれとそう変わらないからですかね。

例えば、作中で教官が男女を切り分けようとし、ブラスバンド部での演奏中さえも席を話そうとします。今だとなんかソーシャル・ディスタンスを徹底しているみたいですが。その理由は若い男女関係は乱れやすいという決めつけです。

こういうのは日本の学校空間にも平然といまだにあります。不純異性交遊みたいな考えです。不純とそうではない交際があるのかっていう話ですが、とにかく未成年相手には一部の大人は恋愛自体がご法度だと考えているようで、なおかつ男と女を一緒にしておけば自然発生的に恋愛が生じると妄信しています。恋愛を禁止するディストピアみたいなものです(そのわりには教員による児童・生徒への性的加害行為には甘いのが今の日本の教育業界であり、全く意味不明なのですけど…)。

それらの諸々の考え方は全くもって浅識にすぎません。実際、本作のアハンとバーディのいざこざは恋横幕だと周囲は見ています。女子をめぐる争いだ、と。でも全然違う。それは三角関係であるのは確かにそうだけど、あなたの思っている異性愛の三角関係ではなく、そこには同性愛がある。それを気づけず、見当違いな説教をかます教育者としての大人の情けなさ。

ここにもまたあのアハンの孤独が増幅される原因がありました。

「同性恋不是病」という看板を受け継ぐ

『君の心に刻んだ名前』のもうひとりの影の主人公と言えるのがあの神父です。

あの神父は監督の実体験で元になった人物がいるそうで、本当にゲイだったようです。

作中ではカナダ・モントリオール出身。カナダは台湾よりもはるかに早く同性婚を認めていますが、1960年代に近代化を作る革命があったそうです。作中の神父はその母国のカナダの革命を見ずに、なぜか台湾で革命を見てしまうという皮肉を経験します。

ずっとカナダにいれば自分のゲイをオープンにできる社会に恵まれたのに、台湾に来てしまったばかりにそれが叶わない。ある意味、すごく不運な存在で、完全なクローゼットのゲイの苦悩を代表しています。

その神父と若い世代を象徴するアハンとの2世代のゲイのやりとりもいい味を出していました。

また、本作にはシーン自体は少ないですが、もうひとりの重要なゲイがいて、それは作中で街中で「ゲイは病気じゃない」と訴える人間。あの人を演じるのは“チー・ジアウェイ”(祁家威)という方。なんでも台湾における同性婚運動のパイオニアだそうです。当時は同性愛は善良なる風俗に反する変態として扱われ、論じる価値もない存在だったのだとか。それでも奇抜なコスチュームに身を包んでパフォーマンスをし、あえて人目につきながら権利を訴え、政府の監視にも負けませんでした。彼がいなければ今の台湾もない、本当の偉大な指導者ですね。

そうした意外なドキュメンタリー的アプローチもありつつ、物語は中高年になった2人の再会で締めくくられます。ここは『ペイン・アンド・グローリー』っぽさがありますよね。しかも、映画的な仕掛けで幕を閉じていくところなんてとくにそっくりです。


また、本作はバンバンへの学校側の対応といい、さりげなく女性差別も描かれており、ゲイ差別と女性差別が無縁ではないという提示もされているのも興味深いです。女性キャラクターをゲイ男性2人の邪魔者として雑に描いているわけではないのも良かった部分。

ということで『君の心に刻んだ名前』は台湾のゲイ・ヒストリーを覗ける貴重な映画でした。

『君の心に刻んだ名前』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer --% Audience 89%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Netflix

以上、『君の心に刻んだ名前』の感想でした。