やりたい放題にみえて実は気を遣っている…映画『プー あくまのくまさん』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2023年6月23日
監督:リース・フレイク=ウォーターフィールド
ゴア描写
プー あくまのくまさん
ぷー あくまのくまさん
『プー あくまのくまさん』あらすじ
『プー あくまのくまさん』感想(ネタバレなし)
ディズニーと「くまのプーさん」の著作権の話
ディズニーで有名な「くまのプーさん」の著作権が切れたことで、2023年にとんでもない怪物が生まれたとして公開前から一部で話題となった映画。それがついに劇場公開されました。
原題は「Winnie-the-Pooh: Blood and Honey」、邦題は『プー あくまのくまさん』です。日本語タイトルは可愛い系でいくんだな…。
ちょうどいい機会なので「著作権」の勉強がてら、おさらいをしておきましょう。
意外と知っているようで知らない著作権。「公益社団法人著作権情報センター」によれば、著作権とは「著作物を創作した者(著作者)に与えられる、自分が創作した著作物を無断でコピーされたり、インターネットで利用されない権利のこと」と説明されています。あくまで「無断で」の利用がダメなのであって、許可をとれば問題ないです。この著作権は手続きなしで自動的に生じます。なのでこの感想サイトの文章にも著作権があります。
で、この著作権は永久には存在せず、一定期間を経過した後は権利が消滅し、誰でも自由に利用することができるようになります。この状態を「パブリック・ドメイン」と呼びます。
ではどれくらいの期間で著作権が消えるのかというと、国によって違っていて、日本では実名(周知の変名を含む)の著作物の場合は「著作者の死後70年」、無名・変名や映画の著作物の場合は「公表後70年」となっています。アメリカでは「著者の死後70年」または「出版後95年」は著作権が保護されると規定されています。95年は長いですよね、ほぼ1世紀ですよ。
本題の「くまのプーさん」ですが、伝記映画『グッバイ・クリストファー・ロビン』でも描かれたとおり、原作者は“A・A・ミルン”。“A・A・ミルン”は1926年に児童小説「クマのプーさん」を発表し、“A・A・ミルン”自身は1956年に亡くなりました。
実はこの「クマのプーさん」の権利は少々紆余曲折あって、“A・A・ミルン”はあまりお金儲けに興味なかったようで、存命中である1930年に作品の権利の多くを“スティーブン・スレシンガー”というアメリカ人のプロデューサーに譲ってしまいます。この“スティーブン・スレシンガー”は1953年に亡くなるのですが、その妻である“シャーリー・スレシンガー・ラスウェル”が権利を継ぎました。そして、1961年、“A・A・ミルン”の未亡人となった“ダフネ・ミルン”とともに、ウォルト・ディズニー・プロダクションズに権利をライセンス提供したのでした。
こうしてディズニーによる最初の映像作品『プーさんとはちみつ』(1966年)以降、ずっとディズニーが「くまのプーさん」の作品や商品を作り続けてきたわけです(多少、スレシンガー社とロイヤリティで裁判になったけど)。“A・A・ミルン”の亡き後ですから、著作者人格権のうちの同一性保持権も無くなっており、『プーと大人になった僕』のような大胆なアレンジの実写映画も作り放題です。
しかし、2021年末、最初の出版から95年が経過したため、「くまのプーさん」のアメリカの著作権はこの年に消滅しました(なお、イギリスでは没後70年にあたる2027年1月1日に期限切れになる扱いらしいです)。
「じゃあ、もう“くまのプーさん”はディズニーのものじゃないんだな!」と思うのは早とちりです。著作権の他にも、特許権・意匠権・商標権などがあり、これらはまとめて「知的財産権」と呼ばれています。ディズニーはなおも「くまのプーさん」の商標権は持っており、商標権は更新できるので消滅しません。なのでディズニーは依然として「くまのプーさん」のいくつかの知的財産権は保有しているんですね。
そんな案外とややこしい中で製作された『プー あくまのくまさん』の本題に戻りましょう。
『プー あくまのくまさん』は「くまのプーさん」を『ハロウィン』や『悪魔のいけにえ』と同じようなスラッシャー・ホラーのジャンルに改変した映画です。
こういう子ども向けのキャラクターをホラー化するというのは、わりとハリウッドでは珍しくなく、最近も『バナナ・スプリッツ・ホラー』(2019年)がありました。
『プー あくまのくまさん』では、ゴア描写も満載で、あのプーさんを始めとするおなじみのキャラが残酷に人を殺しまくります。もうほぼそれだけの内容なんですが…。
正直、残酷だからとかの問題ではなく、超低予算ゆえに、B級以前にZ級だと揶揄されるようなサメ映画と同等のクオリティの雰囲気さえ漂っているので、万人にはオススメできません。
よっぽどモノ好きな人、Z級映画が大好物な人、そして知的財産権について学びたい人は鑑賞してみてはいかがでしょうか。後半の感想では、本作はやりたい放題に見えて実は結構ディズニーに気を遣っているという話をしています。
『プー あくまのくまさん』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :関心あれば |
友人 | :趣味が合うなら |
恋人 | :人をかなり選ぶ |
キッズ | :残酷描写が満載 |
『プー あくまのくまさん』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):永遠に友達だよ
クリストファー・ロビンがまだ子どもだった頃、100エーカーの森で、不思議な生き物たちに出会いました。オウル、ラビット、イーヨー、ピグレット、そして最も大切な存在、それがウィニー・ザ・プーです。
みんなと友達になり、楽しい時間を過ごしましたが、クリストファーは大人になると森に近づかなくなってしまい、生き物たちは放置されたままに…。残された生き物たちは飢え、イーヨーを殺して食べます。もう人間の言葉は話さない…復讐を心に誓って…。
5年後。大人になったクリストファー(クリス)・ロビンは、婚約者であるメアリーを連れて穏やかな100エーカーの森に久しぶりに戻ってきました。クリストファーは昔に友達になったプーたちの話をしていましたが、メアリーは子どもらしいイマジネーションの産物だと半信半疑でした。
のんびりと散策していると、何か声が聞こえます。プーだとクリストファーは浮足立ちます。しかし、そこにあったのは廃墟となった小屋。誰もいません。雨が降り始める中、周囲を歩いてみます。家屋の中はボロボロで住んでいる気配もない…。
そのとき、何かが入ってくる音がして、2人は身を隠します。しばらく時間が経過。何かが寝息をたてるような音を背後に、2人はそっと家を出ます。
ホッと安心した瞬間、メアリーの首を絞める“何か”。それは変わり果てたピグレットで、クリストファーは泣きながら「やめてくれ」と叫びますが、メアリーは絞殺されてしまいました。
そして目の前にこちらも豹変したプーが現れ、クリストファーは謝りながらかつての親友に命乞いをします。無言でゆっくり迫ってくるプーはクリストファーを森の中に引きずり込んでしまい…。
そんな惨劇が起きたことは誰にも知られず、ゴシップのネタで片付けられていました。
100エーカーの森に、大学生のマリア、ジェス、アリス、ゾーイ、ララの5人組が気分転換でやってきます。ログハウスでお泊りです。中はそれなりに居心地が良さそうで、スマホを回収してこの自然の中のひとときを楽しむ決まりでいました。
殺戮の味を覚えたプーが住むこの森で…。
ディズニーを怒らせない匙加減
ここから『プー あくまのくまさん』のネタバレありの感想本文です。
『プー あくまのくまさん』を鑑賞した第一印象は「あれ、これ…別に著作権切れてなくても、全然いけたのでは?」と思ってしまうほどの、パロディの薄味さ。
冒頭の「プーたちがああなってしまった経緯」は、児童小説の物語から恐怖へと移行する流れを一応の理屈をつけて説明していて、ここが一番パロディらしいことをしています。
そして大人になったクリストファー・ロビンが怪物化したプーとピグレットに襲われる。ここも、まあ、パロディ的ではある…。
しかし、以降はマリアたち5人の女性とその他という、完全に元の「くまのプーさん」に関係ない犠牲者たちがゾロゾロとでてくるので、「くまのプーさん」要素は極めて薄まります。「くまのプーさん」だって言われないとわからないレベル…。
ストーリーも典型的なスラッシャーのジャンルの定型そのままで、しかもその殺し方も何か「くまのプーさん」っぽいことをするわけでもない。木材粉砕機で肉塊に変えたり、鞭で打ったり、ハンマーで殴ったり、車で轢き潰したり、どこかで見たことのある演出をただただ眺めることになります。
プーの見た目も、ほとんど原作のキャラクター要素は皆無で、人間がプーさん風のフェイスマスクをしているのがもろバレです。ここまで見た目を屈強な二足歩行殺人鬼に変えるよりも、どうせならそっくりそのままあの「くまのプーさん」と同じデザインで暴れればいいのにと思ってしまいます。
ただ、これは上記で解説したとおり、ディズニーがなおも保有している「くまのプーさん」の知的財産権に配慮した結果なのだろうと思われます。
例えば、プーやピグレットのデザインはアニメの「くまのプーさん」と同じにはできません。ディズニーはあのプーの「黄色の体に赤い服」という定番のデザインを商標権として保有しているからです。だからあんなわけのわからない服装なんですね。
ちなみにティガーは本作に登場していませんが、それはティガーの初登場作が1926年のパブリックドメインになった原作ではなく、その続編の作品からだからだそうです。
ストーリーもあくまでパブリックドメインの原作の世界観なら借用できますが、ディズニーのアニメのエピソードにおける象徴的な物語は使えません。おそらくそのせいで今作の怪物プーは、「くまのプーさん」を意識した殺害方法とかはできないのだと思われます。
こうやって分析してみると、『プー あくまのくまさん』はかなりディズニーに気を遣っているのが窺えます。本作で華々しくデビューした“リース・フレイク=ウォーターフィールド”監督は、結構、脚本製作段階もしくは撮影や編集の段階で、知的財産権の専門家にアドバイスをもらって、ディズニーに訴えられない範囲を見計らっているのではないかな、と。
パロディって難しいよね
とは言え、『プー あくまのくまさん』はパロディがしづらかった事情は察するにしても、基本的な演出がやや散漫すぎる感じもします。
プーなどが襲い掛かってくるシーンもやけに暗くてブレまくるし(わざと恐怖を煽りたくてそうしているのか、それともあのマスクのチープさを誤魔化したいのか…)、緊迫感が全体的に薄いです。暗すぎて肝心のゴア描写がよく見えないからか、日本の本作のレーティングも「PG12」止まりですからね。
ところどころ意図不明なシーンも多かったり…。プールに逃げたゾーイをピグレットがハンマーで豪快に殺す場面も、なんでピグレットまでプールに入るのか謎すぎる…。もっとプールの縁でいたぶって殺すほうがハラハラするのでは…。あげくにあの終盤の、マリアとジェスの前に偶然通りかかった車の4人に対して、やけにたっぷりスロー気味で演出するという、「なんだこのクライマックス近くなのに全く緊張感ない味付けは!」と逆にこっちがびっくりするセンスとか…。
マリアのトラウマ回想とか、なんだったんだろうな…。
“リース・フレイク=ウォーターフィールド”監督、あまりホラーの演出を手がけるの、そんなに得意じゃない気がする…。演出の上手さが際立つ『テリファー』シリーズと比べると雲泥の差がある…。
『プー あくまのくまさん』は批評家評価は完膚なきまでに最低値で、「Rotten Tomatoes」でも「3%」なのですけど、製作費10万ドルに対して520万ドルの興行収入を上げたので、じゅうぶん儲かっています。調子に乗って続編も作ると言い切り、他にもいくつかの『バンビ』や『ピーターパン』といったディズニークラシックの童話をホラー化すると言ってもいます(たぶんそちらは「くまのプーさん」以上に著作権は心配いらないと思うけども)。
これが吉と出るか凶と出るか。監督の実力は本作で測れる範囲だと「う~ん…」という品質なので、予算が増えてもクオリティは上がらない気もしますし、何よりも何度も言いますが「くまのプーさん」はなおもディズニーが知的財産権のいくつかをがっちり所持しているので、創作の自由度は制限されてしまうのですよね。
ただ、パロディを作る「創作の自由」もありますから、そこでどこまで創意工夫で頑張れるかです。
パロディなら本家ディズニーだって『チップとデールの大作戦 レスキュー・レンジャーズ』のように遠慮なくかっ飛ばすこともあります。
個人的には「くまのプーさん」パロディだとやっぱり『サウスパーク』のアレには敵わないと思う…。
I play Winnie the Pooh in not one, but TWO episodes of South Park this season. “Band in China” where Pooh gets murdered by Randy, and “Tegrity Farms Halloween Special” where he may or may not come back as a zombie. Dream come true, still doesn’t feel real. pic.twitter.com/tROS2GM2O6
— Brock Baker (@BrockBaker) October 31, 2019
パロディって「何もしない」わけにもいかない、難しいものだね、プー。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 3% Audience 50%
IMDb
3.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2023 ITN DISTRIBUTION, INC. ALL RIGHTS RESERVED. プー 悪魔のくまさん ブラッド・アンド・ハニー
以上、『プー あくまのくまさん』の感想でした。
Winnie the Pooh: Blood and Honey (2023) [Japanese Review] 『プー あくまのくまさん』考察・評価レビュー