私を愛したゲイ・スパイ…「Netflix」ドラマシリーズ『ブラック・ダヴ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2024年)
シーズン1:2024年にNetflixで配信
原案:ジョー・バートン
性描写 恋愛描写
ぶらっくだぶ
『ブラック・ダヴ』物語 簡単紹介
『ブラック・ダヴ』感想(ネタバレなし)
闇スパイの勧誘に注意
2024年12月4日、アメリカの医療保険会社大手のユナイテッドヘルス・グループの経営幹部であった”ブライアン・トンプソン”氏がニューヨークのマンハッタンで射殺されるという事件が起き、世間を騒がせました。年次投資家会議へ向かう途中、ホテル前で背後から撃たれたかたちでした。明確にその人物を狙った犯行とみられ、犯人は逃亡し、大都会で堂々と行われた殺害に社会は驚きました。
動機は不明ですが、医療保険業界への不満が背景にあると予想されています。実際、事件直後からネットでは、今回の事件でも亡くなった人物への同情よりも、医療保険業界への深い憤りが顕在化しています。
プロの殺し屋ではないと推察されていますが(The Daily Beast)、もう殺しに成功している時点でプロフェッショナルかどうかなんて関係ないと思いますけど…。
最近は日本でも闇バイトが社会問題になっていますが、これも窃盗や住居侵入のプロではない一般人による犯行です。世の中、何でもかんでもプロフェッショナルってわけにはいかないし、プロフェッショナルという言葉自体が形骸化している感じもある…。
今回紹介するイギリスのドラマシリーズは、スパイ・エージェントを描いた作品ですが、イギリスのスパイものと言えば『007』が有名ですけど、それと比べると理想的なプロフェッショナル像とは程遠く、やけに現実味のある世知辛い内容になっています。
それが本作『ブラック・ダヴ』です。
本作はドラマ『Giri/Haji』を手がけた“ジョー・バートン”が原案のスパイものです。
先ほども説明したようにこの『ブラック・ダヴ』は殺しや潜入を専門とするスパイ・エージェントを主役にしていますが、『007』のような国家組織所属ではありません。資本主義のゲーム台で動くスパイ業界に属しています。実態は不明ですが、謎めいたスパイ組織を経営する人の元で働く場合もあれば、ほぼ個人事業主みたいな人もいます。
『キングスマン』や『ジョン・ウィック』のようなエンターテインメント性で振り切ったものというよりは、労働環境的によりリアルな部類です。
主人公は2人いて、ひとりは“キーラ・ナイトレイ”演じる女性。スパイ・エージェントとして非常に優秀で、イギリスの政治的大物の妻として政界の秘密情報を入手しやすい立場を獲得してみせるほど。しかし、ある弱みが露呈してしまい、それが予想外の政治的緊迫状況の真っ只中と関係してしまう…。そんな始まりです。
本作はスパイもので、エージェント視点ですが、裏ではきっちりポリティカル・サスペンスが巻き起こっています。
もうひとりの主人公は、とある理由で業界から少し離れていたこの世界をよく知る男。“ベン・ウィショー”が演じており、今作ではゲイとして描かれ、がっつりロマンスの展開もあります。“ベン・ウィショー”は”ダニエル・クレイグ”版『007』シリーズではスパイを補佐する仲間の役をしていて、その作品では薄っすらとゲイだとわかる程度の描写しかなかったのですが、この『ブラック・ダヴ』は思う存分やってます。“ベン・ウィショー”も本作のインタビューで「クィアなスパイの役をやりたかった」って言ってますし、やっぱりもっとダイレクトに表現したかったのだろうな…(“ベン・ウィショー”もゲイの当事者です)。
共演は、ドラマ『ジュリア アメリカの食卓を変えたシェフ』の“サラ・ランカシャー”、『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』の“アンドリュー・小路”(アンドリュー・コージ)、ドラマ『Better』の“アンドリュー・バカン”、『ライ・レーン』の“オマーリ・ダグラス”、『マクベス』の“キャスリン・ハンター”、『Silent Roar』の“エラ・リリー・ハイランド”、ドラマ『1899』の“イザベラ・ヴァイ”など。
『ブラック・ダヴ』は「Netflix」で独占配信され、シーズン1は全6話(1話あたり約50~60分)。一気に見たくなる展開の速さなので、時間があるときにどうぞ。
ちなみにシーズン1はクリスマス作品にもなっているので、クリスマス気分にもなれます。
『ブラック・ダヴ』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 性描写や殺人描写が一部であります。 |
『ブラック・ダヴ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
テレビでは不審な死を遂げた中国大使の検死の重大なニュースが報じられていましたが、パブではそんなことは誰も微塵も気にせずにクリスマス気分でみんな浮かれていました。
そのパブの傍で尾行を気にしながら夜のロンドンを歩くひとりの男がいました。ジェイソンです。彼はマギーに電話をかけ、事情を話します。さらにフィリップも電話に混ざりますが、マギーの応答が不自然に途絶えます。そしてフィリップも家で襲われました。切迫して孤立したジェイソンはある連絡先に留守電を残します。言葉は最後まで言えず、どこから胸を狙撃されて息絶えるのでした。
翌日、ヘレン・ウェッブは家で慌ただしく子どもを気にかけて過ごしていました。ジャクリーンとオリーという双子の子はまだ手のかかる幼さです。夫のウォレスは保守党の政治家で国防長官。首相候補として順調なキャリアです。今は中国絡みの件で立て込んでいます。
今日はチャリティーパーティを開き、大物たちとクリスマスを祝います。その最中、ウォレスには面識のない年配の女性が話しかけてきて、ヘレンも知らないように振舞います。でも実は知っていました。
ヘレンだけがひとけのない場所でその女性とまた会います。その女性、リードは「ジェイソンがサウス・バンクで殺された」と告げます。それを聞いて動揺するヘレン。加えてジェイソンと不倫していたことは把握されているようです。
「マギーとフィリップも殺された」と続け、直前に会って紙袋を受け取ったヘレンに問います。「あなたの正体はバレていない? ブラック・ダヴだと」と問い詰めます。さらに「組織が危なかった」と警告して…。ヘレンはジェイソンとは愛があったと言いますが、事態を頭で整理しきれません。
とりあえずリードとの会話が終わり、何事もなくウェッブ夫人に戻ってパーティを続けるヘレン。
一方、その夜、招集されてローマから駆け付けたサムはリードと合流。「ヘレンを狙っている人がいたら排除してほしい」と頼まれます。テレビではジェイソン、マギー、フィリップの3人の殺害が報じられていました。事態は深刻です。
居ても立っても居られないヘレンはジェイソンに貰ったプレゼントの中をチェック。ジェイソンのいた家にも行きます。しかし、そこで警察を装った殺し屋2人組が現れ、戦闘になってしまいます。そのピンチに到着したのがサムです。
ヘレンとサムは昔からの知り合いでした。互いの裏の仕事もわかっています。7年ぶりの再会に少しぎこちなくなりますが…。
ジェイソンの家で見つけたデータにアクセスすると、亡くなった3人のやり取りの中に「SY」の文字が…。まだ意味はわかりません。
政治の世界では緊張が増していました。中国のチェン大使の死は事件性があると睨む中国は独自調査を開始。ジェイソンは亡くなる前に大使の娘のカイ・ミン・チェンと会っており、そのカイ・ミンは現在失踪中で、真相は不明です。
ヘレンとサムはこの状況を切り抜けられるのか…。
ベン・ウィショーが可愛すぎる問題
ここから『ブラック・ダヴ』のネタバレありの感想本文です。
『ブラック・ダヴ』のシーズン1は、2人のスパイ・エージェントのクリスマスの物語でした。
まずひとりがサミュエル(サム)。初登場時はいかにも凄腕の隠し玉みたいな雰囲気を漂わせていますが、長年の仕事経験はあるのは確かで業界に精通はしていますが、最初のヘレン救出時のショットガンといい、どこか抜けています。
第3話ではそんなサムの過去が描かれ、2014年の初の殺しの仕事に始まり、このサムがどんどん業界に染まっていった経緯が描かれていました。サムは父が根っからの殺し屋だったらしく、血筋のように語っていましたが、本人は明らかにそんなに殺しの仕事が適しているようには見えません。もうあの元恋人のマイケルと仲睦まじく平和に暮らしたほうが何倍も良い人生を送れそうです。
このマイケルとの掛け合いもユーモラスで味がありました。2人の別れはトラウマ的で、もの悲しいのですけど、再会してからといい、やっぱりこの2人は観ていて微笑ましいですね。
あの重要な潜入サポートの仕事中なのに、縁を切ったはずのマイケルからの匂わせ的な連絡がスマホにあって、どうしてもチェックせずにはいられないサムの挙動のどうしようもなさとか。
個人的に好きなのは、第5話で中国陣営に車で追われまくり、他に逃げ場がないのでヘレン&サム&ウィリアムズ&コール・アトウッドのみんなでぞろぞろとマイケルの家に避難してくる場面。半ば押し切られるかたちで家に4人をあがらせたマイケルは、サムと同業者なんだろうと察したウィリアムズについてサムに聞くかたちで「triggerman? woman?」と質問するのですけど、それにサムが「Triggerman. It’s gender non-specific」と答えるちょっとした会話(日本語訳だとあまりニュアンスが訳されていません)。
これはウィリアムズが少しジェンダー・ニュートラルな雰囲気を漂わせていることもあって、マイケルはどういう性別表現が適しているのか図りかねており、それに対してサムは「ジェンダーを特定しない”Triggerman”という表現が妥当だよね」と言っているわけです。
ここまで緊迫している状況の中でも、しっかり他人のジェンダー表現を気にしてあげているこのサムとマイケルの生真面目さがでていて可愛いです。
“ベン・ウィショー”、可愛すぎるんだよなぁ…。このドラマシリーズ、この“ベン・ウィショー”演じるサムを観れるだけで他に何もいらないくらいには、魅力たっぷりでした。
雇用主はたいていろくな奴じゃない
『ブラック・ダヴ』のもうひとりの主人公であるヘレンも大変です。
ヘレンは2014年にデイジーという名(これも偽名で、相当に苦労していることが察せられる)で普通に翻訳の職で面接に来るも、義姉ボニーが養父を殺して終身刑であるという家族事情を調査されて採用ならず。でもリードが組織する「ブラック・ダヴ」というスパイにリクルートされます。
ヘレンはサムと違って相当に優秀なようで、体技含めたスパイとしてのスキル総合力はもちろんのこと、潜入目的で付き合ったウォレスのキャリアを支援して政治重鎮にまで上り詰めさせることにも成功(初期のウォレスはだいぶダメそうな佇まいだったので、ヘレンが“妻らしく”鍛え上げたのでしょう)。度胸と実績が結実している有力スパイです。だからリードも簡単には見捨てたくないのでしょう。
しかし、何気なく出会ったジェイソンとの間に愛を感じ、不倫の関係に…。実はジェイソンはMI5だと最後にリードは教えてくれますが、どうやらジェイソンにもヘレンに愛があったようで、このへんは切ないクリスマスの愛の物語になっています。
サムのマイケルとの件も含めて、本作はきっちりクリスマスらしく閉幕しますね。世界が最もお気楽になるこのシーズンに、とんでもない政治的緊迫があろうとも、どこかでそんな政治や家庭の問題を後回しにして、この聖夜のつかの間の団欒を満喫している…。クリスマスってそういうものだよね…。
それにしても、カイ・ミンはラストはウィリアムズとエレノアとなんだかすっかり打ち解け合って楽しそうにクリスマスを過ごしていましたけど、中国はカイ・ミンを放置するのかな…。絶対に中国の弱点になりそうだけども。まあ、ロケットランチャーくらい持ってるから大丈夫か…。
本作であらためて思ったのは、雇用主はたいていろくな奴じゃない…ってこと。ヘレンはあれだけ夫にダニーという新しい女候補を送り込まれたり、好き勝手されても、リードに雇用されるしかないままにシーズン1を終えます。サムにいたっては、レニーとは距離をとるも、今度はあの因縁のヘクター・ニューマンに雇用される側になってしまいますからね。自分が殺し損ねた子どもに雇用されるなんて…不憫は続く…。
クラーク家のアレックスもトレントも、ヘレンに代わってサムが撃ち殺してしまいましたから、絶対にまた狙われます。この雇用から逃げられません。
本作で描かれるスパイというのは完全に日本でいうところの闇バイトと同じです。やめたくてもやめられない…そういう状況下で支配されるという「雇用契約」。即日で簡単に稼げる仕事なんてないんです。手を汚せばその手の汚れだけが自分にのしかかる。気づいたら裏社会の暗部の手駒にされるだけですよ…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
○(良い)
作品ポスター・画像 (C)Netflix ブラックダヴ
以上、『ブラック・ダヴ』の感想でした。
Black Doves (2024) [Japanese Review] 『ブラック・ダヴ』考察・評価レビュー
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