ダサピンクではなく権利を求めて…映画『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2024年3月22日
監督:フィリス・ナジー
コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話
こーるじぇーん じょせいたちのひみつのでんわ
『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』物語 簡単紹介
『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』感想(ネタバレなし)
中絶の権利が後退するかもしれない世界で
2024年3月4日、フランスで歴史的な憲法改正が成立しました。世界で初めて憲法に「人工妊娠中絶を選ぶ自由」を明記したのです(BBC)。
「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)」と呼ばれる権利の中に含まれている「中絶の権利」。フランスでは1975年に中絶が合法化されていましたが、あらためて単独の権利としてそれを憲法に明記したのは史上初で、フランスのみならず世界中の「中絶の権利」支持者が喝采を送っています。
なぜ今回わざわざ憲法に「中絶の権利」を明記すべきとなったのか。それは、アメリカで人工妊娠中絶権は合憲だとしてきた1973年の「ロー対ウェイド」判決を覆す判断が2022年に最高裁で示され、以降、続々と各州が州法で中絶を禁止し始めたことが背景にあります。手に入れたはずの権利が失われることもある…。それを思い知ったフランスの人々は憲法に明記することで不動の権利として揺るぎないものにしようと決心しました。
フランス国内でも中絶に反対する右派や保守的なキリスト教一派は存在します。カトリック教会のローマ教皇庁も声明で反対を表明し、依然として厳しい視線があります。
だからこその今回の憲法です。そんな「産む身体」を政治や宗教でコントロールしようとする世間に対して、多くの人たちは「自分で身体を決める主体性」を掲げて権利を勝ち取りました。産むか、産まないかは自分で決めるのです。母体としてではなく、ひとりの人間として尊厳を誇るために…。
日本でも中絶の扱いは曖昧で、安全かつ確実な中絶にアクセスしづらいです。「中絶の権利」を訴える声は日本でも大きいですが、この家父長制が蔓延る日本社会はなかなか見向きもしません。フランスの出来事は、日本含めて世界各地の後押しになるといいですが…。
そんな中、今回の映画も合わせて観るとちょうどいいでしょう。
それが本作『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』です。
本作は、中絶が禁止されていた時代の社会を主題にした映画ですが、『見えない存在』や『あのこと』のように密かに中絶をしようと試みて葛藤する当事者を主役にするだけでなく、中絶を提供する支援活動を行う団体に焦点を当てているのが特徴です。典型的なアクティビズムをメインにした構成であり、シスターフッドなフェミニズムが土台にあります。
題材になっているのは、「Jane Collective」という1960年代から1970年前半にかけてアメリカのシカゴで活動していた実在の中絶支援団体です。当時、アメリカの大部分では中絶は違法でした。中絶は殺人とみなされ、当然、その中絶を支援などすれば犯罪です。それでもこの団体は助けを求める声に応えて中絶をサポートし続けました。
「Jane Collective」は2022年に『The Janes』というドキュメンタリーになっているのですが、同時期に劇映画にもなったというわけです。
ただ、『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』は、実在の団体が舞台ですが、登場する人物は架空のものとなっています。脚色も大きくされていますが、基本的にこの団体を知らない人でも入り込みやすい導入を用意するためのもので、中絶という問題に向き合ううえでの入門編的な一作ではないでしょうか。
監督は、2005年にテレビ映画『ミセス・ハリスの犯罪』を手がけ、2015年の『キャロル』の脚本で大きな注目を集めた“フィリス・ナジー”。
主演は、『コカイン・ベア』を監督した“エリザベス・バンクス”。共演に、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』の“シガニー・ウィーバー”、『ブギーマン』の“クリス・メッシーナ”、『獣の棲む家』の”ウンミ・モサク”、ドラマ『GOTHAM/ゴッサム』の“コーリー・マイケル・スミス”、ドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』の“ケイト・マーラ”など。
日本でも密かに出産して新生児死体遺棄の罪で逮捕される女性がときおり報道され、それは中絶のアクセスの乏しさの問題とも無縁ではないと思います。『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』のような繋がりは日本にも必要な生命線です。
なのですが…ちょっと日本の宣伝は失敗しましたね。この本作の日本の宣伝ポスター(上の左)が公表されると「ダサピンク」だと批判を浴びました。『バービー』みたいなピンクをあえてクールに武器にするアプローチならともかく、これではね…。色だけでなく、キャッチコピーも変だし…。批判が聞こえているのか、後から特別版ポスタービジュアルとして本国版のデザインのポスターも発表されましたが、余計に「じゃあ、最初からこれでいけよ」と思われるだろうに…。
なんか日本の配給会社はこういうフェミニズム直球の映画の宣伝がまだ下手すぎるのが懸案事項です…。そっちのサポートをする団体が必要かな…。
『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :題材に関心あれば |
友人 | :一緒に連帯を深めて |
恋人 | :相手の健康を尊重して |
キッズ | :社会勉強に |
『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
1968年、ジョイは弁護士で夫のウィルと共に法曹界の業界人が集うパーティーに参加していました。ジョイも含めてみんな裕福であり、今日のジョイも落ち着いたドレスで着飾っています。
建物会場の外に出ると、出入り口前に警官がズラっと並び、サイレンが鳴り響く物々しい空気に包まれていました。何かの抗議活動のデモが行われているようです。
会場の中に戻ると、外で抗議者と思われる人物が警官に殴打されているシルエットが見えます。しかし、ジョイはその場を後にし、見なかったことにします。パーティー参加者は誰も気にしていません。
ジョイは郊外に住んでおり、10代の娘のシャーロットと共に不自由なく暮らしていました。夫の運転で帰宅し、穏やかな生活を謳歌。現在、第二子を妊娠中のジョイは、静かに夫からの愛に答える日々です。
ジョイの隣人で友人のラナは最近夫を亡くし、元気はありません。鬱病のようで薬を処方されているようです。ジョイも気分の浮き沈みがあります。夫は全く察しないので、ラナくらいにしか自然体で話せる相手はいません。
家で音楽をかけて料理をし、気分転換。ところがシャーロットと踊っている最中に、床にバタリと倒れてしまいます。
病院に運び込まれ、夫のウィルも息を切らしてやってきます。ウィルはとりあえずの安否を確認し、お腹の赤ちゃんの心配をします。
医者の話によれば、ジョイは心臓に病気を抱えているそうで、このまま妊娠を続けると命に関わるとのこと。医者は言いにくそうに唯一の治療法は妊娠と出産を辞めるしかないと告げます。
夫婦はショックを受けながら家で考えこみます。中絶は禁止されています。ウィルもまたそれに否定的です。しかし、そうこう論じている間にもジョイの命は危ないです。
緊急中絶の申請を病院の医療委員会に提出するも、その場の男性たちの委員メンバーは一様に消極的で、申請を口々に拒絶しました。「No」という冷たい言葉を聞いて、ジョイはたまらず部屋を出ていきます。
こうなると手段は限られます。自殺願望があるというふりで精神科医に通ってみたり、さらに階段から落ちてみようとしたり…。不安の中、言われるがままに動揺していました。それでも夫のウィルは寄り添ってはくれません。
追い込まれたジョイは現金の入ったバックを独り胸に抱え、普段なら絶対に近寄らない怪しげな一画にある建物のある部屋をノックします。そこには他にも女性たちがひっそりと佇んでいました。
しかし、大きな物音に動揺し、思わず建物を飛び出してしまいます。路上で困惑する中、ふと「妊娠? ジェーンに電話を」と書かれた張り紙を目にします。
他にどうすることもできず、その張り紙の電話番号に思い切って電話をかけてみることにします。
「ジェーンです」
謎の声が電話から聞こえて…。
主婦ではなく、活動家として
ここから『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』のネタバレありの感想本文です。
『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』は、ジョイという中流~上流階級の裕福な白人女性を主人公にし、まずこのジョイが中絶を必要とする姿を丁寧に描くことから始めます。
そもそもこのジョイは、典型的な主婦であり、品行方正な良妻賢母という保守的理想像を体現するかのように生きてきたことが察せられます。本人もそれが普通だし、それしか道はないと思って生きてきたのでしょう。
一方で、夫のウィルとの関係からじわじわとわかるとおり、ジョイはそんな重圧に着実に苦しみを味わっています。このウィルは露骨に暴力的とかではないですけど、「妻(母)ならこれくらいするだろ?」という何気ない態度がキツイですね。夫は「元気な子を産むこと」「家庭料理を作ること」「パーティーの際に小綺麗に隣に立ってくれること」…これくらいの期待しかしていません。このへんの夫婦関係の静かな緊張感は『82年生まれ、キム・ジヨン』を思い出させます。
たとえ経済的に裕福であろうとも、このジェンダー・ロールの圧力に抗うのは難しい…というのが重要かなと思います。
その救いのない現実に孤立するジョイに差し伸べられたひとつの電話番号。あれよあれよという間に自分の知らない女性たちの連帯の世界に誘われる。なんかまるで異世界転生です。
そこで活動に身を投じることでジョイは新しい自分を見い出していきます。ジョイは最初はクッキーを持ち寄ってくることしかできないのが印象的。要するにそれが当初のジョイが思いつく精一杯の処世術です。
それがどうですか。後半は他の中絶要望者の心をケアし、ついにはジョイ自身が中絶処置するまでに…。自分はこんなことができるんだ!という自己肯定。それは夫にやっていることがバレたときの「私は医者だ」というセリフにも集約されています。
あそこでウィルがショックを受けるのは、妻が自分が思っている以上に優秀で、独立した自信に溢れている姿を一瞬でも目撃してしまったからというのもあるでしょうね。ウィルみたいな保守的男性にしてみれば、女が男の手を離れて自立するなど、あり得ないことですから。
ただでさえ、ジョイも最初はあの冒頭のパーティーで抗議活動に背を向けていました。しかし、今度は自分が活動する側になる。誰でもそのステージにジャンプすることはできるという背中を押すような物語でもありました。
次の結末も勝ってみせる
『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』は初心者な視聴者を意識してか、導入がとてもスムーズなぶん、史実はあまり見えてきません。
あの「Jane Collective」という団体は「Chicago Women’s Liberation Union」というフェミニズム団体と連携していた組織で、実際はもっと人間関係も複雑でした。
それでもあの「Pregnant? Call Jane」という張り紙は本当にあったもので、電話を繋がりの入り口にしていたそうです。
当時は、第2波フェミニズムが本格的な盛り上がりをみせる前哨戦。いくつも表や地下にグループが作られ、それらはネットワークを築き始めていました。それがピークとなる1970年代のフェミニズム運動の模様はドラマ『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』などで描かれています。
60年代のアメリカの女性たちの生殖にまつわる権利の状況は酷いもので、1965年に「グリスウォルド対コネチカット」裁判にて、最高裁判所が夫婦の避妊(厳密には避妊に使う道具)を禁止する州法を無効にしたという、やっとその段階です(Smithsonian Magazine)。避妊のアイテムを禁止できなくなったというだけで、避妊薬などは全然手に入らない状況がまだ続きます。
なので望まない妊娠をする人は後を絶ちません。治療的中絶は許可されることがありましたが、合法的中絶を求めた女性のうち承認を得られたのは5%未満だったと言われています。作中でジョイが申請してもあっけなく却下されるのはリアルです。
この時代、医療界は圧倒的な権力を持っており、そしてそれを成すのは往々にしてシスヘテロ男性たちでした(これはLGBTQ当事者も苦しめられることになりますが、それはまた別の話)。
ちなみに、本作で「Jane Collective」を率いる中心女性として描かれるバージニア。架空の人物ですが、演じる“シガニー・ウィーバー”いわく、レズビアンのつもりで演じたそうです(“シガニー・ウィーバー”は『Prayers for Bobby』などのキャリアからクィアのアライとして親身です)。
『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』はラストで1973年の「ロー対ウェイド」判決を迎えて、ひととおりの区切りを迎えます。けれども私たちは知っています。第2ラウンドが始まっていることを…。繰り返しますが「ロー対ウェイド」判決はひっくり返されました。
でももう地下で闘う必要は多くの地域ではありません。連帯はもっと拡大しています。この2020年代の時代も勝利の結末で、いつか映画にしたいです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 82% Audience 87%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2022 Vintage Park, Inc. All rights reserved. コールジェーン
以上、『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』の感想でした。
Call Jane (2022) [Japanese Review] 『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』考察・評価レビュー