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『クライシス Crisis』感想(ネタバレ)…オピオイド危機を豪華俳優陣で描く

クライシス

オピオイド危機を豪華俳優陣で描いたのに日本劇場未公開…映画『クライシス』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Crisis
製作国:アメリカ(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にDVDスルー
監督:ニコラス・ジャレッキ

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くらいしす
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『クライシス』あらすじ

合成鎮痛剤オピオイド「フェンタニル」の密輸を執念によって追う捜査官のジェイク、突然姿を消して亡くなった息子の死を受け止めきれずに復讐を誓う建築家のクレア、非依存性の鎮痛薬販売を計画する製薬会社と政府の癒着を知りその真実を探る大学教授のブラウアー。立場の違う3人がそれぞれ、アメリカ史上最悪の麻薬問題の闇に飛び込んでいく。その先にあるのは本当の痛みから解放された世界なのか…。

『クライシス』感想(ネタバレなし)

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いろいろな危機が舞い込む映画

「薬物依存症」と聞くと、どうも他人事のような気がしてしまうのではないでしょうか。私はそういうのとは全く縁のない人間だから…と。でも本当にそう言い切れるのか?

というのも薬物依存症になる原因は、コカインや大麻のような違法ドラッグばかりとは限らないからです。『ベン・イズ・バック』『ビューティフル・ボーイ』といった映画で描かれてきたように、違法な売人などの入手先から手に入れたドラッグで身を滅ぼしてしまうという…それが私たちのイメージとしてよくありがちですが、そうじゃない事例もある。いや、むしろこの“そうじゃない事例”の方が占める割合が以外にも大きかったりする。

その社会問題を描いた映画が本作『クライシス』です。

ずいぶんシンプルなタイトルですが、この「クライシス」は具体的にどんな「危機(crisis)」なのかと言うと、いわゆる「オピオイド危機(Opioid Crisis)」を描いたものになっています。

まず「オピオイド」とは何なのか。これは合成鎮痛薬などの麻薬性鎮痛薬のことで、モルヒネやフェンタニル、オキシコドンなどが有名です。鎮痛薬ですから当然痛みを抑えるのに使用されます。その目的は、手術中・手術後の痛み、外傷による痛み、陣痛等の急性痛や、がんによる痛み、神経が損傷された後などに長期間続く慢性痛など、あらゆる痛みへの対処です。正しく使用すれば有用なものです。

ところがこのオピオイドは依存性があり、過剰に使用し続ければ危険です。そしてそれはアメリカでは近年になって急速に深刻な社会問題になっているのでした。全米の薬物過剰摂取による死者数のうち3分の2がオピオイドによるものというデータもあります。

重要なのはこのオピオイド自体は違法ではない合法的に処方可能な薬だということです。それがなぜアメリカ中でここまでの大問題へと悪化したのか。この映画『クライシス』はまさにその内側を克明に描いていく社会派サスペンスとなっています。

監督は長編劇映画デビュー作の『キング・オブ・マンハッタン 危険な賭け』(2012年)で高い評価を受けた“ニコラス・ジャレッキ”

そして本作『クライシス』は何といっても豪華なキャスト陣に目が惹かれます。群像劇になっているので登場人物が多いのですが、まず主役級が3人います。

ひとりは『レベッカ』『ワウンズ: 呪われたメッセージ』『ビリーブ 未来への大逆転』『君の名前で僕を呼んで』などホラーからロマンスまで何でもこなす“アーミー・ハマー”

もうひとりは『Mank マンク』『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』などアカデミー主演男優賞常連の“ゲイリー・オールドマン”

さらに『アントマン』シリーズでワスプを演じたことで知られる“エヴァンジェリン・リリー”も。

基本はこの3人の俳優を主人公にした3つのパートが交互に展開されていくサスペンスドラマになっています。

他にも『ワイルド・スピード』シリーズでおなじみの“ミシェル・ロドリゲス”、ディズニー実写版『美女と野獣』の“ルーク・エヴァンズ”、『プラネタリウム』の“リリー=ローズ・デップ”、『恋愛小説家』の“グレッグ・キニア”、『オフィシャル・シークレット』の“インディラ・ヴァルマ”、ほか多数。豪勢です。

ただ、このうちのあるひとりがリアルで大問題を起こしまして…。ハリウッドの話題をチェックしているならご承知のとおり、“アーミー・ハマー”はカニバリズムなど暴力的行為を匂わすメッセージを複数の交際相手に送っていたことが2021年に明らかになり、エージェンシー契約解除などをともなう猛批判に。これのせいで本作の評価が下がることはないにせよ、雰囲気はぶち壊しです(“アーミー・ハマー”が全部悪いのですが)。“アーミー・ハマー”の出演の新作はしばらくは観れないかな…(でも白人男性だし、しばらくしたら復帰してくるでしょうけど)。

そんな見ごたえについては申し分のない『クライシス』なのですが、日本では劇場未公開となり、ビデオスルーになってしまい…。本国では俳優の危機となり、日本では公開の危機なのか…。

ということで日本ではひっそり観れる状況なので、気になったら観てあげてください。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:俳優ファンは必見
友人 3.5:骨太の社会派作品を観るなら
恋人 3.0:あまりデート向けではない
キッズ 2.5:子どもにはやや退屈か
↓ここからネタバレが含まれます↓

『クライシス』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):3つの人生が危機に翻弄される

雪深い森。ここはアメリカとカナダの国境に位置するエリアです。その森をソリをひいて、何やら重そうなバックを運んでいるひとりの人間。GPSで位置を確認しつつ、不慣れな感じも漂わせています。そこにヘリが接近。スノーモービルも後ろから現れます。その正体は武装した警官(王立カナダ騎馬警察)です。ソリをひいていた若そうな男はなすすべもなく拘束され、その鞄には大量の緑の錠剤が…

場所は変わってアメリカのデトロイト。アメリカ麻薬取締局(DEA)のジェイク・ケリーはオピオイドのフェンタニル密輸を取り仕切る麻薬カルテルを追い詰めている真っ最中でした。部下に作戦を説明。今度の狙いはモントリオールにいる大物で「マザー」と呼ばれる存在で、極秘に潜入を進めるべく動き出します。その捜査にアツくなるジェイクを上司のギャレットは注意深く見つめます。

ジェイクがここまで熱心になるのには個人的な理由がありました。実は妹のエミ・ケリーは重度のヘロイン依存症に陥っており、今もすっかり見る影もないほどに生気を失っていたのです。愛する存在を滅ぼす薬物依存症の諸悪の根源を許せません。

一方、とある大手の製薬企業では「Klaralon」という新薬について会議室で発表され、ビル・サイモンズ博士はこれを「依存性のない画期的なもの」として打ち出していました。しかし、エベレット大学のタイロン・ブロワー博士はこの新薬について懸念を示しており、しだいに製薬企業と対立していくことになります。CEOのメグ・ホームズに説得されても、科学者としての立場を曲げることなく、新薬の問題点を無かったことにはできないブロワー博士。さらにこの企業から多額の支援金をもらっている大学までもがブロワー博士を懐柔しようと近づきますが、それでもブロワー博士は抵抗します。やがて職を失う覚悟でブロワー博士は内部告発に踏み切ることに…。

また、別の場所。クレア・ライマンはグループカウンセリングに参加していました。オキシコドン中毒者であり、今はリハビリの最中です。16歳の息子デイビッドのためにも前に進まないといけません。

しかし、デイビッドが突然帰ってこなくなります。クレアは夜でも息子を必死に探しますが、見つからずに家の前に来ると警官が…。そして最悪の知らせを告げられることに。息子が遺体で発見された…と。

クレアは遺体と対面し、無残に冷たくなった息子の亡骸に動揺します。けれどもさらにショックな情報が…。なんと息子はフェンタニルの過剰摂取で死亡したと言うのです。信じられないクレア。声を荒げますが、事実が圧し掛かります。

クレアは息子の部屋で悲しみに暮れますが、残された息子のスマホから、こんな悲劇を引き起こした黒幕を突き止めるべく独自に行動を起こします。

異なる立場にいる者たちは巨大な目に見えない危機を前にどう立ち向かうのか…。

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オピオイド危機の裏側

『クライシス』はオピオイド危機という巨大な社会問題を複数の登場人物の視点で異なる側面から切り取っていくというアプローチです。

まず冒頭から驚き。いきなりの森での逃走劇。サバイバルサスペンスみたいで「あれ、観る映画を間違えたかな?」と思うくらいの出だし。実はあの若い男は「ドラッグ・ランナー」と呼ばれる国境を越えてオピオイドを運搬する使いっぱしりなのでした。最前線ではこんなことが起きているのかと衝撃のオープニングですね。

そして物語はDEAのジェイクのパートに。ここでジェイクは他の捜査官たちの前で現状を説明するのですが、その中で「ピルミル(Pill mill)」について触れます。日本では聞きなれない言葉ですが、ピルミルというのは大量の薬を処方する医師や診療所の呼称で、要するにクリニックなのですが、日本のかかりつけ医とは事情が違う一面も。必ずしも医療的ケアを第一に考えているわけでもなく、とりあえず金銭さえ払えば誰でも薬を購入できるという儲けありきで経営されているのです。しかし、アメリカは医療制度が整っていませんから、こうしたピルミルでも需要があり、各地に存在しています。結果、オピオイドを簡単に入手できてしまい、オピオイド依存症の人が群がる場所になってしまったのでした。

一方で『クライシス』は別の切り口でも描いていきます。それを担うのがブロワー博士のパート。ここでは企業サスペンスとなっており、依存性が高いというリスクを把握していながらビジネスを優先する大企業と、その企業から事実上の献金をもらうことでしか研究ができない大学の専門家たちの立場の弱さというものが浮かび上がってきます。決して麻薬カルテルだけが黒幕なのではない、健全そうに見える巨大な既存のシステムが、オピオイドの負の側面を無視している。

作中ではブロワー博士は不正に立ち向かうことを決意しますが、実際にこういう組織的・業界的な不正の歪みは麻薬カルテルなんかよりもはるかに恐ろしく、手強かったりしますよね。

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若者をもっと描いてほしい

重厚なストーリーの3連打でオピオイド危機を突き刺していく本作『クライシス』ですが、全体的にはもう1歩な不満もあります。

この3つのパートですが、ジェイクとクレアのパートは後半にかけて絡んでくるので、それはそれでいいのです。根本的な解決にはならない復讐劇という、現代西部劇風のスタイルですが、“エヴァンジェリン・リリー”の名演も相まってグッと引き締まる映像になっていました。

しかし、ブロワー博士のパートとはそこまで密接に絡んできません。そもそもこのブロワー博士のパートはそんなにサスペンスがないのも気になります。やっぱり“ゲイリー・オールドマン”が演じているからでしょうか。彼はもちろん言うまでもなく最高の役者なのですが、“ゲイリー・オールドマン”が不正に立ち向かう側だとそんなにハラハラしませんよね。明らかに重鎮で強そうに見えますから。むしろ彼は権力側のトップに立たせ、大学の研究室の若い学生たちに告発をする役回りを任せたほうが「これ本当に上手くいくのか、勝てそうにないけど…」という緊張感を与えると思うのです。

そして研究室の若者学生が立ち上がる動機に、冒頭のドラッグ・ランナーのような同世代の若者が犠牲になっている社会への怒りを設定すれば、じゅうぶん3つのパートが複雑に絡み合って推進力になっていくでしょう。

本作は基本的に若者のエネルギーがやや過小評価されており、それは昨今の若者たち主体のムーブメントによる変革を捉え切れておらず、社会批評の映画としては少しそこは欠点だと思いました。現実ではそんな運動は無かったのかもしれませんが、それでもそれこそ脚色の真価を発揮するのではと。

“ニコラス・ジャレッキ”監督はそこを描くのは苦手なのかな。ちょっとテレビ映画みたいなオッサン臭さが漂っている感じも…。

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俳優は輝いていた?

若者と言えば、俳優陣も豪華なわりには演技が化学反応を起こしてスパークする感じでもなく、一部の俳優に関してはかなりもったいない使い方でした

“リリー=ローズ・デップ”とか、あれでいいのかっていう気持ちもしないでもないのですが…。俳優としてのスター性はあるだろうに、本人が望んでああいう脇役に徹しているのかな。

“ミシェル・ロドリゲス”ももう少し出番があっても良かったですよね。最後は“アーミー・ハマー”演じるジェイクではなく、“ミシェル・ロドリゲス”による介入でエンディングに突入しても面白い展開になったと思うし…。逆にジェイクは仕事を休んででも妹に寄り添って傍にいてあげるべきかな。

スティーブン・ソダーバーグ監督とかならもっと物語を軽快に突き動かすこともできたし、俳優も最小限で構成したのではと思ってしまったりも。『トラフィック』という麻薬を題材にした群像劇も実際に手がけていますが…。

ただおそらく『クライシス』はそれなりに編集でシーンがカットされた部分も多いのではないかなと思わせます。例えば、“サム・ワーシントン”も起用されたそうですが、実際の本編には登場しませんからね。

でもマザーを演じた“ガイ・ナドン”の貫禄は一番良かったです。あそこまで魅力的に演じられると“ガイ・ナドン”を視点にした第4のパートを観てみたくもなる。

『クライシス』は惜しい映画でしたが、オピオイド危機を知るひとくちとしては余りある大作でした。

『クライシス』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 66% Audience 64%
IMDb
6.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0

作品ポスター・画像 (C)2019 Land of Dreams Productions and Bideford Productions. All Rights Reserved.

以上、『クライシス』の感想でした。

Crisis (2021) [Japanese Review] 『クライシス』考察・評価レビュー