先史時代から人類は試されていた…映画『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2022年)
日本では劇場未公開:2024年に配信スルー
監督:アンドリュー・カミング
ゴア描写
あうとおぶだーくねす みえないかげ
『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』物語 簡単紹介
『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』感想(ネタバレなし)
最新の科学的知見を踏まえて
私たちヒトの祖先は「旧人類」に属する「ホモ・エレクトス」という約200万年前に出現した種に起源を遡れると言われています。それはユーラシア全域に分散した最初の旧人類でした。そこからさらに「ホモ・ハイデルベルゲンシス」や「ホモ・ローデシエンシス」という種に分化し、最終的に「ホモ・サピエンス」という種が約30万年前に現れ、分布を拡大し、他の旧人類と置き換わっていったそうです。
つまり、「ホモ・サピエンス」以外の旧人類は絶滅してしまいました。例えば、有名なのが「ホモ・ネアンデルターレンシス」…俗にいう「ネアンデルタール人」です。約4万年前までユーラシア大陸に住んでいました。
ではなぜ絶滅したのか。それは諸説あるのですが、現生人類の祖先と交雑していたとする説が研究で続々と明らかになっています。この最新の分析によって、「ホモ・サピエンス」と「ホモ・ネアンデルターレンシス」は別の種であるという従来の考えは揺らいでいます(SAPIENS)。
これは科学にとって、そして人間社会にとって、大きな反省を与えるものです。というのも、昔からネアンデルタール人は「ホモ・サピエンス」よりも劣る存在として優生思想を強化する材料にされてきたからです。知能が低く、野蛮で、原始的なのだ、と…。
しかし、ネアンデルタール人は当時の「ホモ・サピエンス」と同様に、独自の文化や言語を有していたと今は考えられています。しかも、交雑だってしていました。交流があったのです。
今回紹介する映画は、そんな先史時代の私たちの異文化との邂逅を主題にした作品です。
それが本作『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』。
本作は、2022年10月に「BFIロンドン映画祭」で初お披露目となったイギリス映画なのですが、一般公開は2024年2月とかなり出遅れました。
それもしょうがないかもしれません。現代の社会を舞台にしているわけではなく、なにせ後期旧石器時代に該当する約4万5000年前を扱っています。歴史映画というにしてもマニアックです。
しかも、本作の監督は、これが長編映画監督デビュー作となる“アンドリュー・カミング”。いくつかのドラマでエピソード監督を務めたことはありましたが、目立った話題にはなっていない人物です。
それでも私はこの『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』…個人的に好きな一作だったので、さりげなく推していこうと思います。
本作は先ほども書いたように約4万5000年前の後期旧石器時代を舞台に、その過酷な自然で生きるかつての人類の数人を主役にしています。サスペンス・スリラーといった感じで、そんな数人がある脅威に直面し、サバイバルしていくことになります。
本作の見どころは、何と言っても科学的かつ歴史的な誠実さ。正直、この原始人を描くというジャンルは、あまりリアリティは求められてきませんでした。『クルードさんちのはじめての冒険』や『はじめ人間ギャートルズ』のようなコミカルに特化するか、昔は『恐竜100万年』みたいにセクシーなヒロイン(毛皮ビキニ)をだすための口実であったり、そうでなかったとしても『紀元前1万年』などの大作のケレン味重視で荒唐無稽であることも…。
『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』は現在の科学的知見をしっかり組み込んで世界観を構築しており、インディペンデント映画ながら妥協はありません。それは物語においても同じで、今だから作れる、今だから作る意味がある…そういうストーリーをこの舞台の中で届けてくれます。
低予算で「見せたいもの」に集中して作り込んでいる映画なので、あれもこれも楽しませてくれるブロックバスターには到底敵いませんが、このミニマムな構成ゆえに突き刺さるテーマというのがやっぱりあると思います。
残念ながら日本では劇場未公開となってしまい、配信スルーとなったのですが、気になる人はぜひ要チェックです。
『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :人類史に興味ある人も |
友人 | :題材に関心あれば |
恋人 | :恋愛要素は無し |
キッズ | :やや残酷描写あり |
『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』予告動画
『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
4万5000年前。アデム、ゲイアー、アヴェ、ベヤ、オダール、ヘロン…この6人は自分たちの未来に関わる大きな決断をしました。
真夜中の暗闇、6人は焚火に照らされて佇んでいました。浮かない表情です。食料は減る一方でした。獲物となる群れを探そうにもここにはいません。新天地を求めて旅をするしかない…。しかし、実を結ぶ保証はどこにもない…。何にも巡り合えずに飢え死にするかもしれない…。
それでも行動するしかありませんでした。長年の住処となってきた地は捨てることにします。
こうして小舟で海を渡り、未知の荒涼とした浜辺に流れ着きました。ひとまず海を越えたことに安堵し、互いの無事を喜び合いますが、問題はここからです。とにかく最初は安全に定住できる洞窟を見つけることが優先です。
ひたすらに歩きます。周りには何もなく、背の高い植物もないです。動物の痕跡も見当たりません。本当にここに渡ってきて正解だったのか、不安は増します。
岩肌が剥き出しの場所を見つけ、慎重に降りていくとマンモスの遺体があったような痕が残っていました。肉も毛皮もなく、こびりついた血と大きな牙だけが放置されています。誰の仕業なのか、どちらにせよ”狩る”存在がいるかもしれません。警戒しながら一同は探索を続けます。
アデムは探索を頑なに続行しますが、年長のオダールは消極的になっていました。
ベヤは自身の下半身の衣服の股あたりに血が滲んでいるのに気づきます。アヴェは心配ないと安心させてくれます。そのアヴェは妊娠しており、ときおり苦しそうに呻きます。
また焚火を囲んで眠りについていると、何か音が聞こえたような気がします。唸り声? 叫び声? 暗闇はその正体を判断させるのを妨げます。火があれば獣は近寄らないはず…。それとも未知の獣がいるのか…。確実に何かがいるのは推察できますが、一同はなおも前進を続けます。
ある日、霧が一帯を立ち込める中、周りを歩き回っていた最年少のヘロンが父を呼ぶ声がしました。しかし、気配が消えます。「ヘロン!」と叫ぶも反応は無し。するとヘロンが気軽そうに忍び寄ってきました。アデムは思わず叱りつけます。
何も成果が得られない状況に一同はそれぞれ苦しみを抱え込んでいました。焦ります。恐怖が心に広がります。
別の日、真夜中にいつもどおり焚火をしていると、これまでよりもハッキリと何かの気配を感じ、みんな警戒して暗闇を見つめます。
そのとき、近くに立っていたヘロンが一瞬で何かに引きずり込まれ、暗闇に消えました。松明で照らしながら必死に探しますが、夜はあまりに危険です。今はこれ以上動くのを中止します。
夜が明け、突然の仲間の喪失に悲しみに暮れる一同でしたが、アデムは諦めるつもりはありませんでした。
急いで大地を駆け抜け、痕跡を探します。まだ生きている…そう信じながら全力で走っていると、木々が立つ森を発見。ここは自分たちに敵対する存在の縄張りなのか。警戒は一層高まりますが、引き返すわけにはいきません。
5人はその森に足を踏み入れますが…。
森は怖いのです
ここから『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』のネタバレありの感想本文です。
『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』は科学的かつ歴史的な誠実さが良いという紹介を事前にしましたが、当然、何もかも正確というわけではありません。というか、現在の私たちは先史時代をこの目で見たことはないので、完全な正確なリアルを知らないのですが…。
それでも現代の知見に映画が最大限に応えようとしてくれているのもわかります。やはり小規模作だからこそ「とにかくまずはリアルにいこう」とやれる範囲で向き合ってくれていますね。
第一にキャスティング。本作で主要キャラを演じるのは、2021年にクィアな魔女狩り短編映画『Requiem』で主演した“サフィア・オークリー=グリーン”、ドラマ『グッド・ドクター 名医の条件』の“チュク・モドゥ”、ドラマ『暗黒と神秘の骨』の“キット・ヤング”、『チューズ・オア・ダイ:恐怖のサバイバルゲーム』の”アイオラ・エヴァンズ”など。
無論、コテコテの白人だけで揃えるみたいなレプリゼンテーション以前の大欠陥みたいなヘマはしていませんし、予算規模からそこまで有名俳優を連れ込めないので、これが限界なのかもしれませんが、むしろこの座組がちょうど良かったですね。
なんというか、私たちの中にある「先史時代の人類のイメージ」を絶妙に誇張しない範囲で、リアルな落としどころのある俳優を揃え、各役者もその期待に返事してくれている感じがします。
衣装や小道具も世界観の構築に欠かせません。毛皮の服、槍などの武器、火をつける道具、装飾品…全てがさりげなく添えられていて、変に強調されないのもいいです。
ときおり描かれる文化も丁寧です。ステレオタイプな仕草はありません。言語については専門家の監修のもとで独自の言語を構築したようです。
ちなみに、作中で共食いをするシーンがありますが、実際に先史時代から私たちの祖先は食人行為をしていた痕跡があるそうです。本作のように、飢えに飢えてやむなくそうしたのかはわかりませんが、本作はあえてそこに感情的な葛藤があったという演出を用意することで、このかつての人類を野蛮に見せないようにしています(それは後に明らかになる仕掛けに対するミスリード的なものでもあるのですが…)。
サバイバル・スリラーとしても終始緊迫感があって、非人類の獰猛な肉食動物は登場しませんし(予算的に無理だと開き直って描写をやめているのかな)、それでも何もない自然の怖さがよく表現されていました。
私はなんかあちこちでたまに書いてますけど、森って何もいなくても怖いんですよ…。言葉にできないけど「怖い…!」と思わせる圧迫感というか、恐怖を漂わせる瞬間があるんですよね。本作はまさにその「森」が映像で初登場したときの、「森だ…(嬉しい)」ではなく「森だ…(怖い)」の感情の張りつめた感覚が伝わってきました。
暗闇に潜む恐怖の正体
『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』にて、新天地でアデムらの移住者を襲う存在の正体。それは自分たちと別の人類…先にこの地に住んでいたと思われるネアンデルタール人でした。
同じ「人」だけど、異なる「人」…そんな存在との邂逅です。
本作はそんな存在に不意に直面してしまった場合の、恐怖と偏見という心理を捉えています。
最初、このネアンデルタール人はあからさまに獣っぽく映し出されており、異様な殺気と、「キェーーー!!!」という叫びのような声を発し、まさに怪物そのものです。
しかし、いざ洞窟でベヤが再度まみえたとき、そのネアンデルタール人はハッキリと言語らしき言葉を発しているのがわかります。この瞬間のハッとさせられる衝撃。しかも、ヘロンから聞かされるネアンデルタール人の友好的な態度、そして埋葬するという死を弔う文化の描写。
言葉も文化も違う…でも私たちと同じだったんだ…という手遅れな発覚です。
別にネアンデルタール人は本当に「キェーーー!!!」と絶叫するとこの映画が言いたいのではなく、そう聞こえてしまうんだという受け手の心理の演出です。
これはこの感想記事の前半で説明した、最近のネアンデルタール人の知見を踏まえたものですが、同時に私たちは異なる他者を安易に怪物化してしまうよねという現代にも通じる寓話的な教訓でもあって…。互いに互いを怪物と見なし合い、恐怖し合っても意味がないのに、なんでこんなことをしてしまうのだろうか…。
各登場人物の行動も典型的です。アデムや、そのアデムの跡を継ごうと必死になるゲイアーは暴力で解決しようとして自滅に堕ちていきますし、オダールは信仰を根拠にした悪魔への恐れから疑心暗鬼を悪化させ、ベヤの月経すらも言い訳にしようとします。
こうやって振り返ると、本作は先史時代という世界観でありつつ、ジャンル的な構図はよくあるシチュエーション・スリラーをなぞっていましたね。恐怖によって破滅に突き進んでしまう集団心理。どの時代でも起きうることでしょうか。
しかし、私たち人類はそうした恐怖に向き合いながら、それでも他者を信じて交流を積み重ねてコミュニティを築き、拡大させてきた歴史も間違いなくあるわけで、それが人類史なのです。『アルファ 帰還りし者たち』では「人」と「犬」の信頼関係の話でしたが、今作『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』は「人」と「人」。
ちょうど2024年は、『ゴジラ×コング 新たなる帝国』や『猿の惑星 キングダム』と、なぜか知りませんけど空前の猿コミュニティ映画がフィーバーしているんですが、それらはいずれも荒唐無稽なSF設定を通して私たちに「よく似た異なる他者」の受容と拒絶を考えさせるテーマ性を持ちます。
『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』はそんなSF設定に頼らずとも、私たちの歴史の原点にそのテーマはあるじゃないかと思い出させてくれる一作でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 86% Audience 55%
IMDb
5.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2023 The Origin Movie Ltd and The British Film Institute. All Rights Reserved. アウトオブダークネス
以上、『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』の感想でした。
Out of Darkness (2022) [Japanese Review] 『アウト・オブ・ダークネス 見えない影』考察・評価レビュー