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もうひとつの血塗られた呪術廻戦…「五条悟タンポン事変」とは?【インターネットミーム紹介】

五条悟タンポン事変

2023年は「サカバンバスピス」から「トコジラミ」、「バーベンハイマー」まで、さまざまなインターネット・ミームが世間を賑わしました。

2024年も始まって早々にさっそく強烈なインターネット・ミームが登場しています。

ここでは日本ではそれほど有名ではない海外のインターネット・ミームをピックアップして紹介しています。

今回、取り上げるのは「五条悟タンポン事変」です。

この記事には、一部のファンにとっては不快と感じかねない「作品やキャラクターの扱い」に関するセンシティブな内容が含まれています。ご注意ください。

『呪術廻戦』とは?

まず『呪術廻戦』の話から始めないといけません。もう知っている人は読み飛ばして構いませんが、知らない人はこれを機にぜひ。

『呪術廻戦』は“芥見下々”による日本の漫画で、2018年から「週刊少年ジャンプ」で本格的に連載が開始されました。

物語は、架空の日本を舞台に、人間の負の感情から生まれる化け物である呪霊を独自の呪術を使って祓う個性豊かな呪術師の熾烈な戦いを描く…バトルアクション作品です。決死の戦闘に身を投じる魅力的なキャラクターたち、そんなキャラが織りなす熱いドラマに多くのファンが夢中になっています。

とても人気の作品となっており、比較的新しい漫画の中では先頭を走る話題作です。2020年にはアニメ化もされ、2021年には劇場アニメ『劇場版 呪術廻戦 0』が公開。続いて2023年にはアニメシリーズの第2期も放送。さらに人気に火がつき、留まることを知らずに盛り上がっています。

『呪術廻戦』は日本のみならず、海外のオタク・コミュニティの間でも瞬く間に非常に人気となり、『NARUTO』『ONE PIECE』に続く漫画発の日本コンテンツとして不動のファンダムを獲得した新鋭と言えるでしょう。

海外向けに日本アニメを配信する「クランチロール」が開催する「Crunchyroll Anime Awards」においても、2023年のアニメを対象とした第8回では、この『呪術廻戦』が「Anime of the Year」を含む17部門にノミネートされており、その人気を裏付けています。

そんなわけで、SNSでも海外のオタク・コミュニティを覗けば、『呪術廻戦』のトピックは頻繁に見られる…そんな2023年なのでした。その熱狂は新年を迎えた2024年の初めでも冷めていません。

それは起こった:五条悟タンポン事変

ここから本題。それは2024年1月19日に起きましたKnow Your Meme

とあるTikTokのユーザーが“ある動画”をあげたのが始まりです(このオリジナルの動画は現在削除されています)。

その動画に映っていたのは『呪術廻戦』に登場する「五条悟」のフィギュアです。

「五条悟」は『呪術廻戦』の中でも屈指の人気キャラクター。軽薄でお気楽な言動ながらも最強の呪術師として君臨しており、この作品の裏の主人公のような存在感です。詳細はネタバレできないので伏せますが、キャラクター同士の関係性の視点でもファンを魅了しており、例えば、「Fandom」が2023年に最も検索された「ship(カップリング)」のトップ10を公表した記事では、『呪術廻戦』の「五条悟×夏油傑」のペア(shipネームは「SATOSUGU」)が1位として取り上げられるなど、『呪術廻戦』の絶大な人気を支える一柱です。

その「五条悟」のフィギュアの動画をあげるくらいはオタクなら普通のことだと思いますが、今回はそれだけではありませんでした。

「五条悟」のフィギュアに使用済みのタンポンを絞って経血を浴びせるという内容だったのです。この衝撃的なビデオはTikTokで本人があげたものは削除されたものの、他の人によって「X」などのSNSにどんどん転載してアップロードされ、数日にわたって拡散し続けました。

その動画を作成した最初のユーザーがどういう意図だったのかはわかりません。ネタのつもりだったのか、自分のやりたいと思うままの感情の結果の行動だったのか…。とくに「五条悟」や『呪術廻戦』を咎めようという狙いは感じられませんが…(動画につけられたキャプションからはおそらく作品内のシーンに影響を受けてそうしたのだと推測される)。

とは言え、内容が内容だったので、その動画を知った多くの人がショックと嫌悪感を表明し、ちょっとしたセンセーショナルな事件となりました。『呪術廻戦』のファンのイメージダウンになることを心配する声もありました。

この事件は「Gojo Figure Incident」もしくは「Gojo Tampon Incident」などと呼ばれ、数日間程度は「五条悟」と「タンポン」がやたらと関連付けられる現象が英語圏のSNSでは飛び交いました。

五条悟タンポン事件の余波

ところがこの「五条悟タンポン事件」はそれだけで片付きません。インターネット・ミームは往々にしてどんどん派生して収拾つかなくなっていくものですが、「五条悟タンポン事件」も広がっていきます。

『呪術廻戦』の一部のファンはこの「五条悟タンポン事件」に触発されて、「babygirl」自分のお気に入りの男性キャラクターをデザインした生理用ナプキンのミームを作りだしましたThe Mary Sue。画像上でデザインしてSNSで共有しているだけですが、一種の「服のはだけたキャラがプリントされた抱き枕」の派生版みたいな感じです。なお、実際にそんな商品はありません(現時点では…)。

「babygirl」は、英語圏で2023年に流行ったスラング(インターネット・ミーム)で、「魅力的な中年男性」を指しますThe Daily Dot

この副次的な反応からも推察できるように、「五条悟タンポン事件」はファンダムに拒絶されるばかりではありませんでした。

今回のこの「五条悟タンポン事件」…あえて言えば、この事件は『呪術廻戦』だからこそ起きた事件だとも言えます。きっと『NARUTO』や『ONE PIECE』だったら同様の現象は起きないでしょう。

『呪術廻戦』を見たことがある人なら散々わかっていることですが、この『呪術廻戦』はそもそもかなり血生臭い作品です。それこそタンポンどころではない量の血が作中で溢れかえりますし、グロテスクなシーンもたっぷりで、人が極めて残酷にいっぱい死にます。

なので『呪術廻戦』のファンは血生臭いことに慣れています。というよりは『呪術廻戦』はそういう血とは無縁ではいられない作品だと認知しています。

だからこそ『呪術廻戦』のキャラクターと「生理(月経)の血」を結び付けるという、究極的な境地にも繋がりやすいわけです。

加えてこの『呪術廻戦』のファン層の女性の多さと熱量がこのインターネット・ミームの原点になっているのも無視はできません。

『呪術廻戦』自体も作中で映画などエンタメ系の話題を盛り込むノリがある作品でしたが、さすがにこんなインターネット・ミーム現象を生じさせるとは想定していなかったかもしれませんが…。

ともあれ『呪術廻戦』らしいインターネット・ミームでした。

感想

ここからはこの「五条悟タンポン事件」に関する私の個人的な感想です。

今回の事件で思ったのは、「生理に関連するフェティシズム」の話です。生理もしくは生理用品などに対して性的興奮を得るフェティシズムは「メノフィリア(menophilia)」と呼ばれます。経血の場合は、血に対する興奮なので「血液に関するフェティシズム」も混ざり合っていると言えるでしょう。

一般的にこのメノフィリアは、男性が女性の使用済み生理用品を盗むなど「性的加害行為」の文脈で語られやすいです。これは「男性→女性」という方向性のみの異性愛を前提にした認識があります。

しかし、今回の「五条悟タンポン事件」については「女性」が主体にあるのが特筆されます。正確には「生理のある人」だけが実行できる行為です。

もちろん今回のインターネット・ミームは単にネタで盛り上がっているだけかもしれませんが、それでも「好きな人に自分の経血をかけたい」というある種の性的衝動に駆られる人が存在することを少なからず浮き彫りにしたと思います。今回の場合はその「好きな人」が「漫画やアニメのキャラクター」だったわけです。

つまり、この現象は「メノフィリア」と「フィクトセクシュアル(fictosexual)」を合わせたものです。フィクトセクシュアルというのは、フィクションのキャラクターに性的に惹かれるというパターンのことです。

私は今回のインターネット・ミームを整理するうえで、メノフィリアとフィクトセクシュアルを合わせたフェティシズムの研究がどれほど行われているのか調べたのですが、ほとんど調査事例がありませんでした。やはりフィクトセクシュアルの研究があったとしても、それは規範的な性的行動を暗黙のうちに想定したものが多いのでしょうね。こういうフェティシズムは蚊帳の外に置かれがちです(フィクトセクシュアルよりも「hentai pornography」研究のほうが手が届いていることが多い気がする)。

また、オタク・ムーブメントの発信地である日本でも、フェティシズムなコンテンツの楽しみ方は盛んに行われているにもかかわらず、実のところ、その多くは男性視点のフェティシズムのものばかりで、女性視点のフェティシズムは乏しかったりしています。これは全体的なオタク界隈の傾向ではありますが、女性のオタク行動は可視化されづらく、評価もされづらいです。

今回の「五条悟タンポン事件」はそうした女性視点の主体性を持つ、普段は社会の影で隠れているフェティシズムがポロっと顔をだした現象であり、学術的にも興味深い事例なのではないでしょうか。


『呪術廻戦』はまだまだ続いていますし、これからもインターネット・ミームを生み出してくれるでしょう。「僕は最強だから」と言ってのける五条悟がどんな新しい規格外のインターネット・ミームを生み出すのか、本編と一緒に注目をしていきたいと思います。