感想は2000作品以上! 検索はメニューからどうぞ。

「ジャンクサイエンス」とは? 陰謀論や差別に使われる科学(?)の実態

ジャンクサイエンス

今や陰謀論デマが大量に氾濫し、インターネット上でも酷いことになっています。そうした陰謀論やデマが差別の扇動に使われることも頻繁にあります。

その情報が「陰謀論やデマ」かどうかの判断基準において、よく「科学的」という言葉が持ち出されます。「これは科学的だから正しい」とか「それは科学的と言えないから正しくない」とか…。確かに「科学」は情報の適正さの判断のひとつの目安になるかもしれません。

しかし、そう迂闊に考えてもいられない現状があります。

そこで無視できない用語となってくるのが「ジャンクサイエンス」という概念です。知っていますか?

科学者でも、一般の人でも、もはや「ジャンクサイエンス」を理解せずにこの情報の大氾濫時代を過ごすことはできません。身近な概念であり、知らなくても生活に接してきます。

今回はこの「ジャンクサイエンス」について整理しています。

※この記事は私が個人用に整理していたメモを多少構成を変えて修正して公開するものです。一部内容の専門的な正確さは掲載している出典に依存します(参考文献リストは最下部に記載)。随時、内容を更新することがあります。【当サイトの情報の確度について

「ジャンクサイエンス(Junk Science)」とは?

「ジャンクサイエンス(junk science)」とはそもそもどういう意味なのでしょうか。

「憂慮する科学者同盟(Union of Concerned Scientists; UCS)」という組織があり、これは政府が科学を都合よく利用しないように問題提起や監視を行うアメリカの科学者団体で、1969年に設立されました。もともとは当時に開発が国家主導で盛んに推し進められた核兵器の廃絶のために活動を開始しました。

この「憂慮する科学者同盟」は、ジャンクサイエンスを「科学的手法と査読プロセスの厳密さから外れているものの、正当な科学として提示された研究成果物」と定義していますAmerican Scientist

科学の仕組み;そもそも「科学」とは?

これだけだとなかなか一般的にわかりにくいので、もう少しわかりやすく説明すると…。

科学の世界にどっぷり研究者として関与した経験がないとわからないかもしれませんが、科学界は誰でも参入できます。もちろん大学などで専門知識を学んで学位(博士など)を取得することが推奨されますが、それでも科学の門戸は開け放たれています。そんな秘密結社のような隠れた閉鎖社会ではありません。その気になれば誰でも「科学者」を名乗れます。自分の主張や発見を「これは科学だ」と言えてしまいます。

当然、そんなやりたい放題を放置していると科学界もめちゃくちゃに大混乱してしまうので、多くの科学界はその専門分野ごとに「学会」などのコミュニティを持ち、そこで研究発表をして、互いに評価し合います。そこで「これは確かに興味深い科学的発見だね」とか「これは科学的に分析が違うんじゃないの?」とか、意見を出し合い、褒めたり、批判したりします。

この学会や学術誌で発表された研究は、基本的に「科学」とみなされますが、どれくらい評価される科学かはわかりません。中には取るに足らない研究として忘れられるものもありますし、後々で大間違いが指摘されるものもあります。玉石混淆です。学会や学術誌は「査読」といったチェック機能もありますが、それでもその質はバラバラです。

科学界はそうやって長年に渡って蓄積された玉石混淆の「科学」から、しだいにより良い、確からしい科学を選りすぐり、集約して、通説や主流の理論が導かれて構築されます。こうしたものが一般の科学教科書に載ったりします。これが科学で最重要視されるプロセスで、科学の基盤です。

つまり、科学は言ったもん勝ちではなく、ましてや論破すればいいものでもない。地道に研究を積み上げて、大勢に批判・評価されて、その過程(プロセス)に意味があります。

ジャンクサイエンスに話を戻すと、ジャンクサイエンスも学会や学術誌で発表されたり、研究者が主張する「科学」です。ただし、上記のプロセスを通過しておらず、たいていは科学界から問題点が指摘され、主流の科学として認められるに至らずに終わった「科学」です。

科学のシステム上、ジャンクサイエンスはどうしても生じます。古い研究や質が低いと判断された研究は一定数現れるからです。日々の生活で「ごみ」が生じるのと同じです。科学界はこのジャンクサイエンスを常に淡々と(ときに議論白熱しながら)処理してきました。

ジャンクサイエンスと疑似科学の違い

ジャンクサイエンスとよく似た言葉に「疑似科学(pseudoscience)」がありますが、微妙に意味合いが異なります。

疑似科学の中には、根本的に学会や学術誌で発表されたことすらなく、「科学」だったことが全くないものもあるからです。それは「科学」風に見せかけているだけで、「科学」ではありません。

ジャンクサイエンスは一応は「科学」と言えなくもない代物です(とりあえず出発点として「科学」だったかもしれません)。でも科学的知見の更新の中で科学的プロセスを通過し続けることできず、現時点で質そのものに問題を抱えています。

そうした違いはありますが、現在、科学の発表の多様化にともない、既存の主要な科学界(学会や学術誌)以外のルートでの発表の機会も増大し、わりと簡単に「科学」として発表だけはスタートできる事例も増えました。なのでジャンクサイエンスと疑似科学の境界はますます曖昧になっているかもしれません。

ジャンクサイエンスの問題点

ジャンクサイエンスにはどんな問題点があるのでしょうか。

簡単に言えば、「質の低い(もしくは間違いだと指摘された)科学」が世の中に「正当で主流の科学」だと誤認される可能性があります。

ジャンクサイエンスが厄介なのは、曲がりなりにも、学会や学術誌、または研究者によって発表・主張されている点です。科学のことをよく知らない庶民にしてみれば、「研究者が言っているし、学術誌とやらに載っているなら、これは科学なんだね」と安易に納得してしまいます。一般の人は科学研究の評価なんてできないので、鵜呑みにしてしまうのです。

個人が勝手に勘違いするだけなら問題ないと思うかもしれません。でもそうも言ってられません。

ジャンクサイエンスが社会や人生を左右することがあります。政府が政策の決定を行う際にジャンクサイエンスに依存することすらありますUnion of Concerned Scientists。陰謀論やデマの科学的根拠としてジャンクサイエンスが用いられることも珍しくないです。

もちろん、ジャンクサイエンスの中にはごくまれに過小評価された科学的大発見が埋もれているかもしれませんが、それを発掘できるのはやはり科学的プロセスなのです。

ジャンクサイエンスの事例

ここからはジャンクサイエンスの事例をいくつか紹介します。

女性差別

女性差別においてもジャンクサイエンスが昔から利用されてきました。とくに現在はマノスフィアなコミュニティ(オンライン上で烏合の衆として結束する女性蔑視な反フェミニズム集団)が、男性社会にとって都合がいい女性概念を推進するために、一部の学術研究を都合よく用いていることが指摘されていますPhys.org。たいていは「女性は男性よりも生物学的に劣っている」などと理論を展開することが多いです。

反”中絶”

中絶は世論を二分しています。とくに中絶に反対するのは、保守的な宗教支持者層で、活発な中絶反対運動(プロライフ)を展開しています。反中絶活動において、裁判などでも、中絶の危険性を誇張するためにジャンクサイエンスが利用されていることが「アメリカ自由人権協会(ACLU)」などによって指摘されていますTruthout

反”トランスジェンダー”(反”LGBTQ”)

トランスジェンダーの権利に反対する人たち(反トランス)が世界には存在します。こうした反トランス反LGBTQの人たちはジャンクサイエンスの医療情報を悪用していると「南部貧困法律センター(SPLC)」などは指摘しています。

例えば、その有名な事例のひとつが「急速発症性性別違和(Rapid-onset gender dysphoria; ROGD)」と呼ばれるものです。この研究は「PLOS One」という査読つきの科学雑誌に掲載されたもので、トランスジェンダーの自覚は子どもの勘違いにすぎないと説明しています。しかし、後に「アメリカ心理学会」を含む多くの研究者からその研究の問題点が指摘され、「PLOS One」側も修正しました。にもかかわらず今も反トランス界隈でこの研究は好んで使われ、「トランス社会的伝染理論」という主張の根拠になっていますMIT Technology Review

他にも「生物学的性別」という言葉を乱用し、「性別は男と女の2種類なのが科学の常識だ(LGBTQは科学を否定している!)」と主張を展開することもあります。しかし、実際は現在の科学では性別はとても複雑であることがわかっていますScientific American

反トランスや反LGBTQの一部は、「American College of Pediatricians」(あえて日本語訳すると「米国小児科医師会」※著名な学術団体である「米国小児科学会」とは違う)や「Society for Evidence Based Gender Medicine」「Institute for Comprehensive Gender Dysphoria Research」「Gender Exploratory Therapy Association」といった、いかにも名前からして科学団体に思わせる組織を設立しており、世論誘導を狙っています。

犯罪対策

犯罪者を特定する捜査においても、科学的根拠は重視されますが、実際は偏見(バイアス)を正当化するために科学を利用しているケースがあります。例えば、性犯罪者の再犯リスク評価のツールはジャンクサイエンスを利用し続けていて改善されておらず、人種的バイアス(黒人を犯罪者とみなしやすい)などの問題を抱えていることが批判されていますACLU of New York。また、犯人を突き止める定番証拠であった「歯の情報で人物を判断する」という法歯学も、その科学的正確性がかなり疑われ、冤罪事件も起きていますNBC News

医療

新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックの際は、アメリカの”ドナルド・トランプ”政権や大阪府の”吉村洋文”知事などが、科学的根拠のない医療情報を広めるなどしていましたVanity Fair; 読売新聞反ワクチン運動もジャンクサイエンスを好んで活用してきた歴史がありますNature Immunology; Scientific American


上記以外でも、ジャンクサイエンスの事例は無数に存在します。

ジャンクサイエンスという言葉の悪用

こうしたジャンクサイエンスの事例を並べることで、その問題点を理解できたかもしれません。「ジャンクサイエンスに注意しよう」と警戒心が高まった人もいるでしょう。

ところが、もっと実態はややこしいです。

本来、「ジャンクサイエンス」という言葉は先に説明したとおり、「科学的プロセスを通過して認められた主流の科学」に対して「科学的プロセスを通過していない科学の有象無象」を指しています。

しかし、一部の「科学的プロセスを通過して認められた主流の科学」を否定・攻撃したいと考える人たちが、逆にこの「科学的プロセスを通過して認められた主流の科学」のことを「ジャンクサイエンス」だとレッテルを張り、「科学的プロセスを通過していない科学の有象無象」のほうがさも正しいかのように情報操作することがあります

有名なのが“スティーブン・ミロイ”という人物です。この人は、弁護士、ロビイスト、作家であり、元FOXニュースのコメンテーターです。何かの専門分野を持つ科学者でも、科学ジャーナリストですらもないのですが、“スティーブン・ミロイ”は「ジャンクサイエンス」という言葉を多用し、「科学的プロセスを通過して認められた主流の科学」を頻繁に攻撃することで知られています。「Junkscience.com」というウェブサイトを運営し、持論を展開していますが、もっぱら気候変動受動喫煙のリスクはデタラメであるといった主張を得意としますAmerican Scientist

このように「ジャンクサイエンス」は「科学的プロセスを通過して認められた主流の科学」を貶めるレトリックとしても用いられてしまっているのです。

だから「これがジャンクサイエンスだ!」という主張を見かけても、それが本当に正しいのかは単純に判断できません。

私たちはどうすればいいのか

では、このインフォデミック(真偽不明の情報が蔓延すること)の世界で、私たちは「ジャンクサイエンス」、もしくはその言葉とどう向き合っていけばいいのでしょうか。

結論から言えば、世間に流布する「科学」を名乗る何かしらの情報をどう評価するかということになります。

「この研究者がこう言っている!だから正しい」
「こんな論文がある!だから正しい」
「本に書いてある!だから正しい」
「この研究者は利権と繋がっている!だから間違っている」
「その研究者・論文・本が科学界の主流においてどう評価されているか」

上記で整理したように、単に「研究者が言っているから」「論文や本に書いてあるから」…という姿勢では頼りないです。「その研究者・論文・本が科学界の主流においてどう評価されているか」を考えないといけません。

とは言え、専門の科学的知識を持たない一般人は、その研究者・論文・本を科学的に評価できません。なのでやはり信頼できる科学界の専門家の複数の意見を参考にしたりするのがベターです。

目安になる視点はいくつかあります。

  • その情報源に適切な出典がじゅうぶんな量で多角的に示されているか。
  • その研究者や論文・本などが主流の科学界から批判されていないか。

ネット上にはクリックベイトを狙ってセンセーショナルな見出しで煽るコンテンツが溢れ、ジャンクサイエンスが紛れ込みやすいですHumanit Soc Sci Commun。今のネットメディアの中には、科学ニュースとしてつい最近の発表研究を紹介するサイトもありますが、1次情報をそのまま掲載しているだけで、科学界がその研究をどう評価したかまで整理していないことも多いです。

科学界は昨今のジャンクサイエンスが陰謀論やデマもしくは差別扇動に悪用される事態が多発している状況を鑑み、学会による声明などで積極的にジャンクサイエンスの問題点を指摘しないといけなくなっています。厳格な科学的プロセスではなく「バズるジャンクサイエンス」がウケるだけの世の中になってしまえば、科学は成り立たず、信用を失います。

「ジャンクサイエンス」に浸食されて、この社会全体がゴミになってしまわないように、社会と個人でできることを地道に取り組むしかないです。

参考文献
【ネット】
●2017. The ‘Junk Science’ Dilemma. American Scientist.
●2021. CAAPS Position Statement on Rapid Onset Gender Dysphoria (ROGD). CAAPS.
●2021. “A Tsunami of Randoms”: How Trump’s COVID Chaos Drowned the FDA in Junk Science. Vanity Fair.
●2022. How the idea of a “transgender contagion” went viral—and caused untold harm. MIT Technology Review.
●2022. How Junk Science Is Being Used against Trans Kids. Scientific American.
●2022. 吉村知事「コロナに効く」から2年、うがい薬研究ひっそり終了…専門家「推奨できる結果なし」. 読売新聞.
●2023. The “Risk Assessment Instrument” is costing people their liberty for no good reason. ACLU of New York.
●2023. Study shows that the ‘manosphere’ community is misusing scientific research to support its beliefs. Phys.org.
●2023. Vaccine Scientist Warns Antiscience Conspiracies Have Become a Deadly, Organized Movement. Scientific American.
●2023. SPLC Report Exposes Network Behind Junk Science and Disinformation Campaign Against the LGBTQ+ Community. Southern Poverty Law Center.
●2023. American College of Pediatricians. Trans Data Library.
●2023. Gender Exploratory Therapy Association. Trans Data Library.
●2023. Institute for Comprehensive Gender Dysphoria Research. Trans Data Library.
●2023. Society for Evidence Based Gender Medicine. Trans Data Library.
●2023. Safeguarding Science in State Agencies. Union of Concerned Scientists.
●2024. Bite mark analysis has no basis in science, experts now say. Why is it still being used in court? NBC News.
●2024. ACLU to SCOTUS: Lower Courts Used “Junk Science” to Block Abortion Medication. Truthout.
【論文】
●2008. A case of junk science, conflict and hype. Nature Immunology 9:1317.
●Carlos Carrasco-Farré. 2022. The fingerprints of misinformation: how deceptive content differs from reliable sources in terms of cognitive effort and appeal to emotions. Humanities and Social Sciences Communications 9:162.