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『ナニー』感想(ネタバレ)…移民女性とマミワタが水で繋がる社会風刺ホラー

ナニー

移民女性とマミワタが水で繋がる社会風刺ホラー…映画『ナニー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Nanny
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2022年にAmazonで配信
監督:ニキヤトゥ・ジュース
性描写 恋愛描写

ナニー

なにー
ナニー

『ナニー』あらすじ

セネガルからアメリカに単身でやってきたアイシャはニューヨークで特権階級の夫婦に雇われて、不法就労ではあるがナニーとして働くことになる。故郷に置いてきた息子をニューヨークに迎え入れるべく準備をしていると、怪しい何かの気配を感じる。必死に長時間働いて苦労をしながら実現させようとしてきた幸せな子どもとの生活の計画が、いつの間にか水没していく。その得体の知れない恐怖の正体とは…。

『ナニー』感想(ネタバレなし)

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人魚はアフリカからやってきた

2022年、ディズニーが今度公開予定の『リトル・マーメイド』の実写映画のトレイラーを初発表した際、主人公の人魚を主演するのが黒人女性だったため、一部の人が「人魚が黒人なんておかしい」と主張していました。無論、そんな主張は人種差別的な思想に他ならないのですが、そもそも人魚の原点を辿ると実はアフリカに行き着きます。

アフリカ、とくにアフリカ西部から中央、南部にかけての海岸地域には古来から「ナミワタ」という水の精霊が信仰されていました。ナミワタの容姿は基本は女性で、上半身は人間のようですが、下半身は魚、もしくは蛇が巻き付いたようになっているのが特徴です。ナミワタには各地で様々な伝承があり、人を誘拐するというものから、治癒や豊穣の象徴となったり…。

この古代のアフリカから語り継がれるナミワタ(一説にはマナティーが発想の由来ではないかという研究もある)…これがヨーロッパへと伝承され、やがて人魚としてかたちを変えて広がっていった…という分析もあります。

知名度が低いのがあれですが、私たちが無知なだけで、実はアフリカ伝来のものっていっぱいあるんですね。

そのナミワタを題材のひとつとしている、少し変わったホラー映画が今回紹介する作品です。

それが本作『ナニー』

この映画がナミワタを題材にしていることを事前に言及してしまうのは、ネタバレになってしまうかなとも思ったのですが、そういう切り口で紹介しておく方が「観てみようかな」と考えてくれる人がむしろ増えそうなので、今回は最初から「これはナミワタ映画です」と言い切っておきます。

なにせ本作『ナニー』、基本のあらすじはとても味気ないというか、普通すぎるのです。主人公はアフリカのセネガルからアメリカにやってきた移民の女性で、ナニー(子守り)として働くことになります。そこで得体のしれない体験をすることになっていく…そんな物語。

ただ、ナミワタだけではないですけどね。そこは観てのお楽しみ。

ホラーと書きましたけど、エンターテインメント満載なアップテンポの激しい恐怖演出連発!という感じでは全くありません。それよりもドラマ部分がメインであり、そこにじんわりと不安を煽る映像や演出が続き、しだいにその意味が明らかになっていく流れです。

映画のトーンとしては“マティ・ディオップ”監督の『アトランティックス』に近いと言っていいんじゃないかな。「アフリカ」「移民」「水」「超常現象」といったキーワードが一致しますし…。

この『ナニー』を監督するのは、シエラレオネの両親を持つ“ニキヤトゥ・ジュース”。2015年に『Flowers』という短編で高く評価され、2019年には『Suicide by Sunlight』という短編も制作。こちらは黒人の吸血鬼を題材にした作品だそうです。その“ニキヤトゥ・ジュース”監督の初長編映画となったのがこの『ナニー』です。『ナニー』はサンダンス映画祭でも高評価を獲得しました。

“ニキヤトゥ・ジュース”監督は今後も自身の短編を長編映画化する企画や、あの『ナイト・オブ・ザ・リンビングデッド』の続編の監督にも抜擢されているらしく、将来的にどんどんその名を目にする機会が増えるであろう、ホラー界隈に新しい風を吹き込む若手監督として期待されます。“ニキヤトゥ・ジュース”…この名前はぜひ覚えておきましょう。

なお、『ナニー』を製作しているのは、もはやホラー映画の業界で先頭を突っ走っている「ブラムハウス・プロダクションズ」です。

『ナニー』の俳優陣は、『Us』やドラマ『Titans/タイタンズ』の“アナ・ディオプ”が主人公を演じ、『ザ・クラフト: レガシー』の“ミシェル・モナハン”、ドラマ『American Soul』の“シンカ・ウォールズ”、ドラマ『ギルデッド・エイジ ニューヨーク黄金時代』の“モーガン・スペクター”などが共演しています。

残念ながら『ナニー』は日本では劇場未公開。Amazonプライムビデオで独占配信されているだけにとどまっているので、少し目立たない状況です。気になる人は要チェックです。

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『ナニー』を観る前のQ&A

Q:『ナニー』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2022年12月16日から配信中です。
✔『ナニー』の見どころ
★アフリカのナミワタを題材しているのは珍しい。
✔『ナニー』の欠点
☆展開の盛り上がりは乏しい。
日本語吹き替え あり
行成とあ(アイシャ)/ 本田貴子(エイミー)/ 田村真(アダム)/ 藤沼建人(マリク)/ 種市桃子(サレイ) ほか
参照:本編クレジット

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:変わった映画が好きなら
友人 3.5:題材に関心ある者同士で
恋人 3.0:デート向きではない
キッズ 3.0:大人のドラマです
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ナニー』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):子どものために

アメリカのニューヨークで暮らすアイシャは住まいを提供してくれてお世話になっているおばさんから「家賃は払えるの?」と聞かれ、「明日から仕事を始める。母親はいい人よ」と答えます。「クビにならないようにね」と声をかけられつつ、アイシャは出かけます。

アイシャが手に入れた仕事はナニーです。セネガルからこのアメリカの地にやってきたアイシャは、これでおカネを稼ごうと張り切っていました。

アッパー・イースト・サイドの高級マンションに到着し、受付にいる身なりのいいスーツを羽織った「マリク」と名札のある黒人男性が身分をチェック。「ハヴ家のナニー?」と問われ、「ええ」とそっけなく受け答えます。エレベーターで上階へ。

雇用主となるエイミーに挨拶し、家の中を案内されます。夫のアダムのオフィスがあり、今は仕事で長期不在にしているそうです。

泊まり用のアイシャの部屋も用意されています。質素な部屋ですが、無いよりはマシです。

そして子守りすることになる幼いローズを紹介され、挨拶。あどけない子ですが、元気で可愛いです。

エイミーからファイルを渡され、ローズの予定や物の場所を書いてあります。セラピストの電話番号もあり、念入りです。ハグし合ってエイミーは出かけて行くのでした。

さっそくローズと2人きりになり、一緒に食事をしていると、ローズはアイシャの食べているものを食べたがります。アイシャが自分用に作ったのはセネガルの料理であるチェブジェンです。ローズはそれを美味しそうに食べ、フランス語でマネしながら感想を無邪気に言ってきます。

仕事が終わり、自室でアイシャはセネガルにいとこのもとに残してきた息子ラミンとビデオ通話。「マリアトゥの言うことを聞かないそうね」…そう心配しつつ、早く息子と暮らしたいと願っていました。そのためにもおカネです。

アイシャは同じく移民であるサレイと子どもの誕生日会で一緒になり、気ままに楽しみますが、他人の子を見て自分の子と重ねってしまい、恋しくなります。

またローズとのひとときを過ごし、フランス語を教えもします。エイミーからは「アダムが予定よりも早く帰ってくるから準備を手伝って」と言われ、遅れて帰宅したエイミーは「明日泊まってくれるか」とお願いしてきます。

「泊りは100ドルだっけ」「いいえ、150ドルです」

そのアダムが帰ってくる日、エイミーは赤いドレスを取り出してきて「あなたの肌の色に似あう」と着せてくれます。そのまま部屋で行われる集まりに同席。

そこにアダムが帰ってきて、ローズを連れて行きます。ローズを寝かしつけ、シャワー室でドレスを脱ぐアイシャ。アダムはアイシャを雇っているとは知らなかったらしく、奥歯に物が挟まったような言い方にとどめてきます。

夜中、泊っている部屋で不審な物音を聞き、目を覚ますと悪夢でした。

報酬を貰えばすぐにセネガルに送金します。子どもが移住するためなら何でもします。

美容室でサレイから「ラミンの父親と奥さんに謝ったら? 助けてくれるかも。おカネの援助とか」と言われますが、「謝るのはあの男よ。女子学生たちを妊娠させて」とアイシャは辛辣です。

ところがこのナニーの仕事はしだいに支払いが滞っていくようになり、未払いが溜まってアイシャは焦ります。なんとか支払ってもらおうとアイシャはアダムにも説明します。

そんな中、アイシャの日常で何か得体の知れないことが起き始め、それは気のせいでは済まなくなり…。

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負担を肩代わりするハメになるのは…

『ナニー』の主人公であるアイシャは不法就労状態でありながらも、セネガルに残された息子のラミンが7歳の誕生日を一緒にこのアメリカの地で祝えるように、必死に稼ごうとしています。

おそらくこのアイシャもかなりの苦労がここに至るまでにあったはずです。フランスの植民地とされたセネガルは今や独立後も経済的に苦境に立たされています。セネガルでは未来はないと判断したアイシャはアメリカに希望を求めますが、その新たな地でも厳しい壁に阻まれます。

本作の主人公はこのアイシャですし、彼女の視点で物語は進みますが、作中ではアイシャ以外のアフリカ諸国からの移民女性の姿が頻繁に映ります。ある意味、本作はこうしたアフリカ移民女性という巨大な集団を主軸にしているのだという目配せでしょうか。

エイミーのマンションではお腹が随分大きい任務の黒人女性が掃除機をかけており、公園では他にもナニーをしている黒人女性がずらりと並び、近況を語り合っています。

この映画で伝わってくるのは、アメリカのニューヨークという先進的とされる都市部は、アフリカの移民女性で根底の部分は成り立っているということ。とくに家事・育児方面ですね。

世界では男女平等ということで、女性がキャリアに勤しむことが奨励され、讃えられています。しかし、そんなモデルケースの裏では結局はキャリアアップする白人女性の影として、アフリカ移民女性たちが家事・育児を担っている。この構造ですよね。

ある人種のジェンダー不平等が是正される傍らで、別の人種のジェンダー不平等は悪化の一途をたどっている。そういう世の中が目を背けるような現実をこの映画は直視させます。

エイミーも男性社会の抑圧に必死に抗っているのは確かです。あのアダムは妻が家事や育児をすればいいと思っているようで(影では不倫していることも匂わせる)、でもエイミーはキャリアを目指したいのでおそらく自力でアイシャを雇っています。それでも心神喪失していくエイミーの姿をアイシャは眺めることしかできません。

社会のアンバランスな構造が、男性特権を維持したまま、まずは白人女性に負担を押し付け、次にその負担に耐え切れなくなった裕福な白人女性が今度は貧しい移民有色人種女性に自分の負担を肩代わりさせる…。多重下請けみたいですよね。

負の連鎖が嫌な感じで繋がっていく社会風刺がこの『ナニー』にはあります。

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“ナミワタ”か、“アナンシ”か…

『ナニー』は移民・難民、とくにその女性の人生をホラーへと重ね合わせた映画です。こういうタイプの映画は、これまでも『ノー・ウェイ・アウト』『獣の棲む家』など、いくつもありました。

『ナニー』では前述したとおり、ナミワタがひとつの題材として用いられています。マリクの祖母から話を聞いたナミワタの伝承。実際にアイシャがナミワタに憑りつかれているとか、そういうことではないのだと思いますが、その話を聞いてからアイシャの頭の中にはナミワタのイメージがこびりつきます。

ナミワタは男性を性的に誘引するという話もあり、このアイシャも自分ではそのつもりはなくともマリクやアダムに好意を持たれます。

一方でアイシャはそもそも自分が妊娠した発端は、過去に触れる会話から察すると何か性的暴行の被害に遭った可能性もあるっぽく、今のこんなシチュエーションに置かれてしまった根源には男性からの暴力や理不尽な放棄があると思われます。

アイシャにとってナミワタは何をもたらすのか。当初はアイシャを苦しめる存在のようにも思えます。水が彼女を襲うような描写が続きますし…。闇のプールでいよいよナミワタそのものがおでましするシーンはギョっとするインパクトです。

しかし、早くおカネを稼がないとと焦るアイシャの背中を押しているのもナミワタかもしれません。ちょっと申し訳なさも感じつつ、アイシャはエイミーに強きに交渉にでるようにもなります。狡猾でも何でもいいのでこれくらいしないとおカネなんて稼げません。

終盤で実はラミンは海で溺れて死んでしまっていたという非常にショックな事実を知り、一度は命を絶とうとするアイシャでしたが、その彼女を水から救ったのもナミワタのようでした。

この映画ではナミワタは女性の主体性を暗示し、何がどうであれ、苦境に立ち向かうことを支える力の源であるとも解釈できます。

対する作中で言及されるもうひとつの存在「アナンシ」。こちらは西アフリカの伝承で語り継がれ、蜘蛛の姿でも表現されます。強欲が身を亡ぼすという教訓を示す存在としても多用され、アイシャにしてみればこのアナンシこそが自身のバッドエンドを示唆しているとも言えます。

最終的に子どものために生きてきたアイシャはその子を失って人生を見失いますが、また妊娠して母になります。これをどう捉えるかはかなり観客に委ねられていますね。安易に「新しい子と共に幸せをまた築いてね」なんていう着地で受け取っていいのか、それとも「これはまた新しい苦難の始まりである」と受け取るのか。

湯船で丸まって子宮の中の胎児のように佇むアイシャの姿は、“水”の中で生きる存在として産まれた原初に立ち返りながら、母体という型から逃れられない苦悩を静かに提示しているようにも思えました。

『ナニー』でしっかり人種間格差やジェンダー構造をホラー寓話に置き換えてみせた“ニキヤトゥ・ジュース”。私はこの監督の作品を初めて観たのですが、語り部としての才能はじゅうぶんに発揮していたので、さらなる新作も楽しみになってきました。

『ナニー』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 88% Audience 47%
IMDb
5.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0

作品ポスター・画像 (C)Amazon

以上、『ナニー』の感想でした。

Nanny (2022) [Japanese Review] 『ナニー』考察・評価レビュー