表にはでない2人の男女の特性を解かす…アニメシリーズ『氷属性男子とクールな同僚女子』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2023年)
シーズン1:2023年に各サービスで放送・配信
監督:まんきゅう
恋愛描写
氷属性男子とクールな同僚女子
こおりぞくせいだんしとくーるなどうりょうじょし
『氷属性男子とクールな同僚女子』あらすじ
『氷属性男子とクールな同僚女子』感想(ネタバレなし)
ノーストレスなオフィス・ラブコメ
4月も中頃を過ぎれば当然のように春。各地では暖かい陽気に誘われて桜も一気に満開に…。
と思いきや、北海道の北部はそうはいきません。2023年4月17日、北海道の枝幸町歌登では17日午前9時までの24時間で4月の観測史上最も多い38cmの雪が降りました。住民は湿った重い雪を相手に雪かきに追われる1日です。経験したことないとわからない話ですが、一晩で降ったような20cmを超える湿った重い雪はとにかく激重です。腰が簡単に壊れます。凶器ですよ…。
日々の気温の高低差が激しいのは体調にもツラいです。健康を悪化させることもしばしば。人によってはこれだけでテンションダウンします。
それでも日本では4月は始まりの季節。新年度です。学校も会社もここから新しくスタートした人もたくさんいるでしょう。
天候以上に落ち着かない不安に包まれ、「どんな自分で振舞えばいいのか」と己の立ち位置にソワソワしているそんな人にこそ、今回紹介するアニメシリーズはちょうどいい温度になってくれるかもしれません。
それが本作『氷属性男子とクールな同僚女子』です。
『氷属性男子とクールな同僚女子』は、“殿ヶ谷美由記”による「ガンガンpixiv」で2019年から連載している漫画が原作です。もともとTwitterで作品を発表しており、そこで注目を集めて、連載にこぎつけたそうです。
タイトルからしてなんだか意味不明ですが、本作はジャンルとしては定番、いわゆるオフィス系のラブコメです。職場の同僚同士で起きる恋愛模様を描いている、大人のロマンス・ストーリーになります。
しかし、普通のオフィス系のロマコメではとどまりません。というのも、本作の世界観には「雪女の末裔」みたいな、明らかにファンタジーな設定のキャラクターがちらほらいて、普通に社会に溶け込んでいるからです。
要するに『氷属性男子とクールな同僚女子』は「“逆”異世界モノ」であり、私たちのよく知る現実社会に非現実的な不可思議な存在が混ざっているという世界観のジャンルでもあります。漫画やアニメではこれまたおなじみの世界観です。
本作は、「雪女の末裔」である男性と、普通の「人間」である女性との、職場恋愛が描かれます。男性の方は感情的になると雪や氷の能力が無意識に発現してしまう性質。一方の女性の方は、感情をあまり表に出さず周囲からはクールだと言われてきた人間です。そんな2人がもどかしくも仲を深めていく姿を優しく映し出します。
この『氷属性男子とクールな同僚女子』はオフィス系とは言え、具体的にどういう仕事なのかという精密な描写があえて省略されており、記号的なオフィス設定しかありません。そのおかげで、パワハラとか、職場にありがちなリアルな不快感を思い出す描写が一切存在せず、非常に見やすくなっています。
また、セクシャルハラスメントや、性的に消費するような目線も全くないので、ジェンダー的な嫌悪感を与えかねないストレス要素も大幅にカットされています。
そのおかげで、この主役である2人の男女のこそばゆい交流を安心して眺められるという癒し空間が出来上がっています。「どうぞノーストレスで楽しんでください!」と言わんばかりです。あまりワチャワチャしておらず、落ち着いたトーンで進むので、賑やかすぎる恋愛ものが苦手な人にもオススメできます。
当然、この主役の2人の男女を眺めてニヤニヤして楽しむのがこの作品のメインの満喫の仕方だと思います(ちなみにこの主役の2人以外にも男女カップルがいくつかでてきて、それらもタイプは違えど、同じくこそばゆい恋模様を静かに重ねます)。序盤から相思相愛で、ギスギスすることも皆無ですからね。
ただ、私の後半の感想では、この主役の2人の男女について、ニューロ・ダイバーシティとか、性的指向のスペクトラムの観点でもって、深掘りしてみることを試みています。そういう見方もできる余地がある作品だと思いますし、単なるオフィス系のラブコメとスルーするのはもったいないのではないかな。
アニメ『氷属性男子とクールな同僚女子』の監督は『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』の“まんきゅう”。シリーズ構成は『Dr.スランプ アラレちゃん』『うる星やつら』の“金春智子”。
全12話で、毎話それぞれで1日の疲れをほぐしてくれます。
『氷属性男子とクールな同僚女子』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :癒しを味わう |
友人 | :リラックスして |
恋人 | :のんびり一緒に |
キッズ | :大人の職場モノだけど |
セクシュアライゼーション:なし |
『氷属性男子とクールな同僚女子』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):2人だけが解かせる氷
桜の花びらが舞う春の陽気。冬月は部屋で愛猫の「にゃめろう」に「お留守番しててね。お土産買ってくるから」と言い聞かせて頭をなで、ビジネススーツ姿でアパートをでます。今日は入社式で、新社会人になりました。
それでも冬月は平然としています。学生の頃からクールで落ち着いていると言われる人間でした
桜並木の道を歩いていると、風を感じ、手には雪がぽつりと降りてきます。こんな季節に…?
そこにいたのは同じくスーツ姿のひとりの青年。なぜかその人の周囲だけ微かに雪が舞い、足が豪快に凍り付いていました。
「大丈夫…ですか?」と冬月は思わず声をかけますが、「今日、入社式なんですが緊張して…」と青年は答えます。桜を見て心を落ち着けているそうです。冬月は氷を溶かせないかと、熱いお茶をかけてあげますが、全く効果なし。しょうがないのでお茶をあげると、氷が割り始めます。
「俺、雪女の末裔でして…感情的になると氷が…」
その青年は「冬よりも春が好き」と優しげに答え、男は頭を下げ、歩いていってしまいました。冬月の心はささやかに揺れ、そんな不思議な彼に興味を刺激されます。冬月は学生の頃は好きな人もいなかったですが、あの男性はこれまでにない感覚を与えてくれました。
一方、その氷男である氷室はオフィスの自分の真新しい机に到着。その隣にはあのお茶をくれた女性がいました。互いに目を合わせ、同じ会社だった偶然に驚きます。氷室は動揺して雪が舞います。
そこに妖狐の末裔だという狐森と、人間の冴島も来ます。4人は同僚同士となりました。
冬月は帰宅し、猫に今日の出来事を報告。氷室も夜空を見上げて明日を楽しみにしていました。
翌日の会社。時々吹雪を起こしてしまう氷室は花は好きだけど霜が降りてしまうから栽培できないと悲しそうにしていたので、冬月は解決したいと思い、調べた結果、花に覆える敷き藁をあげることに。
氷室はその冬月の優しさに恋に落ち、猛吹雪。さらに氷室は猫が好きだけどこの体質なので触れないと聞き、冬月は自分の猫のひげをお守りとしてくれます。「冬月さん、ほんま優しすぎや」…と氷室は内心では冬月に熱い感情を爆発させていましたが、気持ちとしては表にだせません。でるのはやっぱり雪と氷です。
そんな2人は席も隣同士、仕事のやり取りと他愛もない雑談を繰り返しながら、たまに氷室の発生させる小さな雪だるまを挟みつつ、ゆっくり仲を深めていき…。
氷属性はニューロ・ダイバーシティの鏡映し
ここから『氷属性男子とクールな同僚女子』のネタバレありの感想本文です。
『氷属性男子とクールな同僚女子』は前述したとおり、「“逆”異世界モノ」であり、私たちのよく知る現実社会に非現実的な不可思議な存在が混ざっています。このジャンルは、これらの非現実的な不可思議な存在が私たち社会におけるマイノリティとして重ねやすい作りになっていることが多いです。
本作もまさにそうで、本作における氷室は、その性質がニューロ・ダイバーシティと重なると思いました。ニューロ・ダイバーシティというのは、脳の発達の多様性のことで、規範的な脳の発達を有する「定型発達(ニューロタイピカル)」な人もいれば、そうではなくて「自閉症スペクトラム」のような医学名でラベルされる「非定型発達」的な人もいる…そういう話です。
氷室は感情的になると雪や氷を生じさせてしまい、他者と適切なコミュニケーションがとれなかったり、日常のやりたいことができなかったりと、生活に支障をきたしたりしています。本人もこの性質ゆえに「いろいろなことを諦めてきた」と振り返っています。
これは非常にディサビリティそのものな悩みですが、とくに氷室の場合は感情がトリガーになっているということもあって(そして自分でコントロールがしづらいということもあって)、発達障害に近い立ち位置にあると思います。「社会適応障害」のような、感情の発露が即座に何らかの行動支障に直結してしまうという…。
暑さや発熱で体が「子ども化」するのはまた別次元の問題ですけど…。
ゆえに氷室は好意を抱いた冬月に対してもなかなかアプローチできませんが、これは作品の公の設定上は「恋愛に不器用」として説明されますが、実際のところ、その不器用さは脳の発達的なものに起因すると言えるでしょう。
一般的に能力バトル系のジャンルであれば、氷や雪の能力が攻撃の才能として評価されますが、このオフィス日常モノではそうはいきません。でも同僚たちはそんな氷室の性質を含めて、ことさら特殊に騒ぎ立てるわけでもなく、自然と受け入れてくれます。
なので本作は非定型発達な人が就職して会社でどうやって仕事し、同僚や上司と打ち解け合っていくのかという、マイノリティな”あるある”な実体験を寓話にしたストーリーとしても、結構自然に飲み込みやすい話ではないでしょうか。
さすが「ぬらりひょんの末裔」が社長をしている会社なだけあって、インクルーシブな企業風土を築いていますね…。
クールは性的指向スペクトラムの鏡映し
対する冬月ですが、このキャラクターも何の末裔でもない普通の人間ですが、それでも別の側面でマイノリティな立ち位置を持っていると解釈もできます。
それが性的指向のスペクトラムです。性的指向はどの性別を“好き”になるか(異性愛・同性愛・両性愛など)という観点で論じられがちですが、それ以外にもどんなふうに“好き”を体現するかという見方でも分類されたりします。
例えば、冬月は女子同僚たちとのホテルでの会話の中で「恋をしたことがない」と語ります。でも作中では明らかに氷室に特別な関心を持っているようで、しかしそれを「恋愛」とは即座に認識せず、ストレートに想いを表現するでもなく(火鳥はその逆)、冬月なりの関係の深めかたを実践します。
この冬月の性質は、アセクシュアル・スペクトラム、とくにその中でも「デミセクシュアル(デミロマンティック)」や「グレーセクシュアル(グレーロマンティック)」のような特徴と重なる面が多いです。
「デミセクシュアル」とは、強い感情的な絆ができた相手に対してのみ性的に惹かれるという性的指向のこと。「グレーセクシュアル」とは、他者に滅多に性的に惹かれない、ごくわずかな性的魅力しか感じないという性的指向のこと。
引用:AセクAロマ部
こういう性的指向(もしくは恋愛的指向)の人は、基本的に世間からは「クール」という評価で片付けられることもしょっちゅうです。なのでこちらも作品の公の設定上は「恋愛に不器用」として説明されますが、実際のところ、その不器用さは性的指向のスペクトラムに起因すると受け取れます。
本作はそんな冬月を、気恥ずかしがり屋とか、そんな女性キャラにありがちな属性設定で収めず、作中では同僚たちは冬月のアイデンティティとして自然にまったり尊重してくれているので、冬月が消費されている嫌な感じはしません。氷室も冬月の愛らしさに脳内では悶絶してますが、露骨に消費する態度は示さないのがいいですね(だからなのか、この作品は男女が対等に描かれている感じがする)。
そして氷室と冬月がペアになれるというのも、ある種の波長が合う間柄ゆえなのかな、と。本作はこういう恋愛面での“引っかかり”を抱える、それぞれでは異なるマイノリティ性質の二者が、理想の相手と出会えたことで、自分にとってほど良い温度の落ち着きを得る居心地の良さ(そしてそれはプライベートだけでなく、キャリアでも良好な環境を生むということ)を上手く表現できているのではないでしょうか。
『氷属性男子とクールな同僚女子』の私の気になる欠点を挙げるなら、氷室の妹ゆきみが冬月の優しさに触れて顔を赤らめ「好き」と言わせるわりには、その添え物感のある同性愛感情“ほのめかし”で済まされるあたりと、あとは職場内での名前の「くん」「さん」呼びのバイナリー表現かな…。
ともあれ『氷属性男子とクールな同僚女子』は何かとロマンチック押し付けが鬱陶しいと思っている人にも、湿って重すぎることもないサラサラした雪を降らせて楽しませてくれる作品でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
?.? / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
日本のアニメシリーズの感想記事です。
・『ぼっち・ざ・ろっく!』
・『ロマンティック・キラー』
作品ポスター・画像 (C)殿ヶ谷美由記/SQUARE ENIX・氷属性製作委員会
以上、『氷属性男子とクールな同僚女子』の感想でした。
The Ice Guy and His Cool Female Colleague (2023) [Japanese Review] 『氷属性男子とクールな同僚女子』考察・評価レビュー