アイデンティティとして描かれないもどかしさ、でも居心地の良さもある…アニメシリーズ『ロマンティック・キラー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2022年)
シーズン1:2022年にNetflixで配信
監督:市川量也
性暴力描写 セクハラ描写 恋愛描写
ロマンティック・キラー
ろまんてぃっくきらー
『ロマンティック・キラー』あらすじ
『ロマンティック・キラー』感想(ネタバレなし)
恋愛はそんなに大事?
「家族」「友人」「恋愛」「仕事」「学習」「食事」「睡眠」「趣味」…。
これらの各項目を自分の優先順位の高いものから並べてください。ではあなたは「恋愛」をどこの位置に置きましたか?
…真ん中らへん? それとも1番? いや、最下位でしょうか?
どの項目だって優先順位は人によってバラバラだと思います。しかし、その中でも「恋愛」はかなり特異な存在ではないでしょうか。
生まれて間もない頃は恋愛の「れ」の字も周囲は気にしないのに、ある程度の年齢になり始めると、暗黙のうちに「恋愛ってするもんでしょ?」という空気になる。けれども「なぜか」という問いかけはしない。とにかく「人は成長すればおのずと恋愛している」「それこそが自然なのだ」という押し付けがましい規範だけがいつの間にか成立しており、自分も否応なしにその空気を吸わないといけなくなっている。
俗に言うところの「恋愛伴侶規範」というものですが、厄介極まりないです。理想的な恋愛をしている人は誉めそやされたり、早く恋愛をしなければと焦る人もいたり、はたまた一部のモテない男は自分は弱者男性だと劣等感に沈んでインセル化したり…。
そんな恋愛伴侶規範が幅を利かせている中、「自分は恋愛はしない!」という姿勢で生きている人もいます。
今回紹介するアニメシリーズはそんな姿勢を貫く女子高校生が主役の作品です。
それが本作『ロマンティック・キラー』。愛称は「ロマキラ」だそうです。
『ロマンティック・キラー』はこれまでの人生で恋愛にまるで興味もなく、恋愛よりも夢中になれるゲームなどの趣味に日々を投じてきたひとりの女子高校生が主人公。どんなに周囲の同級生が恋バナに話題を咲かせていても眼中に無し。恋愛の優先順位は完全に最下位です。
ある日、そんな主人公の目の前に謎の小さな魔法使い風の生物が現れ、あろうことか「イケメンとの出会いイベントが次々と発生して、恋愛シチュエーションが巻き起こる」という乙女ゲームみたいな展開が起きてしまう状況に主人公を放り込むのでした。恋愛ができるように…と。
でもこの主人公は恋愛はしたくないので、ひたすら強制発生するベタベタな恋愛イベントを回避していく力技を発揮する…そんなラブスルー型のドタバタコメディです。
基本はギャグアニメですが、恋愛伴侶規範に実は苦しんでいるけど声をあげられない色々な人の葛藤を拾いながら浮き彫りにさせるちょっとシリアスな展開もあったりします。
なのでこれは「流れのままにただ恋愛をする」物語ではありません。世間的に押し付けられる規範やお約束的な空気に流されることを全力で否定し、同意と相互理解に基づいた適切な人間関係を模索する…。そんな物語だと言っていいのではないでしょうか。
ちなみに人によってはそんな主人公ということは『ロマンティック・キラー』は「アロマンティック(aromantic)」を描いたものなのかと気になる人もいると思います。アロマンティックとは「他者に恋愛的に惹かれない」という恋愛的指向のこと(詳細は以下のサイトを参考にしてください)。
『ロマンティック・キラー』ではアロマンティックという言葉に関する直接的な言及はなく、恋愛的指向を描いていると明言できる証拠は無いです。ただ、主人公の「恋愛をしない」という姿勢にはアロマンティック当事者も共感できる部分は多々あるでしょう。一方で、作中ではそんな主人公が恋愛的なイベントに見舞われるしつこいシーンが相次ぐので、そういうのが苦手な人にはそんなに推奨はしません。
本作とアロマンティックの視点での分析は後半の感想でもっと書いていますので、後ほど。
原作は“百世渡”による2019年から「少年ジャンプ+」で掲載された漫画。そのアニメ化は『すばらしきこのせかい The Animation』を手がけたスタジオ「ドメリカ」が担当し、監督は『灼熱カバディ』の“市川量也”、シリーズ構成&脚本は『プリパラ』の“大場小ゆり”です。
アニメ『ロマンティック・キラー』はNetflixでの独占配信となり、全12話が一挙配信されたのであまり話題になりにくいのですが、関心がある人はぜひどうぞ。
なお、セクシュアル・ハラスメント、性的同意の無い関係の強要、ストーキング、それらに関連するトラウマに苦しむ人の心理的恐怖…これらの描写が作中に含まれるのでその点は留意してください。
以下の後半の感想では、あくまでアニメで描かれる『ロマンティック・キラー』の感想を書いています。原作の話には言及していません。
『ロマンティック・キラー』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :変わったラブコメが観たいなら |
友人 | :恋愛観を語り合える人と |
恋人 | :素直に関係性を見つめ直して |
キッズ | :ティーン以上向けな感じだけど |
『ロマンティック・キラー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):イケメンは要りません!
高校生の星野杏子は自宅の玄関でショッピングサイトから届いた段ボール箱を目を輝かせて見つめていました。中身はゲームソフトです。
小学校の時から男子に混ざってゲーム三昧。中学では友達や異性との遊びよりもラスボスを倒すのに燃え、太るとか気にせずに好物のチョコを食べまくり、最愛の猫であるモモヒキにすがりつく…。色恋沙汰とは無縁の人間でした。
週末はいつもどおりゲームと意気込んでおり、さっそくこの届いたゲームを起動すると随分とベタベタな恋愛シミュレーションゲームが始まります。よく見るとゲームパッケージには「ロマンティック・キラリン」と書いてある…。間違ってゲームが届いたのか…。
すると信じられないことにモニターから謎の妖精みたいなのがでてきます。
「パンパカパーン! あなたは被験者1号に選ばれました。ボクは魔法使いのリリ!」
そして長ったらしい説明文章を表示させてきたかと思えば、「簡単に言うと君のような恋愛ド素人を応援すべくわざわざ魔法界から来てあげました」と偉そうに発言。
「ほっとけ」とツッコむ杏子にリリは「じゃあ最近異性にキュンとしたのは?」と質問。ゲームキャラしか思い浮かびません。「ボクが来たからにはもう安心。恋愛をスルーしまくる君のような子に乙女ゲー展開を与えに来たんですから」「乙女ゲームの展開がリアルに起こるとしたらトキメいちゃうでしょ」
さらにあろうことか杏子が何よりも楽しみに生きてきた生きがいであるゲーム・猫・チョコの三大欲求は没収したとのこと。「ロマンティック・キラリン」のようなキュンな恋愛が成就するまでこれらは永久に没収されるらしく、実際にゲームもチョコも部屋から消失します。
「イケメンはいなくても生きられる!」と杏子は言いますが、一方的にリリは帰ってしまいます。
そして父のアメリカ転勤が決まり、母もついていくことに。急展開。こうして杏子は高校生ながら独り暮らしとなったのでした。「非ヒロインでけっこう!元に戻せ!」…そんな言葉が虚しく響きます。
イケメンが現れても恋をしなきゃいい、ギブアップして去っていくに違いない…そう考えた杏子は「ロマンティック・キラーにあたしはなる!」と決心。
ところがチョコを売っていない店をでた瞬間、さっそくイケメンとぶつかり、彼のスマホを割ってしまいます。この状況は典型的ではないかと思い、謝りながら猛スピードで退散。
登校すると、あのイケメンは同じ学校の生徒だったことが判明。名前は香月司というらしく、他の女子に告白されていましたがあっさり断っています。随分とクールです。
家に帰っても何もやることがない杏子は暇を持て余しますが、家にゴキブリがでたことで絶叫。いつも退治してくれる母はいない。やむを得ず近くの公園に逃げ込みますが、そこで香月司とばったり遭遇し…。
しかも、流れで香月司は杏子の家に泊まることに…。これは強引だ。強引すぎる…。
アロマンティック・キラー?
最近は商業的な恋愛の型に見飽きた私たち社会は恋愛を「ネタ」として消費するようになり始めた…という分析をアニメ『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』の感想でもしていたのですが、このアニメ『ロマンティック・キラー』も間違いなく恋愛を風刺して現代的な視点でネタにする作品のひとつです。
星野杏子は、クールで家庭的な香月司、爽やか幼馴染の速水純太、金持ち生意気な小金井聖、さらには事の発端であるリリ(伏木リオ)までも最終話で恋愛候補にしながら、このイケメン・パラダイスな空間で多感な10代の青春を過ごすことになります。
それでも杏子は恋愛はしないという抵抗の姿勢を見せ、わざとモテなさそうな言動をしたりと、必死に抗う姿はシュールです。
杏子は他人からは好意を向けられることはあるのですが、自分からは他人に好意を向けません。乙女ゲー的なイベントがリアルで発生して緊張でドギマギすることはあっても、頑なに恋愛感情は介在せず、それは全話通して一貫しています。自分の好きな「ゲーム・猫・チョコ」への熱烈な陶酔はあるにはありますが、内心では杏子はかなり恋愛に傾かずに生きていられる人間であり、それは過去のトラウマなどが原因でもない。素の状態でそれです。恋愛しないのが普通。
これは『ロマンティックじゃない?』のような、恋愛作品が嫌いみたいな趣味嗜好のアンチやニヒリズムとも違います。
こうやって杏子というキャラクターを分析していくと、ほぼアロマンティックとみなして問題ないような人間です。
一方で本作はアロマンティックを描いているのかと言うと、そう言い切らせてくれないです。オリエンテーション・アイデンティティとして描くことは避けており、あくまで物語の仕掛けなんですね。恋愛をしないキャラを乙女ゲーの中に放り込めば面白いという…。
そのため、視聴者の中には「杏子が最後は誰を選ぶのか」とそれこそ恋愛伴侶規範丸出しで楽しむ余地が生まれてしまっており(アニメの最終話時点では杏子は相変わらず恋愛はしない;香月司の方は杏子に恋愛感情を持つようになるけど)、これは恋愛伴侶規範が嫌な人には勘弁してほしい消費のしかたです。
もっとアイデンティティとして物語を展開すれば、表層的なコメディにとどまらない芯のある帰結を提示できるのではとも思いますし、杏子がアロマンティックなんて言葉に出会えばどれだけ強くなるのかも観てみたいものですが…。
星野杏子コミュニティの居心地の良さ
そんな感じで本質からは目を背けつつジャンルに頼りきるという、いかにも日本作品らしいスタンスの『ロマンティック・キラー』なのですが、一方で作り手の無意識の結果的になのか、予想外にアロマンティックに寄り添っているようなシチュエーションも生じているのが面白いです。
例えば、冒頭からとにかくウザったいリリは恋愛伴侶規範の権化みたいな存在感で、ある種の規範の可視化としてはストレートに戯画化できているのかもしれません。
ちなみに「少子化対策のため」と言いながら、作中では性がほぼ一切描かれないのは、なんだか日本のティーンものにありがちなタブー意識です。そもそも少子化対策と恋愛は関係ないのでは?とツッコめるのですけど、これは少子化対策をやたらと推し進めようとする政府への皮肉なのかな…。
また、本作は、どういう理由であれ恋愛したくない者同士が集うことで居心地の良さが生まれることを素直に描いています。
香月司は過去の女性からのストーカー被害のトラウマのせいで女性恐怖症になっており、人から行為を持たれることに非常に嫌悪感がある男性です。そんな香月司にとって自分に好意を絶対に向けない杏子は安心できる存在です。また、高峯咲姫はルックスゆえに男子から性的な眼差しを向けられてうんざりしつつ、先輩に強引に体を求められてそれがやはりトラウマになり、恋愛を忌避するようになっています。「贅沢な悩みだと思われるのでは」と内気になる高峯咲姫にとっても恋愛の話題を全くしてこない杏子は同性という以上に非常に安心感をもたらします。
この香月司と高峯咲姫の人物表象はとくに深く描けており、ジェンダー構造の差異も捉えていて良かったです。
同時に恋愛は「モテる人間は恵まれている⇔モテない人間は不幸」みたいなそんな単純な物差しで優劣を決定できないことを提示し、恋愛伴侶規範から逸脱してみせる気持ちよさが本作にはあります。アロマンティックなどのラベルを用いているかどうかに限らず、かなり包括的にさまざまな人の居場所になりうるパワーがある。それが星野杏子というコミュニティなんですね。
『ロマンティック・キラー』は恋愛を自然なものではなく徹底して不自然なものとして弄びつつ、少なくとも「世間の商業的にもてはやされている恋愛はNOだ、まずちゃんと人間関係と向き合え」と教えてくれる。その点はとても誠実です。
終盤にいけばいくほどショッキング展開を交えたトラウマ克服に比重が増え、そのドラマの推進力が魔法や財力や主人公の押しの強さだけで突破してしまうのはいささか残念なのですが…(もっと専門的なケアなどリアルなサポートを描いていいと思う)。
「恋愛をしない」から「恋愛をする」に変化するのがレベルアップなのではなく、「恋愛をしない」ということがそれこそラスボスを倒せるくらいにはひとつの極めて有能な武器なんだということを、世の中は過小評価しないでほしいなとあらためて思います。
ROTTEN TOMATOES
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IMDb
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シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
アセクシュアルやアロマンティックを描いた作品の感想記事です。
・『恋せぬふたり』
・『17.3 about a sex』
作品ポスター・画像 (C)Netflix ロマンティックキラー
以上、『ロマンティック・キラー』の感想でした。
Romantic Killer (2022) [Japanese Review] 『ロマンティック・キラー』考察・評価レビュー